89ー魔物の森の御用商人5(アカメ六号視点)ー
うむ。我はアカメ六号伯爵である。……偉ぶる輩も居るが、我には似合わんな。
商業ギルドでの珍事は案外とあっさりと幕引きし、我は…その面白い繋がりからギルドマスターであるキリオラ・ラナン氏と受付のお嬢さんでエマ氏、ホルスト氏と共にもう一人の協力者であるモーガン・アルスター氏の所に向かう事になっていた。なんというか……、地方の有力者と言うのは意外と近しい関係である事が多いらしく、このマスタングの冒険者ギルドのギルドマスターはこのラナン氏の姉君であるそうだ。
それだけではなく、このラナン氏の一番上の姉君というのがまさかのまさかの人物だった。
現在のレカント公爵家はアルスター氏の知る当主からは代替わりし、その娘という人物が当主を引き継ぎ、女公爵として辣腕を振るっているそうだ。その現公爵のお母上がラナン氏が言う一番上の姉君だそうで……。つまりラナン氏は現公爵の叔母にあたるわけだ。どうでもいい情報であるはあるが、その現公爵とアルスター氏は幼馴染と言うからさらに驚かされる。人間関係とはかなり近い物だ……。
「そのような一族集権でよくこの大都市が維持できるな」
「しかたないのですわ。私の祖母の代から私達一族はこの地では有力な魔法使いであり、緊急戦力でもある。この都市は魔物の森が近いこともあって、生き残る力がある者が上位に立つのです。それが古くから伝わる伝統であり、こびりついた悪習でもあるのですよ」
「え~? ですがシェラ・ロワン様からご一家揃って民衆からの好感度は高いですよね?」
「それも問題なのだ……。私達も永遠に生きているわけではないのだが……」
なるほど、一極集中している理由は“依存”か。他にも重要な部分を任されている家門への依存の根は深く、その中でどこかの家が断絶するとラナン氏含めた長命種の中でも有力な人物が穴埋めする。それが長い間に継代された文化として繋がってしまっているのだろう。
……これならマスタングはそこまで問題なく我々が中枢に入り込むことができるな。
もっと面倒くさいと考えていたが、マスタングの状況を考えるとマスタング内の情勢を正すだけでここは問題ないだろう。ここは魔物の森と一番近い都市でもある。我が主との今後の関係が良いに限る。それに現公爵はかなり頭の柔らかいというか……。飛びぬけて奇抜な人物らしく、正直困惑するかもしれないから覚悟して欲しいと言われた。
それに関して言えば、我が話したことも十分物語の様で物語でない話だったのだからお互い様だろう。本来なら応接室の中で話しておくべきことだったのだが、お転婆ラナン氏がやらかしてくれたことで商業ギルドから土地を安く譲り受けることもできた。他にもこのマスタングの商売の情報などを多く引き出せたのだから、結果的には我らにプラス。……たまにはああいうトラブルもいい方向に向かうのだな。
「おーい! リュクシューは居るか?」
「こ、これはラナン様?! また馬車も出さずにこのような来訪を…」
「いや、急ぎだったし近場だからな。自分の身くらいまだ守れるわい。それで? リュクシューは居るのか?」
「は、はい。ですが、現在のご当主様は来客に応対中でありまして」
「モーガン・アルスターだろ? こちらのアカメ ロクゴウ伯爵と一緒に商会を運営する、こちらのホルスト氏がその関係者だ。おそらく、レカント家との摩擦を考えてアルスターをこちらに寄越したのだろう。そうであろう? ロクゴウ伯爵」
「ああ、その見解で間違いない。アルスター氏は現在、このホルスト氏をパトロンに魔法研究をしている。その関係からホルスト商店の重役も兼ねているのだ。アルスター氏はその事からレカント家へ挨拶に行くと言っていたので、その事である」
門兵にいろいろと聞かれたが、確認を取っても良いとも伝えると、片方の門兵が屋内へ。それから数分もせずに……。我と同年代であろうエルフの子女がこちらへ駆けて来た。そのエルフの子女は迷わずに我の隣に居たラナン氏に抱き着き、何やらもごもご言っている。
それを追いかけるように先程の門兵とアルスター氏、それから使用人であろう執事服の男性が出てきたと言う事は……。
