6頁目 「見た目と中身は紙一重だと、そう信じ込む一割の人間」
山本の妹、彼方。
小学一年 → 小学二年
に設定を変えました。
「ーーなあ河野、とっておきの情報があるんだけど聞きたいか?」
「珍しいな。お前の方からそんなこと言ってくるとは。余っ程でかい代物なんだろうな」
翌日、俺は教室で河野に話しかけた。河野から見れば俺の顔はまさに自身に溢れているのだろう。だがそれも無理はない。週刊雑誌の記者も喉から手が出るほどの情報を携えているのだから。
「まあな。それで、どうよ。今なら特別に安く情報を提供することも出来るが」
「ーー幾らだ?」
「缶コーヒー二本でどうだ?」
「ふんっ。それじゃ、早速自販機に向かおうか」
交渉は成立。
実に安い取引だ。コーヒー二本なんて主婦も驚く特売品。人脈が一つだけの俺だから取れる激安の流通網。普段から付き合いのある河野だけが話せるゴシップの傑作品。
その内容は言わずもがな。記者は自分の足で情報を集めろというが、これは偶然の産物。ネタなんて転がるところに案外落ちているものだ。
俺はすぐさま河野と自販機に向かい、物と引き換えに商談が成立した。
◆◆◆
「ーーで、何で俺がお前らとファミレスに来てるんだ」
「いやいや、そう固くなるなよ山本〜。俺等ってあんま話したことないじゃん? ここは一つ、親睦を深めるために食事でもしようじゃないか」
「テメェ河野ーーだったらその気持ちの悪ぃ笑顔を何とかしろや!」
その日の放課後、俺と河野、そして山本とファミレスに来ていた。
放課後のであるこの時間はここのファミレスを利用する学生も多く、現に今も周りに何組かの学生で賑わっている。
そして山本がいま腹を立てている理由は、俺と河野が山本の顔をじーっと不気味な笑みで見つめているからだ。それもテーブルに両肘を乗っけて両手で顎を支えるという、相手からしたら恐怖さえ覚えてしまう体勢で。
「つーか名取まで何でいやがる。何なんだこの異色の組み合わせは」
「まあまあ、そうカリカリそんなよ。今日は親睦を深めるって言ったろ? そんな仏頂面ばっかしてたら友達出来ねーぞ。はーいスマイル、スマイル〜」
河野はいつまでも眉間にシワを寄せている山本の頬を無理やり横に伸ばす。無理やりとはいえ怒っているのか笑っているのか分からない表情に笑うなという方が難しい。
「ぶっくっくっく……! ヤンキーも頬伸ばされっとちゃんと笑うんだな。やればできんじゃん。ほら、たまには眉間のシワも広げてみろ。じゃないとそのシワにアイロンかけるぞ」
河野に続き、俺も山本の眉間に人差し指をおでこの方にぐいっと押し上げる。おかげで不格好に眉が釣り上がり、普段の山本からは想像もできない情けない顔が完成する。
「だっはっはっはっはっ!」
「ぶぇあっはっはっはっ!」
「お前ら、俺をからかいに来たのか!」
「いやすまんすまん。こうやって見るとお前も案外普通なんだなってな。今までは近寄りがたい雰囲気だったけど、全然そんなことないのな。名取に言われても信じてなかったけどーー意外だったわ」
「そりゃこんな見た目だからな。誰しもが近寄りたくないだろう。それに、こんな不良みたいな奴と絡んでも、そいつの周りからの評価が変わっちまうだろ。だから出来るだけ俺には関わんない方が良いんだよ」
「じゃあ何でそんな誤解されるような見た目にしてるんだ? そんなのお前が損するだけじゃねーか」
人の見た目は九割が第一印象で決まる。服装や髪型、容姿など。見た目重視のこの世界において、それだけ見た目はとても重要だ。仮に本人が温厚な性格だったとしても、それとは相反するかのような見た目では勘違いする人が大多数だろう。例えそれが本人の好みだったとしても、第三者からすればそんなのは知る由もない。これが知り合いであるなら、元々その人のことを知っているから理解は出来る。そういうのが好みなんだと。
しかし山本の場合、入学当初からこの見た目だ。おかけで昨日までの山本の印象はただ”怖い”という一点の感情だけが突出していた。だが実際、口調が悪いところもしばしばあるが、それとは別に話してみればどこにでもいる高校生と何ら変わらない。
それ程までに見た目の第一印象というのは、本人からすれば誤解された性格を押し付けられしまうようなものなのだ。
「……こんな話、したくはないけどな」
「ん? 何か大事なことと関わりがあるのか?」
