♡ 15 〜END〜
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――いつのことだったのだろうか、ずっとそばにいたいと願うようになったのは。
気が付けば、隣にいるのが当たり前だと思うようになっていた。いつの頃からか、手とてをとりあい、心を通わせ合って協力をして、エリンシェとジェイトのためにできることを進んでやって来た。……けれど、それもふたりが結ばれたことで一段落がついてしまったのだ。
誰かに――エリンシェに、進んでいいと言われても、何をどうすればいいのか、全く分からなくなってしまっていた。
ただ……。――ただ一つ分かるのは、ずっとカルドのそばにいたいという強い思いがある、ということだけだった。
……本当に良いのだろうか。――今まで募らせてきたこの「おもい」をカルドに打ち明けても、良いのだろうか? そんな躊躇いが少なからず、ミリアの胸の中に在った。
らしくない、と思わず、ミリアは自分を嘲笑ってしまう。何事にもいつだって、できるだけ前向きにぶつかってきた。……それなのになんだ、現在のこのザマは。こんなにも、自分はこのどうにもならない「感情」に、弱かったというのか!? なんだかむしろ、情けないような気持ちさえも抱き始めていた。
そんなモヤモヤしたものと一人対峙していると、ふと、エリンシェがそっとそばに座って、何だか微笑ましいといった表情をミリアに向けていた。
「……もうっ、何ぃ?」
不満げにそう漏らすと、エリンシェはより一層ふふっと笑いをこぼした。ミリアがむっとした表情で〝彼女〟をにらみ付けていると、エリンシェはまた笑いながら、「ごめんごめん」と平謝りをする。
「いや、だってね? 私の中では、ミリアはいつだって、私のそばにいてくれる、強くて優しく頼りになる親友なんだって思ってたから。 だけど、ミリアもそんなすごく可愛らしい表情をするんだなってことが分かって――そしたら笑わずにはいられなくなっちゃって……」
エリンシェにそう言われて、ミリアは一層複雑な気持ちにかられ、顔を赤らめた。両手でそんな頬をぺたぺたと触りながら、そんなに!? とミリアは自問自答する。……いや、親友であり、彼女のことをよく理解しているエリンシェが言うのだから、そうなのだろう。
「でも、そのくらい、彼はミリアにとって『特別』な存在なんだね」
「そう」であることを他でもない、エリンシェに指摘されて、ミリアは少なからず衝撃を受けた。――うっすらと自覚はしていたが、〝彼女〟のその一言だけで、ミリアは自分の中の「おもい」がはじけそうになるのを感じた。
思わず頬を両手で押さえたまま静止していると、エリンシェが微笑を浮かべたまま、「――ねぇ、ミリア」と口を開いた。
「きっとミリアも同じだったんじゃないかと思うんだけど、私もね、彼なら――カルドになら、ミリアのことをお願いしてもいいってそう思ってるの。 ミリアが私のことを守ろうとしてくれたのと同じように、私もね、あなたのことを守りたいってそう思ってるんだよ。 その気持ちはこれからもずっと変わらないんだけど、もし、カルドがミリアのそばにいてくれるのなら――私、すごく安心できる」
……まさか、エリンシェもそんなことを思っていたなんて。息を呑んで、ミリアはじっと〝彼女〟を見つめた。
エリンシェはただ優しく微笑んで、ゆっくりとうなずいてみせると続けて言った。
「ね、ミリア。 思い切って自分の素直な気持ち、伝えてみたら?」
他でもないエリンシェに背中を押されて、少しだけ勇気が湧いた気がしたが、またあの時――〝彼女〟に進んでもいいと言われた時と同じように、ミリアは動けなくなってしまう。……だけど。
「……エリン、すぐそばに誰かがいるのってどんな感じなの?」
「すごく素敵だよ。 ――何だか、自分が〝強く〟なれたような気がするの」
