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――刻むは【黒】、やがて【破滅】をもたらす【漆黒の翼】の下に【彼ら】は暗躍する。
「頭、やはりもうすぐ動き出しそうですぜ」
【彼ら】――【黒きモノ達】と名乗る悪の組織を束ねる男性――ヴェスターは呼び掛けられ、目線だけを上げた。
「……そうか」
返事をしながら、ヴェスターは物思いに耽ける。
秘密裏に情報を仕入れ、建国祭の後、魔法王国の唯一の後継者である姫が近く、婚儀を執り行うらしいという話を耳にした【黒きモノ達】はそれよりも前に、国を乗っ取ろうと計画していた。現在、着々と準備を進めているところだった。すぐにでも計画実行に移ろう――と言いたいところなのだが、そうもいかない理由がヴェスターにはあった。
――計画を成功させるには「決め手」に欠けていたのだ。【黒きモノ達】が求める【漆黒の翼】――後ろ盾ともいえるその【存在】が未だ見つかっていないのだ。そういう理由から、ヴェスタ―は計画実行に踏み切れていなかった。
「――大丈夫、上手く行きますよ」
どこからともかくささやく声が聞こえる。はっとして振り返ろうとしたヴェスターだったが、耳のすぐ近くまで顔を近付けられ、その場に凍りつく。
(……デュロウか)
声の主はデュロウという若い男性だった。いつの間にやら【黒きモノ達】に居座り、飄々《ひょうひょう》として何を考えているか分からない人物ではあったが、他では手に入れられない情報を収集してくる凄腕でもあった。――姫の結婚の噂もどうやってか彼が手に入れて来たものだった。
「――どうやら建国祭に姫がお忍びで参加するようです。 その騒ぎに乗じて、計画を実行すれば、あなたの思いのままになるでしょう」
またもやデュロウはどこから仕入れたのか分からない情報を口にして、ヴェスターをそそのかそうとしていた。
そうはいかないと言い返そうと、ヴェスターは口を開こうとした。――が、すぐ後ろでデュロウが首を小さく横に振り、人差し指を口元にあてた。
「――あと少し。 ほんの少しだけ待てば、あなたが求める【存在】と邂逅できます。 またあなたは私を疑うでしょう。 けれど、こればかりはどうか私を信じてみて下さい。 私は強く感じているのです。 ――やがて世界をも覆いつくすほどの【力】を持つ【存在】の【咆哮】を」
デュロウの言葉に思わず、ヴェスターは勢いよく振り返る。……が、今度はすでに、彼は姿を消していた。
息を漏らしながら、ヴェスターは視線を戻し、物思いに耽ける。デュロウの言うことを聞くのは癪に障るが、いつもとは違った様子の進言に、本当に今度ばかりは真実かもしれないと思えて来た。
(やってみる……か?)
おぼろげながらも決心して、ヴェスターは立ち上がる。そして、目の前にいる【黒きモノ達】に檄を飛ばすのだった。
――そして、「運命」は動き出す。
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建国祭に出掛ける許可が降りたエルフィナは日頃の務めに精を出し始めた。けれど、その様子をすぐそばで見ていたジェナティスはどこか「違和感」を覚えていた。
――ずっと「かごの中」で居なければいけないのならば、唯一与えられた「自由」を目いっぱい謳歌しよう。
エルフィナのそんな思いが強く伝わって来るのだが、ただ単に「それ」だけではないような……。疑問に思いながらも、ジェナティスはただひたすらエルフィナのそばで彼女を守る。そうしているうちに、少しだけ聴こえた気がした。
――エルフィナの奥底に眠る悲痛な「叫び」が。
ジェナティスの心配をよそに、エルフィナは「いつも通り」振る舞う。
「ねぇ、ジェナ。 『いつものところ』行かない?」
ふと足を止めて振り返りながら、彼女が言う。
はっと我に返り、ジェナティスは「いいですよ」とすぐにうなずく。――エルフィナの思いが少しでも紛れるように。
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心地よい風が吹いている。
深緑の丘で、エルフィナとジェナティスは肩を寄せ合い、その場に佇んでいた。
――いつかの夢で見たのと同じ光景だ。
そう思いながら、〝彼女〟はまだ覚めない「夢」に深く、深く入り込んでいく。
ふと、風がなびく。
「ねぇ、私ってどうして『お姫様』に生まれてきちゃったんだろう」
エルフィナが髪を抑えながら、その風に乗せるかのようにそんな問い掛けを口にする。
「……エルフィナ」
かき消えそうなほど小さな声だったが、ジェナティスはそれを聞き逃さなかった。責めることも受け容れることもできず、彼はただ、エルフィナの名前を呼ぶことしかできなかった。
