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”普通じゃない”人形夫人は年上の旦那様に溺愛されている  作者: 桜祈理


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10 旧友との再会

「来て、くれたんですか……?」



 あんな手紙をわざわざ寄越したくせに、俺が来ることまでは想定してなかったらしいフレデリク殿下。



 なんだかやけに感極まっている。こうしてみると、完全に既視感しかない。何日か前の王太子を思い出し、やっぱり兄弟なんだなと妙に納得してしまう。



「たまにはお前の様子を直接見に行きたいと言ったら、エリック殿下が許可してくれたんだよ。手紙のやり取りはできても、気になってな」



 嘘である。



 俺たちが手紙のやり取りなんかしてないことは、俺たち自身が一番よく知っている。



 でもフレデリク殿下の手紙の文面は、日常的に手紙のやり取りをしていると思わせるような内容だった。あれを出すにあたり、ベイロン商会の残党どもは必ず中身を確認しているはずだ。だからこそ不用意に警戒されないよう、あの手紙をもらった俺が幽閉されている殿下にたまたま会いにきたのだと思わせなければならない。そのための演技である。



 殿下も察したのだろう。一瞬真面目な顔で頷いて、それからわざと大声を出す。



「先生が来てくれるなんて思いませんでした。むさ苦しいところですが、ひとまずこちらへ――」

「殿下……!」



 後ろから駆け寄る足音に、フレデリク殿下が目を見開く。



「……ギデオン……」

「お久しぶりです……」



 想定外に震えるギデオンの声は、その葛藤の深さを暗示させる。



 ラッセル男爵令嬢の取り巻きと化していた当時、ギデオンと殿下がお互いのことをどう思っていたのかはわからない。その後俺に出会って取り巻きから離脱したギデオンのことを殿下がどう思っていたのか、そして難を逃れたギデオンが殿下に対して何を思っていたのか、俺にはわかるはずもない。



 でもギデオンは、硬い表情のまま殿下をじっと見据えて微動だにしない。



 その様子を間近で眺めて、殿下はふっと笑った。



「ギデオン、元気そうだな。騎士団に入ったんだって?」

「は、はい。今は警ら隊に所属しています」

「次期騎士団長が警ら隊か。……悪くないな」

「え?」



 思いがけない殿下の反応で、その場にいた全員がぴたりと動きを止める。



 いやいやいや。



 あの傲慢で高飛車だった第二王子が、王族というだけで偉そうに威張りまくっていた第二王子が、騎士団内では見くびられ軽視されがちな警ら隊を「悪くない」だと?



「王都の街の治安と秩序を守り、人々の生活を守るのは警ら隊の役目だ。我が国の安全を命懸けで守っているのは、警ら隊だと言っていい。ギデオンに合ってるんじゃないか?」

「……はい、ありがとう、ございます……」



 面食らったギデオンがしどろもどろになる。



 おいおい。幽閉されて、完全に毒気が抜かれたのか? これは俺たちの知ってる殿下じゃない。まったくの別人なんだが。



 いやでも、エリック殿下が「あいつ、根は素直でいいやつなんだよ」とか言ってたから、本来はこんな穏やかな人間なのかもしれない、と思い返す。





 塔の内部に通され、案内されたのは応接室と執務室を兼ねたような簡素な一室だった。



「普段はこの部屋にいることが多いんですよ」



 俺とアスタ、そしてギデオンは侍従の出してくれたお茶を前に、思わず表情を強張らせる。



 誰が味方で誰が敵なのか判別がつかない今、目の前のお茶に手を出すことはできれば避けたい。侍従が味方であるという保証はないからだ。毒やら何やらが入っていないとも限らない。でもこっちが警戒していることを悟られてもいけない。ギリギリの攻防戦である。



 そんな緊張感はおくびにも出さず、俺はにこやかに口火を切る。



「ここへ来てだいぶたつが、生活はどうだ? 手紙にはそれなりに元気だと書かれてたが、ちょっとやせたんじゃないか?」

「そうですね。ここには最低限の使用人しか連れてこれなかったので、自分でやらないといけないことも多いんですよ。掃除とか洗濯とか」

「お前がやってんのか?」

「はい。少しは体を動かしたほうがいいかとも思いまして」



 ……おいおい。ほんとにあのフレデリク殿下なのかよ。



 謙虚すぎて従順すぎて、不敬を盾にのさばっていたあの頃と全然結びつかないんだが。



 頭の中の動揺と混乱を鎮めるように、俺は「あ、そうそう」なんて芝居がかった声を出す。



「お前の言ってた『愛される資格などない』の続き、持ってきたぞ」



 態勢を整えるべく繰り出したその一言で、殿下は今回のことがエリック殿下にもしっかり伝わっていると確信したらしい。安心したような表情で、「ありがとうございます」と答える。