我の認識は間違いではなく、この幼女に見える子女がレベナレン・リュクシー・アイガス=フォン・レカント公爵であるらしい。女性の年齢関連は我は尋ねぬようにしておるのだが、自ら教えてくれたので気にしない人物なのだろ。この女性がリュクシー女公爵であり、御年30歳を超えるレディだそうだ。
せいぜい我が主や我よりも年上の少女にしか見えんが、この見た目でこの都市の全てを円滑に回す才女であり大魔法使いである女傑でもある。見た目はまあ、幼女を脱し少女になりかけていると言った風合いだが……。
「へ~……。な~るほど? アル君が私を頼ってきたのはそういう事だったんだね~」
「こら、リュクシー…ごほんっ、レカント公爵閣下…昔とは地位も影響力も異なるのですぞ?」
「ぶ~! 別にいいじゃん! 昔は私と結婚する約束を…」
「あ゛~! あ゛~! あ゛~! 私の黒歴史をここで暴露するのはおよしなさい!」
おそらくレカント公爵は割かし本気で貴殿と結婚することを望んでいると思うぞ? 我は他人の恋路には横槍は入れぬ。存分に夫婦漫談を楽しんでくれ。
……とは言ってもだな? それを微笑ましく見ていられるのは30分程度だ。いろいろネタがループし始めるとそろそろ退屈になるし、重要な話はせねばならん。このマスタングと周辺町村市街の関係はもちろん、我らがこのマスタングにホルスト商会を打ち立てるのだ。繋がれるならば公爵本人とも繋がるに越したことはない。それから暇そうにしていたので、我らが人型外装ゴーレム部隊は全員を土地の下見に行かせた。なんでも元は大きな宿屋があったらしいのだが、火事で焼け落ちた残骸が残っているので土地代が安いらしい。たぶん、やることが無いからすぐにでも解体作業を開始するだろう。
我が介入することで漸く我らの事に関して触れてくれたレカント公爵と、会談を予約する旨を申し出たのだが……。
この御仁が奇抜とか言われるのはこの辺りなのだろう。話を聞く程度なら仕事をしながらでもできると言われ、執務室にそのまま通された。レカント家は質実剛健と言うか、華美な飾りは好まないらしく、調度品の類いは基本的にタペストリーや武器や鎧だった。武門という事もあるのかもしれないが、女性の公爵が舵を握る船にしてはいささか堅い印象。前公爵の趣味だとしてもこれはなかなかだ。
「それで? 最近は一気に10人も伯爵が増えたって聞いた時は発狂するかと思ったけど、無休でボランティアでもしているのかな? ロクゴウ伯爵殿」
「うむ。その辺りから説明させてもらおう。我はとある至高なる主の命に従い、ハルドエン帝国皇帝家を護るため、この国へ肩入れさせていただいている。その為に構造的な改革を我は考えているのだ」
「構造的な改革? もしかしてアルスターが言ってた商会誘致の件が関わるの?」
「まだ、そこまでしか話しておらなんだのか……。直球でいいと申したではないか、アルスター氏」
「いや、済まぬ。この似非幼女公爵がダル絡みしてくるのでな……。てんで話が進まんのだ」
「酷いいいかたするな~。アル君は~……。まあ、それなら、貴殿からその件を直接聞かせてよ。こちらにも利益があるなら、それなりに援助することも考えちゃうよ~?」
ゆるふわ幼女と女傑女公爵の表情がクルクル入れ替わる変な御仁だ……。
必要な説明として、我が主のことから現在に至るまでの概要を要点のみ抜き出して伝えた。我が主、魔物の森の王であり、王の太守であらせられるユウゼン シロイ様は強すぎるご自身の力を解き放たないようにと、森に隠遁しておられる。ただ、最近の風潮はそれだけではならないと、我々も判断しつつあったのだ。
そんな中に“陽神”という神族からの神託を受け、我ら家族やクレス隠密部隊。太陽氏など複数のメンバーが拠点からこちらへ動いている。今現在は移動中らしいが、マサムネ氏とシズカ氏の夫婦もハルドエン帝国の首都である帝都に向かっているらしい。それだけ我が主もハルドエン帝国の事に何かしら考えがあって協力する意向を示しているのだ。
それにレカント公爵はなんとなく知っているだろうが、ここ一年程だろうか? 春の中盤程から魔物の森から魔物の大氾濫が発生していないことを。確かに例の開拓遠征部隊の惨劇のような件は間違いなくあったが、アレも神々の意向を我が主が代行したに過ぎない。神族が過干渉できないからと、便利屋使いされているようにも感じるが、それに見合った報酬や自由度を勝ち取っているのだから文句も言えんしな。
