Feather 6 ଓ 【落】 〜【fall Ⅱ】〜
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「……アリィ?」
不意に、まるで大切な「何か」――「半身」を失ったかのような……そんな感覚に陥り、エリンシェは顔を上げる。
はっとして辺りを見回す。……そういえば、しばらくアリィーシュの気配を感じていない。いや、むしろ……――。
「……っ」
――いや、そんなはずがない!! エリンシェは集中して、アリィーシュの気配を探す。……だが、見つからない。――探しても探しても、アリィーシュは見つからなかった。
たまらず、エリンシェは駆け出す。一直線に、ガイセルの研究室に向かい、気のせいであってほしいという願いをこめ、勢いよくその扉を開けた。
……けれど、アリィーシュはどこにもいなかった。そこには怪訝そうな表情を浮かべて、様子を伺っているガイセルがいるだけだった。
「ねぇ、ガイセル、アリィが来てない!?」
聞いても無駄だと理解していつつも、エリンシェはそう尋ねる。すぐにガイセルが首を横に振って応えるのを見て、絶望する。……気のせいじゃ、ない。
「アリィが――アリィーシュが……【敵】につかまった!」
――気配が見つからないのだ。そう考えるしかなかった。
それを聞いたガイセルが目を丸くした。そして、少し視線を彷徨わせながら何かを考えた後、深く息を吸うと口を開いた。
「……エリン、彼女を探そうとは思わないことだ。 そんなことをしたら君もつかまる。 とりあえず身を潜めて、できることをするんだ。 アリィもきっと……君を危険な目に遭わせたくないってそう思ってるはずだ」
きっとガイセルならそう言うと、エリンシェは理解していた。けれど、平静を装いつつそう諭す彼は明らかに動揺していた。――エリンシェを守らないといけないという思いももちろんあるが、その一方でアリィーシュのことが気に掛かって仕方がないのだ。
すぐに返事ができず、エリンシェは黙り込む。……では、一体どうすればいいのか。このままじっとしていてもどのみち「時間の問題」ではないか。頼みの綱であるアリィーシュを失ってしまった今、できることも限られている。それに、「無力」化されているとはいえ、彼女も……そしてガイセルもまもりたいと思わずにはいられないのだ。
ふと、エリンシェは大神ディオルトからの言葉を思い出す。――今まで信じてきたものをこれまで以上に信頼するように。できることがあるとするならば、きっとその言葉に何か答えが隠されているのだろう。思い当たることがあるとするならば……――。
「――うん、分かった」
そう返事をしながら、エリンシェはペンダントを握る。――きっとこれしかない。すぐにジェイトのところへ行かなければ。
立ち上がりながら、エリンシェは「カラダ」が小さく震えるのを感じていた。……あまり時間はなさそうだ。間に合うだろうか。
ほんの少しだけ、ガイセルに後のことを託すことも考えたエリンシェだったが、戦えない彼を巻き込むわけにはいかないと考え直した。……第一、そんなことをしたらアリィーシュが悲しむ。
何も言わず、エリンシェは研究室を後にする。
……どうか間に合いますように。そんなことを考えながら、エリンシェはジェイトの元へと急ぐのだった。
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息が、苦しい。どれだけ歩いただろうか。
エリンシェは伝っていた壁に寄りかかりながら、深く息をする。……想定していたよりもずっと、事は悪化していた。
しばらくは何事もなく、足を進めることができていた。けれど、だんだん「カラダ」が言うことをきかなくなり、まるで自分のものでないように感じる足を何とか動かして、ジェイトの元へと向かっていた。そのうち、歩くことすら難しくなり、エリンシェは壁を伝いながら無理にでも進んでいた。
そうしていると、今度はどこからかゼルグの【声】が聞こえるようになった。【守護神を返してほしければ、抵抗をやめろ】【何もかも諦めて「その身」を差し出せ】……――そんな【声】もはねのけ、エリンシェはひたすらに歩みを進めていた。抵抗する度「カラダ」は重くなり、ついには息をするのすら苦しくなっていた。
……それだけではない。少しずつ、ゼルグが近付いているのが、エリンシェにはわかっていた。――手遅れになる前に、ジェイトのところへ行かなくてはいかない。だが……。
もう一度大きく息をして、エリンシェはペンダントを握る。少しだけ……その場に座り込みながら、〝幸いの天使〟に呼び掛ける。
(――……フィー)
〈はい、主様〉
(私は……残念だけど、じきに【敵】につかまってしまう――私にはそれがわかるの。 だけど、私、「最後の最後の瞬間」まで諦める気は全然ないの。 ――「こころ」も決して明け渡す気はない。 だけど……もしも――「もしも」の時に備えてあなたに託しておきたいことがある)
〈もちろん承ります、主様〉
内容も聞かずに二つ返事をするフィルネリアの言葉に安堵して、ほっと息をつく。……わざわざ説明する必要もないのかもしれない。――〈彼女〉はきちんと理解しているようだ。それなら、後のことは〈彼女〉に任せておけば安心だ。
最後の力をふり絞り、エリンシェは立ち上がる。……「時間の問題」ならば、せめて誰も巻き込みたくない。息を吸うと、エリンシェは〝転移〟を唱えるのだった。
とんだ先は丘だった。
もう動かない「カラダ」を投げ出し、その場に横たわる。
……怖い。ゼルグがまっすぐにこちらへ向かってくるのが分かる。涙を浮かべ、エリンシェはひたすら虚空を眺めていた。
ふと、ぴくりと「カラダ」が跳ねる。
「いい子だ、自分から出てきたんだね? ……さあ、悪いようにしないから、此方へおいで」
「――……ハイ」
生気のない声で返事をして、「カラダ」が独りでに動いて【彼】の元へ向かう。
――幸いの天使〟、あとはお願い。
――勝ち誇ったような笑みを浮かべる【彼】に抱かれる〝彼女〟の胸元には、ペンダントが光っていないのだった。




