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17頁目 「その少女の瞳越しに見る花火は、それはもう――」

 今宵は何処かいつもと違った夜の風景。

 普段は静かながらも、それが神様の神格と装飾の荘厳さに表れているその神社に、多くの人で賑わっている。

 親の子守歌より聞いた太鼓と笛などからなる祭囃子が、まるで御伽噺に迷い込んだような非日常を醸し出す。


 更に、それを色濃く演出するのは参道を挟んだ屋台。

 焼きそばやお好み焼き、りんご飴。アミューズメントでは金魚すくいや射的、型抜きといった、子供の頃に目を輝かせて親の手を引っ張ったあの頃と変わらない光景。

 すぐ隣では、小学生の友達同士が金魚すくいで盛り上がっている。ほんの僅かな時間、視界に入っただけで当時の自分と重ねてしまう。


 人間とは不思議なもので、無限とも言える数多くの日常の中で、全てを記憶できる人間はいない。しかし、ある一定の条件下では、その日の記憶が色褪せない思い出となって鮮明に蘇ってくる。

 かつての情景が美しいと思うのは、日々より重ねてきた過去との乖離が進むにつれ、その差が大きければ大きい程、それを懐かしんだ時に美しいと感じるのだ。


 “色褪せない思い出”なんて一見は綺麗に聞こえる言葉だが、いつかの日を羨む現在(いま)との溝を埋めるために、己が無意識の内に色鉛筆で描いた思い出を絵具でただ色濃くなぞっているだけに過ぎないのかもしれない。


 そんな、一人で滑稽な感傷に浸っている俺は今、神様に感謝と祈りを捧げる夏の定番――夏祭りに来ていた。


「――お、来た来た。おーい名取ー! こっちだこっちー!」


 いつもは田舎ならではの物静けさが、今日に限っては耳も足元も覚束ない状況。そんな中でキョロキョロと頭を振る俺に河野の声が届く。

 駆け寄ってみると既に他の四人も到着しているようで、俺が最後の一人になっていた。


「すなまい、遅くなった」


「おいおい名取ぃ、何で一番近いお前がこんなに遅れたんだ?」


「そうよ。こんなに人が多いんじゃ、ただでさえ影が薄いアンタを探すこっちにの身にもなってほしいわよ」


「そんな影の薄い奴をこんな夜に良く見つけ出せたな。相当目を凝らして探してくれたんだな」


「ばっ――ばっかじゃないの!? 影の薄いアンタでも、屋台の光で何とか浮き出てたってだけよ! っていうか、今のアンタにそんな口が利けるのかな~?」


「いや別に俺そんな大した口利いてないんだけど……」


「アタシたち女子三人に焼きそばを奢るってのが確定してんだけどね~」


 顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきたと思ったら、今度は何やら憎たらしく、にやにやにながら花崎は上目遣いで俺の顔の前で指をくるくる回している。

 しかし問題なのは、何故か俺が女子に焼きそばを奢ることが前提で話を進ませていること。そんな、身に覚えのない確定された世界線に生を置いている自覚はこれっぽっちもない。


「因みに聞くけど、何で?」


「アタシの許可なく勝手にバイト先に来たことを忘れたなんて言わせないわよ? 何が悲しくてトライアングルバカにメイド姿を見られなきゃならないわけ。あたしがどれだけ恥ずかしい思いをしたか……ねぇ、アンタに想像できる?」


 くるくると回している指が徐々に顔に近づき、ついには俺の頬にドリルのようにめり込んでいく。それでもぐりぐりと指を回し続ける花崎はそれはもう楽しそうで、やっと仕返しが出来ると言わんばかりの、分かりやすく悪を引っ下げた表情。

 痛みに耐えながらもちらりと河野と山本の方を見る。すると、さっきまで子供のように楽しげだった河野も、俺に悪態を付いていた山本も、夏祭りに来たとは思えない程に顔を俯かせて気が沈んでいる。


 どうやら既に裁判は有罪の判決が下されたらしく、ここは余りにも身に覚えがある世界線のようだ。


「そうそう、あのロリコンはお好み焼き。そっちの残念イケメンはイカ焼きを奢るってことになってるわ。喜びなさいよ愚民ども。この程度であたしは水に流そうかなと思っているのよ?」