「では、今ある分を持って帰ってもらえますか? ほかにも何冊か持って帰ってほしい本があるのですが」

「わかった。ほかには何かないか? 今日持ち込んだ物資のほかにほしいものがあれば、次のときに持ってこさせるが」

「あとで確認してみます」



 会話自体はすこぶる和やかではあるものの、重くのしかかる緊張感は拭えない。



 早々に話を切り上げたこともあって、結局誰もお茶には手をつけなかった。







◇◆◇◆◇







 必要な物資を塔内に運び、逆に不要なものを積み込んで、俺たちはすぐに帰ることになった。



「何かあればまた手紙をくれ」

「いつもありがとうございます。ガルヴィネ先生」



 何気ないフレデリク殿下の言葉に、俺はつい笑みを漏らす。



「お前さ、いつまで『ガルヴィネ先生』って呼んでんだよ。アスタの卒業と同時に学園は辞めちまったし、そのあと結婚したって言っただろ」



 いや、言ってはない。そんな機会はない。



 多分、殿下にしてみれば初耳のはずだ。案の定、「聞いてませんよ……?」とか言いたげな顔をしている。



 でもそんな殿下に構うことなく、俺はけろりと涼しい顔で続ける。



「とっくに『ガルヴィネ』でも『先生』でもねーんだからさ。お前もギデオンみたいに『師匠』とでも呼べよ」

「えー……?」



 なんでそんな嫌そうな顔をするのかわからないが(いや、なんとなくわかる気もするが)、殿下は困ったように「師匠、ですか……」とつぶやく。



「俺が師匠ならお前は弟子だ。いいか? なんかあったらすぐに呼べよ。俺がなんとかしてやるから」

「え……?」

「師弟関係っていうのはそういうもんだろ? 師匠が弟子を守るのは、当たり前のことだ」



 事もなげにそう言うと、フレデリク殿下は俄かに顔を歪ませる。



「また、手紙を書きます。師匠……」



 何か言いたそうな雰囲気を纏いつつ、必死で笑顔を作るフレデリク殿下。



 どこか張り詰めた塔内の空気感を考えれば、やはりベイロン商会の残党があの場をすでに制圧していたのだろうと容易に察しがつく。



 そんな中、事前の打合せもなくそれほど見知った仲でもない俺たちが、敵の警戒と監視をかいくぐって意思疎通をはかるというのはだいぶ骨の折れることだった。





 帰りの馬車に乗り込んでふう、と大きく息を吐くと、終始無言を貫いていたアスタが「お疲れさまでした」とねぎらってくれる。



「アスタもな。……んで、どうだった?」



 今回、アスタは挨拶以外ほとんど言葉を発さず、塔内部のあちこちにそれとなく触れることで『記憶の残滓』を見ることに集中してもらっていた。



 物に残る『記憶の残滓』はそれほど多くはないし、余程のことがなければすぐに曖昧になってしまうものらしい。できるだけ詳細な記憶をたどるためには、些事に惑わされることなく注力してもらう必要があったのだ。



「そうですね……。まず、お茶を出してくれた侍従はベイロン商会の手の者でした」

「やっぱりそうか。殿下の侍従にしては、お茶を用意する手つきが雑だなと思ったんだよ」

「それから門番は、ベイロン商会の残党が塔内部に侵入していると気づいていません。それをいいことに、侵入した数人がそのまま塔内に潜伏しています」

「顔はわかるか?」

「全員はわかりませんが……。お茶の用意をした侍従と、入り口で荷物の積み下ろしを手伝っていた使用人二人はベイロン商会の残党です」

「まじか」

「それから、殿下は人質というよりも、次なる悪事に加担するよう脅されているようです」

「え?」

 


 アスタの真顔が、ますます硬くなる。

 


「なんだそれ? 次なる悪事ってなんだよ?」

「わかりません。でも協力するなら、殿下の身の安全は保障すると言われているようです」



 そうか。そういうことか。



 ベイロン商会の残党は西の塔に侵入して殿下を脅し、次の悪事の片棒を担がせようとしてるってわけか。



 そして恐らく、狙われているのは我がギルサイオン王家なのだろう。殿下の手紙の暗号は、そういう意味に違いない。



「それと」



 何やらとどめを刺すような鋭いアスタの声に、俺は顔を上げる。



「『愛される資格などない』の二巻に、殿下がメモのようなものを挟んでいるのが見えました」

「……え」



 だから殿下は、「今ある本を持って帰ってほしい」なんて言い出したのか……!



 よく考えてみれば、読み終わった本はそのまま塔内に置いておけばいい話だ。わざわざ持ち帰る必要なんてない。



「ギデオン!」



 すぐさま馬車の窓を開けて騎馬で並走していた一番弟子に声をかけ、持ち帰った本の中から『愛される資格などない』の二巻を探してもらう。




 果たして、そこには。





 フレデリク殿下渾身の一手が隠されていた。













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