溺愛できない!国が滅びると困るのでやり方を教えてください
「溺愛のやり方を教えてください」
「バカなの?」
意を決して頼み込んだ俺は、最低のゴミを見る目付きで見返された。
豊かな中原の、程々にいい感じの位置にある、程々に栄えた王国。その平和な国の平和な王家に生まれた第一王子が俺だ。
王子なのに一人称が俺なのにはわけがある。
実は先日、家宝の整理に立ち会ったら、うっかり呪われて、奇っ怪な世界の別人の記憶が流れ込んできたのだ。
父母、祖父母及びごく少数の関係者いわく、それは呪いではなく、建国の祖が残した異界の品がもたらした祝福なのだそうだが、知るか!俺にとって効果が不都合なら呪いじゃねーか!
いかん。思考が雑に流れてしまった。呪い恐るべし。
幸い元の記憶と人格は残っているので、日常生活に関しては今のところ問題はない。すっかり内面がひねくれてしまったものの、表面的に従来どおりの良い王子を続けるのは、さほど難しくはない。
精神的に複雑骨折した上に、いらん知恵がついて、まったく可愛げのない性格になった気がするが、性格が悪くても身分と顔と地頭はいいので、一点を除いてはなんとかなりそうである。
その一点というのが……。
「無理だ。溺愛できない」
なんでも、俺はこのあと平民出身の女と恋に落ちて、彼女を溺愛して結ばれる運命らしい。彼女は国難を救う聖女で、俺が聖女を王妃にすることで国が救われるのだとか。
ここでポイントなのが、"俺が聖女を溺愛すること"らしい。
二人の心からの愛が大量にないと聖なる力が発動しないとかなんとか……発動する聖なる力ってなんだ?!愛って多寡を量で計れるものなのか?
肝心の記憶は、なぜそんな知識があるのかの部分が、甚だしく分かりにくく、詳細は不明。とにかくそういうものらしい。
そういうもの……って、そんなことをそんなに雑に決めないで欲しい。
とにかくこの「溺愛」というのが問題である。
なぜかというと、記憶にある聖女様予定者の人物像が、まったくもって好みじゃないのだ。
嘘だろう。
このウザイだけのアホ女に惚れろって?
いやぁ、無理だわ。
顔も好きなタイプじゃないし。
単に王妃にすることで国難が乗り越えられるなら、政略結婚と同じなので普通にこなせるが、溺愛はハードルが高い。(ハードルってなんだ?ああ、そういうものか。うん。高いと嫌だ)
というわけで、悩んだ挙げ句、一番身近で頼りになる相手に相談した。
「そこまで頭は悪くないと思っていたのだけれど、"祝福"って致命的にバカになる効果があるの?」
「あながち間違いではない気はするが、そこまで全否定しないで欲しかった」
「だって、他の女を溺愛する方法を、よりによって自分の婚約者に聞く?その聖女様とやらが貴方と結婚したら私はお払い箱なんでしょう」
「そういうつもりはない」
「じゃあ何?王妃はその聖女様で、私は日陰の身で実務を担当しろとでも?とんだ外道ね」
俺は平身低頭して、なんとか我が婚約者殿に話の続きを聞いてもらった。
幼い頃から苦楽をともにして育った彼女は、当たりはきついが、なんだかんだ言って、俺の相談には乗ってくれる。
「何があろうと絶対に君の家と君自身を不当に扱わないことを誓う」
「わかったわ。それで?」
俺は割り切って話を聞いてくれる頼りになる相談相手に、詳細を説明した。
俺が得た記憶によれば、俺は恋に落ちた相手とともに、連続するいくつもの試練とも言うべき事件に巻き込まれる。それらを順番に解決していくうちに、二人の仲は深まり、同時に、隠された謎を解くためのヒントや、貴重なアイテムを入手できる。
そうして最終的には、隠された謎を明らかにし、愛の力で恐るべき災いの芽を解消するのだ。
「良かったわね。国難の解決方法が事前に予知できて」
「そこなんだ。最終的に国を救うために必要な段取りは、自分が全部知っている」
「後は"愛"?」
「そう。キーアイテムを使う条件が王族の血筋で、発動条件が深い愛」
「…………あら?"聖女"という要素は?」
「途中の展開に神殿が関わっていてキーアイテムの一つがそれ系なので、その俗称が広まる」
「その平民の娘になにがしかの聖なる力があるわけではなくて?」
「彼女は、びっくりするぐらいただの平凡な娘なんだ」
我が婚約者殿は目を瞬かせた。
そうだろう。俺もその点はまったく腑に落ちない。
「だから、君に聖女になってもらいたい」
「ありなの?」
「言っただろう。必要な段取りはすでに全部知識として持っているんだ。無駄な部分を省いて、相手を君に置き換えて実行すれば良いだけだ。そもそも"聖女"なんていう格付けが必要なのは相手が平民だからであって、元々婚約者の君が相手なら不要だからな。それだけで複雑な手順の多くが省略できる。謎の答えはわかっているんだから、最低限必要なキーアイテムを取りに行けばいいだけになるので、早期対処が可能になる」
「国難が来るのがわかっているなら、できるだけ早い対応は必要ね」
「悪い案ではないだろう?」
「そうね。第一王子の婚約者の変更に伴う混乱や無駄な予算の浪費も避けられるし……国家の安定という面では、可能ならそれが最適解かしら」
うんうん。骨の髄まで公僕として育てられてきた者同士、話が早くて助かる。
「それで唯一の問題が……」
「……愛ってわけね」
俺と婚約者殿はしばし沈黙した。
「ちなみにどれくらい必要なの?」
「周囲が呆れて、開いた口が塞がらず、辟易して、もうコイツらは放置しておこうと思うぐらい」
彼女の眉がきゅうっと寄った。
「なんで私にやり方を聞こうと思ったの?!」
「女性なら恋愛に夢もあるかと」
「恋愛への夢って、王子の婚約者が一番禁じられているものだってよーっくご存知ですよね」
はい。俺も禁止されまくっていたので、よく知っています。
常に品行方正で、情動に流されず、冷静に一歩引いたお付き合いを、って言われ続けて、相手に素手で直接触ることすら禁じられてきたのはお互い様だ。
「攻略の記憶があるなら、そ、その相手とどんなことをするかの記憶もあるんでしょう」
彼女がものすごく嫌そうに言った。あれはゴミ虫を見る目だ。
なんであったこともない相手との不貞を咎められねばならんのだ。俺は君しか相手として考えたこともないのに。
「知識としてあるといえばあるが、気分が悪いので、あまり積極的に思い出したくないんだ。まったく同じことを君相手にやったとしても、それで愛が深まるとも思えないしな。君を相手にするなら、君の意見にそって君を尊重して行わないと、君との深い愛とは言えないだろう」
だから、まぁ、その、なんだ。
昔からずーっと好きな相手に、男としてしたいことというのも、そりゃぁもう沢山あるにはあるのだが、やはり一方的にやるのはどうかと思うわけだ。
だから俺は重ねてお願いした。
「どうか溺愛のやり方を教えてください」
このあと……
ツン気味のクールな令嬢に"実は憧れてた甘い愛され方"を逐一詳細に描写させた挙げ句「本当に?」「それだけでいいの?」「こんなのも好き?」とか言って、散々恥ずかしがらせながら、じっくりたっぷり甘やかした。
もちろん国家存亡に関わる重要事項なので最優先で。
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うにゃうにゃ