「ふぇ、みぶにながふとひまっはわへやないの?」


「なに? 文句でもあるの? いつからアンタらにアタシの過去を清算できる権限を持っていると思ってんの?」


「ふ、ふみまへん……よろほんへ奢らへていははひまふ……」


「ふふんっ、分かればいいのよ」


 ようやく指ドリルから解放され、赤く染まった頬を摩る。ご機嫌が麗しくなった花崎を見て、それとは反対に肩をすくめて首を垂らす。同じような拷問をあの二人も受けたのだろう。俺ら男三人がこうなることは元より必然だったのだ。


「――だ、大丈夫かい、名取君。花ちゃんもあぁは言っているが、無理して奢らなくてもいい。本人も冗談半分だろうからさ」


 こんな時でも、俺の肩を優しく叩く神崎は神社に祀られた神様のようで、この夏祭りは神崎に感謝を捧げる行事だと錯覚してしまう。だが神崎は一つ、勘違いをしている。


「お気遣いどうも。でもお前、アレが本当に冗談半分で言ってると思ってるのか? あの魔人は冗談と謳いながら射的に本物のライフルを持ち込んで来そうな光景を想像させる女だぞ。言う通りにしなかったら多分りんご飴で頭カチ割りに来るだろうな」


「な、何でそんなに花ちゃんに恐怖心を抱いているんだ……?」


 何で、と聞かれると色々と出てくるが、ここまでくると地獄耳を持っていそうで怖い。

 煩わしい虫を潰してせいせいしたと言わんばかりに、今や楽しそうに天宮と話してはいるが、そんな状況でもついポロっと本音を漏らした拍子に首を180度回してこちらを向いてきそうだ――と、言うくらいには怖いと言っていい。

 夏祭りが血祭りにならないようにするには、今宵の花崎の機嫌を最高値に維持したまま過ごさせるしかない。


 そんな俺の覚悟の眼差しを河野と山本に送る。それを感じ取った二人もまた、俺の肩を組むように力強く頷いた。


「まあ、こっちにも色々事情があるんだよ。だから神崎、花崎がりんご飴を手にしたら、絶対にあいつから目を離すなよ。この夏祭りを心ゆくまで楽しみたいならな。お前が唯一の生命線だ。頼んだぞ」


「だから君たちは一体どうしてそんなに怯えているんだ!?」


 もう関わってられないとばかりに急ぎ足で天宮と花崎の元へ駆け寄る。

 三人仲良く談笑をしている姿を見て俺は一つの過ちを犯してしまう。


 それは、彼女たちが浴衣を着ているという事。


 到着に遅れた申し訳無さと花崎の拷問のような問いかけによりすっかり忘れていた。よくよく見てみれば、三人ともこの場において最も相応しい催しをしているではないか。

 男ならば誰もが羨むその姿に俺はついぞ舐め回すように凝視してしまう。神崎に至っては、恐らく男が見たい神崎の服装第二位に躍り出る浴衣姿。第一位は言わずもがな、水着だろう。三位は分からない。だが、上位ワンツーを見てしまったというこの罪悪感、それに反して謎の優越感も味わっている。

 仮にこの事を話せる相手が居たとして、その暁には一体懲役何年の判決が下されるか。最悪の場合、死刑になる可能性も大いに秘めている。


 その証拠に、すれ違う男が彼女たちをチラ見――どころかガン見し、隣で歩いている彼女にどやされる光景まである。何と罪深きお三方の浴衣姿。罪を誘発するその姿に寧ろ一切見るなと言う方が難しい。男としての天命をこれまでかと煽り立てる様子はまさに天然の厄災。彼女持ちの男は罵詈雑言を覚悟して夏祭りに挑まなければならないのかと思うと、その意味ではとても辛辣なイベントではある。


「――さて、ここで何時までも立ち話しても勿体ないし、時間まで屋台を探索しようか」


 神崎のその一言ではっと我に返される。

 ここは夏祭りの会場。従って、女子の浴衣を見ただけで満足してはいけない。屋台巡りという醍醐味を、俺はすっかり忘れていたのだ。



 ◇◇◇



 頭上からドローンで見た時、参道に並んだ屋台は店の光で境内へと続く光の道が出来ていることだろう。それは地上から見ても感じ取れる。


 店員の客を誘う声、元々の夏の暑さと人の多さによってより熱気が増す事に悪態を付く声。そんなことはお構いなしに元気な子供の声と走り回る姿など、多種多様な様子が参道を歩いているだけで無数に見て取れる。

