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5頁目 「背伸びをした代償、邂逅するは強面のロリコン」

本当はもう少し会話を長引かせたかったのですが、もう一週間投稿していないのでここら辺で切りました。

急いで書いたので誤字や文章に誤りがあるかと思いますが、その場合は報告して下さると嬉しいです。

「ーーおい名取ィ、お前今日日直だよな。黒板消しとけよ」


 休み時間、次の授業が始まるまでの十分間は大抵ぼーっと過ごしていることが多い。特になにかする訳でもなく、物思いにふけっている訳でもない、ただただ時が過ぎ去るのを肌で実感する優雅な時間の過ごし方。しかし今日に至ってはそのルーティンも崩れる。何故なら今日の俺は日直という面倒な役割が与えられているからだ。


「わ、わりぃ! 忘れてたわ。すぐやっとく」


 指摘してきた男子、山本優人(やまもとゆうと)。金髪にピアスといった誰がどう見ても第一印象はヤンキーであるが、これが不思議なことに学年で十番以内に入る成績優秀者。見た目の悪さと頭の良さで第三者の価値観にバグを引き起こす人物。悪い奴ではないのだが、面と向かって会話するとどうしても怯えてしまう。

 見た目と反して真面目な故か、学級委員でもない山本がこうして注意しに来るのだ。ある意味こいつがクラスの風紀を裏で取り締まっていると言っても過言ではない。


「おいおい、お前あいつに注意されたのかー? 何でも、二度目は文字通り“直々に”注意されるって噂が立ってるらしいぜ?」


「マジかよ……」


 慌てて黒板を消している耳元でそう河野が囁く。

 直々に、というのは言葉通り直々なのだろう。それはそれは想像するのも恐ろしい実力行使。三審制は信用に値しないと山本の存在がそう物語っているのだ。


「にしてもあいつ、他に友達とかいないもんかね。まあ、あんだけ強面なら寄り付くだけでもおっかないけど」


「お前色んな奴と交流あるんだから、山本とも喋ったことあんだろ?」


 河野は誰とでも仲良くなれる性格ーーというか体質をしている。そのため、クラスメイトだけでなく他クラスの友人も多い。誰もが河野を放課後の遊びに誘い、誰もが信頼を寄せる人間だ。


「ん? ああ。会話拒否られた」


「は?」


「『俺に気遣って話す必要はねぇ』って言われて会話断られちった」


「マジか。お前でさえ会話の初動ファイト苦戦する奴がいんのかよ」


「まあな。あれじゃもう俺は太刀打ちできんわ。本人がそれで良いなら大丈夫なんだろ。多分あいつはそういうのを求めないタイプなんだろな」


 ということは、山本は自らボッチの道を歩もうとしているということ。それはとても険しく、茨の道ということを彼は知っているのだろうか。

 しかし実際に一年の頃、彼が誰かと仲良さそうにしているのをついぞ見たことがない。それが彼の望みだとしても、高校三年間で誰かと話す機会を自分から断絶してしまうのは余りにも勿体ない。まあ、普段河野以外殆ど人と話すことがない俺が言うのも可笑しな話だが。気にするだけ無駄ということか。


「見た目はアレだが、山本には山本なりに学校生活を楽しむ動機が何かあるんだろうな。それこそ勉強だったりな。見た目はアレだけど」


「ま、あいつも名取も、余り喋らないところは似てるしな。お前ら意外と相性が良いんじゃね?」


「それこそまさかだろ。口数が少ないだけの共通点なんて他にいくらでもいるだろ。しかも、そんな共通点持った同士で会話しても話なんか進まない」


「あっはっは! それもそうか!」


 なんて、俺にとってはとても笑えない自虐ネタを披露するが、実際そんな二人が話したところで地獄のような空気が周りを支配するに違いない。まして相手があの山本となれば尚更のこと。どんなに世界線を踏み外したとしても俺と山本が楽しそうに話す機会なんて未来永劫訪れることがない。これだけは確信を持って言えることなのだ。



 ◆◆◆



 放課後、母からメールで洗剤を買ってきてほしいと頼まれ、近くのスーパーに足を運んでいた。だがメールの文末にハートマークを付ける母親がどこにいるのだろうか。高校の男子生徒にアンケートを取ったら間違いなく俺だけだろう。万が一誰かに見られたらどんな反応をされるか。

 

 洗剤を買った後で改めて母から届いたメールを開き、苦い表情をするのは仕方がない。

 そこでふと通りがかった喫茶店が目に止まった。今になって思えば一人で喫茶店に入ったことがなかったのだ。折角の放課後の寄り道、俺は小さな勇気を握りしめてそこへ入店した。


「ーーいらっしゃいませ〜。ご注文は何にされますか?」


「えっとじゃあエスプレッソでお願いします」


「……あ、はーい。少々お待ちくださーい」


(しまった! さすがにエスプレッソは生意気すぎたか!?)


