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【翳り】により、エルフィナが「本当の願い」だと思い込まされていたコト。
――それは〝力〟を手放すという願いだった。
全てが「運命」だというならば、この〝力〟さえなければ「運命」は変わっていたのではないか? エルフィナは【翳り】によりそんな疑問を植え付けられていたのである。
〝力〟さえなければ、「姫」として生まれなかったかもしれい。「普通」に暮らせていたかもしれない。大切なひとと結ばれていたかもしれない。――だとすれば、こんな〝力〟などいらない。エルフィナはそう信じ込んでいたのである。
当然、説明のつかないことの方が多い。けれど、【翳り】がエルフィナに取り憑いてしまった時点で、魔法王国は破滅へと着実に進んでしまっていたのだ。
エルフィナはジェナティスを連れ、教会を訪れていた。
教会は不気味なほど、静まり返っていた。その上、明かりも一切なく、暗かった。
けれど、エルフィナはその異常さも気に留めず、教会の奥へと進んでいく。
不安を覚えていたジェナティスが彼女の名前を呼び、制止したが、もはや彼の声もエルフィナには届いていなかった。何かに取り憑かれたかのように、エルフィナは祭壇の方に歩いていく。
祭壇の前に跪き、エルフィナは祈りを捧げる。
(守護神様、どうか私の〝力〟を失くして下さい)
――そして、「偽りの願い」を掛けてしまった。
【聞き入れよう】
どこからともなく、そんな声が教会に響き渡った。
それと同時に、教会に明かりがともる。
驚いて、エルフィナはすぐに振り返った。
辺りは黒い衣を纏い、武装した者達で埋め尽くされていた。入口近くにいたジェナティスの背後には、彼らの頭と思われるオトコが迫っていた。
「ジェナティス!」
急いで彼に呼び掛け、エルフィナはジェナティスの元へ駆け寄ろうとした。
――が、上から降りて来た【ナニカ】に阻まれてしまった。【ソレ】はエルフィナに馬乗りになり、見た目に反して強い力で彼女を地面に押さえ付けた。
当然、ジェナティスもエルフィナの元へ急ごうとしたが、後ろにいたオトコに肩を掴まれ、剣を突きつけられた。
「――動くな。 動いたら、お前の大事な姫様が傷付くぞ」
脅され、ジェナティスは剣の柄に手を掛けたまま、身動きが取れなくなってしまう。
エルフィナも【ナニカ】から逃れようとしたが、彼女から見ればジェナティスが人質にされた恰好になってしまい、同じく身動きが取れなくなってしまう。
【何を恐れることがある? 今からお前の「願い」を叶えるのだぞ】
【ナニカ】からの予想もしていなかった発言に、エルフィナは驚愕して、聞き返そうとする。
――が、それよりも早く、【ナニカ】が動いた。勢いよく、【ナニカ】が【短刀】をエルフィナの胸に突き刺した。
「……っ!?」
エルフィナは声にならない悲鳴を上げ、身体をのけ反らせる。
実際に【短刀】が胸に刺さったわけではない。――【短刀】が貫いたのは肉体ではなく、エルフィナの「心」だった。とてつもない脱力感とめまいに襲われる。痛みはないが、〝力〟が自分の中から消えていく――エルフィナはそんな感覚を覚えていた。
しばらくすると、【ナニカ】がエルフィナの胸から抜いた。愉快そうにクックッと笑い声を上げると、まばゆい〝光〟で輝く【短刀】を舐めながら、【ナニカ】はその場を後にする。
【――あとは好きにしろ】
その言葉を聞いて、どこからか【オトコ】が現れた。【オトコ】は力が抜け身動きが取れないエルフィナを無理やり起こし、縛り上げると頭のオトコの方へと向かせた。
未だ、オトコはジェナティスを人質に取っている。【ナニカ】がエルフィナを解放しても、頭自身は「満足」していないようだった。
「な……にを」
息を切らしながら、エルフィナは声を上げる。……嫌な予感がする。その上、何か取り返しのつかないことをしてしまったような気がしていた。
「エルフィナ姫よ。 我らが【邪神】様は目的を達成して満足されたが、【黒きモノ達】はそうじゃない。 ――オレは姫君に用事がある」
そう話すと、オトコはジェナティスを更に引き寄せ、剣を突きつける。
エルフィナは止めてと声を上げようとするが、後ろの【オトコ】がその様子を見せつけるかのように、ぐいと背中を押した。
「姫君、アンタがそこにいる【オトコ】――デュロウにそそのかされて、『願い』を我らが【邪神】を叶えてもらっている間に、【黒きモノ達】で色々と動かせてもらったぞ。 まず、姫君にとっては悪い知らせにはなるが、アンタの親父――魔法王国の国王は殺させてもらった」
オトコの言葉を聞き、エルフィナは目を見開く。……そそのかされた? そこでようやく、エルフィナは囚われた【翳り】から解放され、正気を取り戻す。
――なら、自分はこのデュロウという【オトコ】にまんまと騙され、〝力〟を手放したというのか。その上、守るべき魔法王国を危険に晒し、【黒きモノ達】に「隙」を与え、父である王をむざむざ殺させてしまったというのか。
「……ぁ」
エルフィナは自分の犯してしまった過ちにようやく気付き、思わず声を漏らす。そして、【ナニカ】が口にした後は好きにしろという言葉の意味を理解する。
「エルフィナ・ファイラ――魔法王国の唯一の後継者よ。 王亡き今、『新しい王』が要る。 ――そう、アンタはこのオレ、ヴェスターの妻となって、このオレをその『新しい王』にするんだ。 ……おっと、抵抗はするなよ? コイツがどうなってもいいなら、話は別だがな」
「い……いやああぁぁ――――!!」
大切なものを危険に晒した後悔に苛まれ、エルフィナは思わず叫び声を上げる。
抵抗など、できるはずもなかった。エルフィナは気力を失くし、デュロウのなすがままにされる。頭のオトコ――ヴェスターの元へと連れられながら、涙をこぼした。
〝……いで――泣かないで、姫!〟
ふと、エルフィナの心にそんな〝声〟が響く。反応もできず、うなだれたままでいると、〝声〟が続けて彼女に言葉を掛けた。
〝あの話――建国祭に守護神に願い事をすれば叶うって話、あれは真実! 「必ず」ってことはないけどね。 ……あのね、今はとても強い【邪神】が近くにいて、誰にもどうすることもできなくて、この国と姫達を助けることはできないんだ。 けど、いつかはきっとこの状況が変わる時が必ず来るから。 だけどね、それまで姫を放っておくなんてこと、私にはできない。 ――だからせめて、あなたの「願い」聞かせてほしい。 私がいなくなった守護神の代わりにその「願い」預かっておくから!〟
だんだんと考える気力すらなくなっていたエルフィナだったが、その〝声〟――人ならざる〝もの〟の必死の訴えに、一縷の望みを賭けてみることにした。
(――どうか、わたしたちの〝想い〟を未来に)
返事はなかった。けれど、「何か」がきらりと片隅で煌めいたのをみたような気がした。
その次の瞬間、エルフィナは「意識」を手放す。建国祭前に待ち受けていたものよりもずっと、暗い「未来」がこれから待ち受けている。――そのことを思うと、目の前が暗くなったのだった。




