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Angelic Storia  作者: 紡生 奏音
Extra edition 2 手とてをとりあって 〜〝heart to heart〟〜
56/151

♡ 12


    ଓ


 ――その「さみしさ」を、癒やしていける存在が自分であれば良いのに。


 エリンシェが手の届かないところ(・・・)へ行ってしまったのを感じて、決して顔には出さないが、胸に秘めている「さみしさ」を隠し切れずにいるミリアのことを、ずっとそばで見ていたカルドの頭にふと、そんなおもいがよぎった。

 ……いつの間に、自分はそれほどまでに、ミリアのことを大切におもうようになったのだろう。思いがけず浮かんだそのおもいに、カルドは物思いにふけった。

 以前は、カルドもミリアと同じように、ジェイトが離れていく(・・・・・)につれ、どうしようもない「さみしさ」を感じていた。また同時に、〝彼〟のことが心配で仕方なかった。

 けれど……。――けれど、いつの頃からか、完全に、とまではいかないが、そんな「さみしさ」をあまり感じないようになっていた。きっと、「とある理由」をきっかけに、カルドの心境に変化があったからだ。


 その一つはジェイトがだんだん変わって来ている(・・・・・・・)ことだった。

 学舎まなびや生活一年目の終わり際、ジェイトはエリンシェへの「おもい」を自覚したようだった。――それ以来、ジェイトは少しずつ変わり始めたのだ。

 そして、ジェイトは休暇中、偶然エリンシェと再会し、より一層その「おもい」を募らせたようだった。――その時に、幼い頃からずっと、〝彼〟の父から話を聞いて憧れの感情をいだいて来た、赤子の時に出逢った「女の子」が、実はエリンシェと同一人物であるという事実を知ったからだった。

 間もなく学舎生活が始まろうとする少し前、ジェイトはカルドにもその事実はなしを聞かせた。内心興奮しているが落ち着いているように取り繕う〝彼〟のそんな様子に、カルドは妙に納得したのだ。――ジェイトはエリンシェのことが好きなのだ、と。

 ジェイトが変わり始めたのはそれ以降――学舎生活二年目が始まってからが目覚ましかった。

 中でも大きなきっかけは、学舎生活二年目の始まりの日に帰還したヴィルドが、エリンシェを付け狙うようになったことだった。

 意図が読めず、不可解なヴィルドの行動に、ジェイト・カルド・ミリアの三人はエリンシェを守ることを決めたのだ。

 特に、ジェイトは三人の中でも一番エリンシェを守ろうとしていた。……きっと、〝彼〟の中のエリンシェへの「おもい」がそうさせているのだろう。ジェイトは以前よりずっと、エリンシェを守り、勇猛果敢にたたかう(・・・・)ようになっていた。その上、どうやら〝彼〟はエリンシェを守るため、「強く」なりたいと思い始めたようだった。

 以前はカルドが背中を押さないと動けなかったジェイトが、現在いまは自らの意志でエリンシェを守り抜こうとしている。カルドはそんな――変わらず優しいままでどこか頼もしくなったジェイトを一番近くで見ていて、少なからず感銘を受け、強く実感したのである。――〝おもい〟は人を強くするのだ、と。

 そんな「強く」変わりつつあるジェイトのことを、カルドは全力で応援しようと決心したのである。――ジェイトが幸福しあわせになるためなら、今までのように〝彼〟のことを見守り、できることなら手助けしていこうと、そんな決意を固くしたのだった。


 その一方で、カルドは疑問に思っていた。――人を強くするほどの〝おもい〟とは一体、どれほどのものなのだろう、と。

 初めの頃はその「答え」を見つけられそうになかった。だが、ジェイトのことを間近で見ているうちにだんだん、カルドの頭にとある人物(・・・・・)の姿が浮かぶようになっていた。

 ……いや、まさか。いつかのようにいくら否定しても、どうしても彼女・・のことを思い浮かべずにはいられなくなっていた。


 ――彼女・・にはいつも明るくわらってほしいと願っているこの「こころ」は、ジェイトがいだいている〝おもい〟と同じものだろうか……?

 

 そんな疑問が浮かんだ時、カルドは少しばかり途方に暮れた。……彼女・・のことは「親友・・」兼「相棒・・」だと思っていたのに、やはり違っていたらしい。これは認めざるを得ないだろう。


 ……俺は、彼女・・――いや、ミリアのことがどうしようもなく好きなんだ。ずっとそばにいて、わらっていてほしいと願うほどに。


 とはいえ。……やはり、このことは現段階では、どうにもできそうにない。カルドにとっては、ミリアのことはもちろん大切ではあるが、ジェイトのことも同じくらい大事に思っていた。

 ――どうしても、〝彼〟のその胸の内にある「おもい」を伝えるため、エリンシェに合う指輪を作ろうとしているジェイトのことを放っておけそうにない。カルドは〝彼〟にそんな浪漫主義ロマンチストな一面もあったのかと半ば呆れつつも、ミリアへの協力を仰ぐジェイトを手伝うことにした。

