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――そして、学舎生活は二年目を迎えようとしていた。
「事態」が大きく変わり、それぞれの人間関係に変化が生じ始めていた。
特に大きく変わり始めたのはエリンシェとジェイトの関係だった。休暇中、とある事実を知ったことで、ふたりは少しずつではあるが、前へと進み始めたのである。
エリンシェとジェイトが進んだことにより、ミリアとカルドの関係にも影響を及ぼし、ふたりもまた、少しずつ変化が起き始めるのだった。
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――運命だ、とすぐに直感した。それはミリアの知らない事実だった。
休暇中、エリンシェの家にお泊まり会で滞在していたミリアだったが、偶然、とある出来事に遭うことになったのだ。
ミリアの母であるレイナと、エリンシェの母のフェリアと友人関係でもあり、ミリアとエリンシェがおじさんと呼んで親しんでいる人物であるグラフトが、息子を連れてエリンシェの家へ突如やって来たのである。――そして、その息子というのが、ジェイトのことだったのだ。
そこまでなら大した話でもなかったが、エリンシェとジェイトは赤子の頃に一度出逢ったことがあるという事実を、フェリアとグラフトから聞くことになったのだ。
やはり「運命」だったのだ。その事実を聞いた瞬間、ミリアはすぐにそう直感した。……ふたりが出逢ったのもただの偶然ではない。――何か、とても深い縁があったからこそ、ふたりは巡り逢ったのだ。
どうやら、その事実を、ジェイトの方は前から知っていたらしかった。――が、その話に登場する「女の子」の正体までは分かっていなかったようだった。けれど、ジェイトは……。
「――あのな、コイツ……――」「わあーっ!」
――ジェイトはどうも、その「女の子」に特別な感情を抱いていたらしかった。おそらく、そう言い掛けたであろうグラフトを遮って、誤魔化すように大声を上げたのだ。
「ぼっ、僕にも色々あるんだから、そのことは言わないで!!」
そして、顔を赤らめながらグラフトに抗議し、あからさまな態度でそう言い放ったのである。
……なるほど。ミリアはひとり納得した。さしずめ、その「女の子」の正体がエリンシェだと分かり、より一層「おもい」を募らせた、といったところだろうか。思わず、笑いをこぼしながら、ミリアはジェイトの方に目を向けた。
グラフトと、エリンシェの母であるフェリアも、その「おもい」に気付いたらしく、同じくニヤニヤと笑いながら、ジェイトを見つめていた。
ただ一人、エリンシェだけがその状況がのみ込めていないようで、首を傾げていた。――かと思いきや……。
「あのね、ミリア。 私、ジェイトにいつももらってばかりだから、何かお礼にプレゼントしたいの。 だから、ちょっと付き合ってくれない?」
ジェイトと偶然会うことになったその翌日、エリンシェがそんなことを突然言い出したのだ。
二つ返事をしながら、ミリアは思考を巡らせる。……エリンシェ自身に自覚があるのか、はっきりとしないところはあるが、前日の出来事を通して、〝彼女〟の中で何かが変わったに違いなかった。けれど、エリンシェとジェイトが前へ進むには時間がまだ少し掛かりそうだった。やはり今まで通り、ふたりのことを手助けしていこうと、ミリアはひそかに決心するのだった。
そして、その数日後。学舎での生活が再び始まりを告げるのだった。
ミリアはエリンシェと学舎へ赴いた。その道中、ジェイトとカルドに再会した。四人で同時に挨拶を交わした後、ミリアはすぐに、カルドに声を掛け、エリンシェとジェイトをふたりきりにすることに決めた。
「ごめん、カルド。 休暇中、あんたにだけ会いに行けなかったわ」
軽口を叩くようにそう言うと、ミリアはカルドに近付くと目配せをして、声を出さずに「行こ」と合図した。カルドがすぐにうなずいたのを見て、ミリアは振り返らずに城へと歩き出す。
「……だけど、ごめん、本当に色々あって行けなかった」「いや、それはいいんだ」
話したいことは山ほどあったが、ミリアは最初にそう言ってまた謝った。そんな彼女に、カルドは気にもしていない様子ですぐにそう応えてみせた。
思わず顔が熱くなるのを感じて、ミリアは少しの間うつむく。……こうしてふたり並んで歩いていると、自然と気持ちが落ち着くような気がした。ひょっとすると、少しずつ変わっていこうとしているエリンシェとジェイトに感化されたのかもしれない。そんなことを考えながら、ミリアは口を開いた。
「ねぇ、カルド。 あんたも知ってるの? ジェイトの『女の子』の話」
「あぁ、あれか。 ジェイトとは小さい頃から一緒だったからな、当然知ってる。 ずっとあいつはその『女の子』を探し求めてたけど、俺はエリンが『そう』なんじゃないかって、実は初めて会った時すぐに思ってたんだ。 ……まさか本当にその勘が当たるとは思ってもみなかったけどな」
