Feather 16 ଓ 泰平 〜peaceful〜
――全身に〝力〟があふれるようだった。
エリンシェは目を閉じ、両手を広げ、〝力〟に身をまかせた。
……けれど、決して、〝力〟に溺れるようなことはしない。今までと同じように、これからもこの〝力〟を大切なひとたちとテレスファイラのために役立ていく。
――私はこの〝力〟と生きていく。
光がおさまった時、エリンシェは気が付くと〝羽〟を広げていた。
「すごい……金色に輝いて見える……」
ジェイトがつぶやくのを耳にして、エリンシェは振り返る。……自分ではいつもとあまり変わりないように思えたが、心なしか力強くは見えた。――この〝羽〟があれば、何処にでも行けそうだった。
〝これで、貴方はテレスファイラの「守護者」だ。 この世界をどうかよろしく頼む〟「はい」
術を唱えたディオルトに再び声を掛けられ、エリンシェはすぐにうなずいた。
〝ところでエリンシェ殿、その魂は……?〟
エリンシェが先程から保護していた魂を指差し、ディオルトがそう尋ねる。
術の間もずっと側で彷徨っていたらしいその魂を、エリンシェはまた引き寄せる。……これはおそらく、ヴィルドの魂だ。確信がある訳ではなかったが、一目見た瞬間「そう」思ったのだ。偶然なのか、ゼルグと分離して魂だけになって彷徨うヴィルドを、エリンシェはどうしても放ってはおけなかった。
〝……なるほど。 それで、貴方は「どう」したいと?〟
どう説明しようか考えていると、ディオルトがエリンシェの考えに先回りして、そんな質問を投げかけてくる。
再びエリンシェは思考を巡らせる。……ヴィルドのことは正直苦手だった。けれど、恨みを募らせるほどでもない。――ゼルグに利用され、身体を乗っ取られたヴィルドのことを、エリンシェは少しだけ許していたのだ。
「できれば、転生させてあげて下さい。 ……カレはただ、ゼルグに巻き込まれたようなものですから」
〝よろしいのか? 転生させれば、また巡り合い、貴方のことを狙うという可能性があるかもしれないが〟
「その時はその時で何とかしますから」
念を押すディオルトに、エリンシェは肩をすくめながらそう言ってみせると、彼の前に魂を差し出した。
すぐにうなずいてみせ、ディオルトが魂を受け取る。そして、それを高く掲げると、〝――リムゼール〟と誰かの名を呼んだ。すると、ディオルトの手元がぱっと光り輝いた。かと思うと、同時に魂はどこかへ消えてしまった。
〝リムゼール――転生の神のところへ送ったよ。 あとは何とかしてくれるだろう〟
「ありがとうございます」
一つ気がかりが減り、エリンシェは胸をなで下ろす。
そうしたのもつかの間、ディオルトが何か言いたげな表情を浮かべる。
〝エリンシェ殿、実は一つ頼みたいことが……――〟
言い終える前に、はっとディオルトが息を呑む。
エリンシェが不思議に思って彼の視線を追うと、そこには落ちていたゼルグの【鎌】の刃のすぐ側に、小さな「神」がしゃがみ込んでいた。
〝――アル〟
ディオルトが口にした呼び名に、アリィーシュが驚いたように反応する。
「……アル?」「アル――アルジェクト、最高峰の技術を持つ〝聖武器〟の創造神の呼び名よ」
エリンシェが首を傾げていると、アリィーシュがすぐに説明をする。それを聞いて、エリンシェは再び「神」――アルジェクトの方を振り返るが、また首を傾げた。……神にしては小さすぎる。それに、「最高峰」と言われるほどの「力」をアルジェクトから感じ取ることができなかった。
〝アルは邪神から【呪い】を受けていてね。 私の力を持ってしても【呪い】を解くことができなかったのだ。 だが、エリンシェ殿ならひょっとすると……と思ってね。 ――アル、こちらへ来なさい〟
呼ばれたにも関わらず、アルジェクトはしゃがんだまま、変わらず【鎌】をじっと見つめていた。
〝これ、不本意だけど、僕がつくった……。 見張られてて、手を抜くことも許されなくて、出来も悪くなかった。 だけど、それを砕いたんだ……〟
つぶやいてしばらくその場に佇んだ後、アルジェクトがディオルトへとようやく振り返った。
ふと、アルジェクトと目が合う。それだけで深く引き込まれそうになる彼の瞳に、一瞬どきりとしながら、エリンシェはアルジェクトを待った。
〝アル、自己紹介を〟
〝はい。 アルジェクト――「聖武器」の創造神です。 ……あなたがあの邪神の【鎌】を砕いたのですね?〟
そう尋ねるアルジェクトに、エリンシェはうなずいてみせる。
すると、目を輝かせ、アルジェクトはエリンシェが手にしていた〝聖杖〟をのぞき込んだ。
〝あぁ……あなたのところへたどり着いたのですね。 ……うん。 相応しい方のところへいけてよかった〟
そう言って、アルジェクトが心底嬉しそうに微笑む。
事の経緯は分からないが、それほどまでの思いを託されたらしい〝聖杖〟をこれまで以上に大切にしようと心に誓いながら、エリンシェは口を開いた。
「あなたがつくってくれたこの〝聖杖〟は、今では私の大切な『相棒』です。 〝幸いの天使〟という〈名前〉を付けました。 いつも、私のことを支えてくれます」
〝「幸いの天使」――良い名前だ〟
そんなことを話して、アルジェクトと笑い合っていると、後ろから〝――アル〟と先を促すディオルトの声が聞こえた。
