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Angelic Storia  作者: 紡生 奏音
Extra edition 2 手とてをとりあって 〜〝heart to heart〟〜
58/151

♡ 14


    ଓ


「――、誰?」

 ……【敵】の策略により、ずっと眠っていたジェイトが目を覚まし、エリンシェを一目見て放ったその言葉を聞いた衝撃は、今でも忘れられそうにない。少なからずその瞬間から、カルドのジェイトを見る「」が変わってしまっていた。

 ――目の前にいる〝〟はジェイトではあるが、いつもと同じジェイトではない(・・・・)。カルドはそんな強い違和感をいだいてしまっていたのだ。

 それからというものの、少なからずカルドはジェイトと距離を置くようになってしまっていた。……親友であって親友でない(・・・)〝彼〟を見ているのはとても辛かったのだ。それも理由の一つではあったが、カルド以上に衝撃を受けたであろうエリンシェのことも放ってはおけなかった。――せめて、ジェイトが守り抜こうとした〝彼女〟のことを、誰かが代わりに守らなければならない。そう考えて、カルドはジェイトの代わりに、できるだけエリンシェの側にいるようにしていた。

 けれど、カルドは何日か経つうちに、このままではいけないと――ジェイトの「記憶・・」を取り戻したいと強く感じるようになっていたのだ。

 そんな中、先に動いたのがミリアだった。親友であるエリンシェがつらい思いをしているのが見ていられなかったのだろう。ミリアはアリィーシュにも相談を持ちかけ、エリンシェの――いやふたりのためにも、どうにかしてジェイトの「記憶・・」を必ず取り戻すと腹をくくったようだった。

 ジェイトが「記憶・・」をなくして以来、カルドはミリアに、〝彼〟がいつもの〝彼〟ではない(・・・・)と常に話していた。そのせいもあったのだろう、ミリアは真っ先にカルドの元に協力を仰ぎにやって来た。

 彼女の表情かおを見るなり、ミリアが自分と協力すれば、ジェイトの「記憶・・」を取り戻すことができると思い、強い自信を持っていることが、カルドにはすぐにわかった。……だが、なぜだろう、そんなミリアを見ていると、やり遂げることができるような気がしてきた。

 不思議と湧いてくる自信に、カルドは当然、ミリアに協力することを決めた。そこで持ちかけたのが、ジェイトがエリンシェのために用意した「指輪」だった。

 ふたりを丘に送り出したあの日、カルドはふと、ジェイトが普段使っている机の上に、指輪の箱がそっと置かれていることに気が付いたのだ。〝彼〟が目を覚ましていないこともあり、カルドはとっさに、ジェイトの容態が落ち着いたら直接渡そうと、指輪を預かることを決めたのだった。

 後になって、その指輪はアリィーシュがジェイトの大切なものだと気付いて、〝彼〟の元へ送り届けてくれたのだと知り、カルドはなおのこと、ジェイト本人に必ず返そうと決心し、それまで大切に保管していた。……だがほどなくして、ジェイトが「記憶・・」をなくしていることが発覚したのである。

 それから――ジェイトの「記憶・・」を取り戻したいと思うようになってからは、指輪がそのきっかけになるのではないかと、カルドは考えるようになっていた。なぜかは分からないが、そんな強い確信があり、だが一歩でまだ何か足りないと感じていたところに、ミリアが協力を仰ぎにやって来たのである。

 けれど、カルドはミリアの顔を見た瞬間ふと、「約束」が――彼女とジェイトの間で交わした、エリンシェを泣かせないというあの「約束」が、「記憶・・」を取り戻すもう一つのきっかけではないかと直感した。

 いくらいつものジェイトではない(・・・・)と言っても、泣きそうな表情かおを浮かべているエリンシェを見る時の〝彼〟は、何か思うところがあり、後ろ髪を引かれていることが、カルドには何となく分かるのだ。――つまり、ジェイトの「記憶・・」はなくしているだけであって、実際のところはその奥底にエリンシェをおもう気持ちが残っているはずなのだ。そこを何とか引き出すことができれば、「記憶・・」を取り戻すことができるはずだった。

