Feather 3 ଓ 「糸口」 〜〝lead〟〜
「――ガイセル!!」
次の日、エリンシェは合間を見つけて、アリィーシュを連れてガイセルの元へと駆け込んだ。
突然の訪問に驚きつつも、エリンシェが来ることは予想がついていたのか、どこか神妙な面持ちを浮かべて、ガイセルは〝彼女〟の方へと振り返った。そして、〝彼女〟の後ろに控えていたアリィーシュと目配せを交わした。
「ねぇ、アリィ、ガイセル? ふたりが一体『何』を探していたのか、私にも教えてほしいの」
エリンシェがそう尋ねると、ガイセルはやはりそれかと言わんばかりの表情を浮かべ、唇を噛んだ。もう一度、アリィーシュに目配せをした後少し経ってから、ようやく口を開いた。
「……アリィからどこまで教わった?」
「ほとんど何も。 ――『対抗できる手段を探していた』としか……」
話すべきかどうか悩んでいる素振りを見せるガイセルに代わり、アリィーシュが前に進み出る。けれど、彼女もまた、話すべきか悩んでいるようだった。
エリンシェはアリィーシュとガイセルをじっと見据えた。……ゼルグに「無力」化されている以上、できるだけ早く行動を起こさなければならなかった。――そのためにも知っていることを話してほしいと、そんな思いを込め、エリンシェはふたりから目を離さずにいた。
「――……私とガイセルが探していたのはね、〝神格化〟というものなの」
ついにアリィーシュが折れ、語り始めた。エリンシェは固唾を呑み、彼女の話に聞き入った。
「大神様から頼まれてずっとふたりでそのことを調べていたの。 最初はただの『可能性』の話でしかなかったけれど、調べるうちに少しずつ色んなことが分かってきた。 〝神格化〟――それは人間の身でありながら、神と等しい存在に至るもの。 だけど、そのためには『何』が必要なのかはしばらく分からなかった」
想定していたよりずっと規模の大きな内容に、エリンシェは思わず息を呑む。あまりの衝撃に、頭もくらりとした。……本来なら、アリィーシュははっきりとしたことが分かれば、エリンシェに〝神格化〟のことを教え、「選択肢」を提示するつもりだったのだろう。けれど、何らかの原因でゼルグによってそれが阻止されてしまったのだ。
一体、何が……? そんな疑問も浮かぶエリンシェだったが、アリィーシュがまた口を開くのをじっと待った。
「――ただ探しても、方法が見つかりそうになかったから、色々と調べてみることにしたの。 そうしているうちに、あなたと同じように〝力〟を持つ人間がかつていたということが分かったの。 ひょっとすると、そんな人間達と〝神格化〟に何か関係あるんじゃないかと思って、それについても一緒に調べることにしたの。 天界では大神様から、旧王国の姫もあなたと同じように〝力〟があって、それが邪神の襲撃のきっかけになったと聞いたわ。 ……でも、全員、ただ〝力〟を持っているだけで〝神格化〟には至っていなかった。 そこで、遥か昔――太古の時代にはそんな人間がひょっとしたらいた可能性が高いという結論に至って、ガイセルにも色々と書物を当たってもらっていたの」
〝力〟を持つ人間がかつてに存在して、旧王国時代の姫が自分と同じように〝力〟を持っていたという事実を聞いて、エリンシェは少なからず衝撃を受けた。特に、姫の事実は少しでも何か分かれば良かったのにと思わずにはいられなかった。ひょっとすると、ずっと抱いていた、どうして自分には〝力〟があるのだろうという疑問の答えに近付くことができたかもしれないのに。
「そしてついに見つけたんだ。 ――〝神格化〟の手掛かりを」
ガイセルのそんな一言に、そんなことを考えていたエリンシェははっと我に変える。彼の差し出した書物をのぞき込み、迫真する部分をしっかりと読み込んだ。
――人間の身でありながら、清き〝心〟を持ち、神から愛され〝祝福〟を受け、聖なる〝力〟を得た彼の者は、やがて守護者として太古のテレスファイラを守り抜いたと云う。
確かに共通していることが多く、エリンシェははっと息を呑んだ。そして、いつだったか〝心〟が大事だと話していたアリィーシュをじっと見つめた。
……上手く事が運べば、アリィーシュはエリンシェに〝神格化〟するかという選択肢を自分自身の意志で決めることができるよう、この事実を話してくれるつもりだったのだろう。――エリンシェにはそれが分かっていた。けれど、あの日――アリィーシュが感情的な姿を見せたあの日、ようやく見出したその「糸口」を口にしなかったのはおそらく、彼女が決定的な「致命傷」に気付いてしまったからだろう。
その「致命傷」が一体どんなものなのか、エリンシェは少しばかり尋ねるのも気が引けた。アリィーシュが取り乱してしまうほどなのだ。かなり大きな痛手に違いない。
――果たして、そこにあるのは希望か絶望か。エリンシェは覚悟を決める。たとえ何が待ち受けていようとも、現在の状況を変えるためにはその「致命傷」すら受け止め、活路を見出すために行動を起こさなければいけないのだ。
「アリィ、『何』が問題なの?」
尋ねた瞬間、アリィーシュの目が泳ぐ。エリンシェの決心も揺らぎそうになるが、視線をそらさず、彼女をじっと見つめ続けた。
すると、アリィーシュはエリンシェに受け止める意志があると見て取ったのだろう、深く息を吐くと再び口を開いた。
「――『心』よ」
その答えに、エリンシェは思わず首を傾げる。……自分は此処にいる――この〝心〟だけは決して手放さずにいる。なのに、どうして……?
