91ー魔物の森の御用商人7(アカメ六号視点)ー
今晩はモーガン・アルスター氏の実家にあたるモーガン男爵家にお世話になる。お父上のモーガン・ライラック氏は歴代の賢者の中でも特別な存在で、“帝国賢人”とも呼ばれる魔法学者でもあるそうだ。そんな父を持ち、母親も高位の魔法使いであると言う事で、産まれるべくして現世に産まれたサラブレッドと言う事になる。
ライラック氏は土魔法系とうが得意で魔法による建築や、戦時防衛の大権威。知識量だけでなく年齢や外見からは想像もつかない程に強いという。お母上様は帝国軍で魔法師団を指揮した元魔法師団長であり、“紅蓮のロザーナ”と二つ名まである女傑だそうだ。そんな両親の間に産まれたアルスター氏は“爆裂魔法”と呼ばれる火魔法と風魔法の合成魔法を得意としており、彼も賢者となる前は魔法師団の指揮官の一人に名を連ねていたらしい。
「まあ、そんな誇りや…驕りは振り払ったよ。自身の力を見誤るような実力しかなかったと今ならわかる。これからは一魔法使いとして研鑽を積んでいくつもりだ。研究も怠らんし、生徒も抱える。これまで以上に努力を積み重ねるさ」
「帝国賢者の席を急に降りたと思えば行方不明になっておったから気にはしていたが……。何やら付きものが落ちたようじゃな」
「ええ、いい顔をするようになりましたね。これならアルスターは安心です」
このように言うのはなんだが、モーガン男爵家も女性の比率が高い。長男のアルスター氏と次男のカロール氏以外にも5名の娘さんの姿があり、その全員が魔法使いだそうだ。しかも見事にバラバラな魔法特性と性格をしており、協調性の欠片もない。次男のカロール氏は魔法使いとしては二流らしく、実家の家督を継ぎ、家を護るために勉学に励んでいる真面目な青年だ。アルスター氏とカロール氏の兄弟仲も良好で、カロール氏としても尊敬する兄であり、アルスター氏からすれば頼れる弟と言う関係性のようだ。
それよりも聞きたいのだが、何故我は長女のミリアン殿の膝の上に座らされたのだ? 確かに小柄で抱きやすいサイズ感であることは認めなくもないが、一応我は伯爵家の証を持つ貴族家当主であるぞ? 普通ならば無礼に当たると思うのだが?
こんな我の心の内などお構いなしにモーガン家の五人姉妹は我を人形でも取り合うようにかわるがわる膝の上に座らせては世話を焼こうとする。正直、我は人見知りする方なので、初対面の女性にあれこれと世話を焼かれるのは困るのだが?
「こら、お前達はその辺りにしておけ。六号伯爵もお困りだぞ」
「えー? こんなに可愛いのに……」
「そういう事ではなくてだな……。六号殿は外見がそういう種族というだけで、まごう事なき伯爵家当主様だのだぞ? 普通なら無礼討ちになってもおかしくない行為…」
「そこまではせぬが、できれば解放はして欲しい。それにご当主殿とも魔法研究に関して話したいことがあったのでな」
「ぬ? もしや貴殿も魔法を研究されているのか?」
「いや、我ではないのだがな。我が主、魔物の森の王であらせられるユウゼン シロイ様がその辺りの利便性の高い魔法については大変興味をお持ちなのだ」
「ほうほう……。レカント公爵からは聞いていたぞ。魔物とは思えぬ人徳と、深い思慮を持ち合わせ、得体の知れない技術を多く持ち合わせる至高の存在であるとな」
大仰に伝わっているが、我らが主は基本的には日がな工作や術法の研究、武術、武器術の稽古などをして拠点ではまったり過ごされている。大きな事案さえなければ、あのお方が直接外に出るようなことはないはずなのだ。主が動き出すようなことがあればそれこそ驚天動地の天変地異。災害がそこに訪れるような存在ではあるのだが、そのご本人は内外を無用に騒がすことは望んでいない。
休息日と決めた日はしっかりとお休みになるし、猛暑のこの季節は水で浮いておられることも多いな。ハルドエン帝国では例の開拓遠征軍の壊滅から、過剰に恐れられているところがある。だが、基本的にあのお方は平和主義で、何もない温かな平穏に喜びを感じるような御仁なのだよな。それこそ窓辺で寝こける老猫のような雰囲気とでも言おうか? いや、そこまでではないか。無用に他者との関わりを持たぬようにするところはあるが、一度も触れ合わず相手を拒絶するようなことはないのだし。
