神竜を魅了した変態(過去形)
「"新規"?」
冷たく澄んだ空気。
真っ白で一面の雲海が眼下に広がる。
鋭く荒れた岩肌。道とすら呼べない断崖絶壁を、男たちは辛うじて歩いていた。
一歩でも踏み外せば……死。
森林限界よりも高い標高に木々は一本もなく、はるか下に見える巨大な山岳草原には花草だけが咲き乱れている。
夜は氷点下にも達し、常に強風が横殴りに吹き付ける過酷な環境。
ここに住む者は当然一人もいない。
険しい霊峰にいたのは、竜とバケモノだけだった。
「神殺しの次は、一体なにをやらされるん?」
ローブで口元を押さえる女がそう啖呵を切る。
酸素が薄く、加えてとてつもない寒さに手が震えていた。
狐一族で、寒さには強いと麓では自慢げにしていたのに。
「……ハッ!神じゃなくてトカゲの間違いだろ」
「トカゲやなくて神竜様ね。神竜ダルカ。
ダヌール霊峰の御神体様をトカゲ扱いはないよ。
ダルガ様を崇拝している麓の人たちにでも聞かれたら、うちら重罪よ」
神竜ダルカ。
厄災から世界を救ったとされる英雄的存在。滅亡の激戦にて呪いをその身に纏い、ダヌール山脈と呼ばれるこの山に籠って回復中だそう。
だからここは「ダヌール霊峰」とまで呼ばれ、近隣諸国に広がる一大宗教の聖地となっているのだ。
「でも実際、ただのドラゴンじゃねえかよ。
ちょっと言葉が通じるただの竜。神様要素はどこにもねえ。
それに悪口ぐらいなんだ?既に俺らはその御神体とやらを殺しているんだぞ」
「そうねぇ。神竜を殺したんか。
こりゃ間違いなく重罪どころか一発で死刑よ。
まぁ巣が頂上の火口付近ならバレることはないと思うんけどね」
御神体を討伐した。
だなんて、文字に起こさずとも罰当たりすぎる。
神竜ダルカはただの竜であった。
女神や天使特有の神力がある訳でもなく、神と呼ぶにはあまりにも平凡すぎた。
しかし、それでも竜は竜。それも古から生きたドラゴン。
長生きしていた分だけの知恵や火力は備わっていた……というか普通に強かった。
五人で挑んで、二人が戦死した。
弔ったのは生き残った三人だけだ。遺族には合わせてやれない。
遺体を運ぶにはあまりにも過酷な下山路。二人の小物と小指を切り取って埋葬をした。
仕事だから仕方ない。本人らも覚悟してたはずさ。
「…………ダルカ様、良いお方でした」
前を歩く二人の会話を聞いて、そう呟いた。
確かに信仰されていた内容とはかけ離れていたけど、それでも温和な性格だった。
僕の小さな言葉を二人はしっかりと拾った。
「ああ、それは間違いねえな。
南方諸国に蔓延している不治の病の治療法を教えてくれたんだもんな。
俺だって殺したくはなかったよ」
「長生きは徳やね。言葉が通じるんやもん、そりゃ神竜と呼ばれるはずや。
うちだって戦いたくなかったわ。
長生きの爺婆ちゃんは敬えって小さい頃によく教えられたんよ」
それでも戦わざるを得なかった。
戦って、勝利した。
神竜ダルカは僕たちによって討伐されたのだ。
数百年を生きる古竜の一角、知恵の結晶は僕らが打ち砕いた。
「それで、次の相手は誰だ?」
会話の初めへと振り戻る。
次の相手。
次の殺すべき相手。殺害対象。
「次の"新規"転生者はどこにいる?」
数百年前から、この世界には定期的にバケモノが出現する。
女神や天使、神々によって異世界や別次元から召喚された異質な存在。
転生者。
異世界で命を落とし、この世界に新しく「転生」した来た者。
転移者。
異世界から突如として、この世界へと「転移」して来た者。
どちらにしろ、
異世界人のほぼ全ては、異世界の記憶を引き継いでこちらの世界へとやって来る。
そして全員が高確率で異質極まりない、
「イベント」を引き起こす。
「転移者サトウは神竜ダルカを懐柔してた。
人に温和であっても、あそこまで犬同然のドラゴンを俺は見たことがねえ。
しかもあの男、俺の耳を見て興奮してやがったな」
「獣人族は向こうの世界にはいないらしいですよ」
ダヌール霊峰頂上にある火口の竜巣。
そこにいたのは神竜ダルカと、それをペットのように乗りこなす一人の男だった。
