♡ 13
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……どうして、こんなことになってしまったのか。全ては上手くいくはずだったのに。
あのふたりなら――エリンシェとジェイトなら、きっと幸福になれる。そう思って、ふたりの背中を押したのに。
なのに、どうして。
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きっと良い報せが届くだろう――そんなことを考えながら、ミリアはエリンシェとジェイトの帰りを待っていた。
ふたりが上手くいけば……。その続きを考え掛けて、ミリアは打ち消すように首を横に振った。……だめだ、だめだ、あくまで今はふたりのことを優先するのが先決だ。その後のことは追々ゆっくり考えていけばいい。
――そう、全ては上手くいく、はずだった。なのに……。
初めは心躍らせてエリンシェとジェイトのことを待っていたミリアだったが、だんだん時間が経つにつれ、不安に思うようになっていた。
……さすがに様子を見に行こうか? そう考えて、ミリアは立ち上がろうとした。
――その時だった。
「……っ!?」
突如、ミリアに「衝撃」が走った。
その次の瞬間、嫌な予感が――まるで押し潰されそうになる錯覚を覚えるくらい、とてつもなく嫌な予感がミリアを襲った。
思わず、ミリアはよろめきながら、何とか落ち着こうと息を深く吐く。……ひとまず、カルドのところへ向かわなければ。そう思っていても、身体が言うことを聞かなかった。
エリンシェに〝羽〟が生えた時や「事件」の時よりもずっと激しい嫌な予感に、何とかミリアは思考を巡らせる。……誰に何があったのだろう? 真っ先にエリンシェの顔が浮かぶが、なぜか強烈な違和感を覚え、ミリアは首を横に振る。いや、むしろ……――。
――ならば、なおさら、カルドの元へ急がなければいけない。そう考えて、ミリアは自分の身体に鞭を打ち、寮室を後にした。
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そして、何とかカルドのところへたどり着き、後から合流したガイセルと共に、エリンシェとジェイトの元に向かったミリアが目にしたのは、思いもよらない光景だった。
……まさか、とは思っていたが、そこに倒れていたのはジェイトの方だった。まるで眠るように横たわる〝彼〟の側で、エリンシェが泣きじゃくっていた。 あまりの衝撃にミリアは思わず立ち尽くしてしまったが、ふと我に返り、何とかしてエリンシェをなだめようと、〝彼女〟の元へ駆け寄る。
脇目でジェイトの顔を見ると、またとてつもなく嫌な予感がミリアを襲った。エリンシェに声を掛け続けていたが、内心、ミリアは気が気でなかった。
(ウソでしょ、ジェイト!? あの娘を泣かせないって、約束したわよね!? お願いだから、無事にちゃんと帰って来て!)
カルドとガイセルによって運ばれていくジェイトを見つめ、ミリアはただひたすらそう願う。……だが、それでも、不安は胸の中から消えそうになかった。どうしても心が落ち着かず、ミリアは泣き続けるエリンシェに言葉を掛けることさえできずにいたのだった。
だが……。
――その一週間後、目を覚ましたジェイトに異変が起きていた。
ミリア・エリンシェ・カルドはちょうどその場に居合わせたのだが、目を覚ましたジェイトが三人に気付き、弱々しく微笑んだのを見て、全員胸をなで下ろそうとした。
――その時だった。
「……君、誰?」
エリンシェに向かって、ジェイトがそんな問いを投げ掛けたのだ。――【敵】に【薬】を飲まされた〝彼〟は無事に目を覚ました代償に、〝彼女〟の記憶だけを失くしていたのである。
あまりの衝撃に、ジェイト以外の全員が息を呑む。
ウソだ! と〝彼〟に対して憤りを覚えるのと同時に、ミリアはエリンシェのことが気に掛かった。〝彼女〟の方を振り返ると、エリンシェは青ざめた表情で小刻みに震えていた。
ミリアが声を掛けるよりも先に、エリンシェは涙を流し、そのまま部屋を飛び出してしまった。慌てて、〝彼女〟を追い掛ける。
部屋には帰らず、エリンシェはどこかへ向かっていた。必死になって、ミリアがその後を追うと、たどり着いた先は丘だった。
少し遅れてそこに着いたミリアは少し息を整え、目だけでエリンシェの姿を確認した。見ると、〝彼女〟は遠くを見つめ、その場に佇んでいた。
「……なんで。 なんでよ!! どうして、私じゃなくて、ジェイトなのよ!?」
