Feather 6 ଓ 〝女神〟 〜guardian deity〜
――リィンと鈴の音が聞こえる。
それにつられるように、エリンシェは意識を取り戻し、目を開ける。見えたのは知らない天井だった。……ここはどこだろう。
「エリンシェ! 良かった、気が付いた」
辺りを見回すとすぐに、側にいたらしいミリアの姿が目に入った。その後ろには、安堵した様子で、エリンシェの顔色を窺っているカルドの姿も見えた。
「私……?」
呟きながら、エリンシェは飛行学での一件を思い返す。〝羽〟はすっかり消えてしまっているが、エリンシェは自分の中に強い〝力〟が確かにあるのを感じ取った。何か……制限が掛けられているようで、自分ではどうにもできなさそうだと判断し、エリンシェは一旦〝力〟のことは留め置くことにする。
「ここはコンディー先生の研究室だよ。 先生が『ここなら安全だから』って、研究室の奥の仮眠用ベッドに連れて来てくれたの。 エリンシェ、今までずっと眠ってたんだよ。 ねぇ、具合が悪いところとかない?」
「うん、大丈夫、ありがとう」
そう言いながらエリンシェが身体を起こすなり、ミリアが抱きつき、「……良かったぁ」と小さく呟いた。エリンシェもミリアに抱擁を返しながら、彼女の温もりに安堵を覚えた。
「あ、そうだ。 先生呼んで来るから待ってて」
しばらく経ってから離れると、ミリアが立ち上がり、研究室のどこかに姿を消す。残されたエリンシェは少しの間物思いに耽った。
思い浮かんだのは【闇】での出来事。あの時、エリンシェの名前を呼んだ声。今考えてみると、あの声は〝彼〟のものだったと、エリンシェは思い至った。……また、助けられたようだ。今度はすぐにお礼を言いたい。エリンシェはそう思ったが、この場に〝彼〟の姿は見当たらなかった。
「――ジェイトくんは?」
心当たりがありそうなカルドに、エリンシェは口走るように尋ねていた。びくっと肩を震わせ、カルドが「あー……」と言葉を濁した。
「さっきまではいたんだけどな。 ちょっと今は外してるんだ。 エリン、元気になったみたいだから、呼んで……――」
カルドがそう言い掛けた時、ミリアがガイセルを連れて戻った。カルドの様子に首を傾げつつも、エリンシェはガイセルの方に目を向けながら「せんせい」と呼び掛ける。
その傍らで、エリンシェはまだ【闇】での出来事を思い返していた。考えていたのは、あの時エリンシェを助けた、鈴のような女性の〝声〟について、だ。何となくではあるが、それが〝誰〟だったのか、見当が付いていたのだ。
もしかすると、ガイセルなら、その〝女性〟のことを知っているかもしれない。何となくそう感じて、エリンシェはガイセルに目配せをした。……二人きりで話をしたい。エリンシェはジェイトにも会いたいと思ったが、今は断念するしかないようだった。
ガイセルがエリンシェの目配せに気が付き、小さくうなずく。両手をぽんと叩いて、ミリアとカルドのふたりに声を掛ける。
「さあ、ふたりとも。 今日はもう遅いし、お見舞いは明日ゆっくりとにしないか?」
随分と長い間気を失っていたらしく、幸いにも夜も近いらしかった。そう言って促すガイセルに、ミリアが「でも……」と呟いている。カルドの方も戸惑った様子だ。
「私は大丈夫だから。 明日、ねっ?」
エリンシェがそう微笑んでみせると、渋々といった様子で、ミリアが気の進まなそうなカルドを連れて、振り向きながら研究室を後にする。ガイセルも後に続いて、ふたりを見送った後、エリンシェの元へ戻って来た。
「ありがとう、せんせい」
ガイセルが「いやいや」と首を横に振りながら、エリンシェの側に椅子を置いて、腰掛ける。間髪入れずに、エリンシェはガイセルに問い掛ける。
「ねぇ、せんせい、私『どう』なったの?」
「……君の中にはね、〝力〟が眠っていたんだよ。 その〝力〟が少し目覚めて、〝羽〟が生えたんだ」
少し逡巡してから答えるガイセルに、エリンシェは違和感を覚える。
「……せんせい、知ってたの?」
「うん……ほんの少しね。 グレイム様がここを代理の神様と守っている関係で、君のことを少し知っていたんだ。 それで、僕にも相談があって、君のことをずっと見守って来たんだ。 黙っててごめん」
ばつが悪そうに、ガイセルがそう打ち明けた。だが、すぐに、エリンシェに真剣な眼差しを向け、「だけど――」と続けて口を開いた。
「――君の力になりたいって思ってるのは本当だから」
