28ー新たな波紋?謎の樹が生えていたー
嵐の季節はもう少し続く。僕が転生してから155日くらい。常時暗いので時間感覚どころか日付感覚も曖昧になって来た。この森で生きて来た先人たちに話を聞くところによると、普通は嵐の季節に活動している事の方が異常。普通は嵐の季節になれば寝て過ごすか、安全地帯で大人しくして動かないのだとか。
そんな嵐の季節ど真ん中だからという事もあるが、南北と東の縄張りから下位種の魔物や、比較的弱い個体を中心に僕の拠点に避難を始めつつある。今年の嵐の季節は特に厳しいとかで、乗り越えられない個体が出る可能性が出て来たからだそうだ。多くの眷属を抱える縄張りの長達との相談の上で、僕の拠点でもテナントの入っていないダンジョンエリアに入ってもらっている。被災地域の避難所のような感じになっており、いつもよりも賑やかだ。あ、もちろん対価はもらうよ。
「それでキャラメル一号。その報告は本当なの?」
「マジもマジなん。大マジなん。ちょっと前にご主人が植えた種から目が出たなん」
「マジか。この嵐の中を発芽するとか凄い根性だな」
「それは問題ないんだなん。自分で結界を張って風雨からは身を護ってたなん」
「……普通の木ではないと思ってたけど、まさかそこまでとはね」
「ホントなん」
雨合羽姿のファットテール部隊のキャラメル一号が、地下の二階層を掘削中の僕の所に来た。働き蟻ゴーレムを便利使いしている小さなペット部隊のメンバーは、前触れなく唐突にこうやって現れることがある。ほとんどは大したことのないお願いや、各部隊の業務連絡事項なのだが……。極めて稀ではあるが無視できない話題の場合もあるんだよね。それが今回のような場合。まさかあの巨大クルミが発芽するとは思わなかった。
それをたまたま近くで聞いていたらしいサンドラさんも興味があるそうで、一時的にキファドラさんとメーオドラさんに作業を任せて上階へ。そこからさらに登って、通用口を通ってダンジョンエリアをすっ飛ばし、最上階の魔晶湖の遺跡ダンジョン入口エリアまでやって来た。そこから城のような造りの屋敷側に向かうと……。発芽? え? 発芽? いやいや、発芽の概念って……。
「なん。発芽しとるなん」
「発芽……双葉でかくね?」
「うむ。これはワシも初めて見る植物だな」
確かに発芽してた。目の前にしている事態は発芽で間違いないとは思うんだけど、発芽してた双葉の芽が異常な程デカい。発芽と聞いてイメージするのは、足元にちょこんと言う感じ。だが、僕が見上げるサイズの双葉が、自身を護るように結界を張っていた。サイズ以外は言ってた通り。いや、サイズを僕が聞いていなかっただけで、キャラメル一号の報告は正しい。間違いなく発芽している。発芽した葉っぱの大きさが長いところで5mはあり、高さも3m近くある。種のサイズもデカかったけど、これは規格外すぎるだろうて。
実年齢は聞いていないが、万年単位を生きているらしいサンドラさんすら見た事のない植物の芽。
危険な香りは今の所しないが、このまま成長したら屋敷を巻き込むんじゃないか? 今更ながらちょっと植えた場所を間違えた感がある。ただ、植え替えようにもこの大きさだし、僕やサンドラさんの膨大な内包魔力ですら干渉不可能な程、強力な結界で身を護っているのも面倒の種だ。種だけに……。
それにこの大きな双葉からは強力な力を感じる。このまま育てるしかないけど、どんな植物になるんだろうか? 異世界では地球の常識が通用しない。作物の件から考えても普通の植物に育つとは考えられない。少しでも予想が立てられればとも思うが、ダメだ。転生特典にも引っかからないし、サンドラさんの知識にも無いとなると、お手上げだ。
「実がなる植物だといいなん」
「呑気な君が羨ましいよ。あの植物は本当に何になるのだろうか?」
「鑑定もできず、ワシが見たことも無い若芽…か。いや? 一つあるぞ。もしかしたらであるが、一つ。心当たりが見つかったぞ」
「そうなん? どんなんなん?」
「世界樹…だ。この世界の普く植物を睥睨する樹木の王妃と言われる存在だな。大地地母神が産み落とせし豊穣の証であい、世界樹が発する息吹は周辺の土地を肥沃にし、植物の生育を活発にする恩恵がある。ワシも伝承として知っている程度だがな」
「世界樹なん? 世界樹は実がなる樹なん?」