けれど、その言葉を口にしたアリィーシュの表情がみるみるうちに暗くなっていくのを目の当たりにして、エリンシェはその疑問を一度振り払う。……違う、私じゃない。――おそらく、「致命傷」があるのはエリンシェの「心」ではないのだ。
「まさか……」
首を振りながら、エリンシェはつぶやく。……お願いだから、違うと言って。そう思わずにはいられなかったが、いくら考えても一つの答えにしかたどりつかなかった。
「――ジェイト君よ。 あなたに〝神格化〟をさせないために、ゼルグはジェイト君からある『心』を――『愛する心』を奪い取ったの。 ……『記憶』を消すように見せかけて、ね」
……嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だウソだ!! エリンシェは息が詰まりそうになる。……ジェイトはどんな時でもそばにいるとそう約束をしてくれたではないか。それなのに、〝彼〟の「心」は【敵】によって奪われたとそう言うのだろうか!?
「……残念だけど、それだけじゃない。 あなたもあの【薬】によって犯されている。 ――あの【薬】には何らかの【成分】が入っていて、次にあなたがゼルグに直接邂逅してしまった時、どうなってしまうのか全く検討がつかない。 前に学舎を襲撃した【影】達にあなたの〝力〟が効いていなかったのがその証拠よ」
畳み掛けるように、アリィーシュがそんな宣告をする。――つきつけられた絶望に、エリンシェは目の前が暗くなり、堕ちてしまいそうになる。……だが、それこそ敵の思うつぼだ。何とか踏み止まり、エリンシェは息を大きく吸って、自分に言い聞かせる。……考えろ。――考えろ、考えろ、考えろ。そして、必死に思考を巡らせ、「糸口」を探した。
【敵】が【薬】を使って仕掛けた罠――思惑通りに事を運ぶには二つ必要だったのだろう。けれど、なぜ二つだったのだろうか。どちらか一つで足りない――どこかに穴があるのではないのだろうか?
――「心」さえ見失わなければ、きっと「光」は見える。ふと、セルゥーガの言葉がエリンシェの頭をよぎる。少し考えて、「とあること」を思い付く。……一縷の望みでしかないが、少しでも可能性があるなら、それに賭けるしかない。
「……私が。 ――私がジェイトの『心』を取り戻す!」
言い切って、エリンシェは顔を上げた。おそらく……本当に仮定でしかないが、確実に【敵】が思い通りに事を運ぶために罠が二つ必要だったのは、「心」というものを奪うには【薬】だけでは不十分なのではないだろうか。そういう理由で、ゼルグはエリンシェを意のままにするために下準備をしたのではないのだろうか? ――「心」を完全に奪うには直接の働きかけが必要なのではないだろうか?
エリンシェの意外な言葉に、アリィーシュが目を丸くしているのが視界に入った。……だが、どんなに先行きが明るくないとしても――たとえどんなに小さい希望だったとしても、できることは何が何でもやらなければならない。そんな思いを込め、エリンシェはアリィーシュの答えを待った。
……正直、怖くないと言えば嘘になる。ゼルグに邂逅してしまったが最後、自分はどうなってしまうか分からないのだ。けれど、何があろうともこの「心」だけは決して手放しはしない――たたかうことを決して諦めないと固く誓ったのである。
「そう……そうね、あなたの言うことも一理あるかもしれないわね。 もう手立てはないと思っていたけど、やってみないと分からないものね。 ――うん、そうね! どうにかして、ジェイト君の『心』を取り戻しましょう!」
エリンシェのそんな思いが伝わったのか、アリィーシュが口元を緩ませ、そう言ってうなずいてみせた。
「だけど、本当に気を付けるのよ、エリン。 あなたを守れるように私も全力を尽くすけど、何があるかは分からないから」
ほっとしたのもつかの間、アリィーシュがまたそう言って警告をする。……「無茶」を言っているのは百も承知だ。どうすれば良いのか今のところ手立てもない上、いつゼルグがまた動き始めるか分かったものではないのだ。だが、決して折れないと、エリンシェは決めていた。
「うん、分かってる。 できるだけ外に出ないで、何か方法を探してみる」
うなずきながら、エリンシェは何か嫌な予感を――近いうちに【敵】が動き始めるような予感を覚えていた。
……早く――できるだけ早く、行動しなければ。焦りと恐怖を抑え、エリンシェは自分を奮い立たせるのだった。




