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2頁目 「木陰で彼女はお茶会を開く」

「神崎小折、か……」


 コンビニから帰宅してベッドに仰向けになる。

 神崎の家はここから約一キロところにあった。最近建築中だったその家こそがまさに神崎の家だったのだ。すぐそこにクラスメイトの女子が引っ越してきたとなれば不思議と心が踊ってしまう。


『じゃあその時はまた一緒に帰ろうか』


 これは夢なのだろうか。最早夢でも構わない。良い夢を見せてくれた神には感謝しよう。しかし欲深い人間は、仮にこれが夢だったなら死ぬほど落ち込むのだろう。俺も男ゆえ、ちょっとエッチな夢を見た時、目が覚めてそれが夢だと知った時はいつも低い朝のテンションが更に低くってしまう。

 

 ふと、コンビニで買ったグラビア雑誌に目を通す。


「はは、やっぱすげーな。体つきは言わずもがな、この被写体の女たちは一体どんな感情で撮影に挑んでいるんだ?」


 ページをめくればめくるほど様々な女性が様々な服装、シチュエーションで色とりどりの楽園の一冊を築いていた。


「中学の俺なら間違いなく興奮してたんだろうが、今となっては逆に冷静に見れてしまうな。ふっ、俺も大人になってきたということか」


 まだ一年と少ししか経っていないあの頃を懐かしく思う自分はやはり爺臭いのだろうか。そもそもまだそんなに過去を懐かしむ年ではない。しかし着実に大人へと成長している実感はある。それは肉体的にも精神的にもだ。


「ーーよし、そんじゃま、今日もやりますか」


 俺は自分のデスクに向かう。勉強をするためではない。PCのモニターやキーボード、ゲームのコントラーやマイクといった機材が完備された趣味に特化したデスクだ。


「あいーお疲れ様でーす。じゃあ今日はですねーー」



 ◆◆◆



 月曜日の朝、今週もまた地獄の一週間の始まりだ。眠い目を擦りながら家を出る。今日を歓迎する朝日と気持ちよさそうに大空を駆ける小鳥を鬱陶しく思いながら、堂々と大きなあくびを遠慮せずして学校へと向かう。


「ーーなっ!?」


 これは眠気のせいだろう。すっかり忘れていた。今この道には俺の他にもう一人、同じ目的でこの道を利用する人間がいることを。


「ん? おかしいな、いま後ろで声が聞こえた気がしたのだが。気のせいか」


 そう、神崎小折である。


(あっぶねー! バレるとこだったー!)


 咄嗟に電柱の後ろに身を隠し、神崎との対面を避ける。その衝撃に先程まであった眠気も小鳥が持っていってくれたように覚醒している。それと同時に心臓の脈拍数も爆速で急上昇している。


(ていうか、俺別に隠れる必要ないんじゃね? あいつに対して何か悪いことした訳でもないし……)


 こんなラブコメのど定番のような演出をしたところで怪しいまれるのは俺の方。そもそも何も不思議ではない展開だ。ただクラスメイトの女子が同じ通学路なだけ。何もおかしいことはない。それを何だ、こんなに変に意識しているのは。おはようの一言くらい言えばそれで済むことじゃないか。良し、そうしよう。


 俺は改めて服装と髪の乱れを整えたところで神崎とは別のルートで学校へと向かった。



 ◆◆◆



「やあ、おはよう。名取君」


「な、何で、神崎が……?」


「何でとはどういうことだ? 今日は登校の日だからいるのは当たり前だろう」


「へ? あ、ああ、そうだな。もちろんそうだ。おはよう」


 違う、そうじゃない。俺が指摘したいのは何故、神崎がこの時間に学校に着いているということだ。俺が気を使って歩いた別ルート、あれは神崎が学校へ到着する約十分後に俺が到着する計算だ。教室で顔を合わせるのは仕方ない。心の準備が整うには充分だからな。だが何でこうも予定が狂わされる。


「途中で猫ちゃんと戯れていてな。登校の時間が遅くなってしまった。あの子猫、やたらボクに懐いていてね。学校の時間もあるから少しだけにしようとしたのだが、あの可愛さに少しだけというのはどうしても出来なくてな。ついつい遊んでしまったよ。おかげでギリギリになりそうだった」


