85ー魔物の森の御用商人1(アカメ六号視点)ー
うむうむ。我はアカメ六号。今日も日和は猛暑なり~。
我が父や母が主殿からの任を遂行するため、ハルドエン帝国へ潜入している。陽神からの願いを聞き届けつつ職務を行うためだ。その我なのだが、父に許可を得て魔物の森への一時帰還を行っている。理由としてはハルドエン帝国の再興のための布石を打つため。資金源であり、物資源とするため、我らが拠点に商人に連れて向かっているのだ。おまけで賢者アルスターが護衛としてついてきている。
我が拠点としても外の情報を手に入れられる道筋は以前から欲しがっていた。その点においても信用できる商人であるホルストという存在は、現状の我々からしてもとても良い条件なのだ。それにこの男の商品を見る目はかなりの物であるし、商店自体は小ぢんまりとしていても、客層も広く太客も多い。資金管理もかなり綿密に行っていたし、我らが来店したタイミングが早かっただけで、商業区のメインストリートへ店舗を出そうと考えていたようだ。
「それでアカメ六号殿の取り次ぎで、私を御用商人にしたいと考えていいのか?」
「うむ。我々も望むところだ。貴殿は“真贋の魔眼”持ちであろう? ならば、主殿も信用し、重用してくれることであろう。また、まずは北方城塞都市マスタングに貴殿の商店における支店を作ってもらう事になるであろうし、我らが森の幸は必ずいろいろな意味で……波紋を呼ぶ」
「いや、波紋は呼んではならんだろう……。もう少し落ち着いた状態にはできんのか?」
「アルスター氏も実食して感じたであろうが、我らの森の幸は品質が人類種文明都市群の側とで大きく異なる。むしろ、波紋で済めば御の字であるな。波紋で済まぬ場合は……魔物の王が直々に貴殿らを護りに動くこととなろう。その時は腹をくくっていただくことになる」
「それ程までに身内を大事にされるのか? ユウゼン シロイ陛下は」
「それほどまでにだ。貴殿らは実感したはずだ。あの鮮血の惨状をな」
二人は生唾を飲み込み、真剣な表情で頷いてくれた。我らが主は非常に対人関係に関して敏感なお方だ。裏切りを極度に嫌悪し、他者との繋がりや調和を崩すような下郎を蛇蝎の如く嫌う。しかし、話し合いにおいて反りが合わない程度ならば、あのお方はそれに合わせた態度を貫いて下さる。単に自らに合わぬ存在を切り捨てるわけではない。あのお方は円環に亀裂を入れるであろう愚者に対し、強いと言う言葉では表せないような嫌悪感があるだけなのだ。
それにあの方は立場や職域からの主義を切り捨てるような考え方はせぬ。
立場があれば必ずどこかで摩擦が生じ、繋がりを維持するために話し合わねばならない。主殿はかならず対話を求める。主張を聞かず切って捨てる愚かなことはなさらない。だからこそ、魔物と言う本能に忠実な生き物の多くを抱え、同時に人類種とも友好を築こうと言う奇特なお考えを持ち合わせているのだ。
繋がりは何を行うにも必要になる。特に主殿が重要視する情報戦略においては必ず必要になるのだ。そうやって、我が思う至高の君についてを伝えた。
「まことに魔物らしくないお方のようだな」
「そうであろうな。我らが主は神族と強い関わりがあり、この世に初めて生まれた鬼の稀人だ。人であり鬼である。……どちらも持ち合わせるこの世界においては実に奇抜な主義をお持ちのお方だ」
「な、鬼の……稀人? それがまことであれば大変な事実であるな。森から外へ出ない判断は正しいだろう」
「我は宗教の事には詳しくないが、主殿も同じ認識だと思う。それでもそれらとの摩擦を避けることも、情報がなくては成り立たぬ。だからこそ、我らが主は外部で問題なく活動できる情報収集拠点が必要と考えておられる」