「一つだけ質問いい?」
「うむ。答えられる範囲ならお答えしよう」
「その魔物の森の王は、ハルドエン帝国を裏から操ろうなんて思惑はないよね?」
「完全に無いとは言い切れん。しかし、それはハルドエン帝国が良くない方向へ向かった時になるだろうな」
「……その根拠は?」
「いや、もうわかっておられるだろう? 我から言葉として聞き、ラナン氏がお持ちの看破系のスキルにより真偽を確かめたい気持ちも分かる。だが、我の言葉には何1つ嘘偽りはない。そもそもだ。勇者を一捻りにする王がだぞ? その気があるならば自らこのような脇の甘い帝国など、盆を返す程度の労力でひっくり返すだろう」
「失礼ながら、その件は私、モーガン・アルスターも証人となりましょう。魔物の王はそのようなお方ではない。性根の腐った人族などよりもよほど人徳のあるお方だ」
「私からも……。ユウゼン シロイ陛下が我々に害意があるならば、あの惨劇の後にそのまま攻め寄せればよかったのです。このマスタングも簡単に落ちた事でしょう……」
レカント公爵だけでなく、ラナン氏もそこまでだとは思わなかったのだろうか? アルスター氏は若干微笑んだような柔らかな表情で我らが主について語る。顔面蒼白の表情で当時を思い出したのか、小刻みに体を震わすホルスト氏は最悪の状況を想像したのだろう。言葉にするだけでさらに表情から生気が抜けていく。確かにアレは外野から見ていた我でも背中の甲殻が剥がれ落ちたのではないか? と思うような寒気を感じた。
我らが主が本気を出せば、あの時点で確実にやれただろう。しかし、それを行わなかった。できるのにやらない理由などハルドエン帝国を潰しにかかる理由より少ないだろう。
本来ならば我らだけで話しを片付けた方がいいのだが、主殿より預かっている通信魔道具を使い、主殿に問いかけてみた。少しの間があった後に水晶玉のような魔道具に映ったのは……何故お前がそこに居る? 開口一言目から『ぴゃー!』と言いながらチビセイレーンが片手を挙げている。
『ぴゃー!』
『ああ、ごめんアカメ六号? ちょっと手が離せなくてさ。遊びに来てたチビセイレーンに通話を開始してもらったの』
「そういう事でしたか……。驚きましたぞ」
『ごめんごめん。それで? どんな感じ? マスタングで商売はできそう?』
「それがですね。領主のレカント公爵が不信感をぬぐえないようでして。なので、直接話していただこうかと」
『キリがついたら転移でそこに行ってもいいけど?』
「そこまでではございません。主殿からの敵意が無い事と、現在のハルドエン帝国と周辺国、周辺勢力の事案をお話しいただければと」
『りょうかーい。片手間でごめんけど、今後の展望はね…』
主殿は主殿で軽い調子でかなりぶっ飛んだ構想を語るところがあるのでね。我もそこそこ目の前に居るレカント公爵のことには驚きこそすれど直ぐに慣れた。少しした頃に主殿は何かの工具を持った状態で、水晶玉のような通信具の前に座り真剣に語りだす。それなりの知性のある生命体同士のやり取りなので、全面的に疑念を取り払う事は不可能。その上で、魔物の森の王からのスタンスをしっかりと語る。
魔物の森は無用なちょっかいをかけて来ないならば、その牙を剥くことはない。
魔物の森は人類種が入り、資源を多少採取する程度の事ならば黙認している。流石に乱獲されたり、眷属を傷つけたともなれば話は変わるが、そのようなことはこれまで通りならば起きえない。
魔物の森からは絶対に攻撃はしない。何故なら人の領域を取り込んだところで特に利が無いから。
魔物の森の王は、ハルドエン帝国皇帝代理のステファニー第一皇女の献身に敬意を表し、支援することを決めている。現在のハルドエン帝国は魔物の森の庇護下にあると同然であり、魔物の王は以上の事からハルドエン帝国との友好を望む。
『こんなところかな? 正直、胡散臭い諸勢力はいずれ潰すつもりだよ。西と南が最初の標的かな?』
「主殿。今はそのような話題はお控えください。建設的な話を急がねばならぬ局面ですぞ」
『ごめんごめん。それじゃ、レカント公爵との友好に関しては六号に任せるよ。それじゃ、よろしく』
『ぴゃぴゃー!』
ばいばいじゃないぞ……。最後まで画面の隅で話を聞いていたチビセイレーンよ。




