Feather 3 ଓ 〝番人〟 〜〝guardian〟〜
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――気が付けば、〝彼女《あの娘》〟はどんどん強くなっていく。
もはや、自分の助けなど、不要なのではないだろうか。日々成長していく〝彼女〟の――エリンシェの姿をみて、アリィーシュはそう思わずにはいられなかった。
やはりきっかけは〝神殿〟を訪れたことなのだろう。当の本人は何も感じないと言っていたが、あの日を機に、〝彼女〟の〝力〟は更に強くなっている。……一度〝神殿〟に行くための魔法陣に触れただけで、「転移」の術――〝転翔〟が組み込まれていることに気付いてしまうとは予想もしていなかった。おまけに、そんな〝彼女〟に頼まれて〝転翔〟を教えると、エリンシェは目覚ましいほどの早さで術を修得したのだ。
……本当に、日増しに成長していく〝彼女〟には驚きを隠せない。けれど、エリンシェには〝彼女〟なりの考えがあるようだった。三年目の学舎生活が今のところ平穏であることに不安を覚えているようだった。……分かる気もする。静か過ぎて不自然くらいだ。――【敵】は何か企んでいるに違いない。アリィーシュもそう睨んでいた。
けれど、その一方で、日々強くなっているエリンシェを見ていると、どこか危なっかしく見えて仕方がなかった。……来たるあの年に備えて、そろそろ本気で動いた方がいいかもしれない。それこそ、今「平穏」であるうちに、できることはしておくべきだろう。
そんなことを考えている矢先だった。
「――私ね、ジェイトと一緒に〝神殿〟へ行ってみたいの! なぜかは分からないけど、〝彼〟と一緒なら『何か』変わりそうな気がするから。 だから、ね、アリィ、お願い。 ジェイトを〝神殿〟に連れて行ってもいい?」
完璧ではないが、〝転翔〟を 修得してみせたエリンシェがそう頼み込んで来たのだ。
……なるほど。何か考えているとは思っていたが、エリンシェはそんな思いをずっと抱いていたのか。なるほどと思うのと同時に、アリィーシュは少々返答に困っていた。恐らくではあるが、「ただの人間」が〝神殿〟に足を踏み入れたことなど、知る限りでは今まで一度もなかったからだ。……もちろん、少なくとも〝力〟があるエリンシェを除いて――の話だが。
かといって、無下に断るわけにもいかなった。〝神殿〟に行ったのも理由の一つではあるだろうが、エリンシェの〝力〟は実際、ジェイトと結ばれてからというものの、強くなっているように思えた。やはり、ふたりでいると「特別な力」が湧いてくるのだろう。それが目の当たりにできるだけに、アリィーシュは判断に迷った。 ……一度、彼女らに確認してみた方が良いだろう。
〝そうね……とりあえず、いったん待ってくれる? 後で必ず返事するから〟
エリンシェにそう言い聞かせると、〝彼女〟はすぐに「……分かった」とうなずきながらも、少し不服そうな表情を浮かべていた。けれど、自分が難しいことを言っていると分かっているのだろう、何も言わず、アリィーシュに頼み込むような視線を向けた。
〝……分かってる。 できるだけのことはやってみるから待ってて〟
少し困りながらも、アリィーシュはエリンシェに微笑んでみせた。……一人で行くだけならすぐに戻って来られるだろう。そう考えて、アリィーシュはその足で〝神殿〟へと向かうのだった。
神殿〟の中は静寂に包まれ、清浄な〝力〟で満たされている。
――彼女らはそんな〝神殿〟を守護するため、沈黙を続けていた。
アリィーシュは〝神殿〟に着くなり目を閉じて、そんな彼女らに「接触」を試みた。
