Feather 1 ଓ 〝神殿〟 〜〝sanctuary〟〜
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夢を、見た。――恐ろしい夢だ。
「あの時」のように、「カラダ」が自分の意志で動かせずにいた。
目にうつるのは揺らめく【影】――【ソレ】はどこかヴィルドにも似ていた。その傍らには、【ソレ】を凌ぐほどの【闇】が潜んでいた。一方の【闇】はどこかゼルグに似ていた。
【影】と【闇】を見ていると、何か、嫌な予感がして仕方なかった。目をそらしたいのに「カラダ」が言うことを聞かないため、動くことすらできない。ただただ戦慄しながら、成り行きを見るしかなかった。
そうしているうちに、【闇】が大きくうごめいた。揺らめく【影】が振り返る暇もなく、【闇】に覆い尽くされる。そして、【闇】が【影】を吸収し、一弾と大きく拡がった。……【闇】がどこか勝ち誇ったように笑っているような気がした。
叫び声も上げられず、恐怖に呑まれそうになりながら、その場に佇んでいることしかできずにいると、【闇】がゆっくりと振り返った。明らかにこちらを見ている。――今度は自分の番なのだ。
助けて、誰か助けて!! 必死に心の中でもがくが、やはり「カラダ」は動かず、どうすることもできなかった。
そして、【闇】が大きく拡がり、まっすぐにこちらへ向かって……――。
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はっと息をのんで、エリンシェは目を覚ました。
……夢か。荒い呼吸と早鐘のように鳴る心臓を何とか落ち着かせようと、深呼吸を繰り返す。それと同時に、エリンシェは自分に言い聞かせるかのように、何度も心の中で唱えた。――夢だ、あれは夢なのだ。
それでも落ち着かず、エリンシェは右手にはめた指輪に触れ、もう一度深呼吸をした。……大丈夫、私は戻って来た。――〝彼〟の元にちゃんと戻って来た。
指輪に触れているだけで、エリンシェは気持ちがだんだん落ち着いていくのを感じていた。それと同時に、どうしようもなく 〝彼〟に会いたくなる。
――ジェイト。エリンシェは目を閉じ、心の中で〝彼〟の名前を呼んだ。先日ついに、お互いにおもいを伝えることができ、はれて恋人同士となることができたのだ。
すっかり落ち着いたところで、エリンシェは窓の外を見る。まだ夜明け前だ。……今度、休暇中に時間があれば、〝彼〟――ジェイトに会いに行こう。そんなことを考えながら、エリンシェは再び、床につくのだった。
「――アリィ、早く〝神殿〟に行こうよ!」
夜が明け、再び目が覚めるなり、エリンシェは開口一番、アリィーシュに向かって呼び掛けた。
今度は夢も見ず、ぐっすり眠れたものの、やはり多少の不安が拭えずにいた。それを打ち消すためにも、エリンシェはなるべく早く、行動に出ることを決心したのだ。
〝どうしたの? そんなに慌てることはないじゃない〟
アリィーシュが面くらったような表情を浮かべながら、すぐに姿をあらわし、エリンシェをなだめるように話した。
エリンシェは唸りながら、夢のことをアリィーシュに話すべきか悩んだ。……なぜだろうか、あの夢のことを口にするのに、なぜかためらいがあった。言葉にしてしまえば、「正夢」になってしまうような――そんな悪い予感がするのだ。
「なんでもない、ちょっと嫌な夢見ちゃって……。 ――とにかく、少しでも早く、〝聖杖〟と絆を深めて強くなりたいってそう思っただけだよ」
そんな予感を振り払うように、首を横に振りながら、エリンシェは誤魔化すようにそう話した。
険しい表情を浮かべて、アリィーシュがそんなエリンシェをじっと見つめながら、どうするべきか悩んでいる様子だった。
「アリィ、お願い」
――どうしても強くなりたい。エリンシェはそんな思いを込めて、念押しする。〝うーん……〟と長めのうなり声を上げた後、アリィーシュはまだ悩ましそうにしながら〝分かった〟と渋々承諾した。
