7頁目 「しとしとと音が鳴る世界で、その少女は平凡を唄い続ける」
私にはもう一人、お友達がいます。
「ーーミヤちゃん、お昼食べようか」
「はい、そういたしましょう」
その方のお誘いに私はいつも語尾の先端が上ずってしまいます。高揚感、というものでしょうか。毎日のように行われている、今や当たり前となったこの会話に、未だ胸が昂ってしまうのです。
その方のお名前は神崎小折さん。
同じ女性である私とは見た目も中身も異なり、まるで正反対のようなお方。凛々しいお顔に柔らかみを持たせるようなお優しい性格。そよ風が耳元を掠めるような少し低温のハスキーなお声。どれを取っても、私には縁遠い彼女が、面と向き合ってお食事をなされている。私にとっては非現実的と大げさに語っても可笑しくはない日々の営み。ふと、目が合ってしまうとこちらが赤面してしまう程、彼女は眩しい人なのです。
「この間、アルバイト中に偶然にも名取君に出くわしたんだよ。思わずボクも驚いてしまってね」
「まあ、そんな事があったのですね」
何気ない会話。お昼休みの時間は精一杯、神崎さんとのお話を楽しむ私の学校での一番の楽しみ。
性格上、自分から会話の内容を広げる才能を持ち合わせていない私は彼女のお話に相槌を打つことしか叶わない。それでも良いのです。神崎さんと穏やかに過ごす事ができれば、それで満足してしまうのです。
自分勝手なエゴだと思うでしょうか。
その自問自答は時に自分の首を絞めるのです。
見えない何かがそっと首元に巻き付くそれは、徐々に、けれど確実に首を絞めていくのです。そんな、苦しめられているとも気付かない私は今日も自分勝手に、私利私欲のために、この空間に存在しているのです。
「話してみると彼は結構面白い人だね。価値観が真逆だとしても、何故だか彼の意見はすんなりと腑に落ちる気がするんだ」
「良いことではありませんか。それだけ名取さんの筋が通っているということです」
私が神崎さんと初めてお話したのは今から約一年前のことーー
『何読んでいるんだい? ボクは余り小説をたしまないけど、そんな人でも読めるオススメの本とかあるかい? 君はいつも本を読んでいるからね。是非とも、ボクとお喋りしてくれないかい』
それが最初に交わした神崎さんとの会話。
いつかの日に私にお声を掛けて下さったあの方と同じ問いかけで、彼女も話し掛けてくれたのです。自分と同じ目線で、あの時と同じ言葉で。
その時の私は彼女の問いかけに期待と嬉しさの意味を込めて顔を上げました。あの方と同じ香りがする人がこうしてまた身近にいることに、心が踊ってしまったのです。
私は皆さんのようにいつもお友達といるわけではなく、ただただ一人、小説に描かれた世界と向き合っているのです。自分を上手く表現できない私は人付き合いもままならないのです。
そんな私は他の方からどう思われているのか考えることもありました。自分が考えて辿り着く答えは決まって良くないことばかり。これも性格が物を言うのでしょうか。マイナスな表現ばかりがいつも自分自身を囲い込んでしまうのです。
そんな私に、当時あの方は仰ったのです。
『梅雨の少女みたい』とーー。
そういう方がいるのかと、その人をモデルにして私を例えたのかと思いました。しかし、理由を伺うと意外な答えが返ってきたのです。
雨の中、赤い傘をさして歩いている姿が似合っていると仰ったのです。
それでもまだ理解が遠い私は納得したように首を縦に振ることは出来ませんでした。雨の中で傘をさすのは当たり前で、その姿に似合う似合わないの価値観は存在しないのではと。
理由を深追いすると、『梅雨』はあくまで私のイメージとのこと。それに続けてこう述べたのです。
ーー雨の中、目の前で赤い傘をさしている女の子が居たとして。名前も後ろ姿も分からないその子が振り向いた時、それが何となく君のような気がした。
そのことを神崎さんにお話したところーー
『凄いな。明確が理由がある訳じゃない。でも不思議と、その例えが一番しっくり来る気がするよ』
その方の比喩に神崎さんは共感したのです。
頭上にはてなマークが消えない私は、半ば強引に納得するしかありませんでした。ですが、本音を言うととても気に入っているのです。
梅雨の少女ーーその言葉の響きに不快感はなく、雫が体を伝って心の湖にピチョンと音を鳴らして溶け込んでいく感覚がありました。周りから見たらそう思われているのかと。その最たる答えが梅雨の少女なのだと。けれど、どれだけ自分を突き詰めたとしても、今でも普通の女子高生という事実は変わらないのです。
その方が仰った梅雨の少女は、比翼連理な後ろ姿に密かに憧れる、決して特別などではないーーどこにでもいる普通の人間なのです。
ですので、そんな平凡な私が神崎さんと昼食を共にし、お話できるこの小さな幸せだけで、潤いを忘れたこの心は満たされてしまうのです。
それが雨の中で存在意義を見出すーー天宮雨音という一人の人間なのです。




