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Angelic Storia  作者: 紡生 奏音
Wing Ⅰ Episode 4 翼――それは〝幸福〟をもたらす〝もの〟
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Feather 9 ଓ 意地 〜Stubbornness〜


    ଓ


「あとはキミの口から一言(ヒトコト)出すだけ。 ――私の『こころ』をゼルグ様とヴィルド様に差し出します、と。 ――さあ、エリンシェ(・・・・・)。 諦めて自らそう口にしろ。 ――そして、ボク()モノ(・・)になれ」

 しばらく、沈黙が降りる。

 ……だめだ、「それ」だけは! アリィーシュは(かぶり)を振って、鉄格子にありったけの〝力〟をぶつける。だが、檻はびくともしない。おそらく、邪魔されないようにゼルグが何かしているのだろう。

 ――すう。ふと、アリィーシュの耳に、妙にはっきりとした〝彼女〟の息が聞こえた。

 はっとして、アリィーシュは顔を上げる。――その瞬間、今まで抵抗をしていたエリンシェが、ついに折れてしまったのが分かった(・・・・)のである。

「……ワタシ、エリンシェ、ハ」

 案の定、〝彼女〟が口を開く。……もう誰にも止められそうになかった。けれど、ずっとそばで守って来たアリィーシュにはエリンシェの本当の「心」が理解できた。

 ……エリンシェは決して、諦めたわけではない。いまだ、あの()は強い「意志」と「覚悟」を持っている。――この先どうなろうと、必ず「此処(ここ)」へ来ようと心に誓っている。

「……ワタシノ、『ココロ』ヲ、ゼルグ様(・・・・)ト、ヴィルド様(・・・・・)ニ、差シ出シマス」

 だが、非情にもその「言葉」は(カタチ)となってしまう。

 勝ち誇ったように微笑()みを浮かべ、見せつけるかのようにアリィーシュ(こちら)の方に視線を向けた。

 言い終えた瞬間、〝彼女〟のカラダがどっと跳ね上がったかと思うと、その全身から【瘴気(しょうき)】があふれ出した。瞬く間に【瘴気】に包まれた〝彼女〟はその場に崩れ落ちる。

「だめ――――!!」

 思わず、アリィーシュは叫び、〝彼女〟に向かって手を伸ばしていた。

 ……だが、その手をつかむことは無論かなわず、衣と【瘴気】で漆黒に染まった〝彼女〟の姿を目にした瞬間、アリィーシュの中で「何か」がプツリと切れた。

「う……うああぁぁぁぁ!!」

 まるで獣のように咆哮(ほうこう)を上げ、アリィーシュはゼルグを睨む。……返せ。――エリンシェ(あの娘)を返せ!!

「〈ベル〉来て!!」

 アリィーシュは手を高く掲げ、〝ステッキ〟――〝鈴音の舞姫(ベルナシェス)〟の名を呼ぶ。そして、すぐに彼女の声に応えた〝ステッキ〟を強く握ると、ありったけの〝力〟を檻にぶつけた。

 辺りが閃光に包まれる中、アリィーシュは標的(ゼルグ)を一瞬も見逃さなかった。その勢いのまま、一直線に【敵】の方へと突っ込んで行く。

 やった(・・・)と思ったが、ゼルグの方も油断していなかった。いつの間にか手にしていた【鎌】で、アリィーシュの突進を食い止めていた。

「……へぇ。 やっといい表情(カオ)になったね」

 (たの)しそうに微笑(わら)いながら、ゼルグがアリィーシュを(あお)る。【彼】のその態度とまだまだ余力を残している様子に、アリィーシュはいら立ち、〝ステッキ〟を両手で握り、ゼルグの方へ更に力を叩き込む。

「返して! ――エリンシェ(あの娘)を返して!!」

「……返す? 何を言ってるんだ、アレ(・・)はもうボクら(・・・)モノ(・・)だよ。 それに、キミも見ただろう? 〝彼女〟は自分の意志でそう(・・)なったんだよ。 それなのに、キミは往生際が悪いね」

