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Angelic Storia  作者: 紡生 奏音
Wing Ⅰ Episode 4 翼――それは〝幸福〟をもたらす〝もの〟
79/151

Feather 5 ଓ 【陥落】 〜【fall Ⅰ】〜


    ଓ


「……私が。 ――私がジェイトの『心』を取り戻す!」

 そんなエリンシェの発言に、アリィーシュは思わず舌を巻いた。

 ――いつだって、〝彼女〟は予想の斜め上を行く。だが、それでも、できるだけ支えになりたいと思わずにはいられなかった。

「――うん、そうね! どうにかして、ジェイト君の『心』を取り戻しましょう!」

 気が付くと、無茶だとは理解して(わかって)いつつも、アリィーシュは微笑んで(わらって)うなずいていた。

 ……とは言ったものの。何のあてもなく、今のところできることはほとんどなかった。

 エリンシェの方も途方にくれている様子だった。けれど、独りではどうしようもないと思ったのか、ミリアとカルドに協力を仰いでいた。少々ふたりには荷が重いように思えたが、おそらく、エリンシェは味方を増やすことで気持ちを少しでも楽にしたいと考えたのだろう。何にせよ、独りで解決しようとしていないのは良い傾向だ。

 ひとまず、エリンシェはジェイトとふたりきりで話をすることにしたようだった。その様子を、アリィーシュは身を隠し、近くで見守ることにした。

 話をして、エリンシェはある程度の状況を「理解」したようだった。だが……。

 ――「それ」だけでは終わらなかったのである。

「……っ!?」

 そっとエリンシェのことを見守っていたアリィーシュだったが、ふと「空気」が張り詰め「振動」するのを――凄まじい【力】が動き出したのを感じ取ったのである。

 動いた(・・・)――ついに、ゼルグが動き出したのだ!

 思わず辺りを見回し、アリィーシュは危険がないかを確認する。どうやらただ動いただけで、まだ本格的に行動は起こしていないようだった。

 ほっとしながらも、アリィーシュはつと額に汗が伝うのを感じた。……残念ながら、あまり時間は残されていないらしい。けれど、この先何があっても、エリンシェだけは守り抜かなければならない。そんな決意を固めながら、アリィーシュは〝彼女〟が戻るのを待った。

 〝彼女〟もゼルグが動き出したのを感じ取ったようだった。――アリィーシュの元へやって来たエリンシェは青白い顔をして、自分の腕で自身を抱き震えていた。【薬】だ――おそらく【薬】のせいで、何らかの恐怖を抱いているのだろう。

「……エリン」

 アリィーシュが声を掛けると、エリンシェは弱々しく微笑んでみせたが、すぐにうつむいてまた小さく震え始めた。〝彼〟に【問題(・・)】があるせいで、きっと真実は言えなかったのだろう。そのため、エリンシェは平気なフリをして虚勢を張っていたに違いない。

 だが、少しして、エリンシェは深く息をつくと突然、ぱっと顔を上げた。驚いたことに、ほんの少し前までとは様子が打って変わって、どこか勇ましい表情を浮かべていた。……一体「()」がそうさせているのだろうか。

「アリィ、時間がない。 すぐにグレイム先生のところへ行こう」

 エリンシェはグレイムと――いや大神(おおがみ)ディオルトと話をしようとしているのか。アリィーシュはそう納得して、二つ返事をするのだった。


 ……しかし、現実はそう上手くもいかないものだった。

「――『心』を取り戻すことはできるだろう」

 その後すぐに、エリンシェと共にグレイムの元へと(おもむ)いた。

 事情を聞いたディオルトがグレイムの身体を借りて、そんな答えを返してはくれた。……けれどすぐに、何かを思案する様子を見せ、「――だが……」と言ったきり、黙り込んでしまったのだ。

 しかし、ディオルトの目はしっかりとエリンシェをとらえていた。それに気付いたアリィーシュはその理由を考え、ふと「あること」を思いつく。

 〝彼〟の「心」を取り戻すことができれば、〝神格化〟の条件はほとんど整う。――それでも、エリンシェは「心」を取り戻すというだろうか? ……もしかすると、ディオルトは「それ」を懸念しているのではないだろうか?

 思い返せば、アリィーシュも〝神格化〟について話をしたものの、エリンシェ本人の気持ちを聞いてはいない。……もし、条件が整えば、〝彼女〟はどうするつもりなのだろうか。〝彼女〟の気持ちを垣間見ようと、アリィーシュはエリンシェの方へちらりと目をやる。

 驚いたことに、エリンシェは先程見たのと同じ勇ましい表情を浮かべ、しっかりとディオルトの目を見返していた。その姿に、アリィーシュは思わず息を呑む。……もしかして、この()は……――。

「――……私から言えることは、今まで信じてきたものをこれまで通り――いやそれ以上に信頼するように、ということだけだ」

 エリンシェのそんな姿に折れたのか、ディオルトがそれだけをさらりと言った。アリィーシュはそんな彼の言葉にも息を呑む。……これだけ絶望的な状況であるというのに、彼はもしやそれでも「光」はあるというのだろうか。

