Feather 7 ଓ 幕開け 〜dawn〜
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「……シェ! ――エリンシェ!!」
名前を呼ばれ、息切れ切れに、エリンシェは目を覚ます。
荒い息づかいのまま、エリンシェは辺りを見回した。まだ【夢】との境目を区別できていないのか、視界がぼやけてしまっている。
何度か深呼吸を繰り返してようやく、目の前でジェイト・ミリア・カルドの三人がエリンシェの顔をのぞき込んでいることに気付いた。
……良かった、目は覚めた。そのことにひとまず安心するエリンシェだったが、【夢】でみた出来事を目の前の三人にどう説明すれば良いのか分からず、エリンシェは言葉を探す。
ふと、促すこともなく、じっとエリンシェのことを見つめていたジェイトと目が合う。……目覚めたとはいえ、まだ実感が湧いていない。未だ、【夢】でみた恐怖が拭えそうにない。そう思うよりも先に、気が付くと身体が動いていた。――飛び込むように、エリンシェはジェイトに抱きついていたのである。
……大丈夫、あたたかい。逃げられないなんて絶対ウソだ。戻って来た――私はみんなのところへ戻って来た! 自分に言い聞かせるように何度もそう繰り返すが、恐怖はおさまりそうもない。気が付くと、エリンシェは震えながら、涙を流していた。
「――どうしたの」
そこで初めて、ジェイトから声を掛けられる。まだ言葉が見つからず、エリンシェはただ首を横に振った。それ以上の言及もなく、ジェイトが〝彼女〟の肩に腕を回した。
……だが、いつまでも【現実】から目を背けてはいけない。【アレ】はただの【夢】ではない――実際に起きた【出来事】なのだ。
「……アリィは」
何とかその【事実】を受け止め、エリンシェはようやく絞り出すように口を開いた。
すぐに、アリィーシュが姿をあらわす。エリンシェの様子にただならぬモノを感じ取っているのだろう。彼女もか細い声で〝何があったの〟と尋ね返した。
いざとなると、口に出すのもやはり躊躇われた。けれど、もはや時間も差し迫っている。エリンシェはジェイトから離れると、震える声で「……ヴィルドが」と話し始める。
「――ヴィルドがゼルグに取り込まれた。 ゼルグが彼のカラダを乗っ取って、実体化したの。 『もうすぐ時機が来るから』って。 アリィ、時機って何……?」
やっとの思いで言い終えたエリンシェの話を聞いて、アリィ―シュが目を見開いて驚いていた。何かを考えているのか、はたまた言い淀んでいるのか険しい表情を浮かべて、〝……どうしてわかったの?〟とだけつぶやいた。
「【夢】を見たの。 でも、あれは……【夢】なんかじゃない。 本当に起こった出来事なんだってわかるの。 だから、ねぇ、アリィ……お願いだから、わかってることだけでも教えて」
ひょっとすると答えてくれないかもしれない。そう思いつつも、エリンシェはすがるように、アリィーシュに頼み込んだ。
やはり彼女は難しい顔をしたまま、唇を噛んでしばらく黙り込んでいた。けれど、彼女の中で整理がついたのか、小さな声で語り始めた。
〝邪神には――どういう原理なのか分からないけど、何年かに一度【力】が強くなる年があるの。 野望を持つ邪神達はその年に乗じて、どこかの世界や神達を襲おうと企んで来るの。 中には人間からカラダを乗っ取って、実体化する邪神もいる。 時には無理やりカラダを奪ったり……だけど、ゼルグの場合、あのヴィルドという少年に上手く言い寄って、カラダを手に入れたと考えられるわ。 しかも、たちが悪いことに、カレはエリンシェのことを狙う邪な心を持っていて、それがおそらくゼルグを助長してしまった〟
アリィーシュの話を聞いて、エリンシェはそういうことかと納得する。……だがどうして、「夢」という形を通して、ゼルグがヴィルドのカラダを乗っ取る場面を「目撃」することになったのだろう。そんな疑問が浮かんで、エリンシェはアリィーシュに目配せをする。
すると、すぐにアリィーシュは首を横に振って応える。――分からないということらしい。エリンシェががっかりしていると、また彼女が口を開いた。
〝その邪神が強くなる年が……残念なことに、来年に迫っているの。 ――だから、ゼルグは「その時」に備えて、カレのカラダを乗っ取ったの。 だけど、神達もただ邪神が強くなるのを黙って見てるわけじゃないの。 ――いつも決まって大神様が「奇跡」を行って、実体化することで対抗しているの〟
初めて知らされたその事実に、エリンシェは驚きを隠せずにいた。……邪神が【力】を持って強くなる? しかも、来年に? ――だとしたらなおさら、早く強くならないといけないのではないか。逸る気持ちもあったが、エリンシェは一度冷静にならなくてはいけないと考え直した。
「アリィも実体化するの?」
〝えぇ。 ――だから、あなたのことは何が何でも守り抜いてみせるわ〟
声高にそう言い切ってみせたアリィーシュの瞳には強い意志が宿っていた。きっと彼女も「いざという時」が来ると理解していたのだろう。今まで動いていたのもおそらくこのためだ。
そうとわかっていても、エリンシェには引き下がれないものがあった。……もちろん、アリィーシュのことは頼りにしている。けれど、だからこそ、彼女の足手まといにはならないようにしたいのだ。それに、平穏な日々を手に入れるには、守られているだけではきっといけないのだ。――きっと、自ら強くなり戦わなければ、真実の幸福は手に入らないのだ。エリンシェはそう思えて仕方なかった。
(……〈フィー〉)
首元のペンダントに手を伸ばし、エリンシェは〝聖杖〟――〝幸いの天使〟に呼び掛ける。すぐにペンダントが応えるようにあつくなるのを感じながら、エリンシェはフィルネリアに語り続けた。
(私、どこまでいけるかは分からないけど、できるだけ今のうちに強くなりたい。 ――だから、あなたの力を貸してくれる?)
