12頁目 「男の夢語り。されど女子の防御力は遥か高く」
「――じゃあこれから夏休みの予定超会議を始めるわよ!」
A4の白紙の上に蚊を一撃でお陀仏にしえるほどの台パンを放つ花崎。
先程まで勉強道具でありふれていたテーブルの上をものの数秒で綺麗に片づけをし、コンビニで買ってきたであろうお菓子と白紙の紙と数本のペンを用意してそう宣言した。
拍手喝采を浴びせるのは河野と神崎、それに天宮の三名。加えて援護射撃を送る蝉の鳴き声。何やらテンションが高い花崎にたじたじになってしまっている俺は既に置いてけぼりを喰らってしまう。
「えっと、お勉強会はもう終わり?」
「当たり前でしょ。そもそも夏休みの予定を決めるのが本来の目的なんだから」
「でも俺の勉強は?」
「そんなの後は自分で頑張りなさい」
「ひどい……」
どうやら成績弱者の意見はそこらに無造作に飛んでいる蚊と同等の価値しかないらしい。そう考えるとその蚊すらも可愛く思えてきて幾らでも血を吸わせてあげようかなと思ってきたりもする。まあそんなことをしてきたら勿論はたき潰すけど。
ただ如何せん花崎がウッキウキなのが不思議でしょうがない。なんなら不気味でもある。
「ていうか何すんの? 俺暑いの苦手だからできるだけ涼しい所がいいんだけど――」
「誰もバカ名取の意見は聞いてないわ。アンタはアタシたちで決めたとこに黙ってついて来ればいいのよ」
「お、おう……」
このぞんざいな扱いはもはや、この場に居させているだけでもありがたいと思えとみたいな意志を強く感じる。この場を取り仕切っている花崎に反抗するのは即ち他の連中を否定するのと同義なのだろう。今日は何処まで行っても俺の味方に付く人間はいないのかもしれない。
「じゃあそんな名取に聞いてあげる。夏休みといえば? 復唱して、はい海!」
「う、海」
「花火!」
「花火……」
「そして夏祭り!」
「夏祭り……」
「何だこれ、新しい拷問か……?」
恥ずかしい公開拷問を受ける俺に山本も流石に可哀そうに思えたのだろう。しかしこの独裁者に噛みつけるような権限は山本にも持ち合わせていない。
今言った三つのイベント――まあ花火と夏祭りは同時開催だろうから実質二つなのだが。海に至ってはただクソ暑い中にわざわざ塩水に浸かるという意味不明な行いの何処に心躍るのか未だに分からない。とはいえ、何も海水浴に楽しみが見出せない訳でもない。それは言わずもがな、男なら誰でも分かるだろう。
「やっぱ海水浴がいっちばん楽しみだよな~。もうなんつーの? 一言でいえば楽園? みたいな。女子があんな薄っぺらい布切れ一つで浜辺を駆け回ってるんだぜ? 破廉恥すぎるだろ! 最高かよ!」
頭の中では海水浴を楽しんでいるのか、想像を抑えきれない河野は既に興奮状態に陥っている。
しかし河野の言う通り。海水浴の楽しみといったら女子の水着が鉄則だろう。男であるなら、海と聞いて第一に頭に思い描くのは女子の水着姿。何なら俺たち男はパラソルの下で女子たちの水着姿を拝めるだけで充分だったりもする。変態だと思うだろうか、いいえ紳士です。男は紳士を極めればこのような上級のお遊戯もするのだ。山本に至っては妹の彼方の水着姿に思わず鼻血ミサイルを浴びせる事だろう。そうなってしまえばライフセーバーに今後のライフを削られることになるだろうが、まあそれすらも解ってしまうのが海の怖いとこでもある。
「こ、河野君……。恥ずかしさを省みないその姿勢だけは尊敬するよ……」
「な、何だかそう言われると水着を着るのが少々恥ずかしくもなってしまいますね」
「じゃあ山本はアタシたちの護衛役ってことで」
「いや何で俺が?」