 カルドが頼み込むと、ミリアも当然のように〝彼〟への協力を引き受け、おまけに、助言などをしてジェイトの背中を更に押したようだった。……どうやら、ミリアの中でも何か心境の変化があったらしく、親友であるエリンシェのことをジェイトに託したらしかった。

 そんなミリアの行動を受け、ジェイトも前へ進もうと決心したようだった。

 全ては上手く行っている――ように、見えた。

 が……。


    ଓ


「――ねぇ、今度丘に出掛けない? ……ふたりきりで。 話があるんだ」

 そんなある日のこと。授業の終わり際、カルドは、いつになく真剣な面持ちでそう言ってエリンシェを誘う場面に出くわした。同じく、隣に座るミリアも〝彼〟の言葉を聞き付け、思わず前のめりになって聞き耳を立てていたがその顔はどこか不満そうだった。……恐らく、「今度・・」という言葉が気にくわないのだろう。

「い……いいよ、もちろん」

 ジェイトのただならぬ様子に、声も上ずり緊張した様子ではあったが、すぐにエリンシェがうなずく。それを聞いたミリアがまだ不服そうにしながらも満足げな微笑みを浮かべていた。だが、やはり気に入らないのか、どこかうずうずと落ち着かない様子を見せていた。

「何、『今度』とか生ぬるいこと言ってんのよ。 !! この後すぐ(・・)行きなさいよ」

 かと思うと、授業が終わるなり、ミリアはその背中に一発を入れ、ジェイトのことを叱咤激励した。

 ……やっぱり。カルドは苦笑いを浮かべながら、すぐに帰り支度をする。――ミリアが、ジェイトとエリンシェをふたりきりにしようと考えているのが手に取るように分かったからだ。

 目配せをしたミリアにカルドはうなずいてみせると、彼女に合わせて足早にその場を去った。

「上手く行くといいね」

 その途中、ミリアがそう言って、満足そうな笑みを浮かべていた。……どうやら、彼女もジェイトとミリアが上手くいくことを望んでいるらしい。

 カルドは「ああ」とうなずきながら、きっとふたりはそうなるだろうと思い込んでいた(・・・・・・)

 ――そう、全ては上手くいく、はずだった。

 しかし……。


    ଓ


 それから長い時間が経ったが、ジェイトとエリンシェが戻って来ることはなかった。

 ……もしかすると、積もる話でもあるのかもしれない。カルドが気楽にそんなことを考えていると、不意にミリアが青ざめ、不安そうな顔を浮かべ、すがるようにして彼の元へ転がり込んできた。

「どうした?」

 カルドがそう尋ねても、ミリアは首を横に振るばかりで答えなかった。――分からない、ということか。ひとまず彼女が口を開くのを待っていると、頭を抱えながら小さな声で「何か……」とつぶやきながら、目を伏せた。

「すごく、嫌な予感がして……」

 ミリアの尋常ではないその様子に、カルドも少し不安を覚え始める。……あの時――「事件・・」の時と同じように、ミリアはひどく怯えている。彼女の勘が当たっているとしたら、ジェイトとエリンシェの身に何かあったのかもしれない。

 そんなことを考えていると、ミリアがはじかれたようにふと顔を上げた。カルドは彼女の視線の先――寮室の扉を見ると、不意に勢いよくガイセルが飛び込んで来た。

「ふたりとも大変だ! 今すぐ来てくれ!!」

 ガイセルのその言葉に、カルドとミリアは顔を見合わせ、息を呑んだ。そして、すぐに外へ出ると先行するガイセルに続いて、走り出したのだった。


    ଓ


 ――そこに広がっていたのは思いもよらない光景だった。

 ……てっきりエリンシェの身に思っていたが、驚いたことに倒れていたのはジェイトの方だったのだ。生きてはいるようだが目を覚ましそうにない〝彼〟の姿に、カルドは思わず動きを止める。

「ソルディス君、ユーティス君を運ぼう」

 ガイセルに声を掛けられ、ようやくカルドは我に返った。動揺しそうになるのを何とか深呼吸して抑えると、カルドはジェイトの側に立ち、ミリアに目配せをする。

 すぐに、ミリアがうなずいてみせると、ジェイトの側で泣きじゃくるエリンシェを何とかなだめ、引き離した。

 そんな二人を目で追った後、カルドはジェイトの顔をじっと見つめた。……ただ眠っているようにしか思えないのに、〝彼〟の顔を見ていると不安が押し寄せて来た。

帰って来い(・・・・・)……。 ちゃんと帰って来い(・・・・・)よ、ジェイト)

 嫌な予感をぬぐい切れず、カルドはジェイトを運びながら、ひたすらそう願う。……それでも、気は晴れそうになかった。ただ眠っているようにしか見えない〝彼〟の温もりが、なぜか一層カルドの不安をあおるのだった。



 ……だが、皮肉なことに、カルドの嫌な予感は的中してしまった。

 その一週間後、ジェイトは目を覚ましたのだが、代わりにとある記憶(・・・・・)を失くしていたのである。

 【敵】に【薬】を飲まされ、〝彼女〟の――エリンシェの記憶だけ(・・)を、ジェイトは失くしてしまっていたのだった。

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