「……魔物の森の王か。ユウゼン シロイ陛下は恐ろしいお方だな」
それは臣下である我らも思うところだ。
蟻型ゴーレムのカーゴアントに乗り、必要な街を経由しながら魔物の森に向かっていたが、ようやく魔物の森南方の入口に辿り着いた。魔物の森南方は狐の縄張りだ。その縄張りの外縁を通り抜け、中央にある我々の縄張りに入る。入ると直ぐに魔狐の監視部隊と遭遇しながらも、主殿の拠点に到着。
主殿の拠点は森の中にいきなり現れるので、初めて訪れる人物には衝撃が大きいだろう。異界樹の結界があるからか、第三勢力からは内部の状況が分からないようになっている。我々には直ぐにわかるのだが、ホルスト氏とアルスター氏は結界の内部に入った段階で絶句していた。王の縄割のランドマークである“異界樹”の壮麗さに驚いているのだろう。我らが縄張りには……。
第一の異界樹ニツイューバ。
第一の世界樹ユグドラシル。
第三の世界樹ウルズパーダ。
第六の世界樹シュアシラヤ。
第八の世界樹アルデラロン。
第十の世界樹カムイカバラ。
これらの大樹が生えている。それからちょっと距離はあるが、第十二の世界樹クルオンサータも見えなくもない距離に生えておるし。この周囲は異界樹や世界樹の見本市のような環境で、慣れている我らはいいのだが、慣れていない者には信じられない環境だろう。世界樹が集中しているからか、この土地は地脈エネルギーに満ち、植物の生育環境としてはこの上ない好環境が整っている。
世界樹の素材だけでも売り出せば凄まじい稼ぎになるであろうし、それ関連の素材や薬品関連を売り出せば必然的に億万長者。
また、異界樹や世界樹の抜きにしても、様々な生産品…主に武器防具や魔道具などを売り出すだけでも十分に億万長者だ。この縄張りでは貨幣の流通が無い現状、ハルドエン帝国の現状を考えたらば……。膨大な貸し付けになるだろうが、情報収集拠点を設置させてもらう土地代や重要な情報を得たりしたらばその分だけ差し引く形になるだろう。
「む? 主殿が出てきておるな。どうされたのだ?」
「いや、覚えのある気配の客人を連れて来てるみたいだったから。僕としてもちょっと気になったの」
「なるほど。では、我から仲介させてもらいたい。こちら、商人のホルスト氏。それから元帝国賢者であったと言うモーガン・アルスター氏だ」
「お久しぶりにございます。わたくしはハルドエン帝国で商店を経営させていただいておりますホルストと申します」
「お久しぶりにございます。私は元賢者のモーガン・アルスターであります」
「うん。二人とも久しぶりだね。あの件では巻き込んでしまって済まなかったが、その後はどうなったかな? 腕が回復していると言う事は…」
「それはアカメ一号殿の配慮によるところだ。それについても感謝している」
主殿と二人の顔合わせも終わり、さっそく本題へと話が移行する。機を見て敏でなければ商人としては成功できないのだろう。主殿もそれに関しては納得しているのか、直ぐに応接室での商談となる。アルスター氏は錬金術の工房がある事に興味を持っていたが、一応ホルスト氏の護衛という仕事もあるので応接室へ一緒に来た。
主殿は基本的な物から貴重な物までまずはリストを提示している。正直、常識から考えてあり得ない厚みのリストなのだが……。主殿は特に何も考えずにホルスト氏に興味があるものは実物を見せると伝えている。リストを手渡されたホルスト氏は苦笑いと冷や汗を流し、品目のほとんどが見たことが無い事に唸っていた。もうこれは最初から各部署を見学させた方が早いと思うのだが?
