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――ある日、夢を見た。
それは遠い昔、確かにあった出来事。
――旧魔法王国時代にあったこと。
……何がきっかけで「感応」できたかは分からない。
けれど、それはいつか見たのと同じ夢だとすぐに直感した。
――「何か」の始まりを告げる夢に、〝彼女〟は深く、深く入り込んでいくのだった。
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――城下にあふれる、人々の幸せそうな笑顔。
彼女はいつもそんな光景を窓から眺めていた。
見つめていると、胸の中に愛おしい気持ちでいっぱいになる。……将来、私はこの大切なものたちを守っていくことになるのだ。
「姫、お迎えに参りました」
扉の外から呼びかけられ、彼女は「はい」と振り返る。
――彼女の名はエルフィナ・ファイラ。魔法王国の姫であった。
エルフィナは魔法王国唯一の後継者だったため、政や魔法について学ぶ必要があった。
――そういう理由で、気が付くと毎日毎日城の中で缶詰にされるようになっていた。
だが、「姫」という役割が嫌だったわけではない。いつかは魔法王国を守っていくのだという「覚悟」は物心ついた頃から出来ていた。
ただ……ほとんど城から出たことがなかったために、外の世界に憧れを抱くようになっていた。窓から見える景色は「かごの中」のエルフィナにとって数少ない寄り処のひとつとも言えた。
そして……――。
「…………」
その日の務めを終え、エルフィナはまた窓の外を眺めていた。
城下は今、まもなく迎える建国祭の準備で大賑わいだった。
エルフィナは特に、この建国祭の様子を眺めるのが好きだった。……時に、その中にまざりたいと思うほどに。
「ねぇ、ジェナ」
不意に、エルフィナは後ろに立つ護衛であるジェナティスに声を掛ける。
「はい、なんでしょう」「――無茶言ってもいい?」
すぐに返事をしたジェナティスに、エルフィナは食い気味にそう尋ねる。
「……。 ……いいですよ」
困ったように間を置いた後、ジェナティスが渋々と言ったように答えを返した。
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エルフィナとジェナティスは旧知の仲だった。
互いの立場は違っていたが、ふたりは小さい頃からずっといつも一緒だった。――エルフィナは姫としての教育を施され、ジェナティスは騎士として鍛えられながら、自由な時間はふたりで過ごしていた。
そのうちに、ふたりはお互いをよく知る親友同士になり、そしていつしか恋人同士という関係にも発展していた。
もちろん、それぞれ「理解」はしていた。……それでも。――それでもふたりはいつか別れなければならない時が来ることを理解しながらも恋仲となった。いつか離れてしまう日が来るまではせめて共に過ごそうと、幼い頃に見つけた秘密の丘で密かに愛を育んでいた。
先に好意を抱いたのはエルフィナの方だった。――初めて出逢った時から、どうしようもなくジェナティスにひかれ、自分の「使命」を全うしなければならないと理解しながらも、自分のおもいを打ち明けたのだ。
ジェナティスの方もエルフィナは守護するべき「存在」であると認識しながらも、彼女のおもいを受けとめたのだ。――エルフィナと同じく、ジェナティスもどうしようもなく、彼女にひかれていたのである。
ふたりはお互いの立場だけでなく、「他のこと」も理解しながら、「その時」まで一緒にいることを決意していた。
――実は、エルフィナには不思議な〝力〟が有った。
しかし、ただ有るだけでほとんど制御はできておらず、できるのは〝力〟のせいか、背中に生える〝羽〟を自由に使うことぐらいだった。
けれど、その〝力〟がかなり強大なものであることはエルフィナ自身も理解していた。――〝力〟があるせいで、狙われる危険があるかもしれないことも。そういう理由で、〝力〟が有ることをエルフィナは身近な人間など、ほんの一部にしか伝えていなかった。
ジェナティスもその一部の一人だった。けれど、それでも、彼はエルフィナのそばにいることを選んだのだ。――何があろうと、エルフィナのことをそばで守り抜くことを心に固く誓っていた。
そして、そんなジェナティスにも「とある秘密」があった。――彼には未来を視る能力が有ったのだ。