 ミリアはすぐに、カルドのそんな考えに乗ったが、不意にどこか物足りない(・・・・・)という表情を浮かべた。……何だか、嫌な予感がする。

「――ねぇ、カルド。 この際せっかくだから、あたし、ジェイト(あいつ)のこと、やっちゃっていい(・・・・・・・・)?」

 カルドがそう思ったのもつかの間、ミリアが不敵な笑みを浮かべながらそう言い放った。

 思わず息を呑んでしまったカルドだったが、彼女の気持ちも分かるような気がした。……きっと、約束を破って、大切な親友であるエリンシェを泣かしたジェイトのことを少なからず許すことができないのだろう。そうなればきっと、カルドも――当人であるエリンシェでさえもミリアを止められないだろう。カルドは少し躊躇ためらいながらもうなずいて、彼女を好きなようにさせることにした。

 必ずジェイトの「記憶・・」を取り戻そうと、カルドはミリアとふたりで誓い合った。そして……――。


    ଓ


 その数日後に「決行の日」がやって来た。

 まず最初に動いたのはカルドだった。意を決し、仁王立ちをしながら、カルドはジェイトに呼び掛けた。

 尋常でないカルドの様子に思わず、ジェイトも固唾を呑んでいた。そんな〝彼〟に、カルドは間髪入れず、「指輪」の入った箱を見せる。

 ――その瞬間、ジェイトの「様子」ががらりと変わった。目を見開き、必死に「何か(・・)」を思い出そうとしているようだった。

 やはりか――そう思いながら、カルドは箱を〝彼〟に差し出してみる。するとすぐに、ジェイトが震える手で箱を受け取り、そっと胸で箱をいだいた。

 恐らく、ジェイトのその行動は無意識によるものだろう。だが、そばで見ていたカルドには、ジェイトが、なぜそんな行動をしたのか――〝彼〟自身、疑問に感じていて、その理由を知りたいと、必死に「記憶・・」を探ろうとしていることがすぐに分かった。

「ぐ……あ……ッ!」

 ふと、ジェイトがうめき声を上げる。きっと「記憶・・」を取り戻そうとする反動が大きいのだろう。その途中、汗を拭おうと、上げた手に着けていた〝弓矢〟の飾りのブレスレットに目を奪われ、ジェイトは動きを止める。


 ――〝それ〟が引き金だった。


 その次の瞬間から、ジェイトが見る見るうちに、変化していった。どうやら「記憶・・」を取り戻そうとすると頭痛に苛まれてしまうようだったが、ジェイトは引き下がらず、必死に抵抗をしているようだった。

 ……あぁ、ジェイトが戻って来た(・・・・・)!! 必ずエリンシェの「記憶・・」を取り戻す――そんな固い決意のこもったジェイトのを見て、カルドはすぐにそう直感した。

「カルド、僕が間違ってた。 ――本当は、僕が自分から動かなきゃいけなかったのに、今まで何もしなかった僕が悪かった。 ……ありがとう、きっかけをくれて。 僕、『記憶・・』を取り戻したい! だから、お願い、手伝ってくれる?」

 ジェイトにそう問い掛けられ、カルドはすぐに二つ返事をした。このまま必ず「記憶・・」を取り戻す――彼自身もそんな決意を固めながら、ジェイトに向かって手を伸ばした。そして、もう一人の協力者であるミリアが待つ丘へと、〝彼〟をいざなうのだった。


    ଓ


 ――必ずジェイトの「記憶・・」を取り戻してみせる!! そんな決意を固めながら、ミリアは腕を組み、仁王立ちして、〝彼〟と先に動いていたカルドのことを待っていた。

「ミリア、連れて来たぞ」

 大きく息をして気持ちを落ち着かせていたミリアの元に、カルドがジェイトの手を引いてやって来た。

 ミリアとカルドは一瞬で、お互いに目配せを交わし、小さくうなずき合う。――それだけで、言葉を交わしていなくても、カルドが上手くいったことがミリアにはすぐに分かった。

 カルドに押し出され、目の前に立ったジェイトの顔を見て、ミリアは更に確信を持った。――ふたりと同じように、ジェイトも「記憶・・」を取り戻したいとそう強く願っている。

 ミリアは組んでいた腕をほどき、少々荒療治(・・・)になるかもしれないことをジェイトに伝えた。少しその気迫にたじろいでいたが、うなずいてみせたジェイトに、ミリアは指輪を用意した時のことを覚えているかと尋ねる。