突然、エリンシェは耳をつんざくような大声でそう叫ぶと、そのまま声を上げながら泣き出した。
見たこともないエリンシェの様子に、ミリアは思わず言葉を失ってしまった。しばらくそっとしておくべきかどうか迷ったが、そっと〝彼女〟の側まで近付き、黙り込んだままその肩を叩く。
すると、エリンシェは泣いたまま、すがるようにして、ミリアに抱きついた。
そっとエリンシェを抱き返し、ミリアは〝彼女〟の頭を何度も撫で、背中を優しく叩き続けた。やはり掛ける言葉は見つかりそうになかったが、せめてそばにいて、気の済むまで泣かせてやろうと、ミリアはそんな思いを込め、エリンシェをうけとめていた。
ミリアのそんな思いが通じたのか、エリンシェがより一層泣き出す。……それでも、ミリアはその涙が枯れるまで、〝彼女〟のそばを離れようとは決してしなかったのだった。
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それからしばらく経っても、ジェイトの「記憶」は戻りそうになかった。
数日後にようやく、エリンシェの気持ちが少し落ち着いたものの、やはりそんな〝彼〟を見るのがつらそうな様子だった。そのまま数週間が経っても、ジェイトの「記憶」は戻らず、エリンシェはどんどん失意の底に沈んでいった。
ミリアとカルドがジェイトの代わりに側にいて、声を掛け続けても、エリンシェの状態は悪化していくばかりだった。
「――何かできることはないの? このままじゃ、ただ時間が過ぎて行くだけだよ。 ……そんなの、エリンだって耐えられないし、あたしだってじっとしてられないよ。 ――だから、何かできること、ないの?」
エリンシェのそんな様子を見かねて、ミリアはアリィーシュに相談を持ち掛ける。
そう言いながら同時に、ミリアは堪忍袋の緒が切れそうになっていた。……約束したのに。――エリンシェのことを絶対泣かせないという言葉を信じて、〝彼女〟を託したのに。
そんな思いで胸がいっぱいになり、エリンシェのためにも、必ずジェイトの「記憶」を取り戻そうと、ミリアは固く決心していた。
「……それに、あたし、ジェイトぶっ飛ばしたいんだよね。 だって、約束破ったんだもん。 カルドも『いつものあいつじゃない』って話してて、何とかしたいって言ってる。 ――だから、ね、エリン。 あたしたちと一緒にジェイトの『記憶』を取り戻そうよ」
だが、アリィーシュとエリンシェのどちらからも、納得のいく答えを得ることはできなかった。それでも、ミリアは諦めなかった。
……そう、アリィーシュに相談を持ち掛ける前に、カルドとも何度も話し合ったのだ。カルドはいつも通りにジェイトと寮室で過ごしているのだが、〝彼〟の様子はどこか、いつもと同じように見えて同じでないと断言をしていた。
もちろん一番はエリンシェのためでもあったが、このままジェイトのことを放っておく訳には行かなかった。ミリアにとってはふたりとも大切な親友なのだ。――そんなふたりを救うためにも、必ずジェイトの「記憶」を取り戻す! ミリアはそう固く決心していたのだ。
そんなミリアの決意がエリンシェにも伝わったようが、何の根拠もないことが分かっているのか、少し〝彼女〟は戸惑っているようだった。
「どうやって……?」
残念ながら、まだ、ミリアの頭には何の計画も浮かんでいなかった。だがそれでも、必ずやり遂げてみせるとミリアは腹をくくっていた。
「分からない。 ――けど、できるだけやってみる! とにかく、きっかけはあたしたちが作るから、エリンも思ったこと、ちゃんと伝えた方がいいよ」
……それにカルドと一緒なら、何とか――いや、何でもできるという気がしていた。そんな理由はないが強い自信に、ミリアはそう言い切ってみせていた。
少し考えて、エリンシェが「……分かった。 私もできるだけやってみるね」とうなずいて、じっとミリアを見つめる。
――その瞳を見ると、エリンシェがミリアを心の底から信じ、一縷の望みを賭けていることが強く伝わって来た。ミリアはそんなエリンシェの思いに応えるためにも、何が何でもジェイトの「記憶」を取り戻してみせると改めて決心を固めた。
「じゃあ、エリン、あたし、カルドのところへ行って来る! 何かきっかけとか……方法がないか、あいつと一緒に探してみる! だから、待ってて!」
それだけ言い残して、早速ミリアは行動に移る。何も言わずただうなずいてみせたエリンシェに手を振りながら、ミリアは足早にカルドの元へ向かうのだった。
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「カルド!」