「貴殿はそれにしか興味がないのか? それは知らんから、貴殿が確かめてはどうだ?」
「なん! ご主人。僕が管理してもいいなん?」
「うん。いいよ」
どこまでも能天気なキャラメル一号に、この巨大な双葉の事は任せることにした。食料生産の件ではミルフィモームやサテュロスの一部が手を入れてからは、監督管理する程度で今ではかなり手隙らしい。品質管理や手入れなどはしているようだが、それでも一番忙しかった時と比べるとだいぶ楽なのだろう。という事で、雨合羽姿のキャラメル一号は双葉の下で、木板にスケッチと特徴を書き記していた。彼には彼のしたいようにさせておけばいいだろう。という事で、僕とサンドラさんは地下第二階層の掘削作業に戻った。
この時の僕はまだ知らなかった。世界樹という植物の女王がどのような物であるかを……。
~翌朝~
僕は楽しそうに部屋に突撃して来たキャラメル一号に叩き起こされた。
働き蟻型ゴーレムから降りたキャラメル一号は徹夜でもしたのか? そこまでは深読みしきれないが、数枚の木板を僕に見せつけてくる。そこに描かれていたのは信じられないスケッチの数々だった。その真偽を確認するため、僕も女王蟻ゴーレムに跨り、魔晶湖の遺跡ダンジョンエリアの最上階である魔晶湖の孤島に向かった。そして、僕の目に入って来たのは……。一部分とは言えども久しぶりの青空と、凄まじい大きさに育った樹木だったのだ。
キャラメル一号が体感で一時間おきに描いた、その成長の経過を描いたスケッチとメモ。それを見ているだけでは信じられなかったが、こうして現物を目の前にすると嫌でも納得せざるを得ない。
高さだけなら天に聳えるように高い。しかし、その幹はまだ若木のような頼りなさの樹木が育っていた。その植物は自らを守るように強固な結界で自らを包み、苛烈な雨粒は結界で弾かれ、その葉を散らそうと襲う暴風はそよ風のように抑制されている。その結界の力は僕達が扱うどの術法とも異なる物だ。この目前の樹木を見ていると、世界樹説が濃厚である気がして来た。ただ、この先が非常に恐ろしい部分もある。僕の知識にある世界樹は地球での空想上の巨木である。この世界には実物があるらしいが、僕には知識も無ければ想像もつかない。これからどうなるのだろうか?
「大きくなったなん! 元気なん!」
「元気すぎじゃないかな? これからもこの植物の監視…いや、観察をお願いできる?」
「おっけーなんだなん! 最近は暇だし、僕がお世話するんだなん」
僕とキャラメル一号が急激に成長した樹木を見上げているところに、魔物の森の三太守が勢揃いで現れた。三人は僕がした行動と同じ行動を一通りした後、揃って僕へ視線を向けてくる。言うて僕に視線を向けられても何も分からんけどね。僕は引き続き楽しそうにスケッチしているキャラメル一号に視線を向け、聞くならば彼に聞いて欲しいと言う意思を彼女らに伝えた。
何を糧にどのようにしてここまで巨大に成長したのか……。僕にもわからないのだ。僕だって知りたい側なんだし。
僕は皆さんには無い地球の知識をある程度持ち合わせているけど、こちらの世界の事に関して言えば太守の皆さんとは違い知識は少ない。転生特典やアランドール氏の蔵書から得られた知識も、この世界の長い歴史からすれば断片的なんだろう。分からない物をグダグダと議論しても仕方ないので、僕は仕事に戻る提案をする。この大樹については僕ではなく、キャラメル一号が嬉々として観察してくれているので……。
僕は引き続き、地下第二階層の掘削作業を続ける。ヴィエラさんとタマモさんは一度縄張りの様子を見に帰ると言う。サンドラさんはと言うと、補佐をしてくれているキファドラさんが縄張りに一度帰還するとの事で、ここに残るそうだ。……この竜もここに居着く気満々だな。
「くはははは。遅い遅い。気づくのが遅いぞ。ここの良質な生活環境を知ってしまっては、もう元の生活環に戻ることなどできぬて。……それに、小娘共だけ美味しい思いをするのもしゃくじゃしのう」
「まあ、ここに居てくれるだけならいいんですけど、縄張りの管理が疎かになるんじゃないですか?」
「そこは問題ない。大神の大狼や九尾の大妖狐のような尻の青い小娘とは年季が違うのだよ。ワシがおらずとも縄張りは回るように組み上げられておるわい」
「それなら問題ないですけどね」