不意に投げ掛けた質問にも、エリンシェが〝彼〟を――ジェイトをおもい浮かべながら、幸福そうに笑った。ミリアはその笑顔を見て、「それ」がどんな気持ちなのか知りたいと思わずにはいられなかった。
――その瞬間、ミリアの中で決心が固まった。
「うんっ!! あたし、カルドに自分の気持ち伝えてみるよ!」
ミリアの決意を聞いたエリンシェが満足そうに笑うとうなずいてみせた。
……そうと決まれば、すぐに行動しなければ! ミリアは立ち上がって、寮室の外へ向かった。出て行く前に振り返って、まだ笑っているエリンシェに向かって「行ってくる」とだけ言い残すと、ミリアはカルドの元へと走り出したのだった。
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行くあてはなかった。――が、気が付けば、足を丘の方へと向かっていた。なぜかは分からないが、彼がそこにいるような――待っているような気がしたのだ。
丘を登った先には彼の――カルドの後ろが見え、ミリアはすぐに駆け出した。
「カルド!」「ミリア!」
ミリアが呼び掛けたのと、カルドが振り返ったのはほとんど同時だった。お互いに目が合うと、ふたりで微笑い合った。
『あのっ!!』
また同時に口を開き、こんな時でも気が合うのかと笑いをこぼす。また視線を交わし、カルドが先を促すような表情を浮かべているのを見て、ミリアは一瞬怯んだが、先ほどの決心を思い出し、深呼吸すると大きな声で宣言した。
「ねぇ、カルド。 ――あたし、あんたのことが好きっ!!」
それを聞いたカルドが一瞬驚いたような顔を浮かべたが、すぐに優しく微笑んでみせると黙ったまま、その続きを促した。
「あたしね、ずっと親友のエリンシェさえいればそれでいいってそう思ってたの。 だけどね、所詮女の子のあたしじゃ、ずっとあの娘をまもれないって気付いたの。 そんな時、ジェイトがあらわれた――あいつになら、あの娘のことを託していいって思ったの。 だから、あたし、あんたと一緒に協力して、あのふたりのことを見守っていこうってそう思えたの。 あたしたちさ、心の通い合った良い『親友』兼『相棒』だったよね? だけど、さ、あたし、いつの間にか、そばにいてくれたあんたのこと、すごく『特別』な存在におもえるようになってて……。 ――それで、あたし、ずっとカルドのそばにいたいって、どうしようもなくおもうようになってたの。 あのふたりが一緒になるまではそんな気持ち、どうにもできないってそう思ってたけど、今はもう、エリンシェのそばにはジェイトがいて、あの娘のことを〝彼〟がまもって支えてくれる。 ……全然済んで、あの娘に進んでもいいって言われた時はどうしたらいいのか分からなかったけど、あの娘が背中押してくれたから、あたし、素直な気持ちをカルドに伝えたいってそう思ったの。 だから……。 ――だから、あたし、どうしようもなくカルドが好きなの! あたし、ずっと、あんたのそばにいてもいいっ!?」
あふれんばかりの思いの丈を打ち明けると、ミリアは息切れしているのを止めようと深呼吸しながら、カルドのこたえを待つ。少ししても、気持ちだけは少しも落ち着かなきそうになかった。心臓も早鐘を打つようで、時間が経つのがかなり長く感じていた。……とにかく、沈黙が怖い。
照れくさそうな表情を浮かべながらも、カルドは優しい微笑みを絶やさなかった。少しの間考える素振りを見せると、ようやく「俺も……」と口を開いた。
