Feather 17 ଓ 幸福 Ⅱ 〜happiness Ⅱ〜
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【敵】からの脅威がなくなると、いつも通りの日常が戻って来た。
皆が暗雲立ち込めて暗い顔になっていたが、今はすっかり晴れ、時々笑顔も見られた。エリンシェはそんな様子に安堵しながら、自身も残りの学舎生活に打ち込んでいた。――このまま、この幸福がずっと続きますようにと願いながら。
〝神格化〟をし、テレスファイラの〝守護者〟となったエリンシェだったが、そうやって「いつも通り」の生活を送っていた。――決して、公になることはなくていい。ただ、今までと違うのは前よりもテレスファイラのことを気に掛けるようになっただけの話なのだ。
けれど、エリンシェが〝守護者〟であることを知っていたジェイト・ミリア・カルドの三人はそっと〝彼女〟のことをそばで支えていた。特に、ジェイトは誰よりもエリンシェのことを一番近くでまもろうとしていた。
そんな三人の存在もあって、エリンシェは更に上記の課程を学べる三年間の進路に進むことを決めていた。そして、脅威がなくなった今、更に勉学に励んでいたのだ。〝彼女〟と同じように、三人も進学の道を選んでいることを知り、ますます学ぶことに打ち込むようになった。
――そして、その甲斐あって、全員が四年間の課程を修了後、上級の課程への進学の許可が無事に降りたのだった。
エリンシェが学んでいる間、アリィーシュは実体化ができる一年が終わるまで、〝彼女〟のそばにいることにしたようだった。
――エリンシェが新しく〝守護者〟となった今、アリィーシュは晴れて「自由の身」となったと言っても過言ではなかった。
「ねぇ、アリィ。 これからどうするの?」
そのことにいち早く気付いたエリンシェは当の本人にそう尋ねることにした。――〝守護者〟になったことで「智慧」がついたのだろうか、アリィーシュには「自由」になったことで、何か新しい「選択肢」が広がったような気がしていたのだ。
「……そうね。 あなたが永久封印をできるようになるまで、ゼルグのことを近くで見張っておこうかしら。 悪さをしてもいけないしね? ――後のことはそれからじっくり考えることにするわ」
知ってか知らずか、アリィーシュは涼しい顔できっぱりとそんな答えを口にした。
……ガイセルとのことはいいのだろうか。エリンシェが気に掛けていると、アリィーシュは自信たっぷりに微笑みを浮かべてみせた。
「――いいのよ」
アリィーシュのそんな表情を見ていると、どうやら気にする必要もないかもしれないと、エリンシェは考えを改めることにした。――そう思えるほど、アリィーシュとガイセルの絆は固いのかもしれない。そんなふたりのことが羨ましくもあった。
一方のエリンシェとジェイトはというと、「あれ」以来、これといった進展はなかった。
複雑に思いながらも、エリンシェは時々、付け替えられた左手の指輪を眺めていた。……「あとは全部済んだら」って言ってたのに。そんなことを思いながら、一人むくれていた。
あまりにもジェイトが「いつも通り」過ぎるせいで、何かの間違いだったのではないだろうかと疑ったりもした。けれど、確かに指輪は其処に有って……――。そう考えると、急に恥ずかしくもなるが、ジェイトの存在があったからこそ、〝此処〟まで来れたのだと改めて実感するのだ。
そんな、エリンシェが悶々として煮え切らない思いを抱いていたある日のことだった。
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「エリンシェ、ちょっと出掛けようか」「うん」
不意に、ジェイトが「いつも通り」の調子でエリンシェに声を掛けて来た。
あまりに「いつも通り」過ぎるせいで、何気なくうなずいてから、エリンシェははっと我に返る。……もしかして。思い当たってから、急に恥ずかしく思えて来たのを必死に取り繕う。
そんなエリンシェに対して、ジェイトは全く動じていない様子で微笑を浮かべて、〝彼女〟の手をそっと引いた。
……何かずるい。一人納得がいかずこっそりふくれながら、エリンシェはジェイトにされるがまま、部屋を後にするのだった。
連れられて来た先は丘だった。
