13頁目 「名取智宏に寄せられた神崎小折のお誘い」
今期最大の壁であった期末考査も無事に終了し、何とか赤点は回避することに成功した。いい加減、毎回テスト開始間近まで教科書と睨めっこする構図を何とかしたいと思ってはいる。だがそういった信念を携えて一年間、何も改善されていないのだからこの後の学校生活も同じ過ちを繰り返すのだろう。
そうやって人は己に緩めの枷を掛けつつ、本気でヤバくなった時にその枷を最大にまで締め付ける生き物なのだ。そうでもして自分に言い聞かせて正当化しなければこの世は生きていけない。
なんて、詭弁をつらつらと述べてはいるが、全ては俺のだらしない性格が今日まで続いているのが原因だ。今日まで続いたその惰性にもはや背中を預けるしかないのか。自分で何とかする努力をしない俺は、結局は何処まで行っても堕落した日常を謳歌するのみなのだ。
そんなこんなで何とか終業式を迎え、明日からは待ちに待った夏休みが幕を開けようとしている。
一か月間の縛りからの解放。何て清々しい気分なのだろか。胸躍る高揚感からか、燦々とした日照りさえも無敵の俺にとっては造作もないこと。冷房の効いた部屋で仰向けになっている人間には、夏の太陽でさえノーダメでやり過ごすことが出来るからだ。
午前中で学校を終え、今まさにこれから幸せな、惰眠を貪る時間が到来しようとした矢先、スマホに一件の着信が届いた。仕事先の親からのお使いだろうか。しかし、画面に表示されたメッセージの送り主の名前には、神崎小折という女子の名前が表示されていた。
「え、何だ急に……」
内容を確認すると、『今何してる?』の一言が送られてきていた。
これは非常にまずい。ここで正直に暇なんて返そうもんなら何かしら面倒事にまた首を突っ込みかねない。かと言って適当な用事を考えるのもそれはそれで面倒だ。
既に惰眠モードに移行しつつある俺の脳みそが導き出した答え、それはそっと電源を落とし、枕元に置いて目を閉じること。後で起きた時にでも謝罪の一言を返しておけばこの件は無難にやり過ごせる。
「すまないな神崎、俺はこれから夢の世界に用があるんだ」
嘘は言っていない。俺にとっては寝ることも一つの用事だ。たとえ神でさえ、俺の眠りを妨げることは出来ないだろう。もうそこまで極限状態が迫っているのだ。
(ほら、瞳を閉じれば夢の世界がおとずれ――)
だがそこで待ったをかけたのが、またしても俺のスマホ。しかも今度は電話の着信音が鳴り響いた。枕元で耳が劈くほどの電子音を浴びせられる。着信画面を見ると、そこに表示されていたのはやはり神崎小折の名前。もしかして緊急の用事なのかもしれないと無理やり自分を納得させ、半ば折れながら電話に出る。
「はい、もしもし」
『君、いま無視しようとしただろ』
「……いやしてないよ」
『じゃあ今の間は何だい』
一瞬、素直に無視しようとしたと話すか嘘を付くかの二択を迫られらた俺は即座に導き出した否定の体で事態を抜け出そうとしたが、どうやらレスポンスの遅さが返って違和感を仰いでしまったようだ。
「――で? 一体何なんだ? また俺の家に集まろうって話か?」
それはそれで別に構わないのだが、折角心が開放的になった今、俺のお昼寝タイムを邪魔されるのは勘弁してほしい。開放的になった瞬間に瞳を閉ざすのはどうかと思うのだが、平日の昼間から惰眠を貪るという優越感がさらに昼寝を催促してくるのだ。
『今からボクとデートしてくれないか?』
「……ん?」
DEADしてくれないかと聞こえたのは気のせいだろうか。しかもボクと一緒にという、無理心中を唐突に提案してきた彼女に対して思考が固まってしまう。まさかこんな極端に今後の人生を左右させる選択を迫られるとは思いもしない。これはイエス言うべきか、ノーと言うべきか。死んでも蘇る逸話を持つイエス・キリストでさえも困惑するだろう。
『実は海に行くなんて小学生以来だからね。水着を持っていないんだよ。ほら、男の子がいれば色々と意見も聞けるだろうからね。流行り物を知らないから君の意見に頼るしかないんだよ』
「え? 水着? あー……そういうことね」
『うん? 何と勘違いしていたんだい?』
「あぁいや何でもない。気にしないでくれ」
どうやら早とちりしたした俺の脳内予測変換は勝手にデートをDEADだと勘違いしていたらしい。神崎のことだ、いきなり相手に無理心中なんて提案しないだろう。デートしようなんて、今まで生きてきて初めて言われたセリフだから頭の回路が少しおかしくなったのだろう。
(……デート? 俺が? 神崎と? 何で?)
脳内で華麗なる四段活用を無意識に行ってしまうくらいに戸惑う。
冷静に考えてデートしようなんて女子から誘われることはあり得ない。俺は自他共に認めるひねくれ者だ。屈折しまくった性格を持つ俺をデートに誘う女子がこの世に存在するのだろうか。
どうやら神の子は存在する様子。これがイエスに魅入られた者の気持ちか。
神崎小折がそんな俺に与えた洗礼。これをご褒美と預からんとして何と言うか。そして内容が神崎の水着選びという男の真の実力が試される舞台。これまで培ってきた知識をようやく見せる時が来たのだ。これを断る道理は俺には存在しない。そんな道理なら海の底に置いてきた。
俺はこれまで出したことのないイケメンボイスでそれに応じた。
「任せろ――」