我から主に伝えると、主殿もそこまで考えずに了承。主殿はホルスト氏の様子を見ているようなところがあり、ホルスト氏はその主殿の視線には気づけていない。気づいているのは元賢者のアルスター氏だけだ。ただ、アルスター氏は主殿がホルスト氏に向けている感情が敵意でないことを感じ取り、見るに徹する様子。我は主殿の思惑が理解できないところがあるが、そこは主殿の特殊なところである。我が見通せないのはいつも通りだ。我は主殿が結果的にどうするかを見定め、この先に繋げて行けばいいのだ。
「では最初はこのなんなんパラダイス一号から説明を受けましょう。彼は農園や牧場、薬草園などの管理監督を主任務にしているので、その辺りは彼に聞けば問題はありません」
「初めての商人さんなん? 僕はキャラメル一号なん! ご主人はなんなんパラダイスとか言うけど。僕はなんなんでもパラダイスでもないなん! ……訂正も終わったし、早速食料生産施設の見学と行くなん!」
「ちょ! 力つよッ! 待って! 転ぶ!」
「やれやれ……。この宮には自由人が多いようだな」
「そうですね。僕も含めてのびのびやれる環境だと思いますよ」
「貴殿は本当に風変りだ。あの時、我らを蹴散らした時とはまた違う雰囲気をしているが…」
「ははは……。あの時はちょっと感情的になっていた面もありますからね。貴方は、あの勇者を信用していましたか?」
「……いや、私は祖国のために任を遂行していただけ。あの男は正直なところ信用に値する男ではなかったと感じていたよ」
主殿は楽しそうにホルスト氏を引っ張り回すなんなんパラダイスの様子を見つつ、帝国賢者の椅子を自ら降りたアルスター氏と会話をしている。二人がどのような指向性の会話をしているのかは気になるところだが、我がなんなんパラダイスを抑えねばホルスト氏が泥だらけにされるのは目に見えている。仕方がないので、なんなんパラダイスを何とか抑えに我が間に入ることとした。
そこからはまず洞窟外の屋外生産農場を始め、牧場施設を見学。様々なトリ、ウシ、イノシシを見て回り、人類種でも比較的育て易い作物が中心の屋外生産農場を見て回る。この縄張りの中では外部の品種とは完全に異なる物が普通に生産されているので、見ているだけなら面白い。だがこれを売るとなればいろいろ考えなければならない。ホルスト氏は目と手を忙しく動かして木の板にメモをしていく。……正直なところそれでは足りなくなるだろうが、まあ頑張ってもらおう。
外部の農園施設を見学の後は地下一階層にある養成畑を。次に地下二階層にある主生産農場と魔物エビの養殖池を見学。養成畑は一度ある程度育てた方が根付きやすく管理が簡単な作物をある程度育てる場所だ。なのでそこまで広くはない。しかし、地下二階層の種生産農場は屋外生産農場とも遜色ない規模であるので、かなり歩くことになる。我は素直に蟻型ゴーレムに跨りついていく。
「農場だけでこの規模なのですか? しかも地下って……。これも全てユウゼン陛下の成す御業の賜物なのですか?」
「そうとも言うしい…そうと言えない部分もあるなん! この拠点での植物関連は上に生えてる“異界樹”の恩恵ありきの所があるなん。だから、普通の農家が真似することは絶対にできないなん! それから異界樹はご主人との繋がりでここまで大きく成長した神秘の樹木なん。だから、ご主人の恩恵とも言えるし、そうでないとも言えるなん!」
「なるほど、この拠点は特殊なん…っと。ですが、そこそこ一般にも販売可能な品種は目途が立ちました。それらの情報は陛下を通じてのお知らせでよろしいですか?」
「それでお願いするなん! その方が楽ちんなん!」
……ホルスト氏の語尾になんなんパラダイスが移り込んだ瞬間があったのだが。
それは気にしても仕方がない。食物関連の部分は一度打ち切る。薬草関連はレオパード部隊が大いに関わって来るからな。なんなんパラダイスだけでは説明しきれんところがあるのだ。なのでなんなんパラダイスもついて来るが、そのまま上階の生産道に向かう。説明のし易さと関連する事業の関係から先に錬金小屋の方へ向かうのだろう。
なんなんパラダイスが呼び出した中型の蟻型ゴーレムに乗り、ホルスト氏とアルスター氏を案内していく。上階へ向かうだけだと言うのに、目新しい客人に興味を持った小さき者達が集まり始めている……。別に彼らが仕事をくれるようなことはないのだが、あやつらはいつも何かしらの娯楽や仕事を求めて誰かの後ろをついて回っているからな。我の後ろを歩いても仕事はない。ついて行くなら主の方にした方が可能性は高いと思うのだが?
「ついたなん! ここが洞窟一階層の生産道なん! ここは生活に必要だったり、仕事に必要な道具の類いを毎日賑やかに作ってる場所なん! ボンボンガンガンキャーキャー賑やかなん!」
「物凄く不穏な音がまじっていたとおもうのですが……。本当に大丈夫なんですか?」
「ぎゃー! 逃げろー! 今度の爆発はマジでヤバい! 全員作業をやめて小屋から逃げろ!」
「こういう事なん」
「……非常に危険なのでは?」
これはブラックナイト班の連中が、そこそこ危険な何かを爆発させたとみていいな。生産道の倉庫付近で派手な爆発音がしたかと思えば急に静かになった。まあ、この先に行けば自ずと分かる事なので、詮索はしまい。主殿も苦笑い程度であるので問題ないだろう。……たぶん。




