Feather 1 ଓ 宣告 〜sentence〜
「――エリン」
アリィーシュがもう一度名前を呼ぶ。固唾をのみ、エリンシェはうなずいてみせた。
「……あなたに話しておかなきゃいけないことがあるの」
深呼吸をして、まるで意を決したかのようにアリィーシュが口を開く。その様子に、エリンシェも腹をくくる。
「何……?」
「前にゼルグから飲まされたあの【薬】……覚えてるでしょ? ――あれについてよ」
言われて、エリンシェは学舎生活二年目に起きた出来事を振り返った。――あの時ゼルグに無理やりさらわれ、ジェイトと共に怪しい【薬】を飲まされたのだ。一度は解放されたが、その後ジェイトは「記憶」を失くし、エリンシェは「カラダ」が思うように動かず、ゼルグの言いなりになってしまったことを思い返す。ひとまず事は一件落着したものの、エリンシェの中で「何か」が引っ掛かっていたこともよく覚えている。……あの【薬】が一体どうかしたのだろうか?
「あの【薬】――……あの【薬】はゼルグが上手く仕掛けた罠だったのよ。 あれを飲まされてしまったことで、もう私達に勝ち目はほとんどない。 何とか、私があなたを守り抜くけど、それもいつまで保つかどうか……」
「……え?」
アリィーシュからの驚きの宣告に、エリンシェは立ち尽くす。……ならば。――ならば、今までして来たことは全て無駄だということだろうか?
「どういう……こと?」
「【薬】を飲まされたあの時、全ては終わっていなかった。 ……私とガイセルはずっと、大神様から言われゼルグに対抗できる手段を探していた。 見つかったらあなたにも話そうと思っていたの。 ……でも、それもかなわなくなってしまった。 ――あの【薬】のせいで、全てが絶たれてしまったの」
あまりの絶望に、エリンシェは目の前が暗くなり、立っていられなくなりそうになったが、すぐに自分を奮い立たせる。決して何があろうとも――セルゥーガの言葉を胸に、エリンシェは声を上げる。
「だけど、アリィ、『絶対』ってことはないんでしょ? まだ諦めるのは早いよ! きっとできることが何かあるはずだよ? ――私、絶対逃げたりしない! 最後まで立ち向かうよ! だから、ね、アリィ、何か方法を探そうよ?」
そう言ってエリンシェが手を差し出すと、アリィーシュはその手を払いのけ、「――もうやってる!!」と首を激しく振りながら叫んだ。
「エリン、とっくにそうしてるのよ!! ……だけど、見つからない。 ――探しても探しても見つからないのよ!! ゼルグは――アイツは私よりずっとずっと上手だった!! 何か見つけてもまた先回りしてるんじゃないかって……そう思って怖くなるのよ」
これまで見たことのないアリィーシュの感情的な姿に、エリンシェは思わずひるんでしまう。それほどまでに彼女が取り乱すほど、事態は深刻ということなのだろう。そう考えるとまた絶望してしまいそうだったが、エリンシェは再び声を上げた。
「……らしくない。 ――そんなの、アリィーシュらしくないよ!! アリィはいつだって強くて、私を守って助けて支えてくれた! そんな弱気なアリィーシュ、見たくないよ!!」
「……っ」
アリィーシュの方もエリンシェに怒りをぶつけられ、少なからず衝撃を受けたようだった。迷いを見せた彼女に、エリンシェは続けざまに声を掛ける。
「ね、アリィ、一緒に方法を探そうよ? 一人じゃ見つからないかもしれないけど、皆で協力すれば何か見つかるかもしれないよ? それに、ほら、学舎に行けばガイセルにも相談できるし、きっと一緒に協力してくれるよ!」
しばらく黙り込んで考える素振りを見せた後、まだ不安そうではあったが、アリィーシュが少しだけ折れて「……そうね」とうなずいた。
「――それにね、私、まだ諦めるつもりはないよ。 私、最後まで戦うよ。 ――大切な『もの』をまもるために、私戦うってそう決めたんだ」
エリンシェがはっきりと胸にある決意を伝えると、アリィーシュはまた息を呑んだ。少し視線を泳がせ、再び考える素振りを見せると、彼女の中でも整理がついたのだろう、今度ははっきりと「――分かった」とエリンシェの思いにこたえてみせた。
「あなたがそこまで決心してるなら、私も最後まで抵抗するわ。 ――何か方法を見つけてみせる。 あなたのことも守り抜いてみせる! ……だけど、エリン、気を付けてほしいの。 あなたがもしもゼルグと直接会ってしまったら、二年前よりずっと悪いコトが起きてしまうだろうから」
そう言って再び奮い立つアリィーシュのことを嬉しく思いながらも、エリンシェは彼女からの思いがけない宣告に、内心恐怖を抱かずにはいられなかった。
……あの「夢」はアリィーシュが言うように、危険な目に合ってしまうという前兆なのだろうか? そんな疑問が浮かんだが、正夢になってしまうことを恐れて、口に出すのは気が引けた。とにかく、そうならないためにも何か方法を見つけて、戦う術を身に付けておかなければならない。
「分かった、気を付ける。 何かあれば、すぐに呼ぶ。 ――だからお願いね、アリィ」
独りではどうにもならないような気がして、エリンシェはアリィーシュを頼ることを決めた。……もちろん、ただ黙っているだけで何も行動しないつもりは毛頭なかったが。
「えぇ、すぐに駆けつけるようにするから。 ……あ、そうだ、何かの役に立つかもしれないから、一つ術を教えておくわ」
そういって、アリィーシュは空中に魔法陣を描いた。
すぐに、エリンシェはその魔法陣を〝聖杖〟でなぞる。それ自体は難しくない魔法陣だったが、術式そのものには何か深い「思い」がこめられている気がした。
「……これは?」
「これは〝浄化〟――祈りをこめて、あらゆるものを清め、浄化する術」
アリィーシュの説明を聞いて、術のことを理解すると、エリンシェはもう一度魔法陣を描き「思い」をこめ、唱えた。
「〝浄化〟!」
どことなく周りが清浄なもので満たされていくのを感じながら、エリンシェは〝浄化〟がそれだけではない術なのだと考えていた。あらゆるものをというアリィーシュの言葉を頭に置くと、上達すれば応用した使い方ができそうだった。
修行ができない分、この術を練習しようと決心したエリンシェはアリィーシュの方へと向き直る。――何とか諦めないように彼女を説得することができたものの、その不安を完全にぬぐい去ることはまだできていないように思えたのだ。また、アリィーシュが折れてしまわないよう、背中を押すためにエリンシェは三度声を上げるのだった。
「――アリィ。 私、絶対最後まで諦めないで戦うからね。 アリィも私に力を貸してね。 独りで抱え込まないで、私にも相談してね。 ――だから、ね、アリィ、一緒にたたかおうね」