 そんな活気に包まれたこの場所が、俺たちもその一部になっていると思うと、この五人の会話がそれだけちっぽけなことか。


 俯瞰して見るそれらに対して、俺は何処か一歩引いた立ち位置に居る気がする。

 とめどなく耳から入って来る様々な音が徐々に遠ざかっていく感覚が、次第に俺を襲ってくる。今に始まったことじゃない。その理由を俺は知っている。どれだけの人の数、人の輪に入っていたとしても、結局のところ、俺は――


「名取君! 何でそんな後ろに居るんだい! ほら早く、一緒に射的やるよっ!」


 いつの間に俺は自分の足元を見て歩いていたのか。気が付けば、俺の手を神崎が握っていた。


「しゃ、射的ぃ?」


「そう、ほら行くよっ!」


 そうして神崎に引っ張られ、俺は射的の屋台で既に準備を始めている四人の元へと連れて行かれた。


「遅いわよ。アンタ何してたの?」


「屋台が多すぎて目移りしてたんだよ――ってか、お前ホントにそれおもちゃなんだろうな。自前のモノホンのライフルじゃないだろうな……?」


「当たり前でしょ。何ならそのどたま、撃ち抜いてあげようか?」


「俺は景品じゃないので止めてね。あと銃口を人に向けるのも。花崎がやるとマジで怖いから」


 コルクの弾をセットし、見た目だけのリロードをした花崎は俺のおでこに銃口を当ててきた。「ふふんっ、まぁ見てなさい」と、西洋のガンナーばりに帽子を指でくいっと上げる仕草をしてどや顔で何やら勝ち誇った顔をしている。

 俺で人を撃ち殺すイメージが出来たのか、射的台に肘を乗っけてライフルを固定させる。

 狙いを定めた標的はドロップ飴が入った昔ながらの金属の箱。片目を瞑り、適切な狙い目になるまで微調整を繰り返す。その余りの集中っぷりに俺たちも思わず緊張の汗が流れてくる。


 緊迫した空気を破ったのはポンっというコルクの弾丸が発射された音。寸分違わず放たれた弾丸は花崎の狙い通りの箇所に向かい、そして、カンッという物が入っている鈍い金属音と共に弾かれる。結果、景品は背を傾けることなく堂々とその場に鎮座している。失敗だ。


「くっ……!」


 渡された弾数は三発。負けじと弾を詰め、続けて撃つもものの見事に弾かれ、三発目は華麗な弧を描いて花崎の頭へと飛んできた。


「何で倒れないのー!」


 俺が遅れている間にどうやら一人一回だけと決まったらしく、再戦は叶わない。悔しそうな表情から一転し、花崎は睨みつけるように俺たちを見る。


「アンタら、あれ、取りなさいよ」


「「「え?」」」


 魔人にやれと言われたら断れない俺たち魔人の三銃士はそれに従うほかない。拒否権なんて便利な権利は、俺たち愚民には配布されるはずもなく、仰せのままに首を垂れるだけの哀れな屍。


「――うっし、しゃーねーから俺がいっちょカッコ良く決めてやっか!」


 二番手は何やら自信を秘めた河野が後に続く。花崎が失敗したとはいえその功績は大きく、三発も当てられた標的は微妙に後退している。このまま数撃てば当たる理論を駆使して行けば、いずれ撃破が可能となるだろう。


 そう思い描いていたのも束の間、用意された弾を全て吐き出しても、未だ箱は倒れることはなかった。


「ま、マジか……」


 自身過剰も空しく、膝から崩れる河野を俺は憐れむことしかできない。そこに「使えないわね」と吐き捨てるセリフが鋭い刃となって河野に追い打ちをかける。

 だがおかげで飴の箱も景品台すれすれまで後退してきている。あわよくばあと一発で仕留めきれるところまで踏ん張った河野を俺は称賛したい。結局のところ、これはもうチーム戦のようなものだ。誰かが仕留めれば俺たちの大勝利。大団円ということになる。


 そんな期待を背中に浴びて次に前に出たのは山本。


「――まぁ、こんなの余裕だろ」


 適当に三発当てれば倒れる状況で余裕が出ているのか、その気配は後ろに居ても感じ取れる。これでもう花崎から罵られることは無くなる――と、そう思っていた俺が凄まじく馬鹿だったと後悔する。


