Feather 10 ଓ 「託」 〜Side 〝J〟 ➳ entrusted hero〜
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目を開けると、そこには光で包まれた空間が広がっていた。そして、すぐ前には……――。
(エリンシェ……?)
――〝彼女〟によく似た〈女性〉がジェイトの顔を覗き込んでいた。
思わず名前を呼んでしまったが、すぐに〝彼女〟ではないと気が付く。優しく微笑んで首を横に振る〈女性〉を見つめながら、ジェイトはあることに思い当たった。
(〈君〉だね? 僕を呼んだのは)
すぐに〈女性〉がうなずいてみせたのを目にして、ジェイトは此処に来る前のことを思い出す。……あの時、自分は「あるもの」を手にした。――まさか。
〈はい。 私はあなた様が主様に贈ったペンダント――〝聖杖〟の化身です。 主様からは〝幸いの天使〟という名前を授かっています〉
……その〝聖杖〟の化身である〈女性〉――フィルネリアが此処にいるということは。エリンシェはあえてペンダントを置いていったということになる。……そうすることで〝彼女〟自身が危険に晒さられるかもしれないというのに。
〈――全て承知の上です。 主様はご自身に「何か」あった時に、その危険から救い出してくれるのはあなた様しかいないと心の底から信じておられるのです。 だけど、今のあなたにはそれができないということも理解しておられます。 ……分かりますね?〉
考えていることを先回りして、フィルネリアがそう話すのを聞いて、ジェイトははっと息を呑んだ。……エリンシェは知っていたのだ。
(――僕、ちょうど「そのこと」を〝彼女〟に話そうとしていたんだ。 ……僕には――僕の「心」には【異変】が起きている。 ――【何か】が……僕のとても大切な「心」を【蝕んで】いるんだ。 ずっと僕はその【蝕み】と戦って来た)
ジェイトがそう答えると、フィルネリアがゆっくりとうなずいてみせた。
〈……理解できます、あなた様は「心」を守り切っていたのですね?〉
(――〝彼女〟をおもう「心」だけは決して離さないとそう誓っていたんだ。 ……だけど、どうしても、僕だけの力では【蝕み】には勝てなかった)
その上残念なことに、この状況を打開できそうな〝彼女〟は此処にはいない。ジェイトが落胆していると、フィルネリアがそっとブレスレットに手を触れた。
はっとして顔を上げると、そこには〈彼女〉の笑顔が目にうつった。……不思議なことに、ジェイトにはその笑顔を通して、〝彼女〟が「大丈夫」だと語り掛けているように思えて仕方がなかった。
〈……「優しき風の勇者」。 ――今こそ、あなたの出番ですよ〉
そう話して、フィルネリアがブレスレット――〝疾風の弓矢〟に〝力〟を送り始める。
すると、〝疾風の弓矢〟がまばゆく輝き始め、その光が少しずつ人の〈形〉を成していった。
ジェイトのすぐ隣に、〝彼〟によく似た青年が〈姿〉を現した。〈彼〉はゆっくりと目を開けると、とても優しくジェイトに微笑みかけた。
〈はじめまして、主様。 僕は「優しき風の勇者」。 ――名主・エリンシェ様から「命」と「名前」を授かり誕生した〝疾風の弓矢〟の化身です〉
自分によく似た〝優しき風の勇者〟の姿に、不思議な思いを抱きながら、ジェイトはルイーゼンに礼を返した。
けれど、ルイーゼンをじっと見つめながら、ジェイトは少し違和感を覚える。……〈彼〉はフィルネリアとは違って、まだ完全ではないような気がしていた。
〈……そうなんです。 ――僕はまだ完全な「覚醒」に至っていません。 それには主様の力も必要で……〉
〈――ルイーゼン。 まだ足りませんか?〉
フィルネリアと同じく、ジェイトの考えていることに先回りするルイーゼンに〈彼女〉がそう尋ねる。すぐさま、ルイーゼンが〈いえ、そうではないのです〉と〈彼女〉に首を横に振ってみせた。かと思えば、ジェイトの前に進み出た。
