Episode 4 Epilogue ଓ 高みへ 〜go 〝higher〟〜
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隣を、無数の笑顔が駆け抜けていく。
エリンシェはそんな光景を愛おしく思いながら、頬を緩め、歩みを進める。
向かう先はグレイムの私室。少しでも多くの笑顔を眺めたくてゆっくりと歩いていたが、気が付くとその扉の前までたどり着いていた。
少し名残惜しく思いながらも、エリンシェはその扉を叩く。中からすぐに返事が聞こえ、「失礼します」と声を掛けながら扉を開いた。
「やあ、エリンシェ」「グレイム先生、こんにちは」
エリンシェとグレイムはお互いに目を合わせると、頭を下げ挨拶を交わした。
もちろん、グレイムはエリンシェが新たな〝守護者〟となったことを知っていた。大神ディオルトからの伝手で情報を耳にしていたようだったが、ゼルグの襲撃の後改めて、エリンシェはグレイムに簡単な報告を済ましていた。その時に、〝守護者〟と大賢者となると立場や見方などが変わってしまうのだが、エリンシェが学舎を卒行するまではただの生徒と大賢者の関係でいようと二人で話し合ったのである。
「先生、今日無事に四年の過程を修めて、しばらく休暇に入りますので挨拶に参りました」
「あぁ……そうだったね」
――そう、その日は四年間の学習過程の卒行の日だった。
エリンシェと同じく、上級課程への進学を選ぶ者が入れば、全く違う「道」を選ぶ者もいた。――それぞれ行き先は違ったが、皆、卒行したことを喜んでいた。
もちろん、その傍らで別れを惜しみ、涙を流す者もいた。けれど、大半がそれよりも笑顔で別れることを選び、和やかに友と心ゆくまで語らっていた。
エリンシェはそのどちらも目にして、なおかつその全てを愛おしく思っていたのだった。
「先生、私まだ『見習い』のようなものでこの学舎を隅々まで守ることができそうにありません。 だから、まだあなたの『力』を借りることになりそうです。 ディオルト様も引き続き、この学舎を結界で守ってくれるみたいです。 ――なので、これからもよろしくお願いします」
そう話して、エリンシェは再び頭を下げる。
〝守護者〟になったとはいえ、まだまだ知らないことやできないことがたくさんある。上級課程を学ぶだけでなく、〝守護者〟として修行をしていかなければならないと、エリンシェは深く実感していた。
すぐに、グレイムがそんなエリンシェの肩に手を乗せ、優しく微笑みながら深くうなずいてみせた。
「もちろんだよ。 できることは協力させてもらうよ。 何より、君はこれからも私の『生徒』だからね?」
エリンシェはグレイムの顔をしばらく見つめた後、今度は深く、また頭を下げ、「ありがとうございます」と礼を口にするのだった。
再びグレイムの手が肩に触れ、エリンシェは思わず胸が熱くなるのを感じたのだった。
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そして、その後。
エリンシェはグレイムと少しだけ言葉を交わし、彼の私室を後にした。
帰り道も皆の顔を眺めながら、エリンシェは寮室へと向かっていた。
――ふと、一人の女生徒とすれ違う。
「何か」を感じ、エリンシェは思わず振り返る。眼鏡を掛け、長い黒髪を三つ編みに結わえている、何の変哲もない彼女に、エリンシェは思わず目を奪われる。
……なんだろう。彼女の「奥底」にうっすらと何かの「気」を感じて、エリンシェは首を傾げる。
――まだ、分からない。とりあえず、悪いモノでなければいいが……。
現在のエリンシェではどうすることもできず、ひとまずその場は引き下がることにした。……けれど、なぜだろう。彼女とはまた出逢うような気がした。
一瞬彼女をちらりと気にした後、エリンシェはまた歩き出すのだった。
――そう、彼女との出逢いが後に、エリンシェの身を再び戦いに投じさせることになるのである。
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「おまたせ」
エリンシェはそう声を掛けながら、寮室の扉を開ける。
『おかえり』
すぐに中から、出発の準備を終えていたジェイト・ミリア・カルドの三人からの聞こえて来る。エリンシェも用意しておいた荷物を手にすると、再び口を開く。
「それじゃ、みんな帰ろうか?」
エリンシェの問い掛けに三人がうなずいて、部屋を後にするのだった。
「色々あったね」
三人と並んで城の外へ向かいながら、エリンシェは誰に言うでもなくそう口にする。
――できれば、しばらくはこの平和が続いてほしい。そう願わずにはいられなかったが、未来のことは誰にも分からない。
だが、もしもまた「何か」あったとしても、その時はまた全力でテレスファイラをまもるために戦うだけだ。
……そのためにもより「高み」を目指さなければ。
「確かに色々あった。 だけど、全部乗り越えてきた。 ――だから、これからもきっと大丈夫だよ」
物思いに耽っていると、ジェイトがそんなことを話して、エリンシェに目配せをする。
目が合うと、ジェイトが頬を緩めた。――ふたり一緒なら、きっと大丈夫。先ほどの言葉に、そう付け加えているように思えた。
エリンシェはうなずいて、微笑みながら思う。そう、ふたり一緒なら――ジェイトと一緒なら、何があっても乗り越えられる。エリンシェも〝彼〟と同じ気持ちだった。
そうこうしているうちに石垣のすぐ側までたどり着く。
「じゃあ、しばらくお別れ、だね」
エリンシェはそう言って、三人を振り返る。休暇もそれほど長いほどでもないせいか、不思議と寂しい気持ちはない。どうやら、皆、同じ気持ちのようだった。――どれだけ離れていたとしても、結局帰ってくる場所は「此処」なのだ。
「たまには遊びに行くからな」「じゃあ、またね」
先に外へ向かったのはミリアとカルドのふたりだった。ふたりは残されたエリンシェとジェイトに手を振ると、お互い何かを言葉を交わしながら振り返らずに歩いて行く。
エリンシェとジェイトはふたりの背中を見送った。
「――じゃあ、僕たちも行こうか」「うん」
また目配せをして、そんな会話を交わすと、ふたりは同時に外へと歩き出す。
しばらく並んで歩いたところで別れ道に差し掛かり、ふたりは足を止める。
『またね』
同時に、ふたりは挨拶を交わす。――言葉はそれほど必要なかった。たとえ離れていても、心が通じ合っているため、ふたりは何の心配もしていなかったのだ。
先に歩き出したジェイトを見送った後、エリンシェは空を見上げる。そして、今はそばにいない、ゼルグを見張るためにまた封印の身となったアリィーシュのことを思った。
(――アリィもまたね)
アリィーシュの元にその言葉が届くのかは分からなかったが、エリンシェは彼女にも別れを告げる。そして、少しの間、空を見上げた後、帰路に着くのだった。
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そして、そのすぐ後。
エリンシェは自宅の扉の前に立っていた。
……前とは「立場」が違うせいなのか、すごく懐かしく感じる。両親にはたくさん、話をしなければならない。――「色々」と自分独りで決めてしまっていた。
けれど、不思議と不安はない。二人ならきっと応援してくれる。そんな確信があった。
とはいえ、多少の緊張があったため、しばらくの間、深呼吸をして気持ちを整える。
――そして、エリンシェは大きく息を吸い込み、「扉」を開いたのだった。