少し不服に思えたが、エリンシェはガイセルのその様子を見て、考え直す。今まで彼が色々なことを教えてもらったのは事実で、エリンシェに向き合う姿は誠実そのものだった。それに、これからも教えてもらわないといけないことはたくさんあるのだ。
エリンシェは「――なら、いい」と首を横に振ってみせた。その答えにほっとした様子のガイセルに、エリンシェは間髪入れずに本題を切り出す。
「あのね、せんせい。 私ね、あの時、ある〝ひと〟に助けてもらったの。 鈴みたいな声の〝女性〟だったんだけど、ちょっと心当たりがあって……。 で、思ったんだけど、ひょっとしたらせんせいも〝その女性〟知ってるんじゃないかなって」
「――恐らく」
少し考える素振りを見せた後、そう言ってガイセルがうなずく。彼のその返答を聞いて、エリンシェは〝その女性〟の正体が誰なのかを確信した。それと同時に、戸惑いも覚える。……エリンシェが思っているよりもずっと、事は大きいようだった。
「わ、私……」
どうしようもない不安に駆られ、エリンシェは思わずそうこぼす。……どうして、自分にはそんなに大きな〝力〟があるのだろう。……この先、どうしていけば――そんな大きな〝力〟とどう向き合っていけば良いのだろう。そんな疑問が浮かんで来る。
「――エリンシェ」
深く考え込むのを制止するかのように、不意にガイセルが呼び掛ける。彼から名前を呼ばれることは滅多になかったため、思わず、エリンシェは顔を上げ、ガイセルを凝視する。
「よく聞くんだ。 さっきも言ったけど、僕は君の力になりたい――できることなら何だってしたいってそう思ってる。 ……分かるかい、エリン? 君は独りじゃないんだよ。 きっと、他にも〝仲間〟がいるはずだ。 だから、この先何があろうとも、絶対独りで抱え込まないんでほしいんだ」
そう話して、ガイセルは優しく微笑みながら、エリンシェの手をそっと握った。彼の手の温もりを感じていると、エリンシェは少しだけ気持ちが落ち着いたのを感じた。
〝仲間〟――そう聞いて、エリンシェは先程までいたミリアとカルドのことを思い浮かべた。ふたりとも、心の底からエリンシェのことを気に掛けてくれていた。そんなふたりなら、〝仲間〟と呼べる存在になるのかもしれない。
そんなことを考えていたが、ふと、エリンシェはガイセルが思いの外、強く手を握っていることに気が付く。何だか、急に照れくさくなって、エリンシェは手を引っ込める。
「……ありがとう、せんせい」
そして、そう言うと、エリンシェはガイセルに見られないように、うつむいた。意識したせいか、顔が熱くなるのを感じたせいだった。
「……〝アリィ〟、君も往生際が悪いね。 彼女、不安がってるよ。 いい加減、話をしたらどうなんだい?」
その間に、ガイセルが〝誰か〟を呼んだ。彼の言葉に応えるように、どこかで鈴の音がリィンと小さく鳴り響いた。その音に、エリンシェは顔を上げた。――〝あの女性〟だ。
「エリン、君を助けた〝女性〟は君が思ってる通りの〝人物〟で間違いないよ。 ……そう。 彼女はアリィーシュ、――テレスファイラの守護神その〝ひと〟だ」
――――リィン。
鈴の音と共に、ふわりと〝女性〟が突如姿をあらわす。それは、蒼い瞳に銀色の長い髪をした、とても美しい〝女性〟――いや、〝女神〟だった。あまりの美しさに、エリンシェは〝女神〟に見惚れてしまう。……けれど、なぜか〝女神〟は今にも消えてしまいそうなほど、透けていた。
〝はじめまして、エリンシェ。 私はアリィーシュ、テレスファイラの守護神です〟
ふと、〝女神〟――アリィーシュは、エリンシェの姿を認めると優しく微笑んで、改めて自己紹介をする。その〝声〟はやはり、【闇】の中で聞いた、鈴の音のように凛とした、優しいあの〝声〟と同じだった。
「あ、あの! あの時、あなたが私を助けて下さったんですよね? アリィーシュさん、本当にありがとうございました」
エリンシェが必死になって礼を言うと、アリィーシュは彼女を慈しむような眼差しで見つめ、首を横に振った。
〝そんなにかしこまらないで。 お礼なんて良いのよ。 それと、私のことは気軽に「アリィ」って呼んでね。 ……ごめんなさいね、中々来られなくて〟
「エリン、彼女に君の思うことを聞いてごらん。 答えられることはきっと教えてくれるから」
ガイセルの助言に、エリンシェははっとして、アリィーシュを見つめる。受け入れるように、アリィーシュがうなずいて、優しく微笑む。
〝エリンシェ、言ってみて〟