「俺もお前と同じだ。 ――ミリアのことがどうしようもなく好きなんだ。 俺、女なんて苦手だしさ、ずっと関わらないで、親友とだけ生きていくんだと思ってた。 でも、ミリア――お前だけは『特別』だった。 最初からミリアとは気が合ったし、お前の方からずっと歩み寄ってくれてた。 そんなお前と協力してるうちに、俺もミリアのこと『親友』兼『相棒』だと思ってたのがいつの間にか、『それ』とは違うおもいを抱くようになってた。 ――俺さ、お前にはずっと明るくわらっていてほしいってそうおもうようになってたんだ。 それで、何かあった時、ミリアのそばにいるのがいつも俺だったらってそんなことも考えてた。 だけど、結局俺もお前と同じで、ふたりのことが片付くまでは進めないって思ってたし、いざとなると進めなかった。 ……お互い、大体のことは理解し合ってたのに、こればっかりは分からなかったな? けど、それも今日で終わりにしようと思って、ここに来たんだ。 ――そしたら、ミリア、お前が来てくれた」
そう言って、カルドがミリアの目の前に立った。
心底嬉しそうな微笑みを浮かべている彼を見上げながら、いつも隣にいる時は気付かなかったが、カルドはこんなにも大きかったのかと、ミリアはどきどきしながら呆然とそんなことを考えていた。
「ミリア、好きだ。 ――どうしようもなく、お前のこと、俺も好きなんだ。 俺も、ずっとお前のそばにいたいって思ってる。 だからさ、お前もずっと隣にいてくれるか?」
「もちろん!」
笑顔を浮かべて、すぐにうなずいてみせたミリアに、カルドがすっと手を伸ばした。そんな彼の突然の行動に一瞬驚いて、ミリアは半歩ほど後ずさりしたが、今まで見たことがない、幸福そうな表情を浮かべているカルドに目を奪われ、動きを止める。
ミリアの頬に、カルドの手が触れる。そのつかの間、ふたりはそっと口付けを交わしていた。
感じたことのない幸福に、ミリアは思わず目を閉じていた。しばらく経って、カルドが離れたが、間髪入れずに、ミリアは彼に手を伸ばし抱きつくと、今度は彼女から唇を重ねた。そんな彼女に応えるかのように、カルドもミリアを優しく抱き返した。
「……あ、そうだ」
少し経ってようやく離れた後、カルドは思い出したかのようにつぶやいた。そして、懐から小さな箱を取り出すと、再びミリアを抱き寄せた。
「ガラじゃないんだけどさ、俺もミリアに用意しておいたんだ」
そう言って、カルドはミリアの左手に指輪をはめた。そして、自分の左手にも指輪をはめた後、ミリアにそれを見せびらかした。
「――これでずっと一緒だな」
採寸を教えた訳でもないのに、ぴったりとはまる指輪をしばらく見つめた後、ミリアは「そうだね」とうなずいてみせ、カルドのその手をとり、そっと握った。
そして、そのまま帰ろうとしたその時だった。
「カルド、何、僕の真似してるんだよ!?」
どこからともなく、不服そうにそんなことをもらすジェイトの声が聞こえて来た。見ると、木陰で、エリンシェとジェイトが見守るように、こちらをのぞいていた。……どうやら、いつの間にか様子を見に来ていたらしい。
いつも見守っていたのはこちら側だったのに、まさか逆にそうされるとは。そんなことを考えながら、ミリアが苦笑していると、カルドがジェイトに向かって駆け出した。
笑い交じりに言い争い始めたカルドとジェイトなら離れ、エリンシェが優しい微笑みを浮かべながら、ミリアの元へ歩み寄った。
「――良かったね」
それだけ話したエリンシェにうなずいてみせながら、ミリアは歩き出す。そして、後に続いた〝彼女〟を交え、いたずらっぽく笑いながら、二人の元へ向かった。
その後しばらく、日が暮れるまで、四人は話し、笑い合うのだった。――このままずっと、この平和で幸福な日々が続くことを願いながら。
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……これは余談だが、ミリアとカルドのふたりは後に、テレスファイラの中でも屈指の相性で息のあった名二人組として知られることになるのである。
――そんな、ふたりが深い絆で結ばれ、手とてをとりあいながら、〝ふたり〟を支えていくようになるのはまた、別の物語。