やはりかと勘付いて、エリンシェは照れながらも、座り込んだジェイトの隣に並んだ。
そのまましばらく何も語らず、静かに時間を過ごす。――心が通じ合っているだけに、ただ一緒にいるだけで充分なのだ。
そうしているうちに、エリンシェは自然と心が落ち着いていくのを感じた。
「エリンシェ、あのさ……」
頃合いを見計らっていたのだろうか、ジェイトが絶妙な間でそう切り出す。
はっとして、エリンシェは〝彼〟の方を振り返る。見ると、先ほどまでの余裕はどこへやら、照れくさそうな表情を浮かべていた。何も言わず、エリンシェはジェイトが口を開くのをじっと待つ。
「色々落ち着いて来たし、そろそろ『あの時』の続きを伝えておこうと思って。 ――エリンシェ、改めて言わせてほしい。 きみのことが好きだ。 たとえ、きみが『何者』であろうと、ずっとそばできみのことをまもり、支えていきたい。 できるなら、きみと同じ時間を生きていたい。 それくらい、きみのことがとても大切なんだ。 ――エリンシェ、愛してる。 学舎を卒業したら結婚しよう」
恥ずかしそうな表情を浮かべながらも、ジェイトははっきりとした口調で一言一句を口にする。そして、最後に、エリンシェの左手を取り、指輪をゆっくり指し示した。
あまりの嬉しさに、エリンシェは涙を浮かべる。惚けたようにしばらく、微笑みを浮かべて〝彼女〟の顔をのぞき込むジェイトを見つめていたが、言葉にできそうにないおもいがあふれそうになり、エリンシェは自分の唇を〝彼〟のものにそっと重ねた。
しばらくふたりは抱き合い、口づけを交わしていた。
「――ジェイト、私もあなたが大好きだよ」
ようやく、エリンシェはジェイトから離れ、名残惜しそうにしながらもそう口にする。
「私ね、今、あなたがここにいてよかったってすごく思ってるの。 私が強くなれたのはあなたがいてくれたおかげ。 ――あなたがいたから、私は『此処』まで来られたんだよ。 あなたは私にたくさん、大切な〝もの〟をくれた。 ありがとう、ジェイト。 私もあなたのこと、愛してる。 私の方こそ、ずっとあなたのそばにいたい。 だから、ね? 私、あなたのそばでいてもいい?」
そんなエリンシェを、ジェイトが優しくも強い力で引き寄せ、抱きしめると再びお互いの唇を重ねる。
ふたりはしばらく経ってからようやく離れると、その余韻を愉しむかのように見つめ合った。
「――もちろんだよ。 これからもずっと一緒にいよう。 だから、ね?」
それから少し経って、ジェイトが優しく微笑んで言った。そして、もう一度指輪を指差して軽く叩いてみせた。
……そういえば、先ほどの言葉の中で唯一返事をしていない。〝守護者〟となったことにより、現在の段階ではエリンシェとジェイトでは時間の違いが生まれてしまっている。だが、それでも、〝彼〟はエリンシェと生きていくことを選んでくれたのだ。――そんなジェイトのおもいに応えたい。
エリンシェは姿勢を正すと、顔を赤らめながらぺこりと頭を下げた。そして、恥ずかしさで消え入りそうな声でその返事を口にした。
「――よろしくお願いします」
返事を聞いたジェイトが心底嬉しそうに笑う。その瞬間、エリンシェは〝彼〟の胸に飛びこんでいた。
お互いのあたたかさを感じながら、ふたりは幸福をかみしめる。
「これからは何事もふたりで乗り越えていこう」「――うん」
そんな言葉を交わしながら、エリンシェはまた固く心に誓う。
――私は必ず、テレスファイラを幸福にしてみせる。
ふと、風がふわりと優しく吹いた。
その行方を追うかのように、エリンシェは空を見上げる。
「何か」感じるものがあるように思えて、そのままじっと空を眺め続ける。
……悪いものではない。けれど、その「何か」はエリンシェに特別な〝もの〟を託しているような気がした。
それが〝何〟かは分からないが、エリンシェはじっと空を見つめた後、しばらくまぶたをぎゅっと閉じた。――まるで、その「何か」を受けとめるかのように。
「どうしたの?」
それに気付いたジェイトが問い掛ける。
エリンシェは微笑むと首を横に振った。
「――何でもない」
そう言って、エリンシェはジェイトに手を差し出す。
すぐにジェイトが手を取ったのを確認すると、エリンシェは足を踏み出した。
――そして、ふたりは肩を並べ、「前」へと歩み出すのだった。