思えば、まだ名乗っていないのに、アリィーシュは当然のように名前を口にしている。エリンシェはそのことに気が付き、思いを巡らせる。自分が世界学――神々のことに心ひかれること、大きな〝力〟をもっていること――。……アリィーシュは何か知っているのだろうか。思い切って、エリンシェは口を開いた。
「えっと、私のこともエリンって呼んで下さい。 それで、どうして私の名前を? ……アリィーシュさ――アリィは私のこと、何か知ってるんですか?」
〝あなたのことは、生まれた時から知ってるわ。 ――エリン、あなたはね、「とある予言」を受けて生まれたの〟
ଓ
アリィーシュはエリンシェに、「予言」について語る前に、関係があるそうで、テレスファイラと天界についても言及をした。
もとより、天界の間でも、テレスファイラと神々は縁深いと伝えられて来たそうだ。そのためか、テレスファイラは邪神に狙われることが時折あったという。
天界の中で、記憶に新しいものは、旧王国時代が邪神に襲われた事件だという。だが、当時を知る神がおらず、詳しいことは天界でもあまり分かっていないらしい。唯一分かっているのが、襲撃事件のきっかけに旧王国の姫が何らかの形で関わっているということだけだった。そのためか、襲撃事件が旧王国を滅亡に追い込んだ一つの要因だと噂されていた。
噂の真否はともかく、テレスファイラの守護神にはできるだけ強い〝力〟を持つ神が選ばれることになったという。そこで、割合強い〝力〟を持つアリィーシュが選ばれたのだ。
……だが、それが逆に仇となってしまった事件が、後に起こってしまったのだ。ガイセルがエリンシェに語った、テレスファイラの守護神――アリィーシュと邪神の戦いになった、あの事件である。強大な【力】を持つ邪神は、テレスファイラと、強い〝力〟を持つアリィーシュの両方を狙ったそうだ。
実は、あの事件の場にはもう一人、強大な【力】を持つ邪神を慕っていた、女性の邪神がいたのだと、当事者であるアリィーシュは語った。その女性の邪神が割って入る形になってしまったことで、戦いは三つ巴になり、激しくなったそうだ。
結果、アリィーシュは苦渋の決断をすることになった。――邪神二人を、自らを含めて封印することにしたのだ。
自分の力だけではどうすることもできず、アリィーシュはその決意を、天界を統べる神である大神に託すことにした。
そして、すぐさま、アリィーシュの決意を聞き届け、その地に降り立った大神により、彼女と邪神二人は封印された。
ଓ
「――そもそも、どうして邪神は神様を狙うの?」
アリィーシュの話の途中で、エリンシェはそんな疑問を口にする。
〝それはね、私達神々の「源」を【支配】すれば、力も――神自身も意のままにできると、邪神達の間で言われているからなの〟
「〝源〟って……?」
エリンシェが首を傾げてみせると、アリィーシュは胸に当て、答えを口にする。
〝――「心」よ。 神々の力は「心」の強さが強ければ強いほど、力も強くなるの。 だから、負の「心」に囚われてしまうと、どんどん堕ちていってしまうの〟
先程ガイセルが声を掛けたのは、神々のそういった性質を知っていて、エリンシェが考え込んで負の感情を抱かないようにするためだったんだろうか。そう考えると、エリンシェは辻褄が合うような気がした。
……だが、神々と同じように、エリンシェ自身も「心」によって左右されるものなのだろうか。後でアリィーシュに確認してみようと思いながら、エリンシェはひとまず話の続きを促した。
「……分かった、覚えておく。 ありがとう。 ――それで、その後はどうなったの?」
ଓ
アリィーシュは話の続きを語った。
封印により三人の神の戦いが幕を閉じようとした時、突如、予言の神がその場に降り立ち、とある予言を残していったという。
――戦いは一旦の終わりを告げた。
だが、これで終焉ではない。
いつの日か、ヒトの身でありながら、大いなる〝力〟をもつ者が誕生するであろう。
それは、かつてこの地に生まれた「姫」よりもさらに強く、我らが御上にも匹敵するほどの〝力〟。
その〝力〟をめぐり、さらなる戦いが幕を明けであろう。
それが一つ目の予言。封印されながらも、アリィーシュもその予言を耳にしたという。
予言の神が残した予言が外れることはほとんどない。一つ目の予言以来、大神とアリィーシュは、いつの日か必ず訪れる「その日」を警戒していたという。
そして――、後にエリンシェが誕生した。