〈――主様。 今から、僕が預かっていた大切な「もの」を貴方にお返しします。 きっと「それ」があれば、主様も僕もじきに「覚醒」して、名主・エリンシェ様を救い出すことができるでしょう。 けれど、そのためにはそれなりの「覚悟」が必要です。 ――主・ジェイト様、貴方にはその「覚悟」がおありですか?〉
その時はまだ、ルイーゼンのその言葉の意味がジェイトにはよく分からなかった。けれど、〝彼〟の気持ちはずっと変わっていなかった。――エリンシェのことを守り、そばで支えたい。それほどに、〝彼女〟のことを……――。
何も言わず、ルイーゼンがうなずいてみせ、そっとジェイトの胸へと手を伸ばした。すると、その手の中に、あたたかい小さな「光」がうまれた。
〈――お返しします〉
「光」はルイーゼンの手から離れ、ジェイトの胸の方へと飛んで行く。〝彼〟の胸に触れると同時に「光」がまばゆい輝きを放った。思わず、ジェイトは目を閉じた。
目を閉じていても、「光」が自分の中に入って来るのがはっきりと理解できる。……あたたかい。けれど、【蝕み】が黙っていなかった。「光」を阻止しようと、うごめいた。
……させない。――これは僕の「心」だ! ジェイトは自分の胸ぐらをつかみ、【蝕み】に抵抗する。
〈〝浄化〟!〉
それに気付いたフィルネリアがすぐにジェイトの手に触れ、唱える。
――【蝕み】が消え、「光」がジェイトの元へと戻る。
そっと目を開け、ジェイトは顔を覗き込んでいたフィルネリアとルイーゼンにうなずいてみせた。
(ありがとう、フィルネリア)
〈いえ、主様の〝力〟をお借りしているだけです〉
礼にそう答えるフィルネリアを見つめながら、ジェイトはエリンシェのことを想う。此処に来る前に聞いた「カツン」という音、「あとはお願い」というアリィーシュに似た「声」――もしかすると、エリンシェはすでに敵の手に堕ちてしまったのではないだろうか。
(ねぇ、フィルネリア。 エリンシェは無事?)
ジェイトがそう尋ねると、フィルネリアは目をふせ、首を横に振った。……やはりか。それでも――危険を承知の上でも、エリンシェは〈彼女〉を自分に託したのだ。
すぐにエリンシェのところへ向かわなければならない。アリィーシュもおそらく敵につかまってしまっている。今頼りにできるのは此処にいるこの〈二人〉だけだ。
(……フィルネリア、ルイーゼン。 僕には何の「力」もない。 だけど、それでも僕はエリンシェを助け出したい。 ――だから、僕に力を貸してくれる?)
〈もちろんです! 主様のことは僕が支え、お守りします!〉
〈私もお供します。 どうか、我が主を救い出して下さい〉
ジェイトがそう問い掛けると、フィルネリアとルイーゼンはすぐに二つ返事をする。〈二人〉の反応にほっとしながら、ジェイトは思い悩む。……問題はどうやってエリンシェの元へ行くか、だ。
〈大丈夫です。 お借りした〝力〟で主様の元へとぶことができるはずです。 ――さあ、私を身に着けたら、私と一緒に唱えて下さい〉
ଓ
フィルネリアに言われるがまま、ジェイトは目を開けると、手にしたペンダントを首から掛ける。
振り返ると、いつの間にか寮室に来ていたカルドとミリアが、何かを察した表情でジェイトを見ていた。
「……行くんだな」
そう口にしたカルドに、ジェイトは「……ああ」とうなずいた。……何故だか彼以上に不安そうにしているミリアに、ジェイトは微笑んでみせた。
「大丈夫、ミリア。 エリンシェは僕が連れて帰るから。 『此処』で待ってて」
……きっとエリンシェならそう話したに違いない。〝彼女〟の帰る居場所は「此処」でしかないのだから。
ジェイトの言葉を聞いたミリアが少しだけほっとした表情を浮かべ、「お願い」とうなずいた。
もう一度ふたりにうなずいてみせながら、ジェイトはペンダントを手にする。そして、エリンシェのことを浮かべ、フィルネリアに教わった術名を口にするのだった。
「〝転翔〟!」
――エリンシェは僕が必ず助け出してみせる!