 恐らく覚えてはいないだろうと踏んでいたが、やはり首を横に振ってみせたジェイトの反応に、ミリアはため息をもらして、そっけなく「……そう」とつぶやいた。

 ……いくらカルドが先にやはり動いたとはいえ、やはり「記憶・・」を完全に取り戻すことはできていないのだ。そうだと分かると、ミリアに悔しさと怒りが同時に押し寄せて来た。その二つの感情を込めるかのように、ほんの一瞬拳を握った後、ミリアは勢いよく手を振りかぶって、そのままジェイトの頬を打った。

「――なら、あたしが思い出させてあげる! あの時、あんたはあたしと約束したのよ! ――『あのを絶対泣かせないようにする』って! それを……他でもないあんたが泣かしてどうすんのよ!! いつまでそうやって、あのを悲しませる気!? ぼさっとしてないで、さっさと覚ましなさい(・・・・・・)よ!」

 言葉にしてもまだ感情はおさまらず、ミリアは間髪入れずに、もう一発ジェイトの頬を打つ。

 最初は何が起こったのか分からないといった表情を浮かべていたジェイトだったが、ミリアの感情と平手を諸に受けて、見る見るうちに様子が変化していった。加えて、ミリアが引き合いに出した「約束」がやはり引き金になったのだろう。苦しそうに頭を抱え始めたジェイトだったが、額にブレスレットを当て――そのに抵抗の意志を宿した。

 ……ジェイトが「記憶・・」を取り戻そうとしている!! それに気付いて、ミリアは思わずカルドの方に目をやる。同じくカルドもそれが分かっている様子でうなずいてみせた。彼にうなずき返した後、ミリアは振り返って、もう一人――実は最初から彼女と一緒に来て、成り行きを見ていたエリンシェにも目で合図を送った。

 物陰に隠れて、まだ不安そうにしていたエリンシェだったが、ふとジェイトが何かを――誰か(・・)を探すかのように辺りを見回していることに気付いて、ぱっと顔を上げた。ふと、まだ頭を抱えているジェイトが立ちくらみしそうになったのを見て、エリンシェが身を乗り出す。

「――ジェイト!」

 そして、そのまま勢いよく、ジェイトの前に躍り出た。すぐにエリンシェのその声に反応して、ジェイトが手を伸ばすと、「エ……エリンシェ」と〝彼女〟の名前を呼んだ。

 息を呑んで、エリンシェがその手を掴んだ。――それだけで〝彼女〟だとすぐにわかったのだろう、焦点の合っていない目ではあったが、ジェイトがエリンシェの手の方へと顔を向けながら、弱々しく笑ってみせた。

「ごめん、エリンシェ。 何とか名前は思い出せたけど、まだ全部は戻ってない。 だけど、大事な『こと』は思い出せたと思う」

 ジェイトの言葉を聞いて、ミリアとカルドは顔を見合わせる。……どうか、このままジェイトの「記憶・・」が戻りますように。そんな願いを込めながら、事の成り行きを見守る。

 涙を浮かべながら、エリンシェは頭を抱えているジェイトの手を両手で握り締める。ふと何かに気付いたかのように一瞬顔を上げると、胸元のペンダントをジェイトの手に握らせた。そして、その手を上から握ると、祈るように目を閉じた。

 すると、見る見るうちに、ジェイトの顔色がよくなっていった。焦点も合い、すぐにエリンシェがいることに気付いたジェイトは〝彼女〟に優しく微笑みかけながら、そっとその手を握り返した。

「――ジェイト、私もあなたが好き」

 目を開けたエリンシェが不意にそんなおもいをこぼした。そして、ずっと伝えられなかった反動だろうか、そのまませきを切ったかのように、続けて言った。

「私ね、ジェイトがいるから、皆を守ろうって思えるの。 ――私、あなたがいるから強くなれるの。 ……本当は他にもたくさんいたいことあるけど、私、ちゃんと全部『あなた(・・・)』に聞いてもらいたい。 ――だから、ジェイト、お願い。 私のところへ戻って来て」

 ――そうだ、このままふたりが上手くいきますように。ミリアとカルドはそう強く祈り、思わず身を寄せ合いながら、エリンシェとジェイトのやり取りを固唾を呑んで見守り続けていた。