〝だけど、「今すぐ」はだめだからね。 きちんと支度をしてからよ? 「神殿」は護られていて、そう簡単には行けないように――「転移」じゃないとたどり着けないようになっているの。 誰かを連れて行くのなんて初めてだから、少し「力」を貯めておくわ。 だから、その間に準備して来てね〟
「ありがとう!」
アリィーシュのその言葉にぱっと顔を輝かせ、エリンシェは駆け出す。そして、意気揚々と支度を始めるのだった。
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準備が終わり、部屋に戻ると、アリィーシュが〝杖〟を手にして、光で空中に描かれた魔法陣に向かって、〝気〟を送り続けた。
エリンシェは〝聖杖〟を手にし、アリィーシュの隣に立ちながら、彼女と同じように、魔法陣に〝気〟を送り始める。その次の瞬間、エリンシェは何となくではあるが、魔法陣が相当、特殊なものであることを感じ取った。……二人だと行くのがそんなにも難しい場所なのか。
「――ねぇ、アリィ。 その〝神殿〟って何処にあるの?」
〝説明が難しいけど、強いて言うならテレスファイラと天界の間……ってところかしら。 ――【誰】にも侵されない「聖域」にあるのが「神殿」よ〟
……【誰】にも侵されない「聖域」――エリンシェはアリィーシュの言葉を反芻して、思わず物怖じした。そんな普通のヒトではたどり着けないような「場所」に、これから自分は足を踏み入れるのか。だが、「其処」に行かなければ――「其処」で少しでも強くならなければ、本当の意味での「幸福」を得ることはできないのだ。そう考えて、エリンシェは覚悟を決めた。
「お願い、アリィ」
エリンシェの言葉に、アリィーシュが深くうなずいてみせた。そして、〝杖〟を強く握り、何かを唱えると、エリンシェを振り返って言った。
〝じゃあ、エリン。 目を閉じたらそのまま魔法陣に向かって強く「気」を送って〟
すうっと息を吸うと、エリンシェは言われた通りにする。
しばらくそのままにしていると、アリィーシュが〝杖〟を振って、リィンと鈴を鳴らすのが耳に入った。
〝――いいわよ〟
言われてエリンシェはすぐに目を開ける。
そこはとても大きな広間だった。――何もない空間の真ん中に、エリンシェは佇んでいた。
少し経って、エリンシェはすぐに〝力〟がみなぎって来るのを感じた。全身にビリビリとその震動が走り、思わず圧倒されそうになる。
〝どう、「何か」感じる?〟
そう言って、振り返るアリィーシュの姿が普段よりはっきり目に映った。〝神殿〟に入ったことで、彼女の〝力〟も増しているのだろう。
少し考えて、エリンシェは目を閉じ、〝神殿〟による〝力〟の全てを感じ取ろうとした。足を踏み入れてすぐ、一見した限りでは何もなさそうに見えても、実際はそうではないと、エリンシェは気付いていた。この〝神殿〟のどこかに〝何か〟がいる――そんな気がしたのだ。
……だが、現在の段階ではその〝何か〟と出逢うことはできない。エリンシェはそう強く感じて、目を開くと首を横に振ってみせた。
「分からないけど、『何か』足りないような……そんな気がする」
そう口にした後、ふと、エリンシェの頭にジェイトの顔が思い浮かんだ。……なぜだろう。〝彼〟と此処に来れば「何か」変わるような……――そんな気がした。
だが、実際にジェイトを此処に連れて来るのは難しいことなのだろう。そう考え直して、エリンシェは〝聖杖〟をじっと見つめる。……けれど、やはり「何」も起こりそうにない。
「……やっぱりだめ。 今日は何だかだめみたい。 アリィ、悪いんだけど、今度また此処に連れて来てくれる?」
そう言いながら、エリンシェは仕方なく、その日は一旦諦めることにした。だが、やはり再び思い浮かんでくるジェイトの顔を振り払えないまま、アリィーシュと共にその場を後にしたのだった。