我の正直な感想にモーガン家だけではなく、一緒に食事の環に加わっているレカント公爵やラナン氏、エマ嬢もポカンとしている。非常に人間関係に過敏なお方ではあるが、かと言ってすぐに拒絶するような極端な気難しさはない。
「なんと……四種の術法を究める鬼の王とな? できれば我も一度はお会いしてみたい物だな。ロクゴウ伯爵の仰る通りならば、悪辣な御仁でないどころかよっぽど気さくな御仁であると思うのだが」
「そうであるな。我もそう思う。しかし、あのお方は二面性がとても強い。ハルドエン帝国を傾ける原因となった腐敗に関しては一切手心加えなんだからな。特にあの勇者には慈悲の欠片も無かったのだよ。あの方からすれば珍しいことだ」
勇者の話題になると、モーガン家とレカント公爵の眉間に皺が寄る。
なんとまあ……、戦力としてはあてにされていたようだが、あの勇者はそうとう評判が悪かったらしい。いろいろと裏黒い場所との繋がりもあると噂されており、穏健派であったり中枢である程度まともな考えができる貴族からは、かなり酷く嫌われていたそうだ。それはレカント公爵も同じらしく、戦闘力は高くとも人間性が最悪なあの勇者を重用するのはやめるようにと、何度も中央に話をしたそうなのだが……。当時の宰相家との繋がりが深く、宰相のお気に入りであり宰相家の長女と婚約関係にあった。いずれは婿養子となり、それなりの権力を持つことまで決まっていたらしい。そんな勇者を無視できるわけがない。
「それは面倒な存在だったな。しかし、執政の才は……」
「いや、その辺はてんでダメ。交渉も下手だったし、短絡的で沸点も低い。何でもかんでも力でな時伏せようとする愚かな男だったね」
「……主殿が一切の慈悲を向けなんだのも頷ける愚図だな」
皇帝家も戦力としては認めていたので、簡単に切れずという状態だったそうだ。なんとも政治的な理由ではあるが、納得のいく理由ではある。ただし、その宰相家が何者かにより暗殺されたことで、ハルドエン帝国はある意味雪解けしたような状況にあると、レカント公爵は悪い笑みをこぼしながら語る。
確かに全盛期の勢力からは酷く落ち込み、外縁に陣取っていた有力諸氏の内いくつかが離反したことで、資源的にも財源的にも厳しい面がある事は事実。その事実はぬぐいきれないが、その病巣を取り払ってくれた勢力との友好が築け、良き“隣人”を得た。皇帝家は我が父母や兄弟姉妹が固めておる故、暗殺は不可能。冒険者勢力からは太陽氏が入り込み、ハルドエン帝国だけに留まらず周辺国家での活動をする。さらにここに人員の運用や教育が得意なマサムネ氏が加わのだよ。我からすればレカント公爵が考えるよりも陣容はさらに強固だ。
「そう言えば聞きたいことがあったんだよね」
「機密事項は話せぬぞ?」
「いやいや、ロクゴウ伯爵殿の戦闘力についてだ。貴殿や数名の猛者はどれ程戦えるのか知りたくてな!」
「興味を持つのも当然か。主殿は勇者を一撃必殺する。だが、我はそこまで強くはない。あの勇者相手ならば…そうだな。こちらは無傷で相手には重傷を負わせる程度だろう。そもそも我は前線戦闘向きではないのだ。我は特殊工作を得意とする裏方である。我が父や母も同様である」
「ふむふむ。魔物で言うならどの程度まで余裕でを持ち戦える?」
「魔物の森で言うならばそうだな……。アースドラゴンやワイバーン程度なら一撃で切り伏せ、倒すことができる」
「……魔物の森のアースドラゴンを一撃で倒せるのはヤバいよ。普通に国軍と単騎でやり合えるじゃないのよ」
我らは隠密からの奇襲に長けている。正面からの力比べには向かぬ。
それを言うならば、ペロ助ニキの方がよほど危険度の高い戦力だろうな。我らは単体の敵と相対する時にこそ輝くが、ペロ助ニキはどのような状況でも殴りにかかり、その拳で打開してしまう狂った戦い方をする。それこそ狂戦士が天職と言うのも頷けるものだよ。それに我ら童子や若鬼派生の眷属よりも固有竜人派生の眷属達の方が、正面切っての戦闘には向いている。智謀も高く、個の戦闘力としては二番手のマサムネ氏。前線での状況俯瞰と適切な指示と連携を高める鼓舞の力を持つシズカ氏。太陽などは異常な程に感覚面で鋭く、本人にも明確にわかっているわけではないらしいが、危機回避能力と決め手を打つタイミングが神がかっている。ミギワ氏とナギサ氏は好戦的ではないが、戦闘力も高いのに回復と言う手段まで持つのだからさらに手に負えない。