けれど、いつでも自由に未来を視ることができる――というわけではなかった。ふとした瞬間に、未来の一部が垣間見えるというものだった。良い未来だけでなく、悪い未来も否が応でも見えてしまうため、ジェナティスはその能力を決して良くは思っていなかった。
ジェナティスと同じように、エルフィナも彼のことを受け止め、それでもできる限りそばにいたいと心の底から思っていた。――たとえどんな未来でも一緒に受け容れるという強い覚悟があったのだ。
お互いのことを理解し合った結果、いずれ別れる時が来ても、「最後」の瞬間まではお互いのことをおもい合う――ふたりはそんな固い「絆」で結ばれたのだった。
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「――私ね、建国祭に行ってみたいの」
遠慮なく言ってしまってから、エルフィナは自省する。……我ながら、なんという「わがまま」を言っているのだろう。少なくとも城の中にいれば安全で、狙われることもないだろうに。けれど、理解していても、どうしても行きたいとそんな衝動に駆られてしまうのだ。
ジェナティスもあまりの無茶に黙り込んでしまっている。
「……エルフィナ」
しばらく経ってからようやく、いさめるようにエルフィナの名を口にした。
「わかってるわよ、自分でも変なこと言ってるって。 だけど、どうしても外の世界に行ってみたいって思わずにはいられないの。 それに、私、『もうすぐ』だって気付いてるんだから!」
エルフィナはこみ上げる涙を抑えながら、そう言い放った。
――そう、彼女の言う通り、エルフィナに「その時」が近付いていたのだ。
ここのところ、彼女の父である王は何やら裏で動いているようだった。
そんな父王が気になって、エルフィナはこっそりそれが何なのか調べていたのだ。すると、どうやら、エルフィナに相応しい結婚相手を見つけたようで、近々結婚式を執り行おうとしているらしかった。
――「立場」も申し分なく、いずれ女王となるエルフィナにも引けを取らない相手がついに現れたのだ。
もちろん、エルフィナに拒否するつもりはない。――魔法王国を守る「覚悟」はとうにできているのだから。だが、せめて、「その時」が来るまでは大切なひとをおもい、「姫」としてではなく、エルフィナという一人の「人間」として自由に生きていたいのだ。
心を通わしているだけに、ジェナティスは言葉を詰まらせていた。
そんな様子に、エルフィナに迷いが生じる。……ジェナティスを困らせてるわけにはいかない。勝手を言っているのはあくまで自分なのだから。
「……ごめんね、わがまま言って。 私が自分で父様に頼みに行く」
目元を拭い、エルフィナは立ち上がって部屋を出る。
その後を、ジェナティスは黙ったまま追うのだった。
「……えっ? いいの!?」
――数分後、王の書斎でエルフィナは素っ頓狂な声を上げていた。
「ただし、ジェナティスを必ず連れて行くのが条件だ」
……絶対断られると思ってたのに。王の話を聞きながら、エルフィナは内心驚いていた。
けれど、王が娘であるエルフィナの無茶を聞き入れるということは本当に「その時」が来ているという証拠だろう。嬉しい反面、複雑な思いもした。……だが。
「でも、ありがとう、お父様!」
――だが、ようやく、これで一度だけかもしれないが「かご」の外で「自由」にすることができる。ひとまず、この貴重な機会を目いっぱい楽しむことにしよう。
そんなことを考えながら、エルフィナは父王に抱きついた。そして、しばらく抱擁を交わした後、意気揚々と書斎を後にした。
「……よろしいのですか?」
今度は彼女を追わず、ジェナティスは王に念押しする。
「エルフィナも勘付いていただろう。 ――間もなく、あれの婚儀が行われるのだよ。 私ももう年だ、その後本格的にあれを女王として君臨させるように準備させるつもりなのだ。 だからせめて、最後に願いを聞いてやろうと思ってな。 ――ジェナティスよ、エルフィナを守ってやってくれ」
……やはりか。王の言葉を聞いて、ジェナティスはすぐに思うのと同時に、膝を折って「承りました」と二つ返事をする。もちろん、誰に言われずとも、ジェナティスにはエルフィナのことを全力で守り抜く覚悟がとうにできていた。
「して、ジェナティスよ。 お前はあれの婚儀の後、どうするつもりなのだ?」
そう尋ねられて、ジェナティスは面喰らったように王の顔を見つめる。……そんなの、決まっている。
「――もちろん、私はこの命尽きるまであの方のおそばで仕え、私の全てを懸けてあの方をお守りする所存です。 では、失礼いたします」