「ですが、サンドラ様。ハルドエン帝国からの急襲から不安がっている者も居ます。キファが居れば問題は無いでしょうが、御身の重みもお考え下さいませ」
「分かっておるよ。最初にメーオ、次にキファが帰ったのだ。流石に次はワシが帰る。それにお主らもここの味を知ってしまってはここから離れたく無かろう? くふふふ」
一つ咳払いするメーオドラさんだけど、否定もしないところを見ると彼女もここの食事に魅入られているようだ。……ああ、メーオドラさんは食事や酒ではなく、大浴場と寝床が気に入っているのか。別に何を好んでくれてもいいけど、その辺りはこの拠点固有の物だから持ちだせないしね。楽しんでくれる分にはいいけど、沼に嵌る前に対策を考えるべきだとは思うけどね。
サンドラさんとキファドラさん、メーオドラさんの三名? 三竜?の協力を得て、物凄い速度で工事が進んだ。建材として用いる土材や石材、魔石や魔晶石なども集まった。今の所、この地下第二階層も農園にすることになっているのだが、……かなりだだっ広いな。僕が作った疑似太陽の魔道具などを既に敷設してあるし、水脈を利用したスプリンクラー設備の魔道具も敷設が済んでしまっている。だが、この嵐でやられてしまった菜園の植物は、まだまだ増やしきれていない。やろうと思えば薬品での成長促成や、魔道具での促成は今の傷んだ状態の種苗には、できるだけ使いたくないんだよね。どうしようかな。この広大な空間が完全な空きスペースなのはちょっともったいない。
空きスペースは既に間に合ってるんだよね。ダンジョンエリアが丸っと空きテナントだから……。だからと言って農業用のスペースに作り変えているし、どうしたもんか? 特に入れておける物がないんだよな~。
「それに関してなんだがな……。ワシが思うに、あの樹木が世界樹であるならば、上階の菜園の植物が爆発的に成長すると思うのだ」
「そういえば、世界樹は植物の生長促進効果があるんでしたっけ。それって若木の状態でも当てはまる事なんですかね?」
「それはワシもあずかり知らんことではあるが、そのような伝承があると言うのだから想定しておいて然るべきであろうな」
「そうですね。それにしても範囲が広すぎますけどね」
「ならば、ワシの好物を増やしてくれんか?」
「サンドラさんの好物ですか?」
最初はダイヤモンドの事かと思ったが、それはご本人から否定された。確かにダイヤモンドは成長するためだったり、深手を負った時に外殻を促成するのに必要にはなる。だけど、別にダイヤモンドだけが好物というわけではない。
むしろ、ここに来てから好きになった物らしかった。それはエビ。魔晶湖に生息しているエビは数種類居るが、この拠点はサイズの異なる住民が居るので、ニーズに合わせたエビを用意している。
サンドラさんが好んでいるのは地球で言う所の“イセエビ”と“オマールエビ”。ただし、どちらのエビも全長1m超えの巨大エビで、養殖に適した抱卵型のエビ。疑似的な池を作り試しに育ててみるのもありだけど、エビは共食いもするし餌の与えすぎで水をめっちゃ汚す。そう言う面倒事もある。ただ、アクアリウムを少しかじったことがあるので、卵を抱えて小さなエビの姿で親元から離れるタイプのエビなら育てやすいと思う。……検討してみるか。
「本当か?!」
「ええ。食のバリエーションが増えるのはいい事ですし、サンドラさんが好きなエビ以外にも美味しいエビは居ます。今晩いろいろなエビ料理を出しますね」
「おお! お主は本当に心優しき男よのう!」
魔性の胸部装甲に襲われ、窒息しかけた……。そのあと、とりあえず二人でエビの畜養と養殖を考えた水源を作り出した。これからノウハウを得なければいけないので面倒だが、それもそれだろう。もう、サンドラさんのテンションが有頂天で、そこまで喜んでくれるならばなんとかしなくてはな。
余談だけど、エビやカニの料理をサテュロス給仕班に教えつつ夕食に出した。一番気に入られたのはエビの天ぷら。異世界のエビ料理はどれも好評だったが、受けがいいのはどれも天ぷら系。次に人気だったのは巨大イセエビの刺身。イセエビの丸焼きなんかだったけど。僕個人としては地球の時と同じ程度のブラックタイガーサイズのエビフライ。やっぱり、どの食材もほどほどがいいと思うんだよね。……まあ、喜んでくれたしこれはこれでいい事にしよう。うん。




