~群像の灰色~
ある日を境に人類は未知の害獣に苦しめられていたが、
同時に害獣を駆除する手段も獲得していた。
だが、駆除の手段は魔法と科学に大きく分かれ、
教育機関たる学園も魔法クラスと科学クラスが互いに鎬を削っていた。
舞台は文化祭を目前に控えたとある学園、
奇妙な気配を察した2人の男は学園を抜け出した……
「こいつら裏山の紅葉に取り憑いたのか」
舞い散る木の葉が次々と歪なヒト型に変わり、学生服を着た男が袖から飾り気の無い杖を取り出す。
「もうすぐ文化祭なんだし、自重して欲しいものだよね。刹那」
背後で聞こえる喧騒に軽くため息をついたもうひとりの男は、落ち着いて懐から銃身が縦に伸びた拳銃を取り出した。
「憑幻鬼穽は人間のイベントを嫌うからな。ここは俺だけで充分だぜ、キッド?」
「ご冗談を、落ちこぼれの僕にはこっちの方が気楽だ」
刹那と呼ばれた男が杖を肩に乗せて不敵な笑みを浮かべ、キッドと呼ばれた男は小さく首を振って拳銃を構える。
「奇遇だな、クラスに馴染めない俺もこっちが性に合ってる」
「なら、決まりだね。お互い灰色の青春を謳歌しようか?」
鼻で笑った刹那が投げやり気味に肩をすくめ、小さく頷いたキッドは憑幻鬼穽と呼ばれるヒト型の群れに向かって走り出した。
「風情の無い紅葉狩りだな。機械刀刹那起動……真空閃!」
『ギ?……ギェ!?』
杖の先端を握って仕込んだ刀を抜いた刹那は、抜刀の剣圧で飛ばした真空の刃を躱した憑幻鬼穽に踏み込んで袈裟懸けに斬り付ける。
「初撃を外す癖は相変わらずだね、刹那」
『ギギャッ!?』
2つに分かれて崩れ去る憑幻鬼穽を確認したキッドが拳銃の引金を引き、胸部に複数の風穴が空いた隣の憑幻鬼穽も崩れ落ちた。
「いつもの牽制だ、そっちの魔力を弾丸にする銃は好調のようだな」
「エレメントリガーはこんな事も出来る。フレイムカードセット【多重炎弾】!」
『『ギギギェーッ!?』』
慣れた様子で刹那が次の憑幻鬼穽を横に払って切り伏せ、銃身の後ろにカードを挿したキッドは無数の火炎弾を飛ばして憑幻鬼穽を纏めて焼き払う。
「こっちも負けてらんねえな……真空旋!」
『『ギェッ!?』』
「……っと、刹那を囲んだ憑幻鬼穽に同情するよ」
刀を鞘に納めた刹那が抜刀と同時に放たれる真空の刃で円を描き、半歩下がったキッドは胴を切断された多数の憑幻鬼穽を眺めながら拳銃を構え直した。
▼
「ウィンドカードセット、【突風穿孔】!」
『ギギッ!?』
「……何かさっきより増えてないか?」
銃身に新たなカードを挿して撃ち出した風の塊で憑幻鬼穽を破壊したキッドは、残りのカードを手で確かめながら周囲を見回す。
「真空旋!」
『『ギェッ!?』』
「……疲れたのなら休んでていいぜ?」
円を描く真空の刃で周囲の憑幻鬼穽を切り伏せた刹那は、周囲を確認しつつ刀を鞘に納めた。
「こんなに貴重で面白いデータ、科学クラスに独占させないよ」
「俺の集めたデータなんて誰も見やしない、普段通り魔術クラスに提供するぜ?」
軽く首を横に振ったキッドが魔力の弾丸を連射しながら刹那の背後に回り込み、刹那は背中の気配に不敵な笑みを返す。
「刹那のデータを理解出来るのは僕だけだ、普段の生活は科学ありきなの、に!」
『ギギャッ!』
深くため息をついたキッドが語尾を強めて引き金を引き、近くの憑幻鬼穽の胸に風穴を開ける。
「こっちも同じだ。科学クラスにだって魔力はあるのに、よ!」
『ギェッ!』
軽く頷いた刹那も語気を強めて抜刀し、手近な憑幻鬼穽を真空の刃で両断した。
「いつもの、使うおうか?」
「奇遇だな、同じ事を考えてた」
「なら、決まりだ」
引き金と一体化したグリップを取り外したキッドに刹那が鞘を手渡し、鞘を受け取ったキッドは入れ換えるようにグリップを手渡す。
「トリガーセット、セイフティーロック解除」
「スパークカードセット」
刀身をグリップに乗せた刹那が引き金へと指を掛け、銃口と鯉口を重ね合わせて杖の形にしたキッドは先端に当たる銃身にカードを挿す。
「真空殲、シュート!」
「【紫電雷冥】!」
『『ギギャァァァッ!?』』
引き金を引いた刹那の前で真空の刃が渦巻いて飛び、キッドの杖から発した雷は幾重にも分かれ、憑幻鬼穽は切り刻まれるか焼き焦がされて軒並み消滅した。
『ギギー!』
「生き残りが集まったか」
「おかげで手間が省けた」
一箇所に集まり巨大化する憑幻鬼穽を確認したキッドが呆れ顔で鞘を投げ、受け取った刹那はグリップを投げ返して不敵な笑みを浮かべる。
「だね。ヒートカードセット、【瞬間凍結】!」
『ギ?……ギギッ!……』
拳銃を元の形に戻したキッドが引き金を引き、巨大憑幻鬼穽は瞬時に凍り付く。
「取って置きだ……真空穿」
刀を鞘に納めてから地を蹴った刹那がすれ違いざまに刀を抜き、凍り付いた巨大憑幻鬼穽は上下に分かれて粉々に砕け散った。
▼
「さすがに気付いたみたい、派手に動いたからね」
「事後処理は政治屋に任せとけばいい」
近付く気配に振り向いたキッドが肩をすくめ、軽く頷いた刹那は鼻で笑う。
「口止め料が手柄なら安いものか」
「ガタガタ抜かすようなら、また“手合わせ”してやればいい」
肩を震わせて笑っていたキッドがひと息つき、杖に戻した刀を肩に乗せた刹那は不敵な笑みを浮かべた。
「やれやれ、その脳は灰色なのか筋肉なのか……」
「俺達が開発した技は双方の異端、知られるのは得策じゃないさ」
首を横に振ったキッドが肩をすくめ、刹那は手元に戻した杖を慎重に眺める。
「進歩すれば科学も魔法も見分けが付かないのに、何で白黒付けたがるんだろう?」
「どちらの技術も、まだ発展途上だからな……」
ため息をついたキッドが手にした拳銃を見詰め、刹那は遠い目で空を見上げた。
「2つの技術は無限の可能性を持ってるのに、もったいない話だよ」
「こんなのは公表出来ても遥か未来、今年の文化祭にはとても間に合わないぜ」
「確かにそうかも、この後どうする?」
複雑な顔で拳銃を空に向けるキッドに刹那が皮肉めいて肩をすくめ、拳銃を元に戻したキッドは緊張を解いて微笑む。
「いつも通り研究室で機械刀を調整する」
「それなら僕も付き合うよ、2人きりの裏文化祭と洒落込もう」
「悪くねえ響きだ、発表は千年後ってところか」
杖を肩に乗せて歩く刹那の後ろにキッドが続き、歩みを合わせた刹那はゆっくり空を見上げた。