名前は「サトウ」なんたらと名乗っていた。
異世界人によくある名前の一つ、僕らは一瞬で理解する。
神竜ダルカは、"イベント"に巻き込まれ、
そして転移者サトウによって支配されたのだと。
異世界人は異質な力を持って暴れるか、奇妙な状況を引き起こす。
神から与えられた「ちーと」とやらの常人離れした能力はあまりにも強く、環境を呆気なく破壊する。
本人らにその自覚はない。
自覚している者もいるが、大多数の異世界人は自身の持っている脅威、影響を全く配慮していないのだ。
国を救うだとか、魔王を倒すだとか、確かに人々を救うことはあるが……それが落とす影を分かり切っていない。
コロコロと大魔物の首を狩り並べてみろ。
ドラゴン一匹を討伐するだけで、そこ一帯の生態系は崩壊する。
一番恐ろしい影は、国家バランスの崩壊。
神竜ダルカは本当に殺したくはなかった。
しかし殺さなくては、転移者サトウと言いなりになった神竜が麓に降りるかも知れない。
そうなった暁には、ダルカを御神体とする近隣諸国も転移者サトウの言いなりになってしまうかも知れない。
そんな傾国の危険を見逃すか。
異世界人の中には何かを魅了する能力がある。
女を中心に獣人、更になんと王室の姫様や魔族ですら虜にするそう。一度そうなってしまえば、影響下から脱することは不可能だ。
精神支配や魔法じゃない。根本的に違う何かが作用して、魅了する。
サキュパスよりもタチが悪い。
剣術や学習スピードが早いだとか、異世界の知識を活用するだけならマシだ。
無限の魔力、数百の加護、
そして一番厄介なのは都合の良いように周囲を改変すること。「え?それおかしくない?」と明らかなのに、誰もそれに気づくことができない。
バケモノじゃないんなら、なんだ?
「次の相手は……。イジューラ王国の辺境貴族『カリレア家』の次男。
第一王女と肉体関係になったらしいです」
「もう一回言ってくれ」
「もう一度言いましょうか?
因みに人の年齢で十四らしいですよ」
「やっぱりいいわ。頭が痛い」
どうやったら辺境の次男坊が一国の姫様と寝れるの?
意味が分からない。
こういう場合は大抵転生者のちーとが引き起こしてる可能性が高い。
「イジューラ王国は、人族の国やね。
第一王女が既に支配されたんとなら……」
「非常にまずいな」
転移者は例外なく人族だ。なんでも向こうの世界には人族しかいないらしい。
転生者も基本的には人族として転生する。
中にはスライムや剣になる者もいるそうだけど……意味が分からん。
国家バランスの崩壊。
多種族国家の除いて、国は種族ごとに独立している。
人族の国、ドワーフ族の国、人狼族の国。
人族には異世界人が多い。
そして、人族は他種族を見下ろしたがる。
秀でた種族の固定能力が人族にはない。だからこそ団結のために自分たちを崇高として他種族を排外する傾向がある。
これは偏見ではなく、実際に人族の王の多くはそうやって国を維持して来た。
そんな状況下で、ちーとを持った異世界人を利用すれば、他種族を滅ぼすのは簡単だ。
歴史上そうやって滅ぼされた魔族の国は数え切れない。「魔族は悪」という一方的な決めつけで攻め滅ぼした。
そして、それをおかしいと思う異世界人が今度は魔族の国に味方して、異世界人と異世界人の戦争も起きた。
異世界人は渦中の火種になる。
「俺ら三人と、あとはどこの者が来る?
実権を握られる前に、殺さなきゃ遅いぞ」
「イジューラ王国に隣接する二つの種族から三人。
集合場所は……アーリア湖の麓だそうです。僕らも急ぎましょう」
「お前たちには世話をかけるな」
振り向いた男は、僕の腕に止まるヨシリア・コンドルを一瞥する。
禿鷹の一種で、ヨシリア地方を飛ぶこの鳥は世界で一番高い標高を飛ぶ猛禽類である。
僕は猛禽類と意思疎通できて、視界を共有することが可能だ。
フクロウの一族はそういう能力を持っているのだ。
数年前、亜人らは秘密裏に組織を作った。
名前はない。
僕らフクロウの一族はその組織内の情報伝達役として、重宝されて来た。
目的はただ一つ。
「"新規"を殺しに行くぞ」
火種を消すことだ。