 理由は、何故か山本が放った弾丸が全て標的を掠め、三発中ゼロヒットというとてもじゃないが有り得ない結果で幕引きとなってしまった。


「ま、マジか……」


「いや“マジか……”じゃないわよ! それはこっちのセリフだっつーの! 何であんなデカい箱に一発も当たらないわけ!? マジで意味わかんないししんっじらんない! アンタ頭良いくせして他のとこはまるでダメダメなのほんっとムカつくわ!」


 ぐうの音も出ない怒りの言葉に、流石に山本からの抵抗も無くだんまりを決め込んでしまう。確かに前に山本が運動音痴だということは本人から聞かされていたが、これは誰もが引いてしまう。そもそも、射的は『運動』のカテゴリーに含まれるかも怪しい。

 しかしこれには本人も驚いたのだろう。まるで岩のように固まってしまった。かといってフォローできる言葉も、この惨劇では芥川賞を受賞している作家ですら出てこないだろう。


 だが最後はとうとう俺の出番。出鼻を派手に挫いた花崎のミッションを遂行しなければいけない。だが、そう重く意気込んでしまったは俺も山本の二の轍を踏みかねない。ここは一度深呼吸をし、リラックスした状態で戦場に赴くのがベストだと判断する。


 そして一発、二発と弾を打ち込むがあと一歩というところで踏み止まれてしまう。しかし焦る必要はない。残るはあと一発。落下寸前まで追い込んだ標的はどこに当てようと倒れる運命にある。これが勝者の余裕というやつなのか。この一手で俺たちが報われると思うと自然と笑みが零れてしまう。


 そして俺はトリガーに手を掛けた時、途端に鼻がムズムズと疼き出す。


「――ぶぇっくしょいっ!」


 一旦くしょみをして鼻のムズムズを抑えようとした途端、どうやら反動で引き金を引いてしまったらしく、あらぬ方向に飛んだ弾はどの景品にも当たることなく、無様に地面へと着地してしまった。


「え、えと……これは、その……」


 怖かった。ただ怖かった。後ろを振り向くのが。もう既に背中にビシビシと殺気の視線を体が貫通するほど受けている。「あ、あちゃ~」という神崎の落胆した声も聞こえてくる。

 俺は恐る恐る後ろを振り向くと、魔人と比喩していた表現が現実味を帯びるほどに、花崎はそれはもう怒り心頭のご様子。人間は本気で怒らせると、逆にそれ程までに顔に変化は現れないことを知った。人間は怒りパロメータが振り切ってしまうととても恐ろしいことを、知ってしまった。


「ご、ごめんね……?」


「オイお前ら、三人仲良く茶番劇をやって面白いか? 演目は何だ? 『仲良しおバカ三人による射的大会』ってか? いいわよねー楽しそうで。ただ、観客に怒りを買う事だけを目的としたくだらない茶番を披露して何が面白いの?」


 どうやら俺たちは銃の引き金ではなく、花崎の逆鱗の引き金を引いてしまったらしい。


「は、花ちゃん……? 怒るもその辺で――」


「えいっ」


 カタンという落下音により一同は射的台に視線が注がされる。

 そこには、屋台のおじさんから受け取ったほんわかな天宮の姿があった。なんと、手にしていたのは今まで俺たちが標的としていた飴の箱。


「はいっ、花崎さん。これでよろしかったのですよね?」


「え? あ、ありがと……。別に自分の欲しいもの取っても良かったのに~」


「いえいえ、皆さんあんなに必死でしたので、無駄にするのはなんか心苦しかったので」


「アンタって女は、ホントに良い人よね~」


 「えへへ」と頬をぽりぽりと掻く天宮の後ろでは早速神崎がスタンバイ状態に移行している。

 射的台で固定せず、銃身が重いライフルを自分と同じ目線で片手で固定するガンマンスタイル。狙いを定め、目事標的を撃ち抜く。


 落とした景品は、それは余りにも小さな起き上がり小法師だった。


「お前それでいいのか……?」


「え? だってこれ可愛いからね。ボクは満足だよっ!」


 周りに居た小さい子供が見惚れるガンマンスタイルとは裏腹に小さすぎる景品。それでも本人は至って嬉しそうにそれを眺めている。とはいえ、何も大きな景品を落としたからと言ってそれが称えられるわけではない。何よりも本人が嬉しければそれで良いのだ。