〝……おや。 どうされましたかな?〟
すぐに応えた「声」に、アリィーシュは目を閉じたまま、用件を切り出した。
〝ちょっと聞きたいことがあって。 あのね、あの娘が人間を連れて此処へ来たいって言ってるんだけど……大丈夫かしら?〟
それを聞いた「声」の主が興味深そうに〝ほうほう……〟と漏らした。
〝あなた様が「彼女」を連れて来た時点で、すでに驚いていたものですが……。 けれど、「彼女」は人間でありながら、「力」を持っているのである種特別と言えましょう。 加えて、そんな「彼女」が「力」も持たない者を此処へ来たいとそうおっしゃっているのですね?〟
〝……やっぱりまずかった?〟
〝いえいえ、そのようなことは。 ただ、今までなかったことなので少し驚いているだけです。 ふぅむ、そうですね……。 初めて「彼女」が此処に来た時、「彼女」は我々《・・》の存在を感知することはできても、認知することはできなかったようですね。 それを「彼女」自身も気付いていて、「何か」足りないとそう思っていたようです。 ……そうですね、その殿方を連れてこれば、おそらく状況は変わるでしょう〟
全く事情を話していないのに、「声」の主がさらりとそう言ってのけたことに、アリィーシュは目を見張った。……さすが、永らく〝神殿〟を守って来たことはある。その上、連れて来るのが男性だと言い当てていることにも内心、驚きを隠せなかった。
〝ありがとう。 じゃあ、近いうちに此処へ来ると思うから、よろしくね〟
〝えぇ、もちろんですとも〟
快く返事をすると、「声」の主は気配を消した。アリィーシュもその後すぐに〝神殿〟を離れ、エリンシェの元へと戻るのだった。
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〝待たせてごめんね。 ――いいわよ〟
アリィーシュからの返事に、エリンシェはほっと胸をなで下ろした。……これであとはジェイトに事情を話して、〝神殿〟へと向かうだけだ。
だが、ただ行くだけで終わらせるわけにはいかない。何かしらの結果を出さないといけないだろう。そう決心しながら、エリンシェは合間を見つけて、ジェイトの元へ向かった。
「どうしたの?」
「あ……うん、あのね、ジェイトに着いて来てほしい場所があって……」
顔を見るなり、そう尋ねたジェイトに、エリンシェは遠慮がちながらも早速そう切り出した。
「――何か、僕にできることある?」
エリンシェの様子に思うところがあったのだろう、ジェイトが真剣な眼差しで問い掛ける。恐らく、向かう場所が〝特別〟であることに気付いたのだろう。
「ううん、ジェイトはただ来てくれるだけでいいの。 それだけで私、何か掴めるかもしれないから。 ……ありがとう」
そんなジェイトの気遣いに、エリンシェは胸があたたかくなるのを感じた。……やはり、〝彼〟のそばにいるだけで、「力」が湧いてくるような気がする。――ジェイトと〝神殿〟に行けば、きっと「何か」が変わる予感が一層した。
「分かった。 いつでも言って――すぐに行くから」
二つ返事をするジェイトのことを頼もしく思いながら、エリンシェは「ありがとう」と微笑んでみせたのだった。
その数日後、早速〝神殿〟へ向かうことにした。
初めて行った時に使っていた魔法陣を、今度は足りないところを補うように少しずつ加えながら、エリンシェが自分で描くことになった。
〝――これで大丈夫だと思うわよ〟
全部書き終えて、アリィーシュからそうお墨付きをもらったが、ふとエリンシェは思い立ち、〝聖杖〟を握って魔法陣の方へと向けた。
(……これで大丈夫? 〝彼〟を一緒に連れていってくれる?)