 今の店員さんの若干の戸惑いが脳に焼き付いて離れない。高校生がエスプレッソなんて上級者向けのコーヒーを頼むなんておこがましいと、心の中でほくそ笑んでいるだろう。なんなら俺に背を向けた途端にクスクスと笑い、今日の仕事終わりに仲間への笑い話になっているに違いない。

 そんな被害妄想で少し顔が赤くなってしまうが、面白ネタを綺麗なお姉さんに提供できたと考えればまだ救いはある。


「お待たせしましたー。ごゆっくりどうぞ」


「はあ、ありがとうございます……」


 だが、勝手に注文して勝手に落ち込む俺が悪いのだがーー


(ちっさ! マジか、エスプレッソってこんな小さいのかよ!)


 熱くなければ一口で飲み干してしまいそうな小さなマグカップに例のエスプレッソは注がれていた。有名な名前だから大人ぶって注文したはいいものの、まさかこんな小さいのが運ばれるとは思いもしなかった。無知というのは本当に残酷なものだと再認識した瞬間だった。


 取り敢えず適当なところに座ってこれをゆっくり時間を掛けて飲み干そう。


「あそこがいいか。丁度窓際だしな」


 折角勇気を振り絞った喫茶店で背伸びをした高校生が片手にエスプレッソを頼んだのだ。それに見合う場所取りも大事というもの。空いていた窓際の席に腰掛け、一口啜る。


「ーーほぉ〜」


 これが報いというのだろうか。身体の芯から大人の温かみが広がっていく感覚。少しだけ近づいた大人の世界。身の丈に合わない行為のご褒美が与えられたのだ。


「ーーねーおにーちゃん。これ食べさせて!」


「まったくしょうがないな〜ーーほら、あーん」


「あ〜ん! んむんむ、おいしー!」


「ん〜可愛い! まだまだあるからゆっくり食べようね〜」


「うん!」


 後ろの席からそんな微笑ましくなるような会話が聞こえてきた。

 兄とその妹だろうか。心休まるこの喫茶店でカフェインたっぷりの大人のコーヒーに心温まる兄妹の会話。特に疲れていない学校帰りの身体に染み渡る幸福感。何とも形容しがたいこの気持ちは何だろうか。


 そんな俺は後ろの席に纏わり付いていいる幸せオーラのおこぼれに少しでもあやかろうと振り向く。


「ーーあ」


「あ」


 それが非常にまずかった。


 まるで世界の秒針が止まったかのような。

 神がおわしますならばこの一秒前の自分に戻りたいと願うくらいに。


 そう、信じがたいことに、後ろの席に座っていたのは山本優人だったのだ。

 どう足掻いても隠しきれないヤンキー臭漂うその風貌をこの癒しの喫茶店でこれでもかと曝け出し、それとは正反対に彼の妹はもっきゅもっきゅとショートケーキを頬張っている。


「な、名取……? 何でお前、こんなところにいやがんだ……」


「あーえ〜っと、ごめん……。クラスの奴らには内緒にしておくよ。俺人脈無いから誰も信じないだろうし、逆に信用できるだろ? だから……な……。俺はここで失礼するよ。ゆっくり楽しんでな」


「ーー待てやゴルァ。なに悟った面して出てこうとしてんだーーちょっとこっち座れ」


「い、いや、俺は遠慮しとくよ。人様の趣味に首を突っ込むなんて野暮な真似はしない主義なんだ」


「ーーいいからこっち来いや」


「はい」


 かくして俺は半ば拉致られたように山本兄妹の席へと強制的に招待された。

 眼前には未だにメンチを切っている山本兄、それと俺を不思議そうに見つめる山本妹の二人と対面している。兄妹でこんなにも顔面に差があるのだろうか。いや流石にそれは失礼。表情にこんなに差が出るものだろうか。


