Epilogue ଓ 動乱 〜turmoil〜
その後辺りを包んだ光に、エリンシェは思わず目を閉じる。
……まだ少し不安がないと言えば、嘘になる。エリンシェがそんなことを考えていると、大丈夫と励ますかのように〝聖杖〟が再びあつくなった。〝聖杖〟――〝幸いの天使〟の思いに、エリンシェは自分を奮い立たせる。
少しして、光がおさまった。目を開くと、リノウがいた場所には一つの珠が落ちていた。
「……できた」
つぶやいてほっとしたの間、エリンシェは首を横にふるふると振って考え直す。――まだ、終わりじゃない。あくまで、カノジョは敵のうちの一人でしかないのだ。それに、確かに【悪意】がある邪神ではあったが、カノジョもカレに利用された駒でしかないのだ。
そして、たったいま手に入れた平穏もつかの間のものでしかない。今はまだゼルグは動いていないだけで、時が来れば何か策をもって襲い掛かって来るに違いない。今回は何とか封印することができたが、リノウとは違って、ゼルグはそう簡単にはいかないだろう。
……今回のことで、少しではあるが〝幸いの天使〟と絆を深めることができた。けれどまだ、もう少し「先」を目指さなければいけないだろう。
――もっと強くならなればならない。そんな決心を固め、エリンシェは前を向く。
……しかし、なぜだろう。どうしようもなく、不安が襲いかかる。その理由に心当たりが一切なく、一層嫌な予感がつのる。
〝どんなに先行きが明るくなくとも、その「心」さえ失わなければ、きっと「光」は見えます。 ――決して何があろうとも「そのおもい」を忘れてはなりません〟
ふとセルゥーガがエリンシェに語り掛ける。
……今はまだ、「このおもい」が一体「何」なのかは分からない。けれど、テレスファイラや〝彼〟のことをおもうと強くなれたのは確かだった。――「このおもい」を大切にしたいと心の底から願っていた。
セルゥーガの、決して何があろうともという言葉を心に刻み、エリンシェは胸に宿る「おもい」を大切に育んでいこうと決心するのだった。
――それ以降、【敵】は一切の動きを見せなかった。
多少の不安を抱き、つかの間の平穏に浸りながら、エリンシェは修行を続けつつも学舎生活に臨み、四年目へと向かうのだった。
ଓ
一方。
アリィーシュから「太古」のテレスファイラに何か手掛かりがあるかもしれないと聞いたガイセルは、ありとあらゆるテレスファイラの歴史書を読み漁っていた。
一度読んだ本はもちろん、禁書や貴重書の隅々までくまなく探した。……が、見つからない。どれだけ時間を掛けても、何の手掛かりも得ることができなかった。
けれど、どうしてだろう――必ず何か見つかるはずだと、ガイセルは確信していた。……いや、見つけなければいけないのだ。
ガイセルはそうして諦めずに合間を縫って、書物を一冊ずつ確かめていった。そして……――。
ふと、真夜中に図書館の書庫を訪れた時、ガイセルはある一冊の本を見出した。――それは何の変哲もない、テレスファイラと神々の関係を綴った本だった。その本を何気なく手に取り、ガイセルはぱらぱらと流して眺めた。……が。
「……!!」
――あるページに目に止まり、ガイセルは息を呑んだ。そして、いつものように用心深く、一文一文を読み進めていく。
「……あった」
まさしくそこに、手掛かりになる「こと」が書かれていたのだ。つかんだ手掛かりを噛みしめるように、ガイセルはもう一度そのページを読んだ。
「……アリィ――アリィ!!」
読み終えた時、すぐにガイセルはアリィーシュを呼んでいた。
〝何、どうしたの、ガイセル!?〟
その尋常でない様子に気付いたのだろう、アリィーシュがガイセルの元にかけつけた。
「見つけた……見つけたんだよ!!」
興奮しながら、ガイセルはそう口走ったが、アリィーシュはその意味を理解していないようだった。……いや、単に信じられなかったのかもしれなかった。
〝……え?〟
「だから、見つけたんだよ!! ――〝神格化〟の手掛かりを!!」
あ然とするアリィーシュに、ガイセルはたったいま見つけた「こと」を指し示し、読み上げた。
「――『太古の世に、人の身でありながらテレスファイラを守護する者が居た。 清き〝心〟を持ち神から愛され〝祝福〟を受けし彼の者は、聖なる〝力〟を得た。 そして、ひょんなことから神の意志を継ぐことになり、神と自身の愛した世界を守護し抜く覚悟を決めた。 ――やがて、彼の者は神と肩を並べるほどの守護者となり、永い間太古のテレスファイラを守り抜いたと云う』……これだよ、アリィ!」
アリィーシュはその一言一句を聞き逃さないよう耳をそばだて、そして反芻するかのようにもう一度その箇所をじっくり読み込んだ。人の身、〝力〟……確かにその記録にある者とエリンシェに一致している「こと」がある。あと一つ、足りていないのは……――。
〝……清き「心」〟
つまり、〝神格化〟には神と同じく〝聖なる心〟が必要ということになるのだろう。そんな結論を出したアリィーシュはさらに思考を巡らせようとした。
――その時だった。
何も関係がないのに、〝彼〟も【薬】を飲まされたと話していたエリンシェの言葉をアリィーシュの頭をよぎる。
……なぜだろう。その理由を考えていると、また別の言葉がアリィーシュの頭をよぎった。――エリンシェと〝彼〟を引き離したかったのではないか? そんな考えを口にしていたミリアの言葉を思い出す。……いや、きっと理由はそれだけではないはずだ。あの時も……そして今も、別の理由があったのだろうという結論に至っていた。――では、なぜ?
もう一度、アリィーシュはエリンシェに足りないものを思い出す。〝聖なる心〟――他の神と変わらないくらい、〝彼女〟の〝心〟は清く、美しかった。〝心〟が有るからこそ、〝彼女〟は強く在れたといっても過言ではないだろう。あと一つ、足りないとすれば……――。
――愛し、愛される「心」。まだ自覚はしていないが、エリンシェの「心」には確実に愛は在る。だとすれば……? そこまで考えて、アリィーシュはある可能性に気付いてしまった。
……あの【薬】。思えば、【薬】を飲まされた〝彼〟は「記憶」を失くしていた。けれど、ゼルグが本当に失わせたかったのはもっと別の「もの」だったのではないか?
〝……ぁ〟
「その答え」に行き着いてしまったアリィーシュは思わず、声を漏らしていた。……しかも、それだけではない。エリンシェが飲まされた方の【薬】――【アレ】がもし、|まだ効いていたとしたら《・・・・・・・・・・・》?
「……アリィ?」
心配そうなガイセルの声も、もはやアリィーシュには届かない。突きつけられた「結論」に、アリィーシュは震えが止まらなかった。……やられた。――【敵】の方がずっと上手だったのだ!!
〝ああああぁぁぁぁ――――っ!!〟
襲いかかる絶望と自分自身の不甲斐なさに、アリィーシュは思い切り叫び声を上げた。……泣いている暇などないのに、涙がこみ上げてくる。押し寄せてくる「もの」に呑まれそうになり、アリィーシュはその場に崩れ落ちてしまうのだった。
――そして、動乱の「四年目」が間もなく始まろうとしていたのだった。