そして、〝聖杖〟に問い掛けた。すぐに、応えるようにあたたかい熱を発した〝聖杖〟にうなずきながら、また決心を固くする。――必ず成果を出してみせる、と。
準備が終わり、エリンシェはジェイトを呼び出した。そして、その足で〝神殿〟へと向かうのだった。
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〝神殿〟には何事もなく、無事に到着することができた。
エリンシェは握った〝聖杖〟に心の中でお礼を述べると、そのまま辺りを見渡す。……気のせいだろうか、初めて来た時とは少し違って見えるように思えた。
「不思議なところだね」
すぐに隣で、ジェイトも辺りを見回しながら、そうつぶやく。少ししてぴたりと動きを止めると、「〝何か〟いる……?」と首を傾げた。
「……わかるの?」「いや……ちょっとそう感じるだけ」
わずかながら〝気配〟を察知しているジェイトに驚きながらも、エリンシェは一か八か〝彼〟が目を向けている方へと振り返る。そして、目を閉じると意識を集中させ始めた。
だが、まだ足りない。すぐにそう感じて、エリンシェはジェイトに向かって手を伸ばす。何も言わずに応じた〝彼〟の手のあたたかさに触れ、やはり「力」が湧いてくるのを実感しながら、エリンシェは再度目を閉じた。
――すると、まぶたの裏に、すぐそこに佇んでいる老女の姿がうつった。
老女はエリンシェを見つめ、優しく微笑んでいた。彼女だ――感じていたのは彼女の〝気配〟だ。エリンシェはすぐにそう確信して、掛ける言葉を探す。
(はじめまして、お邪魔しています。 私はエリンシェ――強くなるために此処へ来ました。 あなたは……此処を守護しているのですね?)
心の中で老女に問い掛けながら、エリンシェは彼女の他にも〝神殿〟を守護する〝存在〟が他にもいると感じていた。
〝左様。 私はセルゥーガ、この「神殿」を守護する者――「番人」……とでも申しましょうか。 あなた様が考えている通り、他にも「番人」が二人おります〟
エリンシェの考えを見透かすように、老女――セルゥーガがそう話す。……彼女は自分のことを〝番人〟と称したが、それ以上の役割を担っているような気がした。きっと彼女は事情を話さなくとも他にも色々と理解しているのだろう。思わずエリンシェは少し緊張しながら、再びセルゥーガに言葉を掛けた。
(あの、アリィ――アリィーシュにお願いして、私の大事なひとを此処へ連れて来たんですけど……その、ありがとうございました。 おかげであなたと話すことができました)
〝いやいや。 それは無意識ながら、あなた様がこの「神殿」のことを理解できているからですよ。 それで……どうでしょう? 何か掴めそうですか?〟
そうセルゥーガに問われ、エリンシェは考え込む。……こうして彼女と通じることができたのは、度々〝聖杖〟に言葉を掛けていたからだろう。重要なのはおそらく、その「感覚」だ。――その「感覚」が〝聖杖〟を絆を深めるためにきっと役立つのだろう。
〝……その通りです。 加えて、「聖武器」と「対話」するために足りないものがあと一つあります。 ――〈名前〉です〟
エリンシェはセルゥーガの言葉を聞いて、〝疾風の弓矢〟に名前を与えることで〝息吹〟を与えたことを思い出す。あの能力を応用させるということなのだろうか? そこまで考えて、エリンシェはアリィーシュがいつだったか、〈ベル〉という名前を出していたのを思い出す。あれはひょっとして……?
「ねぇ、アリィ。 アリィが持ってるあの〝杖〟……もしかして〈名前〉があるの?」
目を開け、エリンシェはアリィーシュにそう問い掛ける。
〝えぇ、そうよ。 あの「杖」の〈名前〉はね、「鈴音の舞姫」――通称〈ベル〉よ〟
すぐに返って来たアリィーシュの答えを聞きながら、エリンシェはふと、〝聖杖〟を両手で抱き、じっと見つめながら、エリンシェはしばらくそのまま考え込んでいた。
少し経って、エリンシェはすうっと息を大きく吸い込んだ後ようやく口を開いて、凛とした声音でその〈名前〉を口にした。
「ねぇ、私、〈あなた〉の名前を決めたよ。 〈あなた〉の名前は〝幸いの天使〟――私、〝神殿〟へ〈あなた〉に逢いに来たの」
――その次の瞬間、〝聖杖〟がまばゆいほどの光を放った。
思わず、エリンシェは目を閉じたが、それでもまぶたの裏もつらぬくほどの強い光だった。けれど、その光の「向こう」に〈何か〉が見えた気がして、エリンシェは息を呑んだ。じっと、エリンシェは光の「向こう」へと意識を集中させる。
そして……――。
――ようやく光が消えた時、其処には微笑んでいる〈彼女〉の姿がうつったのだった。