 エリンシェのおもいを聞いてじっとしていられなくなったのだろうが、ジェイトが手を伸ばす。〝彼女〟の方もその腕に飛び込もうとした。


 ――その時だった。


「……!?」

 不意に何か(・・)を感じて、ミリアは顔を上げる。……なぜだろう、猛烈に嫌な予感がする。そう感じるのと同時に、ミリアに衝撃が走る。――エリンシェが声にならない悲鳴を上げ、地面に倒れ込んでいくのが目に入ったのだ。

 すぐに、目の前にいたジェイトがエリンシェを受け止めようとしたが、突如として現れた【瘴気しょうき】がその手を跳ね返した。

 一瞬何が起きたのか分からず、反応が遅れてしまったが、ミリアはカルドに目配せして、エリンシェの元へと走る。

 ……だが、その場にいた全員がエリンシェに近付くことすらできずにいた。あろうことか、アリィーシュでさえも【瘴気】に追い出されるようにして姿をあらわし、〝彼女〟の元へ宿ることもかなわずにいた。

 誰もが手も足も出ずに途方に暮れている中、ふと、上空から高笑いが聞こえた。見上げると、そこには笑みを浮かべているゼルグがいた。

「――やあ、迎えに来たよ(・・・・・・)

 その言葉にエリンシェがぴくりと反応して、ゼルグの元へとび上がる。

 慌てて、ミリアはエリンシェを振り返ったが、〝彼女〟のその顔を見た瞬間、思わずひっと小さく悲鳴を上げてしまった。

 ……まるで、エリンシェが【別人・・】のように見えたのだ。――その顔は何の感情もない無表情で……ミリアがよく知るエリンシェではなく、まるでよく似た誰か別の【人物・・】のように思えて仕方なかったのだ。それどころか、そんな〝彼女〟を見ていると、理由は分からないが恐怖を感じずにはいられなかった。

 〝彼女〟のそんな「異変・・」には気付かず、ジェイトとアリィーシュがエリンシェを止めようと必死になっていた。だが、【瘴気】が二人の行く手を阻み、何もできずにいる間に、抵抗も何もしていないエリンシェをゼルグが連れ去り、どこかに姿を消してしまった。

 どうしてこうなってしまったのだろうか。まだ先程の「恐怖・・」を拭えずにいたミリアは、その「理由」を考えずにはいられなかった。……きっと【薬】のせいだ――そのせいでエリンシェはああ(・・)なってしまったのだ。

「……ミリア?」

 唯一カルドだけが、ミリアの様子がおかしいことに気付き、心配そうにじっと彼女を見つめていた。

 はっとして、ミリアはカルドの方へと顔を向けたが、なぜかその「恐怖・・」を口にすることが躊躇ためらわれて、黙っていることしかできなかった。……けれど、このまま何も言わずにいても、カルドを心配させてしまうだけだ。そう考え直して、ミリアはやっとの思いで首を横に振ってみせた。

 それでもやはり、カルドは納得していない表情かおを浮かべて、じっとミリアを見つめ続けていた。

 ミリアが言葉を探しているうちに、ふとジェイトの方へ振り返ると息を呑んで、カルドが〝彼〟の元に急いだ。

「ジェイト、戻った(・・・)のか」

 ……なんて皮肉なのだろう。まさか、エリンシェの身と引き換えに、ジェイトの「記憶・・」が戻るなんて。カルドの言葉を聞いた瞬間、ミリアはすぐにそう思った。

 カルドにうなずいてみせ、ジェイトが何かをしているらしいアリィーシュに声を掛けていた。どうやら、彼女はさらわれたエリンシェの行方を追っているようだった。

 一方、ミリアはまだ落ち着きを取り戻せず、動けずにいた。……きっとエリンシェがああ(・・)なってしまったのも全部【薬】のせいに違いない。そう言い聞かせるように思い込もうとしたが、頭がちっとも追いつかず、不安だけが残っていた。

 そうこうしているうちに、アリィーシュがエリンシェの居場所を突き止めて、急いで〝彼女〟の元へ向かおうとしていた。

戻った(・・・)んでしょ、ジェイト君。 すぐにあのを助けに行くわよ!〟

 ジェイトを振り返って、アリィーシュが何の躊躇いもなく言ってのけて、〝彼〟が来るのを当然のように待っていた。……けれど、当の本人であるジェイトは不安そうな表情で迷っている素振りを見せていた。

