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~電子天女は月見うどんを夢に見るか?~

時は未来、かつて地球にあった風習を試そうとする軍人がいた

「お呼びですか、マスター?」

「急に呼び出してすまない。せっかくだし、月でも見ようと思ってね」

 部屋を尋ねる声に気付いた軍服姿の男が快く頷き、機械式の扉が横に開く。


「天体の観測ですか? 観測機器が見当たりませんが?」

「観測じゃないよ、ただのんびりと眺めるだけさ」

 部屋に入った長い銀髪の女性が周囲を見回し、肩をすくめた軍人は奥の丸い窓を親指で指し示す。


「何らかの文化的儀式、台に載せている物体との関連を推測。説明を求めます」

「昔からの風習でな、窓辺にススキと団子を置いて月を眺めるのが作法なんだ」

 目を青く光らせた女性が窓の手前を見詰め、腕組みして得意そうに頷いた軍人はススキを挿した金属製のカップと団子を盛った皿を指差した。


「昔? 我々が地球に降り立つ前の事でしょうか?」

「そうだな……(おれ)も聞きかじりだから良く分かんねえけどさ」

 首を(かし)げた女性が天井を見詰め、しばし上を向いて考えた軍人は誤魔化すように頭を掻く。


「文化の記録も我々の任務、収集を続行する」

「しばらくお付き合いを頼むぜ」

「了解しました」

 眉ひとつ動かさずに頷く女性に軍人が上機嫌で微笑み、女性は教本通りの敬礼を返した。



「にしても、すっかり秋だねえ」

「はい、地球人のカレンダーはインストール済みです」

 椅子に腰掛けた軍人が窓の外を眺めながら目を細め、横に並べた椅子に腰掛けた女性は目の前に立体映像を投影する。


「例えば……月明かりに映える紅葉を見て風流と思わないかい?」

「理解不能。植物の色素の変化は気温による現象です」

 額に手を当てた軍人が窓から覗く木を指差し、女性は別の立体映像を投影した。


「風情が無いねえ、そういうのは学者の領分だろ?」

「それでは天体観測を継続……早期警戒衛星とデータをリンク……」

 小さくため息をついた軍人が静かに首を横に振り、立体映像を消した女性は目を閉じて意識を集中する。


「いや待て、人工衛星で月見なんて聞いた事無いぞ」

「ですが、人間が肉眼で天体を観測するのは非効率と愚考します」

 再度額に手を当てた軍人が疲れた様子で首を横に振り、目を開いた女性は淡々と答える。


「宇宙人が作ったロボットだというから少し期待したのに、やっぱり難しいか?」

「この体はデータ生命体と分類される我々の情報収集デバイス。地球人と共存するために有機体で出来ている」

 大袈裟にため息をついた軍人が難しい顔で首を捻り、胸に手を当てた女性は身体構造を淡々と答えた。


「それならもう少し人間らしく振舞ってくれよ」

「……に申請……人間の視覚解像度をダウンロード……」

 疲れた笑みを返した軍人が肩をすくめ、女性は再度目を閉じて意識を集中する。


「光学索敵機能を一時的にダウンした、これで人間と同じ景色を見れる」

「どんな感じだい?」

「黄色い円形、まるで絵画に見える……これが人間の見てる世界……」

 目を開いて窓を眺める女性に軍人が聞き返し、(わず)かに顔を綻ばせた女性は得心の行った様子で呟いた。


「ようやく理解してくれたか、これが風情ってもんよ」

「はい、月見と呼ばれる加工食品の意味を理解しました」

 安堵のため息をついた軍人が大きく頷き、女性は口元を緩ませて頷きを返す。


「ありゃりゃ……色気より食い気かい」

「マスター、食物を所望します」

 思わずよろけた軍人が誤魔化すように笑い、女性は真剣な顔で身を乗り出した。


「いいけど食って大丈夫なんだっけ?」

「食品を経口摂取してエネルギーに変換するシステム、問題無い」

 軽く頭を掻いた軍人が慎重に聞き返し、女性は腹部に手を当てて大きく頷く。


「分かった。月見団子、食うか?」

「ありがとうございます、いただきます」

 立ち上がった軍人が皿を手に取り、微笑んだ女性は団子を手に取り口に運んだ。



「ありゃりゃ……全部食いやがったよ……」

「実に美味、最後に熱い月見うどんを食べたいです」

 呆れた様子で軍人が空になった皿を見詰め、最後の団子を飲み込んだ女性は立体映像を投影して目を輝かせる。


「まだ食うのかよ!? って言うか味覚もあるのか!?」

「うどんは美味。これが別腹という概念、理解した」

 呆気に取られた軍人が聞き返し、何度も頷いた女性は満面の笑みを浮かべた。

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