ここまでが現在の所、我が拠点で竜人派生に存在進化を遂げた忠臣達だ。彼らも十分災害と言って過言でないが、その牙を剥くことは余程の事が無ければない。ペロ助ニキも戦闘は好きでよく森で暴れているが、主殿が窘めればしっかりと言う事は聞く。そういう意味では我らが拠点や周囲の太守の縄張りはしっかりと統制が取れている。人類種の領域では考えられないような環境であると思う。
人類種は特に驕りという負の側面を持つ感情に支配されやすい。魔物の係累にもその気がないとは言い切れないが、魔物は弱肉強食の観念が強く、驕りには死がつき纏う。その環境だからこそか? いや、それだけではないだろう。主殿の人柄や縄張りでの方針もあると思うがな。人類種と人外種の共存など普通は……それだけあり得ないことなのだ。
「人類種と人外種の共存ね~。ホントに桃源郷のような場所なんだろう?」
「桃源郷がどのような場所なのか知らぬが、エルフならば一度は訪れてみるのもいいやもしれんな。複数の世界樹が繁茂する魔物の森中央の縄張り、王の縄張りにな」
「複数の…」
「世界…樹?」
「うむ。そうだ。主殿は数本の世界樹と繋がり、それらを育てておる。それにアルスター氏の杖はそれに近い樹木の枝から作られた逸品であるぞ」
「むッ?! アル君? そんな凄い物をなんで見せてくれなかったのさ!」
「いや、……見る者が見ればわかってしまうからな。あまりみだりに見せないようにしていただけだ」
「それが賢いだろうな」
それからはアルスター氏が一目惚れした杖の出どころで屋敷内が騒動になったが、我々に協力してくれるならばそれなりの割引価格で売ってもらえると思うと我が口にし、何とか事なきを得た。世界樹の素材を用いた杖は魔法使い垂涎の品で、一生のうちに目にできれば奇跡。所有できるともなれば一生分の運を使いきったとも言われる希少品らしい。……いや、たぶん、枝というだけならば我らが拠点にゴロゴロと転がっているがな。
特に異界樹の枝は凄まじい数がある。異界樹は世界樹以上に生育速度が速く、一度枝を落とした個所からもまた脇芽が生えてくると言う凄まじい生命力をしている。ちなみに、異界樹の脇芽なのだが、なんなんパラダイスが縄張り内の森に実験的に挿し木していたりするのだ。その挿し木された異界樹は定着するまではかなりの速度で成長するが、定着してしまうと成長が急に鈍化してしまうそうだ。まあ、異界樹関連の事はあまり触れると面倒なので我もこれ以上は言わぬ。
ホルスト商会経由で既に異界樹の杖が十本単位での注文か……。これはホルスト氏はいきなり上客を得たことになるだろう。まあ、それはそれでいい。だが、これから必要なのは広い範囲に信用を得ること。これからが正念場である。
「それから我々が魔物の森で生産されている高級品を個人的に仕入れることはできるのか?」
「できるだろう。だが、ホルスト氏から聞いているが、かなり高いぞ? それなら魔物の森に遊びに来て客人価格で食した方がお安いと思うのだが」
「それらはここでは生育できないの?」
「おそらく無理であろうな。高級作物の類いは主殿の肉体より漏れ出す余剰の魔力や、余剰の聖氣により活性することで突然変異し生まれた品種だ。生育条件が極めて濃い魔力や聖氣であろうからな」
「なるほど、それは無理だな。それなら高望みせずに徐々に良い品種を定着させ続けた方が利になりそうだね」
「我もその方が賢いと思うぞ」
このマスタングの主食は雑穀ムギから作ったパンと干し肉を中心にした質素な物。葉野菜は野草と何ら変わらない原種であり、それを特に試行錯誤せずに育ててきたのだと思われる。これは商業よりも農業の方にテコ入れが必要か? またいずれ主殿に報告せねばならないタイミングが来るであろう。その時にミルフィモームや人族、獣人族の女性から教えるのが上手い者を選抜してもらって派遣してもらう事にしよう。我らは急いで帝都までパイプを伸ばさねばならぬ。帝都方面の事は父上や母上がテコ入れしている最中だ。それに間に合うように、タイミングを計りながら策謀を組み上げていくべきだろう。だが、急いては事を仕損じる。焦りは厳禁。ここマスタングは基礎だ。ここだけは確実に根を張らねばな。