 少々面くらったが、ミリアはすぐにアリィーシュの言う通りだと考え直す。もはや、エリンシェは親友であるミリアが守りたくとも守れない、手の届かないところまでいってしまっている。……もう、そばにいることくらいしかできなくなってしまっている。

 けれど、ジェイトだけは違っていた。――〝彼〟だけはエリンシェの一番そばにいて、〝彼女〟をまもり抜くことができるはずだ。ミリアにはそんな確信があった。……ジェイトなら、先程の「異変・・」からもエリンシェを救い出せるはずだ。

「ジェイト、あのを助けに行ってあげて」

 きっとそうだと信じて、ミリアはジェイトの背中を押した。……やはり、エリンシェのことを託せるのはジェイトなのだ。

「お前にしかできないことなんだ。 ――頼んだぞ」

 続けて、カルドもそう話して、同じくジェイトの背中を押した。――彼もまた、ミリアと同様、エリンシェをまもれるのはジェイトだけだと確信しているようだ。

〝大丈夫、――大丈夫だから。 私一人じゃ、あのを救えない。 ――あのにはあなたの「」が必要なの。 だから、ジェイト君、一緒に来て〟

 ミリアとカルドのふたりに加えて、アリィーシュにもそう後押しされて、ジェイトは決心を固めたようだった。

「――僕、必ずエリンシェを助け出します!」

 そう言い切ってみせて、勇猛果敢に、ジェイトはアリィーシュの後に続いたのだった。


    ଓ


 ジェイトとアリィーシュを送り出し、残されたミリアとカルドはひたすらその場で待っていた。――ジェイトがエリンシェを連れ戻し、無事に帰ってくるのをただ一心に祈りながら。

 どれだけ時間が経っても、ふたりは一歩も動かず待ち続けた。エリンシェとジェイトが帰って来るとするなら、「此処ここ」しかないとそんな確信があったからだ。

 そして……――。



 ――不意に、まばゆいほど〝光〟がまたたいた。

 ミリアとカルドは同時に顔を上げる。

 〝光〟が消えると、そこにエリンシェとジェイトが横たわっていた。

『エリンシェ!!』

 ミリアとカルドが同時に声を掛けると、エリンシェが目を見開き、〝聖杖ケイン〟を手にしたまま起き上がると辺りを見回した。

 ……良かった、いつもの(・・・・)エリンシェだ。ミリアは胸をなで下ろして、〝彼女〟の様子をうかがった。

 カルドも同じく、〝彼女〟の隣で倒れているジェイトのことも気にしつつ、エリンシェのことを心配そうに見つめていた。

「……やった、逃げられた」

 そうつぶやいて、エリンシェが安心した表情で〝聖杖ケイン〟の変化へんげを解いた。そして、隣のジェイトを振り返った。

 ジェイトも状況がのみ込めていないようでしばらく呆けて横たわっていたが、起き上がるとエリンシェと同じく辺りを見回した。

 ふと、ふたりの目が合う。その瞬間、ふたりは『――おかえり』とお互いを抱き合っていた。

 ……あぁ、戻って来た(・・・・・)! エリンシェもジェイトもふたりとも無事に戻った(・・・)のだ!!

 ――そんなふたりを見て一安心したミリアとカルドは、お互いに目配せをして、うなずき合った。

「ごめんね、ふたりとも、心配かけて。 逃げる時に、私、ふたりのことを思い浮かべたの。 ――そうしたら、〝聖杖ケイン〟が私たちをここまで連れて来てくれたんだ。 ありがとう、逃げられたのはきっとふたりのおかげだよ」

 ふと、ジェイトから離れたエリンシェがミリアとカルドの方を振り向いて、そう話した。

 ……やはり、エリンシェとジェイトの帰ってくるところは「此処ここ」だと信じていて良かった。ミリアとカルドは首を横に振って応えながら、そう感じていた。――実際には何もできずただ待つことしかできなかったが、エリンシェの一言だけで少なくとも浮かばれる気がした。

 その後すぐ、ミリアは思わず、エリンシェに抱きついていた。〝彼女〟が無事で安心したとはいえ、まだ少しあの「恐怖・・」が拭えずにいたのだ。その温もりを感じて、少しでも心を落ち着かせようとした。