 ……きっと望んでいた答えを得たわけではないだろう。だが、それでもエリンシェは勇ましい表情のまま、うなずくとどこか満足そうな微笑みを浮かべて、一礼をした。

「ありがとうございました! アリィ、帰ろう」

 明るい声色で言ってのけ、その場を後にしようとするエリンシェを見つめながら、アリィーシュは確信する。……やはり。この()はもう……――。

「――少し待ちなさい。 ……最後に一つ。 何かあれば(・・・・・)、すぐに私を呼びなさい。 できる限りすぐに駆けつける」

 呼び止めたディオルトにもう一度「ありがとうございます!」と言いながら、エリンシェはグレイムの居室を出る。

 そんな〝彼女〟の後に続きながら、アリィーシュはひとり決心をする。――たとえ〝彼女〟がどんな「道」を選ぼうとも、必ずエリンシェをそばで支え、守り抜くことを心に固く誓ったのである。

 ――なのに……。


    ଓ


 アリィーシュが「異変」に気付いたのはその後のことだった。

 ――突然、学舎(まなびや)を守る結界に攻撃を加えている【モノ】が現れたのである。

 もちろん、そんな【(ヤツ)】はたった一人しかいない。エリンシェの側を離れるのは少々不安ではあったが、グレイムとディオルトはすぐに動くことができないかもしれない上に、結界を突破されればどのみち〝彼女〟が狙われてしまう。そう考え、アリィーシュは結界の外へ向かうことにした。

 ……けれど、なぜだろう。とてつもなく嫌な予感がする。アリィーシュは拭えない不安に緊張しながらも【敵】を探した。

 辺りは攻撃をしていたのがまるでウソのように、静まり返っていた。――【敵】の姿も見当たらない。

 このまま何もなければ、一度出直した方がいいだろうか。アリィーシュがそんなことを考えていた矢先のことだった。

「……!!」

 すぐ後方から凄まじいほどの【殺気】を感じ取り、アリィーシュは〝ステッキ〟を強く握ると回転して、そちらへ振り返った。

 ……すんでのところだった。一瞬でも遅れていたら、直撃していたに違いない。それと同時に、〝ステッキ〟が【鎌】の攻撃を食い止めていた。しかし、その【力】も凄まじく、支えているのも精一杯だった。

「――やあ」

 のん気な調子で言ってのけ、現れた【敵】――ゼルグがさらに【鎌】に力を加える。慌てて、アリィーシュも〝ステッキ〟を何とか両手で支え、応戦する。

 けれど、ゼルグは涼しい顔でそっとアリィーシュの側に近付きながら、冷ややかな微笑を浮かべる。

「そんな弱さでよく出てきたものだね? 前にも言ったろ、なまった(・・・・)んじゃないかって。 ――そんなんじゃ、何も守れしないよ」

 そう話して手を伸ばすゼルグを睨みつけると、アリィーシュは雄たけびを上げながら、光を放ちその場を逃れた。

 ……確かに力の差は圧倒的だ。まともに戦っても勝てはしないだろう。けれど、決めたのだ。――エリンシェ(あの娘)をそばで支え、守り抜くと。その誓いがある限り、たとえ……――。

「――たとえ、どれだけ力の差があろうとも、私は決して諦めない!!」

 叫び、アリィーシュはありったけの〝力〟をこめ、〝ステッキ〟を振るう。……勝とうとは微塵も思っていない。刺し違えるのは〝彼女〟が悲しむため、絶対にできない。【(ゼルグ)】を撤退させれば、こちらの勝ち(・・)だ。――時間が少しでも稼げる。

 だが、どれだけアリィーシュが奮起しても、ゼルグには少しも効いていなかった。ただ、先ほどよりも(たの)しそうに冷たい微笑を浮かべ、どんな攻撃も軽く()けていた。

「いやぁ〜頑張るねぇ。 だけど、どんなにあがいても無駄だよ。 ――ボクは必ず〝彼女〟を手に入れる。 そのためにも……――」

 そう言って、ゼルグが【鎌】を高く掲げる。

「――【鎌鼬(カマイタチ)】」

 ……「何か」来ると思った時にはすでに遅かった。ゼルグがほんの一瞬で【鎌】を数発振り下ろし、勝ち誇ったように笑っているのがアリィーシュの目に映った。

 ――その次の瞬間、アリィーシュの両手足に衝撃が走った。

「……ぁ」

 まるで身体が引き千切られそうになりそうな激痛に、アリィーシュは叫ぶこともできなかった。一瞬にして動けなくなる。……負けた。――あの娘を守れなかった。あまりの不甲斐なさと悔しさに、涙が浮かぶ。

 そのまま落ちて行こうとするアリィーシュの身体を、ゼルグが乱暴に掴む。はっとして【彼】の顔を見るが、やはり勝ち誇ったような微笑()みが目に入るだけだった。……最悪だ、おまけにあの娘の足を引っ張ってしまう。

「――キミには(オトリ)になってもらうよ」

 意識が遠のくのを感じながら、アリィーシュは「とある人物」の顔を思い浮かべる。

 ……本当にごめんね、エリンシェ。きっと届くことはないだろうが、アリィーシュは何度も何度も謝罪の言葉を心の中で〝彼女〟に述べた。そして……――。


 ――あとは頼んだわよ(・・・・・・・・)ジェイト君(・・・・・)


 一縷(いちる)の望みを〝〟に託し、アリィーシュは意識を手放したのだった。

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