 平然と(ウソ)を言ってのけるゼルグに、アリィーシュは反吐が出そうだった。

 ……断じて。――断じて、あれはエリンシェの「意志」などではない! それなのに、おめおめと〝彼女〟を【敵】の手に渡してしまった。――あの娘を守らなければいけなかったのに、自分(アリィーシュ)はそれどころか、【敵】に捕まってしまい、〝彼女〟の足手まといになってしまった。……【(ゼルグ)】のことは憎い。けれど、それ以上に、エリンシェ(あの娘)を守れなかった自分に腹が立つ。――だから、せめてもの償いをあの娘にしなければならない。……【敵】の方がずっと上手(うわて)なのは当然理解して(わかって)いる。だが、それでも「時間稼ぎ」をしなければならない。せめて……――。

 〝ステッキ〟を振り上げ、もう一度〝力〟をゼルグに叩き込むと、アリィーシュは後退した。そして、〝ステッキ〟を胸に(いだ)くと大きく息を吸い込んだ。

(……行くわよ、〈ベル〉)

 〝鈴音の舞姫(ベルナシェス)〟の名前をもう一度呼び、アリィーシュは〝ステッキ〟を高く掲げる。そして、鈴を鳴らし弧を描くように〝ステッキ〟を振りながら、羽を広げ跳ねるように足取りを進める。

 ――「舞い」を使うと隙ができるはずなのだが、ゼルグは一歩も動かない。おそらく何をしても無駄だと思っているのだろう。アリィーシュの方も一か八か効果があれば御の字と思っていた。……ただ、時間稼ぎができさえすればそれでいいのだ。

 しばらく舞って、アリィーシュは地面に見えない魔法陣を描いた。そして、再び〝ステッキ〟を高く掲げ、鈴をリィンと鳴らした。その次の瞬間、描いた魔法陣が光で浮かび上がった。

「――〝浄化(エクソサイズ)〟!!」

 アリィーシュが唱えた瞬間、魔法陣から〝光〟があふれだした。辺りが〝光〟に包まれ、何も見えなくなる。

 ……お願い、届いて。アリィーシュはそんな思いを込め、〝ステッキ〟をエリンシェの方へと(・・・・・・・・・)向けていた。

 しばらくして、〝光〟がおさまる。……だが、状況は何も変わっていなかった。ゼルグは相変わらず涼しい顔をしていて、〝彼女〟は地面に倒れ込んだままだった。

足掻(あが)くのもいい加減にしたらどうだい? そうこうしているうちに済んだ(・・・)みたいだよ。 ――さあ、エリンシェ。 起きて、そろそろ挨拶をしたらどうだい?」

「――はい」

 落胆していたアリィーシュの前で、そんな会話が繰り広げられる。……間に合わなかった、やはり止められなかった。だが、いくら絶望的な状況でもまだ時間を稼がなければならない。

 〝彼女〟が、目を閉じたまま、むくりと起き上がる。(まと)った漆黒の衣を整えると、姿勢を正してその場に立つ。そして、ゆっくりと目を開けた。

 ――紫と真紅に染まった虚ろなその瞳に、アリィーシュは戦慄する。そして、〝彼女〟を守り切れなかったことに自分を責める。

「アリィ? (ワタシ)だよ、エリンシェ。 ……あぁ、でも今は前とはちょっと違うかな。 ――(ワタシ)ね、ゼルグ様とヴィルド様のモノ(・・)になったの」

 ……誰だ(・・)コレは(・・・)。冷たい口調で〝彼女〟と同じ声で話し、〝彼女〟によく似た姿で恐怖と絶望を映し出す堕ちたその【存在】に、アリィーシュはそう思わずにはいられなかった。……けれど。

 【彼女】の中に、まだ〝彼女〟の気配が感じ取れる。――やはり、〝彼女〟はまだ完全に堕ちたわけではないのだ。

「さあ、ゼルグ様。 ――手を」

 そう言って、【彼女】がゼルグに手を差し出す。

 すぐにその手を取ったゼルグに【力】が増していくのを感じながら、アリィーシュはこの絶望の中でもまだ「意地」を通すことを固く誓った。

 ……こうなってしまった以上、〝彼女〟を救うことができる存在はたった一人しかいない。――せめて、〝彼〟が来るまでは持ちこたえなければならないのだ。


 ――だからお願い、ジェイト君、早く来て。


 「一縷(いちる)の望み」である〝彼〟のことを思い浮かべながら、アリィーシュは〝ステッキ〟を握り直すのだった。

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