「良かった、無事で。 助けに行けなくて――『力』になれなくてごめんね。 ねぇ、あの時様子がだったけど、今は? 何ともないの?」

 「平気だよ」と微笑むエリンシェを見ても、なぜかまだ、ミリアはやはり不安を感じずにはいられなかった。……どうしてだろう。エリンシェは確かに此処ここにいるのに――戻って来たというのに。

 そんなことを考えていると、エリンシェがミリアから離れ、アリィーシュに呼び掛け、話し合いを始めていた。――どうしてジェイトが狙われたのか、【敵】の狙いはなんだったのか。

 話し合いにカルドも口を挟んでいたが、エリンシェとアリィーシュには「何か」引っ掛かるものがあるようで、二人とも渋い顔を浮かべていた。……けれど、いくら考えても、その「答え」は見つからないようだった。

「とりあえず……帰ろうか?」

 このままではらちが明かないと感じて、ミリアは進んでそう切り出した。そして、その場にいた他の全員が彼女の提案に応じて、学舎まなびやへと足を向けた。

 ――こうして、ジェイトの「記憶・・」喪失から始まった「事件」は幕を閉じたのだった。

 そして……――。


    ଓ


 ――数日後、いよいよ「その時」が訪れた。

 【敵】の襲来もなく、平穏な日々がしばらく続いたので、ジェイトが「記憶・・」をなくしている間に過ぎてしまったエリンシェの誕生日を、改めてお祝いをしようということになった。

 最初はいつもの四人で祝う予定だったが、ミリアはすかさずカルドと示し合わせて、エリンシェとジェイトのふたりきりでその日を過ごすように勧めた。

 その結果、エリンシェとジェイトは……――。


 以前と同じように、ミリアはカルドとふたりで、エリンシェとジェイトの帰りを待つことにした。……今回は嫌な予感も何もしない。今度こそ、良い結果が聞けるだろう。

 そして、しばらく経って、エリンシェとジェイトが手を繋いで、寮室へ戻って来た。

「ずいぶん長かったね」「ずいぶん長かったな」

 ふたりの仲(むつ)まじい様子を見るなり、寮室で一緒に待っていたミリアとカルドはほとんど同時にそうつぶやく。……とはいえ、内心ほっと胸をなで下ろして、ふたりが無事に結ばれたことをとても微笑ましく思っていた。

 エリンシェとジェイトが顔を見合わせ、笑いをこぼす。そんなふたりに釣られるようにして、ミリアとカルドも笑い始めるのだった。


 ひとしきり笑った後、ふとエリンシェとジェイトがふたりで顔を見合わせると、ミリアとカルドのことをじっと見つめ、まるで分かっている(・・・・・・)というような表情でうなずいてみせた。

「――それじゃあ、今度はふたりの番だね」

 ミリアには、凛とした声音でそう言ってみせたエリンシェの姿がいつもと違って見えて、知らぬ間にはっと息を呑んでいた。

 ……思わず見()れてしまうくらい、エリンシェがとても美しくうつったのだ。何がそうさせているかというと、やはり大きいのはジェイトの存在だろう。並んでいるふたりを見ていると、あの時感じた「恐怖・・」さえ、忘れてしまえるほどだった。――エリンシェとジェイトがふたり一緒ならば、どんな困難もきっと乗り越えられるとそう思わずにはいられなかったのだ。

 ――〝おもい〟は人を強くするのだと、そう強くはっきりと、ミリアの胸に刻まれた。

 その瞬間とき、思わず、ミリアはカルドの顔をじっと見つめていた。カルドの方も思うところがあるのだろう、彼女のことを見ていた。

 お互いの視線が混じり合う。……いつもなら、手にとるように、考えていることがお互いにわかるのに。この時は――この時だけは何をおもっているのか、全くわからずにいた。

「――もういいんだよ、わたしたちなら大丈夫だから。 いつもそばにいてくれてありがとう。 これからもずっと一緒だけど、もう進んでもいいんだよ」

 背中を押すように、エリンシェが微笑みながら、そう話した。

 ……進んでもいい(・・・・・・)。その言葉を聞いても、ミリアとカルドはお互いに見つめ合うことしかできずにいたのだった。

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