ミリアが休暇中に聞いた事実の一部を切り出すと、カルドがどこか興奮した様子でそう返した。どうやら、彼もジェイトからそのことを聞かされていたようだった。
――なら、話は早い。ミリアはその事実を聞いて感じたことを、カルドに打ち明けることにした。
「あたしね、やっぱり、今まで通りあのふたりを見守って手助けして行こうって思ってるの。 あの事実を聞いてから、ふたりはお互いにちょっとずつだけど進もうとしてる。 ……あたしもあの事実を聞いて、やっぱりふたりは一緒にいるべきなんだってそう思った。 ――だから、できることはできるだけして、ふたりの背中を押していきたいってそう思ってる」
……少し、エリンシェが離れていくのはさみしいけれど。ミリアはそう思っていたが、それよりもふたりのことを応援したいという気持ちの方が勝っていたのだ。それに、どうしようもないさみしさは残るけれど、カルドがそばにいてくれるのなら、そんな気持ちも少しは紛れるような気がしていたのだ。
「で、カルド。 ……あんたはどう?」
ひょっとすると、カルドも同じような思いを抱いているのではないだろうか。期待を込めて、ミリアは彼にそう問い掛ける。
少し考えて、カルドはゆっくりとうなずいてみせた。そして、まだ頭の中を整理しているのか、「そう、だな……」と歯切れ悪く、口を開いた。
「正直言って、ジェイトからその事実を聞いた時は俺もさすがに驚いた。 ――偶然でも奇跡でもなく、ふたりは出逢うべくして出逢ったんだって、本当に実感した。 そう考えたら、その不思議な縁を大事にしてやりたいってすごく思ったんだ。 ――だからさ、俺もミリアと同じ考えだ。 これからもふたりのことを応援して、できることは協力したい」
カルドの答えを聞いて、ミリアは思わず口元を綻ばせた。お互いの考えが一致しているのが分かったところで、これからのことを話し合おうとしたその時、ふとミリアはいつの間にか、寮室の前までたどり着いていることに気が付いた。
気を利かせてふたりきりにしたエリンシェとジェイトが来るのを待っていようと、ミリアはカルドに目配せをする。すぐに、それに気が付いたカルドがうなずいてみせると、ミリアの隣に並んで立った。
「……ふたりきりにしたら、ちょっとは距離縮まったかな」「どうだろうな」
そんな会話を交わしてすぐに、エリンシェとジェイトが寮室のほど近くまで来ているのが目に入った。だが……――。
――何か、ふたりの後ろに、「嫌なモノ」が迫っている。
ミリアは悪寒か走るのを感じ、「カルド」と小さく声を掛けながら、ふたりの背後をにらみ付けながら身構える。彼女の隣でカルドも同じく、すぐに動けるよう、体勢を整えた。
それにいち早く気が付いたのはジェイトだった。ジェイトはちらりと後ろに目をやると杖を構え、 エリンシェに手を伸ばして〝彼女〟を引き寄せた。
「やあ、エリンシェ」
――そこにいたのはヴィルドだった。エリンシェのことを気安く呼び、当然のように、そこに立って居た。
「彼女に何の用だ」
エリンシェをかばうように、ジェイトが怒りを含んだ低い声でそう言い放つと、ヴィルドをにらみ付けながら果敢に前へ出た。
その声色を聞いて、ミリアは思わずはっと息を呑んだ。……ジェイトはエリンシェを守るために、本気で戦うつもりのようだった。カルドに目配せをすると、彼もそれに気付いたようで何も言わず、うなずいてみせた。
ミリアもヴィルドの方へと強く目を向けながら、懐にある杖をしっかりと握った。――いつでもジェイトを援護できるように。そして、エリンシェを守れるように。
忌々しそうな表情で、ヴィルドが黙ったまま、ジェイトをにらみ返した。しばらく視線だけの攻防が続いたが、ジェイトが杖を手にしているのを目にして、ヴィルドは口を開く。
「……物騒だなぁ。 ボクはただ、挨拶しに来ただけだよ。 今年はきちんと学舎生活を送るつもりなんだ。 顔を合わせる機会も多いだろうし、仲良くしてもらおうと思ってね」
ヴィルドのその言葉に、ミリア、カルド、ジェイトは険しい表情を浮かべた。エリンシェはというと、彼の真意が分からず戸惑っているようで、少しおびえた表情を浮かべていた。それに気付いたジェイトが更に前に出て、一層強くヴィルドをにらみ付けながらエリンシェをかばった。
「……まぁ、そういう訳だから今後ともよろしくね」
涼しい顔でそれだけ言い残すと、ヴィルドはその場を後にした。ミリア、カルド、ジェイトの三人は気を緩めず、彼の姿が完全に見えなくなるまで警戒を続けた。
それからしばらく経っても、三人とエリンシェはその場に立ち尽くし、呆然としていた。
ヴィルドの帰還に「何か」が起こりそうな前触れを感じながら、ミリアはカルドの方に目をやる。何も言わず、カルドがじっと彼女を見つめ返して来た。――この先何があっても、エリンシェを守り、そして、ジェイトを支えていこう。まるで、そんな決意が込められているかのような眼差しに、ミリアもすぐにうなずいてみせるのだった。
――こうして、波乱の学舎生活二年目が幕を開けたのだった。