――大いなる〝力〟を持つ者、今この時より生まれ出づる。
その〝力〟は繁栄と破壊をも、もたらすもの。
いずれ、彼の者をめぐり、戦いの幕が開かれるであろう。
繁栄をもたらす時、彼の者はいずれ、〝神〟に至り、天界オルヴェンジアとテレスファイラを結ぶであろう。
……破壊をもたらす時、この世は終焉を迎えるであろう。
我らが御上よ、祝福を与え給え。
彼の者に幸福があらんことを。
これが二つ目の予言――エリンシェが誕生した際に授かった予言だ。それ以来、秘密裏に、大神はいつか起こるであろう戦いに備え、尽力しているそうだ。
成長するにつれ、エリンシェの〝力〟は〝覚醒〟に近付いていくという。〝羽〟が生えたのもその一環だが、まだ完全な〝覚醒〟には至っていないのだと、アリィーシュはエリンシェに話すのだった。
ଓ
〝……いまのところ、女性の邪神は封印されているみたいだったから、警戒する必要はない。 だけど、もう一人の邪神は「羽」が生えた時から、確実に、エリン――あなたの存在を「悟って」しまっている。 ――もう【敵】は封印を破って、動き始めているのよ〟
アリィーシュの語ったことを受け止めきれず、エリンシェは呆然としていた。頭の整理もつかず、ただただ戸惑っていた。
「なるほど、君は【敵】の動きを探って、中々来られなかったって訳だね?」
〝そう。 念のため、エリンに会った時に少し「力」を「制御」しておいたの。 ――すぐには「覚醒」しないようにね。 あの後しばらくは、【敵】もエリンのことを探っていたと思う。 ……エリンを中に運んでくれて、助かったわ。 学舎の中にはグレイムが結界を張ってくれているから〟
「やっぱり。 そんな気がして、グレイム様に頼んで、この研究室の結界を一時的に強くしてもらっていたんだ」
〝ありがとう、ガイセル。 ここに来るまでしばらく、こちらも【敵】を探っていたんだけど、今は気配も見つけられなくて……。 何か企んでいるのかもしれない〟
ガイセルとアリィーシュのふたりのそんな会話も、エリンシェの耳にはきちんと入って来なかった。……【敵】が動き始めている、何か企んでいる? それはつまり――――。
「――それってつまり、戦うってこと?」
〝……残念ながら、そういうことになるわ。 でも、大丈夫、あなたのことは私が必ず守るから。 ――そのために、ここへ来たんだから。 いくら「力」があるとはいえ、あなたは「ヒト」だもの。 無理はしなくて良いの〟
思わずエリンシェが口に出した疑問に答えた、アリィーシュの言葉を聞いて、エリンシェは唸りながら、また悩んだ。……そんな簡単なことなんだろうか。確かに、いざ戦うとなると恐怖を感じる上、できれば戦いたくないとは思う。――が、エリンシェが戦わずに済む、なんてことが許されるものなのだろうか。
それに、エリンシェは誕生の予言を受けて、自分に〝力〟がある理由が何かあるのではないかという気がしていた。未だ戸惑ってはいるが、この〝力〟と向き合っていかなければならないのではないか。エリンシェはそうも思えていた。
「……どうして、私には〝力〟があるんだろう?」
〝なぜあなたに「力」があるのかは私にも分からない。 ただ、予言にもあったように、何らかの形で旧王国時代の姫に関係があるのかもしれないけど……。 ごめんなさい、はっきりとしたことは本当に分からないの〟
またもや口から出ていた疑問に、アリィーシュがすぐに答える。……それも、この〝力〟と向き合えば、いずれ分かることなのだろうか。漠然とエリンシェはそんなことを考えながら、先程気になったことをアリィーシュに問い掛ける。
「ねぇ、アリィ。 私も神様と同じように、〝心〟が大切だったりするの?」
〝――恐らくは。 どこまで私達神々と同じなのかは分からないけど、できるだけ負の心や感情は避けた方が良いと思うの〟
アリィーシュの答えを聞いて、エリンシェはまた考え込んだ。そうなると、やはり「心」が大事だということになる。どうあっても、〝力〟とは向き合っていかなければならないようだ。
……まだ戸惑っていて、不安や恐怖の感情はある。けれど、そんな感情を解消するためにも、エリンシェはある決心をするのだった。――ひとまず、この〝力〟を受け入れよう、後のことは少しずつ考えていこう、と。
「私、この〝力〟と向き合っていくことにする。 だけど、やっぱり怖いとか、そういう感情はあるから、戦えるかどうか、今はまだ分からない。 ――だから、これからよろしくね、アリィ」