「その顔面を生かさない手はないでしょうよ。夏の暑さにあてられた煩悩の妖怪どもがどーせナンパしに来るに決まってんだから。アンタもそのくらい役に立ちなさい」
確かに夏の海となればナンパも醍醐味には入るだろう。女子の中には自分からナンパされに赴くとも聞く。だがそれはほんの一握りの物好きがやる趣味であって、大半の女子はナンパに対しては嫌悪するのが普通だ。そこで本領発揮するのが山本――もとい、その顔面の強さが試される。女子の隣にこんな強面の男が居るとなれば、そこらのナンパより狂気的な威圧を浴びせられるだろう。
とは言っても、うちの女性陣はその辺りにはめっぽう強そうなイメージがあるが。寧ろナンパ目的で近寄ってきた男どもを精神的に負かした後、そのまま半泣きでご退場される姿まで想像できてしまう。その為、未来のナンパ師に注意喚起しておくが、この女性陣を口説くならそれ相応の覚悟をしておいた方がいい。そんな届きもしない注意喚起を俺は空に向けて電波の如く発信するのだ。
「あとは夏祭りか。行くのは久しぶりだな。ボクも浴衣を用意しなくちゃな」
「いいですね、浴衣。頭にお面付けてりんご飴を舐めながら皆さんと歩くの楽しそうです!」
「ちょっと待て、浴衣だと?」
「なに、河野。何か不満があるわけ? アンタなら喜びそうなもんだけど」
違うぞ花崎。お前はやはり男を何も分かっちゃいない。仮にもレンタル彼女をやっていた身でありながら、男の何たるかを理解していないとは浅はかなる脳みそよ。
「いやだって浴衣って体のラインを出すために下着を穿かないんだろ? それに汗で浴衣が肌にぴったりと張り付いて――おいおい、どうなっちまうんだそれ……!」
どうにかなっているのは河野の頭の方だが、それすらも理解できてしまう自分の煩悩が怖い。
体のラインを出すために下着を付けないのは有名な話だが、実際どれほどの女性がそれを実行しているのか分からない。もしかすると、幾千分の確率でこの三人のうちの一人でも、そのような事態を期待していたのだが、今の河野の発言によってそうなるかもしれない未来が潰えてしまったのが残念でならない。
しかし結局のところ、俺と河野の思考が似通っていることに若干の戸惑いがある。こいつは顔と頭が良いのだが、口から出る言葉がそれらをマイナスに差し引いてしまう才能の持ち主だ。宝の持ち腐れに天賦の才を感じてしまう。
「さいってー。どんなイベントだろうと、どんな布を纏っていようとアンタらの考えてることは変わらないということね」
「おいおい、あんまり俺らを馬鹿にすんなよ。こちとらはそれらのシチュエーションに全てを賭けてんだ。夏の海の水着然り、夏祭りの浴衣然り。そのシチュエーションで最適な催しにこそ男のロマンが詰まってんだよ。布切れの奥が見たいってんじゃない。ただロマンを感じたいだけなんだ。そうだろ、名取」
「お前何言ってんだ?」
「力みすぎて俺もよう分からん」
そしてこのクラス内トップの学力を誇るなんちゃってヤンキーのロリコンも実はこっちサイドの人間だったりもする。どうしてこう俺の周りの男は自分の利点を破壊する発言しかしないのか。こいつらは己の好感度を下げないと気が済まない好感度クラッシャーかもしれない。
ただ、自爆してくれた代償として俺の言いたいことを全て吐き出してくれた自己犠牲者たちには賛美を送ろう。おかげで俺は女子から軽蔑されずに済んだから。
まだまだ続ける男二人の力説を他所に神崎が俺に近寄ってきた。
「――楽しみだね、名取君」
そんな囁きが、俺の耳に熱を帯びさせる。
サーモグラフィで見ればもしかしたら耳だけ赤くなっているに違いない。
そんな、ほのかに赤く染まったであろう耳元から離れた彼女は小さく微笑むのだった――。




