Feather 9 ଓ 意地 〜Stubbornness〜
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「あとはキミの口から一言出すだけ。 ――私の『こころ』をゼルグ様とヴィルド様に差し出します、と。 ――さあ、エリンシェ。 諦めて自らそう口にしろ。 ――そして、ボク達のモノになれ」
しばらく、沈黙が降りる。
……だめだ、「それ」だけは! アリィーシュは頭を振って、鉄格子にありったけの〝力〟をぶつける。だが、檻はびくともしない。おそらく、邪魔されないようにゼルグが何かしているのだろう。
――すう。ふと、アリィーシュの耳に、妙にはっきりとした〝彼女〟の息が聞こえた。
はっとして、アリィーシュは顔を上げる。――その瞬間、今まで抵抗をしていたエリンシェが、ついに折れてしまったのが分かったのである。
「……ワタシ、エリンシェ、ハ」
案の定、〝彼女〟が口を開く。……もう誰にも止められそうになかった。けれど、ずっとそばで守って来たアリィーシュにはエリンシェの本当の「心」が理解できた。
……エリンシェは決して、諦めたわけではない。いまだ、あの娘は強い「意志」と「覚悟」を持っている。――この先どうなろうと、必ず「此処」へ来ようと心に誓っている。
「……ワタシノ、『ココロ』ヲ、ゼルグ様ト、ヴィルド様ニ、差シ出シマス」
だが、非情にもその「言葉」は形となってしまう。
勝ち誇ったように微笑みを浮かべ、見せつけるかのようにアリィーシュの方に視線を向けた。
言い終えた瞬間、〝彼女〟のカラダがどっと跳ね上がったかと思うと、その全身から【瘴気】があふれ出した。瞬く間に【瘴気】に包まれた〝彼女〟はその場に崩れ落ちる。
「だめ――――!!」
思わず、アリィーシュは叫び、〝彼女〟に向かって手を伸ばしていた。
……だが、その手をつかむことは無論かなわず、衣と【瘴気】で漆黒に染まった〝彼女〟の姿を目にした瞬間、アリィーシュの中で「何か」がプツリと切れた。
「う……うああぁぁぁぁ!!」
まるで獣のように咆哮を上げ、アリィーシュはゼルグを睨む。……返せ。――エリンシェを返せ!!
「〈ベル〉来て!!」
アリィーシュは手を高く掲げ、〝杖〟――〝鈴音の舞姫〟の名を呼ぶ。そして、すぐに彼女の声に応えた〝杖〟を強く握ると、ありったけの〝力〟を檻にぶつけた。
辺りが閃光に包まれる中、アリィーシュは標的を一瞬も見逃さなかった。その勢いのまま、一直線に【敵】の方へと突っ込んで行く。
やったと思ったが、ゼルグの方も油断していなかった。いつの間にか手にしていた【鎌】で、アリィーシュの突進を食い止めていた。
「……へぇ。 やっといい表情になったね」
愉しそうに微笑いながら、ゼルグがアリィーシュを煽る。【彼】のその態度とまだまだ余力を残している様子に、アリィーシュはいら立ち、〝杖〟を両手で握り、ゼルグの方へ更に力を叩き込む。
「返して! ――エリンシェを返して!!」
「……返す? 何を言ってるんだ、アレはもうボクらのモノだよ。 それに、キミも見ただろう? 〝彼女〟は自分の意志でそうなったんだよ。 それなのに、キミは往生際が悪いね」
平然と嘘を言ってのけるゼルグに、アリィーシュは反吐が出そうだった。
……断じて。――断じて、あれはエリンシェの「意志」などではない! それなのに、おめおめと〝彼女〟を【敵】の手に渡してしまった。――あの娘を守らなければいけなかったのに、自分はそれどころか、【敵】に捕まってしまい、〝彼女〟の足手まといになってしまった。……【敵】のことは憎い。けれど、それ以上に、エリンシェを守れなかった自分に腹が立つ。――だから、せめてもの償いをあの娘にしなければならない。……【敵】の方がずっと上手なのは当然理解している。だが、それでも「時間稼ぎ」をしなければならない。せめて……――。
〝杖〟を振り上げ、もう一度〝力〟をゼルグに叩き込むと、アリィーシュは後退した。そして、〝杖〟を胸に抱くと大きく息を吸い込んだ。
(……行くわよ、〈ベル〉)
〝鈴音の舞姫〟の名前をもう一度呼び、アリィーシュは〝杖〟を高く掲げる。そして、鈴を鳴らし弧を描くように〝杖〟を振りながら、羽を広げ跳ねるように足取りを進める。
――「舞い」を使うと隙ができるはずなのだが、ゼルグは一歩も動かない。おそらく何をしても無駄だと思っているのだろう。アリィーシュの方も一か八か効果があれば御の字と思っていた。……ただ、時間稼ぎができさえすればそれでいいのだ。
しばらく舞って、アリィーシュは地面に見えない魔法陣を描いた。そして、再び〝杖〟を高く掲げ、鈴をリィンと鳴らした。その次の瞬間、描いた魔法陣が光で浮かび上がった。
「――〝浄化〟!!」
アリィーシュが唱えた瞬間、魔法陣から〝光〟があふれだした。辺りが〝光〟に包まれ、何も見えなくなる。
……お願い、届いて。アリィーシュはそんな思いを込め、〝杖〟をエリンシェの方へと向けていた。
しばらくして、〝光〟がおさまる。……だが、状況は何も変わっていなかった。ゼルグは相変わらず涼しい顔をしていて、〝彼女〟は地面に倒れ込んだままだった。
「足掻くのもいい加減にしたらどうだい? そうこうしているうちに済んだみたいだよ。 ――さあ、エリンシェ。 起きて、そろそろ挨拶をしたらどうだい?」
「――はい」
落胆していたアリィーシュの前で、そんな会話が繰り広げられる。……間に合わなかった、やはり止められなかった。だが、いくら絶望的な状況でもまだ時間を稼がなければならない。
〝彼女〟が、目を閉じたまま、むくりと起き上がる。纏った漆黒の衣を整えると、姿勢を正してその場に立つ。そして、ゆっくりと目を開けた。
――紫と真紅に染まった虚ろなその瞳に、アリィーシュは戦慄する。そして、〝彼女〟を守り切れなかったことに自分を責める。
「アリィ? 私だよ、エリンシェ。 ……あぁ、でも今は前とはちょっと違うかな。 ――私ね、ゼルグ様とヴィルド様のモノになったの」
……誰だ、コレは。冷たい口調で〝彼女〟と同じ声で話し、〝彼女〟によく似た姿で恐怖と絶望を映し出す堕ちたその【存在】に、アリィーシュはそう思わずにはいられなかった。……けれど。
【彼女】の中に、まだ〝彼女〟の気配が感じ取れる。――やはり、〝彼女〟はまだ完全に堕ちたわけではないのだ。
「さあ、ゼルグ様。 ――手を」
そう言って、【彼女】がゼルグに手を差し出す。
すぐにその手を取ったゼルグに【力】が増していくのを感じながら、アリィーシュはこの絶望の中でもまだ「意地」を通すことを固く誓った。
……こうなってしまった以上、〝彼女〟を救うことができる存在はたった一人しかいない。――せめて、〝彼〟が来るまでは持ちこたえなければならないのだ。
――だからお願い、ジェイト君、早く来て。
「一縷の望み」である〝彼〟のことを思い浮かべながら、アリィーシュは〝杖〟を握り直すのだった。