「あーそういうこと」


「君も来るのが遅いな。いつもこの時間なのか?」


「い、いや、俺はもう少し早く来るけどな。ちょっと今日は寝坊してしまってーーっておい、神崎!?」


「そうか、だから慌てて着替えたのか? ネクタイが曲がっているぞ」


 そう言うと神崎は僅かに乱れている俺のネクタイに手を伸ばして整え始めた。そんな余りにも唐突な急接近に先程まで落ち着いていた心拍数パラメータがまたも急上昇してしまう。

 閉じていた目をうっすら開けると同じ黒髪でも神崎の髪は艶が良くさらさらしていた。それに鼻孔をくすぐる芳醇な香り。日頃、女子から発せられる良い匂いには癒しを与えられていたが、神崎のは別格だった。そんなキモい感想しか出てこない俺を今すぐぶん殴りたいくらいだ。


 だが、人目を気にしない神崎の行動はこの下駄箱では場所が悪かった。

 すぐ隣を通る女子から羨望の目を向けられ、男子からも同様にそれを受けるが、一部だけ殺気立った視線を感じるのも当然の理。


「待て待て神崎! 何もこんなとこでやらなくても、人目が凄い気になるんだが」


「何を言っている。服装の乱れは心の乱れとも言うだろう。朝一から心が乱れては授業にも集中できないからな」


(いや確かに乱れてます。違う意味で乱れてますよ神崎さん!)


 ーーおいおいこいつは一体どうなってんだ。人間が生涯における心拍数の回数には決まりがあるというが、まさか俺の心拍数を上げて殺すみたいな、そんなサイコパスみたいな人間なのか? マジで分からん。


「良し、これでバッチリだな。さ、早く教室に行こう」


「あー……ハイ……」


 まるで何事もなかったかのような素振りをする神崎だが、教室までの短い道のりとはいえ俺にはその隣を一緒に並んで歩く勇気はない。なので少し後ろを歩いてなるべく他人を振りに徹するのだ。


 そして教室に入る時には下駄箱から神崎と一緒に来たとは思えないくらい距離を開け、クラスメイトから疑われぬように席に着く。

 まさに完璧な影の住人。小学生の頃、学習発表会で木の役を演じいのがまさかここで役に立とは思わなかった。宛らまさに空気。影の薄さ故、影の演技力はピカイチだある。


「おーっす名取! おはよう」


「おう河野、おはよう」


「なあお前、まさか神崎と一緒に登校して来たんじゃあるめーな?」


 俺の唯一の友人、河野光輝(こうのこうき)。コミュ力が化物級に秀でており、男である俺でさえもイケメンと認める口うるさいクラスメイト。こいつも男女ともに人気のある生徒だ。悪い奴ではないが、何かと察しが良いのは時によっては都合が悪い友人。

 そして今回も例によって痛いところを突いてくる察しの良さ。それに加えて空気の読めなさはたちの悪い、ある意味ハイブリットスペックの持ち主。


「んなわけあるか! どう頭の思考回路をミスったらそんな結論に至る。たかが俺の前を神崎が歩いていただけだろ」


「まあそっか。お前が女子と一緒に来るなんてとてもじゃないが想像つかない。地球崩壊を予兆するレベルで無いな」


「お前マジで遠慮ないのな。本人目の前にいるんだけど」


 そしてこの思ったことを口に出さずにはいれない性格も本来なら嫌われてもおかしくはないはずなのだが、何故かこいつだけは憎めない。その理由は別にあるからだ。


「ーーおーい河野。悪いんだけど今日の英語の課題見せてくんねーかー?」


「はあー? お前またかよー。ったくしゃーねーな〜。次はちゃんと自分でやってこいよー」


 そう、これがその憎めない理由の一つである。誰にでも気さくに接し、他人とのパーソナルスペースを即座に埋める人間力。おまけに頭も良い。こんなフルスペックな奴を誰が嫌いになるだろうか。嫌いになるとしたら、それは妬みや嫉み。自分には持っていないものを持っているという劣等感から生まれる感情。そんな勝手に自分と相手に決めつけた力量で測る奴がこいつを嫌いになるのだろう。完璧な人間とは、誰に対しても完璧にはなれない永遠の矛盾を生む存在。


 そんな河野を目で追っていると、不思議とすぐ近くに居た神崎にも目を移してしまう。

 彼女もまた、一人の女性と会話を楽しんでいた。なんて、視界に神崎が映ると視線を追いかけてしまうのはさぞかしキモいだろう。


 俺は窓の外へと目を逸らし、窓際ならではの絶景を今日も拝むのだ。



 ◆◆◆



 ピッという電子音とともにカフェオレが落下し、これまで期待したことのないガチャが始まる。結果は言わずもがな、外れた数字の羅列を見るこの数秒でさえも無駄だと感じる。そんな自販機を横目に、カフェオレを一口くちにする。脳にまで届く甘さと体に染み渡る暖かさがじんわりと広がっていく。