〝あぁ……ごめんなさい。 あの、大神様からも聞いたと思いますが、僕、邪神から【呪い】を受けてしまって、現在の姿になってしまったんです。 「聖武器」に関する「書物」は何とか守ったんですけど、この姿になってからは「力」を封じられてしまい、「聖武器」をつくることはできなくなってしまいました。 それでも、大神様が僕を保護してくれたのです。 ……その間、僕は「消息不明」ということになっていましたが。 それで、僕に【呪い】を掛けたのが、他でもないあの【鎌】の持ち主――邪神ゼルグだったのです〟
アルジェクトから聞かされたその事実に、エリンシェは目を見開く。……そこまでして、ゼルグは野望を遂げようとしていたのか。どこまでいっても、カレは卑劣だ。
〝あなたなら――僕のつくった「聖杖」を使いこなし、【鎌】を砕き、ゼルグを封印したあなたなら、ひょっとすると【呪い】を解けるんじゃないかと、僕と大神様は考えているんです〟
――そう信じてやまない目でエリンシェのことを見つめ、アルジェクトが強い口調で言い放つ。
エリンシェが力にはなりたいがどうしていいのか分からずにいると、ディオルトがアルジェクトに目配せをする。すると、アルジェクトは右手の甲を差し出した。
そこにはおぞましい【紋様】が刻まれていた。……詳しくは分からないが、アルジェクトの技を封じ込めるものだということは何となく分かった。
〝難しく考えることはない。 ただ「浄化」をすればよいだけだ〟
ディオルトの言葉に、エリンシェは半信半疑ながらもアルジェクトの手に触れ、片手に〝聖杖〟を握って、フィルネリアに呼びかけた。
(……〈フィー〉、いける?)〈――おそらくは〉
フィルネリアも半信半疑と言った様子だった。けれど、エリンシェの中にアルジェクトを救いたいという気持ちは強くあった。その思いを胸に、エリンシェは〝聖杖〟を【紋様】に向けた。
――目を閉じ、集中する。深く息を吸い、今一度アルジェクトを助けたいという気持ちをこめ、唱える。
「〝浄化〟!!」
どうか、アルジェクトが救われますように。そんな願いをこめ、エリンシェは〝聖杖〟に力を注ぐ。
思いが通じたのだろうか、まばゆくあたたかい光がアルジェクトを優しく包んだ。エリンシェが続けて力を送ると、小さかった彼の身体が大きくなっていくのが分かった。
やがて光は消える。そこには黒髪を一つにまとめた男性の神が目を閉じて立っていた。よく見ると、男性の姿は小さかった時のアルジェクトと少し似ていた。
ゆっくりと男性が目を開ける。しばらく瞬きすると、エリンシェがまだ握っていた手を見る。――そこにあったであろう【紋様】は消えている。その事実に気付き、彼は目を見開いた。
〝……すごい、本当に【呪い】が解けた! あなたは人間なのに、素晴らしい「力」を持っているのですね〟
アルジェクトと同じ声で話し、男性が間違いなくその人であるということが分かる。彼――アルジェクトがどこかから、書物を取り出し、胸にしっかりと抱く。
〝何か、お礼をさせて下さい。 「聖杖」――「幸いの天使」を鍛えましょうか?〟
そんな提案に二つ返事をしようとするが、エリンシェはふと「あること」を思い付く。ジェイトの方へと振り返り、そして、〝疾風の弓矢〟へと目をやる。
エリンシェの目線に気が付いたアルジェクトが、その後を追う。ジェイトが握る〝疾風の弓矢〟を一目見て、合点したように〝……ああ!〟と声を上げる。
エリンシェとアルジェクトの意図に気付いたジェイトが前に進み出て、〝疾風の弓矢〟をアルジェクトの方へと掲げた。
〝これ……「聖武器」じゃないのに、すごく良い出来をしてる。 あなたが名前を付けることで「息吹」を与えたんですか?〟
一目見ただけで見抜いてみせ、エリンシェの方へ振り返ってそう尋ねるアルジェクトにうなずきながら、エリンシェは彼の計り知れない「才能」に驚愕していた。
そんなことはつゆ知らず、アルジェクトがどこか興奮した様子で、ジェイトに手を差し出していた。
すぐに、ジェイトは〝疾風の弓矢〟をアルジェクトに預ける。
〝――あなたは本当に素晴らしい「力」をお持ちのようだ。 ……分かりました、この「武器」を鍛えましょう! そうすればきっともっと〝彼〟の力になるはず。 あ、もちろん、「幸いの天使」も鍛えさせてもらいますよ!〟
そう言いながら、アルジェクトがエリンシェの方にも手を伸ばす。
エリンシェはすぐに〝聖杖〟を手渡し、彼に一礼をした。
〝こちらの名前は?〟
「――〝疾風の弓矢〟。 化身の名前は〈優しき風の勇者〉よ」
〝では、しばらく「武器」達を預かります。 あなた方の役に立つよう、心を込めて鍛えさせていただきますね〟
そう言って、アルジェクトが微笑む。その表情はどこか凛々しいものに見えた。……彼ならきっと、二つの武器をよくしてくれるだろう。エリンシェはそう感じて、「お願いします」と再び礼をした。
〝――さて。 新しい「守護者」も誕生したことだ、きっとテレスファイラも安泰だろう〟
アルジェクトとのやり取りが終わったところで、ふとディオルトが声を上げた。
――必ず、テレスファイラを幸福に導いてみせる。
そう固く決心しながら、エリンシェはうなずいてみせるのだった。
「それじゃあ……帰ろうか?」
成り行きを見守っていたジェイトがエリンシェの顔をのぞき込んで、首を傾げながら尋ねる。
「そうだね、帰ろうか。 ――私たちの帰るべき場所へ」
すぐにうなずいて、エリンシェはジェイトの手を取った。
――そして、再び「前」へと一歩踏み出すのだった。