 それから暫くは参道を練り歩き、約束していた代物を奢らされる男一同。しかしそれだけでは飽き足らず、夏の女子の胃袋は異次元なもので、道中にアレも欲しいコレも欲しいと告げられ、男三人の腕は食べ物で塞がってしまっていた。

 それでも女子三人が美味しく食べているその姿を見ているだけで、俺たちはやれやれと口を揃えて満足していた。このような光景が見れるものなら、パシリにされることも悪くないと、ついつい思ってしまう。


 男尊女卑なんて言葉は何処へやら。全く逆の立場にあるこの様を微笑ましいと思うのは、少なからずこの夏祭りを楽しめている証拠なのかもしれない。


『――まもなく、花火大会が始まります。移動の際は足元に充分気を付けてください。お子さんがいらっしゃる方は見失わないように、細心の注意を払いますよう、お願い申し上げます』 


 そうアナウンスが鳴り、周りの客も今か今かと夜空を見上げて待ちわびている。


 まもなく、恒例の花火大会が始まろうとしている。海から近いこの神社では、毎年港から花火が打ち上がる。

 夏祭りに花火大会と、欲張りセットな催しが昔から地元民に愛されている。そんな地元民である俺だが、この花火を見るのは二年ぶりだ。


「お、いよいよ始まんのか。なぁなぁ、あの鳥居あたりで見ようぜ! 良く見えんじゃねーか!?」


「チッ、花火なんて何処で見ても一緒――」


「はいはい、空気の読めないロリコンもさっさと行くわよ~」


「うふふっ、花火自体も綺麗ですけど、あのどかーんが良いんですよね。あのどかーんが」


「あぁ、分かるよ。時折目を瞑って、予想しないタイミングで花火の音が鳴った時のあのドキドキ感が堪らないんだ」


「ちゃんと花火を見てね。音ゲーじゃないんだから。花火師が泣くぞ」


 ぞろぞろと他の客も移動を始める中、俺たちは一足先に鳥居のところまで足を運んだ。正面には一切を遮ることが無く、花火を観賞するには絶好の場所。

 鳥居の下は階段になっており、そこに腰を下ろして今か今かと待ちわびる人も増えてきた。


 少しだけ、子供の頃を思い返した。

 それは初めて打ち上げ花火を見た時の記憶。小学校一年生の頃だっただろうか。その時も今と同じ場所で、姉と手を繋いで花火を見ていた。周りの子供がはしゃいている中、その美しさに目を奪われ、俺はただじっと見つめていた。歓喜の声を上げることもなく、音の大きさに驚いて泣き喚くわけでもない。ただただ、夜空に咲く大きな花を眺めていた。


 そんな俺を見て親は本当に楽しかったのかと心配してきた。当時の俺の反応を見れば、親として当然の疑惑だろう。でも俺は、心底楽しかったと断言できた。


 余程の衝撃だったのだろう。その当時のことは今でもはっきりと覚えている。


 そんな、過去の回廊を歩いていた俺を遮ったのは、一つの大きな音だった。

 同時に周りから歓声も聞こえてくる。音の鳴る方へ顔を上げると、そこには二年ぶりに見た夜空に咲く一輪の花があった。胸に直接叩きつけてくるような音と共に咲く満開の花は、刹那に散って煙だけが漂っている。


 それが開始の合図となり、曲に合わせて様々な形をした花火が徐々に打ち上げられた。


「――うっはー! やっぱすげーなー!」


「ちょっと河野、た~まや~くらい言いなさいよ」


「え、何でそんなガキ臭いこと――」


「た~まや~――あ、あれ? 子供っぽいですかね……?」


 流石の河野も自分の発言に責任を感じたのか、前言撤回の勢いで天宮に続く。


「いや、グッジョブだぜ天宮! た~まや~! おい山本、お前も言えよ」


「何でだよ! 言わねぇよ!」


「うわ~……。やっぱり綺麗だな。確かにこれは思わず叫びたくなってしまうな。君は言わないのかい? 名取君」


「遠慮しときます……」


 周りが目を輝かせている中、俺は不思議とそこまで気分が乗っていない。確かに打ち上げられている花火はとても華々しくて多くの人を魅了しているだろう。だが子供の頃のようなあの衝撃は、少しだけ大人になった今の俺には物足りなさがある。