「ーーで、お前こそこんなとこで何やってんだよ、ロリ本」


「ぶっ殺されてーのかテメーはッ!」


「馬鹿お前、こんな小さい妹の隣でそんな暴力的な発言は控えろ! あと場所も考えろ!」


「あぁそうか悪いーーって、お前が舐め腐った呼び名付けるからだろーが」


 律儀にヒソヒソ声に切り替えるあたり、やはり意外と悪い奴ではないのだろうか。何ならロリ本と揶揄って笑いが込み上げるのを必死に堪える俺が寧ろ悪い奴に該当するのか。それでも人は第一印象を意味不明なほど大切にする生き物。そのためこの場では俺が絶対的な有利ポジに君臨している。例え少しくらいからかっても周りの人々は俺の肩を持つに違いない。ああ、やはり俺は心がゲスの極みに到達しているんだな。


「そちらは妹さんなんだろ。幾つなんだ?」


「ろくさい! 小学二年生だよっ!」


「おー去年から小学生か。学校は楽しい?」


「うんっ! 同じクラスの子といーっぱい友達になったよ! 友達ひゃくにんはまだ出来そうにないかなー」


「ははっ、そうかそうか。ま、友達なんてゆっくり作ればいい。なんせあと五年あるんだからな。時間ならたくさんあるよ」


「うんっ!」


 こんなに小さい子供と会話したのはいつ以来だろうか。穢れのない純粋無垢を体現した将来が輝かしく、存在が眩しい少女。思わず胸がキュンとなるその可愛さにときめいてしまう自分がいる。


「なあ、この子の名前は何ていうんだ?」


「あぁ? 彼方(かなた)だよ。てかお前、初対面の小学生に妙に慣れた感じだな」


「小学生なんて同じ目線で話せば基本心開いてくれるだろ。俺をロリコン罪に巻き込もうとすんのは止めてくんない?」


「お前マジで明日覚悟しとけよ」


 これはいよいよ本気で怒りパラメーターが振り切れそうな予感。取り敢えず明日は死ぬ気で謝って、許しを得ないなら辛うじて四肢が繋がっていれば幸いだろう。久々に人をマジギレさせたかもしれない。兎に角いまは山本の握り拳が俺の血で染まらないことを祈るしかない。


「ーーねぇねぇ、お兄ちゃんは彼方のお兄ちゃんとはお友達なの?」


 純粋とは、時に踏み入れてはいけない領域に土足で忍び込むもの。決して少女が悪い訳ではない。悪いのはかつてその純粋さを過去に置いて来てしまった大人になりかけの俺達。

 相手の心情に寄り添い、心ある気遣いが寧ろ相手を逆撫でてしまう負の連鎖。そんな子供の頃には無かった駆け引きがいつの間にか行われ、惨めな抗争を繰り広げる。


 ここで魂の意見が合致したのか、山本は俺の顔を神妙な面持ちで見つめ、小さく頷いた。つまり、話を合わせろという無言の圧力。


「お友達だよ」

「お友達じゃないよ」


 頭が良い奴とは意思疎通が難しいのか、土壇場での食い違いが発生する。


「おいコラ! 馬鹿かテメェ。空気の読み方も知らねぇのか!」


「ロリコンと同じ空気の読み方なんて知るわけねーだろ。義務教育でそんなの教わんねーわ」


「そっかっ! お兄ちゃんたち仲が良いんだねっ!」


 なんてよく出来た妹なのだろうか。これもロリコンの教育の賜物なのか、とても良くお兄ちゃんが都合のいいように躾けられている。恐らく、どんなに山本にとって都合の悪いことを言ったとしても、空間がネジ曲がったかのように事象を書き換えられ、事象捏造の英才教育が施されている。


「ーーつーかテメェ、今日のことを誰かに喋んじゃねぇぞ」


「何だ嫌味か? お前俺が普段喋んないの知ってんだろ。言い振らせる相手がいるなら吹聴して回るわ」


「居ても吹聴するな。ぼっちなんて何するかわかんねぇんだから釘刺したほうが良いに決まってんだろ!」


「するか。人の秘密は守る主義なんだよ。お前のロリコンがクラス全体に広がることなんて無いから心配すんな」


 暫く怪訝な顔で俺を見つめるも、性格や学校での境遇を知ってのことなのか、納得したように山本は胸を撫で下ろした。

 そんな安心しきった表情を見て、思わず薄く笑みが無意識に溢れてしまう。

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