 昼休み、こうして外にある自販機でカフェオレを買い、教室に戻ってうたた寝をするのが俺流の昼休みの過ごし方だ。何てこと無い、傍から見ればつまらない時間の浪費の仕方。それでも俺は充分に心が満たされるのだ。


「ーー神崎先輩、私と……お付き合いして下さい!」


「ぶーーーーっ!」


 すぐ近くで聞こえた愛の告白。吹き出したカフェオレが制服にかからなかったのは不幸中の幸い。聞こえてきた声はすぐ横にある木の陰から。壁に背を這わせてひっそりとその様子を覗き込む。本来ならこのような行為は目に余るものだが、告白の瞬間を目撃するとなれば結果が気になってしまう。それはもう自販機ガチャとは比べ物にならないくらいに。それは相手が相手なら尚更のこと。

 ちらりと覗くと、女子と女子が面と向かい合っている。一年生だろうか。見知らぬ女子が懸命に頭を下げている。そしてその相手はまさかの神崎である。


「……ありがとう。ボクなんかに、とても嬉しいよ」


 神崎は俯き、顔を上げて改めて女子と向き合う。


「じゃ、じゃあーー」


「でもすまない。ボクは君とは付き合えない」


「あ……ーー。そ、そうですよね。女の子が女の子に告白なんておかしいですよね。分かっていたことでした」


「いや、お付き合いをすることに男も女も関係ない。ボクが本気で好きなら相手が女の子だってお付き合いするさ。だから君からの告白は素直に嬉しい。これはボクの紛れもない本音だ」


「そうですか。神崎先輩が私のイメージと遜色のないお方で安心しました。もし良ければ、これからも神崎先輩と気軽に接してもよろしいでしょうか?」


「ああ、もちろん構わないさ」


 これはまさに天晴な幕引きだ。不思議とドラマのワンシーンを垣間見たかのような満足感。あの清楚そうな後輩女子もさることながら、やはり神崎も相当に出来た人間だということが窺えた。

 今や多様性に寄り添っていく時代。男と男が付き合うこと。女と女が付き合うこと。昔ならそれは理解されず、周りからは疎外され、自分の狂った価値観に頭を抱えた人間も少なくはないだろう。俺自身、そのような趣味はないが、同性同士で付き合うことに関しては賛同する一人だ。


(つーか、あいつはどこまで人の理想に身を置くんだ?)


 なんなら見た目とは相反して性格が超が付くほど悪ければまだ人間らしさがあるというもの。顔と性格がベストマッチしてしまっては粗を探すのが難しい。完璧な人間を前にするとその人の粗を探してしまうのは俺がおかしいのか。これは否だ。平等じゃない世界が悪い。


 涙ぐましい結末を見届けたところで俺も教室に戻る。昼休みの時間が終わってしまうから。


「さて、それじゃあ感想をもらおうか。覗き見くん?」


 気持ち良く教室に戻ろうと踏み出した一歩がたった一言で踏み止まる。まるで地面から生えた鎖が絶対に逃さんと二歩目の歩行を禁止させるみたいに。


「お、俺……?」


「ふっ、君以外に誰がいる? 傍観者気分で帰す訳にはいかないさ。女の子同士の密会を覗いたんだ。一言くらいコメントしてもらわないと困る」


 間違いなく神崎は俺を捉えていた。言い逃れも言い訳も出来ない。この場に停滞した数分を後悔しても遅かった。下手に抵抗すれば有罪の判決を下す裁判が下され、間違いなく言葉責めにあうだろう。


「悪気はない。今の俺に言えるのはそれだけだ」


 両手を上げ無抵抗のポーズを取る。せめて罪が少しでも軽くなるように。


「あっははは。何をそんなに怯えているんだ? 別に君を吊し上げたりしないさ。いいからこっちに来てくれ。少しお話をしようじゃないか」


「お、おう……」


 手招きをする神崎の元へと自然と体が吸い寄せられる。しかし彼女の言う通り、きっと誰にも見られたくはない光景を覗き見してしまったのだ。初めから断る権利もない。俺は重々しい足取りで神崎の元へと歩み寄るーー。


五話ほどストックするため、少し投稿頻度が減ってしまいますがご容赦下さい。

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