 皮肉なことに、花火師を泣かせているのは俺のような心が腐っている人間なのかもしれない。


 そんな時、ふと隣に立っている神崎へと視線を移す。

 すると何故だろうか。まるで子供の笑顔のように口を開けて喜んでいる彼女の顔が、気になって仕方なかった。いや、正確にはその瞳だ。彼女の瞳越しに見る花火は、まるで万華鏡を覗いたかのようなきらめきがそこにあったのだ。


 俺が見ている花火と神崎が見ている花火。そこに何ら違いはない。けれど、彼女のレンズを通して見る花火は一段と輝いていて、“綺麗”という言葉が思わず口から零れだしてしまいそうな、花火泣かせの瞳をしていた。


 まるで子供の頃のような視線を送る俺に気付いたのか、神崎は俺の方を見た。見ていたことが恥ずかしかったのか、とっさに反対方向を向いてしまった。


「……綺麗だね」


「あ、あぁ……綺麗だな……」


 その俺の発言は一体()()()のことを言っているのか、俺自身も分からなかった。


 そんな挙動不審に陥っている俺の手を唐突に握り、耳元で囁いてきた。


「――ねぇ、ちょっと向こうに行こうよ」


「は? 一体何処に――」


 考える間も与えることなく、神崎は俺の手を握ったまま人波を縫っていく。後ろを振り向くと、他の四人はこちらには気付いていない。


 カツカツと鳴る下駄の音が止んだ時には、俺は参道の外れの杉林が立ち並んだ場所へ招かれていた。

 他に人影は無く薄暗いここは、時折花火の光で辛うじて照らされる程度。そんな場所に神崎は息を切らしながら導いた。


「――いや~、やっぱり下駄を履きながらだと走りづらいね」


「下駄で走るなよ。てか、何でこんなところに来たんだ?」


「……少し、試してみたくなったのさ」


 そう言うと、神崎は俺に近寄ってきた。未だ呼吸が整っていない神崎の口からは等間隔で息が吐かれている。徐々に顔が近づき、生温かい息遣いがどこか色気があり、妖艶な女性へと変貌する。

 気付けば、俺の目は神崎の唇へと視線を注いでいた。抵抗することも出来た。しかしこの場の雰囲気がそれを否定し、とっさに目を瞑る俺はただ成す術も無く未来に背中を預けてしまう。


 そんな俺の唇に触れられる柔らかい感触。まさかと目を開けてみると、神崎の小指が横向きに当てられていたのだ。


「あっはっは! 勘違いさせてしまったかな。ごめんね」


 唇に小指を当てられ、喋ることが出来ない俺は赤面するのが精一杯だった。だが、神崎は続けて人差し指を立てた。そして今度は自分の唇をそこに当てたのだ。


 互いのキスを妨げるように間に入った手があるとはいえ、その距離は僅か十センチといったところか。そのまま互いに口を開くことなく数秒間見つめ続けた。


「ふふふ。今のこの状況、どのくらい離れて見れば、ボクたちがキスをしているように見えるのかな」


 何気ないそのセリフが、想像力豊かな俺の脳みそをフル回転させる。

 もし仮にどこぞのカップルがこの杉林に入ってきたとして、花火によって不意に照らされたその先に、今の俺たちが居たら。遠くから見た俺たち二人の影は、さぞキスをしているように見えるだろう。


 思わず想像してしまい、その光景を無理やり消し去ると、花火によって神崎の表情が照らされる。そこには、同じように顔を赤らめさせながら瞳を震わしている、煽るような言動とは相反した表情の神崎があった。


「ねぇ、名取君。この夏はちゃんと楽しめたかい?」


「え? あ、あぁ。それなりに」


「そうか、それは良かった。――よし、じゃあそろそろ戻ろうか。皆に心配させてしまうからね」


「そ、そうだな……」


 未だに残る神崎の指の感触が、何時までも俺の心を狂わせている。

 そしてあの時の――花火を横目に神崎を見た時のあの感覚。あれは紛れもなく、初めて花火を見た子供の頃と同じだった。


 純粋に――と思ってしまった。

 素直な子供がそれを見て真っ先に言い出しそうなそれを、俺は神崎に向けて思ってしまった。


 それを否定してしまうには、今の心臓の鼓動は、余りにも速すぎる――。

 

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