早速、ミリアはカルドとジェイトの寮室へと勢いよく飛び込んだ。すると、二人が同時に振り向いて、彼女をじっと見つめた。
ジェイトはいつもと同じように、ミリアに微笑んでみせると軽く手を振って挨拶をしてみせた。――が、カルドの方はどこか複雑そうな表情で〝彼〟を見つめた後、彼女の方へと振り向いた。
……やはり、カルドはジェイトがいつもの〝彼〟ではないと強い違和感を覚えているのだ。ミリアはそれが手に取るように分かったが、何事もなかったかのように振る舞って、ジェイトに話し掛けた。
「ごめん、ジェイト! ちょっとカルド借りるね!」
ジェイトがうなずいたのを見ると、カルドはすぐに立ち上がる。その途中、〝彼〟には見えないようにして机から「何か」をそっと取り出し懐にしまった。
きっと、カルドは用件を分かっているのだろう。そう思って、ミリアはそれも見なかったふりをして、寮室を出た。丘へと足を向けながら、早速本題に入る。
「……もう限界。 エリンシェは見てられないし、約束破ったジェイトなんかさっさとぶっ飛ばしたい。 そう思って、さっきエリンに何とかして一緒にジェイトの『記憶』を取り戻そうって言ってきた。 ――だからさ、カルド、あたしたちで何とかふたりを助けようよ」
ミリアの言葉に、カルドがすぐに「そうだな」とうなずいてみせた。そして、丘に着くなり、懐に入れた「何か」を彼女に見せた。
「これ……!」
――それは、ジェイトがエリンシェのために用意した指輪が入った箱だった。きっと、あの日に渡すつもりだったのだろう。
カルドにその箱を見せてもらった瞬間、ミリアはすぐに「これだ!」と直感した。――「おもい」の詰まったこの指輪がジェイトの「記憶」を取り戻すきっかけになるかもしれない。恐らくカルドも同じ考えだということに気付いて、ぱっと顔を上げ、ミリアは彼の方へと目を向ける。
「あの日、ジェイトがこれを落としているのに気付いて、アリィーシュさんが届けてくれたみたいなんだ。 オレがジェイトより先に気付いて、ちゃんとあいつに返そうって思って預かってたんだ。 ……だけど、その前にこんなことになって、今までずっとあいつに返しそびれてたんだ。 ――なぁ、ミリア。 俺もお前と同じ考えだ。 俺もジェイトの『記憶』を取り戻したい。 そうするのに、この指輪が役に立つんじゃないかって俺もそう思ってる」
すぐにミリアのその反応にうなずいてみせたカルドがそう口を開いた。
カルドのその話を聞きながら、ミリアは思考を巡らせていた。……本当にきっかけさえあれば、何とかジェイトの「記憶」を取り戻すことができるかもしれない。本当に何の根拠もなかったが、ミリアはなぜかそう強く確信していた。
……だが、それだけでは足りない。なぜかそう感じて、ミリアは他にも何か糸口がないか、思考を巡らせる。すると、そんな彼女に助け船を出すように、カルドがこう話した。
「あとは……ミリア、お前がジェイトとした、エリンを泣かせないっていう『約束』だ。 たぶん、あの『約束』を引き合いに出せば、『記憶』を取り戻すきっかけになると思う。 ジェイト、エリンのこと忘れてはいるけど、完全に『記憶』を奪われたってワケじゃない。 どこか、心の奥底でエリンを守らなきゃいけないって気持ちが残ってるんだ。 ……だって、あいつ、エリンの泣いてる顔見たら、何か思うところがあるって表情してたからな。 ――だから、あいつのそんな気持ちを引き出すのに、ミリアとの『約束』がきっと役立つはずだ」
意外な助言に、ミリアはまたぱっと顔を上げ、カルドの方へ目をやる。うなずいて見つめ返す彼を見ながら、ミリアはまだ考え事をしていた。
……だが、まだ、足りない。
「――ねぇ、カルド。 この際せっかくだから、あたし、ジェイトのこと、やっちゃっていい?」
不敵な笑みを浮かべながら、ミリアは低い声でそう言い放つ。……いくら、その幸福を願って、ジェイトにエリンシェのことを託したとはいっても、約束を反故にされたままではミリアの気が済まなかった。たとえそれが【敵】の思惑であったとしても、大事な親友であるエリンシェを泣かせるのは誰であろうと決して許せなかったのだ。――せめて一発くらいお見舞いして、否が応でもその「記憶」を取り戻してやらないと、気持ちが収まりそうになかった。
その言葉の意味を察して、カルドは一瞬息を呑んだが、少し考えた後ミリアを見据えてゆっくりとうなずいてみせた。
ミリアはますます口元を緩ませると、高らかに宣言するのだった。
「それじゃあ、カルド。 必ず、ジェイトの『記憶』を取り戻そう!」