その問い掛けにより一層、ペンダントがあつくなる。……だけど、慌ててはいけない。――時間がないからこそ、着実に。エリンシェは自分に言い聞かせながら、逸る気持ちを抑えた。
「……分かった。 でも、アリィ、私は守られてばかりじゃいられないよ。 ――私、きっと強くなる。 時間を見つけて、〝神殿〟に通って、〈フィー〉との絆も深めるんだから!」
――そして、エリンシェはそう高らかに宣言するのだった。
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「――ヴィルドがゼルグに取り込まれた」
妙な胸騒ぎを覚え、慌ててエリンシェの元に帰り〝彼女〟から聞かされたその「事実」に、アリィーシュは驚きを隠せずにいたのだった。
時は少し遡って。天界から帰ったアリィーシュは心配して、真っ先にエリンシェのところへ向かった。しかし、〝彼女〟の様子をうかがうと、エリンシェは眠りに落ちていた。
ひとまず、エリンシェの身に何か危険が迫っていたわけではないと分かり、アリィーシュはほっと一息をついた。……けれど、よくよく〝彼女〟の顔をのぞき込むと、その表情は決して穏やかなものではないことに気付いて、アリィーシュはまた不安を抱き始めた。
――そして、その直後のことである。突然、エリンシェが耳をつんざくような悲鳴を上げたのだ。
すぐに、そばにいたミリアや隣の部屋からジェイトとカルドがその声を聞いて、エリンシェの元に駆け付けたが、いくら声を掛けても〝彼女〟は目を覚まそうとはしなかったのだ。
もちろん、アリィーシュもエリンシェに宿ろうと試してはいた。……が、できなかったのである。何度挑戦しても、どうしても弾き返されてしまうのだ。――まるで「拒絶」されているかのように。けれど、エリンシェ自身がアリィーシュを拒んでいるわけではないだろう。……どちらかと言えば、昨年さらわれた〝彼女〟を探した時に感じた【遮断】された、あの感覚に似ているような……。
「エリンシェ! エリンシェ!!」
アリィーシュがそんなことを考えている間に、ジェイトが辛抱強くエリンシェに呼び掛け続けていた。
そんなジェイトの声が届いたのだろうか、不意にエリンシェが目を覚ました。けれど、「何か」あったのだろう。〝彼女〟の様子がいつもとは違っていた。――起きた直後は呼吸も荒く、どうかしたのかというジェイトの問い掛けにも答えず、〝彼〟に抱きつくなり泣き出してしまったのだ。……そんなエリンシェを、アリィーシュは今まで見たことがなかった。
――そして、そのすぐ後、ヴィルドが取り込まれたという「事実」を知らされることになったのである。
動いた。――その「事実」をようやく受け止めた直後、アリィーシュはとっさにそう思った。
……それにしても、ヴィルドという少年の【侵蝕】は思っている以上に進んでいたようだ。エリンシェとジェイトがさらわれた時にはすでにそう感じていたが、実際のところは
手遅れに近い状態だったのかもしれない。――それほどまでに、ヴィルドはゼルグにとって「馴染む」存在だったようだ。
ともかく、これからはどんどん時間が限られたものになるだろう。ひとまず「太古」の時代のことを調べるよう、ガイゼルに頼まなければならない。あとは……? 切羽詰まる状況に、アリィーシュは頭を回転させる。
……だがおそらく、すぐにはゼルグ自身は動かないはずだ。より【力】が強くなる来年に何か仕掛けてくるだろう。それまではとにかく前に出ず、【力】を温存すると考えられた。……けれど。――けれど、だとすれば、「誰」を差し向けてくるだろう? もう取り込んだヴィルドを使うこともできないはずだ。
そこまで考えて、アリィーシュは「あること」に気付く。……いや、まさか? 一人、とある【人物】が彼女の頭に浮かんでいた。――でも、まさか。
けれど、【彼女】を封印したのは大神であるディオルトのはずだ。もしもその封印を解いたとなれば、ゼルグはとても強大な【力】を手にした――ということになる。
……できれば、この読みは当たらないでほしい。アリィーシュはそう強く願いながら、ともかくエリンシェを支えるなど、彼女自身ができることを一つ一つやっていこうと固く決心するのだった。
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――しかし、残念なことに、アリィーシュの読みは的中してしまうことになる。
実体を手に入れたゼルグは、かつてヴィルドの「居場所」だった「屋敷」を拠点として、【力】をどんどん貯め込んでいた。
「……だけど、目的を達成できるなら早い方がいいのはそうだよねぇ」
勝ち誇った笑みを浮かべながら、ゼルグは独りごちる。
「使えるモノは使って……」
そしてつぶやきながら、空中に手のひらをかざした。
すると、そこに石碑が映し出される。――アリィーシュとゼルグが封印されていた場所である。
石碑には一つ、珠が残されていた。ゼルグはその珠に向かって、手を伸ばした。
「キミには少し働いてもらうよ!」
そう言って、手を強く握りしめた。
――向こう側で、珠が粉々に砕け散る。それと同時に、ゆらりと女性のカタチをした【影】が動いた。そして、復活を喜ぶかのように、【影】が笑うように肩を揺らす。
ゼルグも満足げに高笑いを上げるのだった。
ଓ
――こうして、いまここに、長い「戦い」が幕を開けたのである。