「私、『普通』の女の子に生まれたかったな。 そうしたら、ずっとあなたと一緒にいて、『自由』に暮らしていけたのに」
「そう」であれば、と確かに願ったことはある。けれど、決して「それ」を口にすることはできない。――何もできないが、せめてエルフィナに寄り添っていたいと思い、ジェナティスは彼女の方へと顔を向けようとした。
――その瞬間だった。
エルフィナの周りにぼんやりとした「光景」が視えた。――かと思えば、今度はジェナティスの頭にその「光景」の断片がうつし出された。
――遥か昔、豊かな土地、愛し合う男女、引き裂かれる絆……。はっきりとした「こと」は分からないが、エルフィナはその「光景」にうつる一人の女性と何らかの関係があり、強い「運命」の下に生まれ出ることになったのだ。
……未来を視ることはあっても、過去を視るのは初めてだった。ジェナティスは戸惑いながらも、唇を噛んだ。視てしまった以上、口に出さなければならない。自分がそれを言うのは酷だと思いつつも、ジェナティスは重い口を何とか開いた。
「……全ては『運命』だったのです」
「――じゃあ、私のこの〝羽〟や〝力〟もその『運命』だって、あなたはそう言うの!?」
ジェナティスの宣告を聞いて、エルフィナが一瞬背中を気にしながらも、勢いよく彼を振り返って問い詰める。
息を荒げ始め、肩を上下に揺らすエルフィナをじっと見つめながら、ジェナティスは押し黙る。もう何も視えなかったが、先ほど垣間見た「光景」から推測する。あの「女性」から創まり現在に至るまで、何人もの強い〝想い〟が彼女に繋がれている。――そうとしか考えようがなかった。
「……恐らくは」
更に重くなった口を開き、絞り出すようにジェナティスはそう答える。
――果たして、彼女はその強い〝想い〟を成就する存在なのか。それとも……――。
エルフィナに返事をするよりもむしろ、「その答え」を考える方が、より重みがのしかかった。……どうか、前者であってほしい。ジェナティスはそう思わずにはいられなかった。けれど、「未来」のことは誰にもわからない。それだけに、今のエルフィナを見ていると不安が募るばかりだった。
沈黙が降りる。エルフィナは息を荒げたまま、髪をかき上げていた。どうやら、エルフィナは、普段口にすることができない「思い」を外へと出してしまったことを悔やみながらも、堰を切ったようにあふれて止まらなくなってしまった「思い」に呑まれそうになっているようだった。
ついには「思い」を抑え切れなくなったのだろうか、顔を手で覆い、エルフィナはしばらくその場に立ち尽くし始める。
どうすることできず、ジェナティスはエルフィナの様子を窺うしかなかった。
……それにしても変だ。「何か」がおかしい気がする。ここのところ、何か良くない【気】が魔法王国を覆ってしまっているような気がする。微かにそう感じていても、ジェナティスがそれが「何」なのか、到底知ることはできなかった。
できれば、エルフィナに建国祭に出掛けるのをやめてほしい。そう思わずにはいられないが、彼女のことを汲まないわけにもいかなかった。――だからせめて、全力でエルフィナと魔法王国を守護しなければならない。
「……ごめん、ジェナ。 私が無茶ばっかり言ってるのはちゃんと理解してる。 だけどね、どうしても私の『心』が強く叫んでしまうの」
まだ顔を抑えたまま、エルフィナがつぶやく。
「――はい」
ジェナティスは多くを語らず、どちらともつかない返事をする。そして、そのままエルフィナのことをじっと見つめていると、少しは整理がついたのか、ようやく手を顔から話した。
……泣いていた。もちろん気が付かないわけはなかったが、ジェナティスは表情一つ変えずに、エルフィナのことを見つめ続けた。
本音を言えば、すぐにでも彼女に寄り添いたい。けれど、最初から「理解」していたことなのだ。
――お互いに。
エルフィナは何もしないジェナティスのことを責めるでもなく、独り涙を拭っていた。途中、目が合っても、やはり咎める素振りは一切見せなかった。
「……ごめんね」
つぶやいて、エルフィナが駆け出した。だが、ジェナティスから離れてはいけないと考え直したのだろう。少ししたところで足を止める。そして、誰にも顔が見えないように空を見上げ始めた。
どうしても涙を止めることができなかったのだろう。本当はエルフィナを今すぐにでも抱きしめたいところだったが、その気持ちをぐっと抑える。……自分は「恋人」でもあるのに、なんて不甲斐ないのだろうか。ただエルフィナの背中を見守ることしかできない自分を責め続けながら、ジェナティスは彼女の気が済むのをじっと待つのだった。