そう河野は山本に問う。
山本は暫く俯くと、やがて俺達に改めて向き合い、話し始める。
「ーー妹の為なんだ」
「彼方、ちゃんのことか?」
「あぁ。妹は幼稚園の時、イジメられていてな。皆からハブられてたんだ。虐められていた理由は分からない。なんせ園児のイジメだ。明確な理由なんて無いんだろう。そんな妹の話を俺は聞くことしか出来なかった」
黙々と話し始めた山本の話は、彼の妹についてだった。
「何とか無事に卒園して小学校に入学したけど、学校にはその幼稚園児の何人かが同じ学校に居るって話だ。そんで、馬鹿な脳みそが導き出した答えがこれって訳だ」
山本は自分の髪を指差した。
人の感情には妙にアンテナが高い俺は、それで察してしまった。
「威圧ってことか。そんな輩を妹から排除するために」
「そうだ。イジメなんて性根の悪い子供は普通の見た目の奴が注意したくらいじゃ変わんないだろ。だから見た目を怖くして怯えさせればいい。彼方の兄にはとんでもなく怖いお兄ちゃんが居ると」
「なるほどな。確かに、そんなおっかない兄ちゃんが居るとなればイジメもなくなるかもな。そいつらからすれば、兄にチクられたりしたらどうなるか、小さい脳みそでも想像はできるか」
恐怖による間接的な粛清。子供からすればそんな不良の見た目をした兄を持つ彼方をイジメたりはしないだろう。仕返しが怖いから、イジメの問題は回避できる。
しかし、ここで新たな問題が発生する。
「でもそれじゃ、彼方ちゃんに近寄ってくる友達も減るんじゃないのか?」
それは友達付き合いの問題。
第一印象はそれを取り巻く環境にも伝播する。この場合は山本から妹へ、その印象が伝播してしまう。「あの彼方ちゃんにあんなお兄ちゃんがいるなんて。怖いから近付くの止めよう」と。それが良好な人付き合いを遅延させる要因の一つにだって成り得る。
「彼方は友達を百人作ると意気込んでいる。でも俺は言ったんだ。友達は数人ーー二、三人でもいいと。心から信頼できる友達を作れれば良いと言った。今はなんのこっちゃ分かんないかもしんないけど」
「ま、小学生にとっては難しい話だよなぁ。大人になって初めて分かる問題だ。俺はまだ大人じゃないけど、山本の言ってることは理解できる。正直俺は友達が多い。でも時々、友達と知り合いの区別がつかなくなる時がある」
「俺も友達問題については心配してたんだがな。なんせ兄の見た目がコレだ。差し支えしか無いからな。でも、それもどうやら杞憂だったようだ。彼方にはちゃんと友達も居て、よくその子達と遊びにも出掛けている。その問題については寧ろ、俺達のような大人になりかけの奴らが直面する問題なのかもな」
そこで初めて、俺は山本の笑顔を見た気がした。くしゃっと笑っているわけではない。それこそまさに、小さい小学生の妹を持つお兄ちゃんの優しい微笑み。
自分の選択は間違ってなんかいなかったのだと。妹の彼方を友達として迎え入れてくれたその子達へのーーヤンキーの皮を指先だけ被った優しい人間の笑顔なのだと。
「お前って奴はーー」
そんな優しさに塗れた山本にまたまた別の問題がある。
「結局のところ、シスコンの延長線上にロリコンがあるのか?」
「……は?」
「いや〜ようやく納得いったぜ。シスコンを極めまくった結果がそのロリコンってことか」
「あーマジかー。お前高校生にてもうロリコンも極めようとしてのかよ。見た目のわりに結構エグいのな山本」
「いや違うぞ河野、それじゃ敬意が足りん。ロリ本だロリ本」
「いやお前の方が敬意が足りてないぞ。シス本ロリ人だ」
そこでイライラを募らせたロリ本が台パンの如くテーブルを叩いた。まるで昨日のデジャブのようだ。
「だからロリコンじゃねぇっつってんだろ! 百歩譲ってシスコンは認めてやる。だがロリコンを認めるわけにはいかねーよぶっ殺すぞ!」
俺と河野が時折挟むメガトン級のボケに対して山本はツツッコむという芸人トリオのような構図が完成していた。見た目が、性格が、意見が。その他諸々が違っていても、今ここで笑っていれる原因を一言で表すのは難しいだろう。殺しにかかろうとする山本も、どこか笑っている気がした。
本気で殺そうとする犯人の笑みだと、俺が勘違いしてなければ良いが。
人の見た目は第一印象という悪しき風習を、広大な世界の小さな石ころの分だけでもひっくり返せた気がした。




