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カルドと共に学舎の外に出たミリアは、ガイセルに言われた通り、森の近辺でエリンシェを探していた。かすかにただならない【気配】を感じていた。――が、はっきりとどこかまでは分からずにいた。
ますます嫌な予感を覚え、途方に暮れていると、ふと、誰かがミリアの肩を軽く叩いた。驚いて、振り返ると、そこには杖を手にしたガイセルが立っていた。
「――おまたせ。 こっちだ」
面くらうミリアとカルドによそに、ガイセルはそれだけ言い残して走り出した。慌てて、ふたりもその後を追った。
たどり着いた先では戦いが繰り広げられていた。
大賢者であるグレイムが【誰か】と対峙しているのが真っ先に目に入ったが、彼の後ろにエリンシェとジェイトの姿を見つけ、ミリアは胸をなで下ろした。そして、カルドと顔を見合わせると、互いにうなずき合ってエリンシェの元へと駆け出す。
「グレイム様!」『エリン!』
同時に、ガイセルも走り出した。まず、グレイムに向かって声を掛けたが、一度エリンシェの前で足を止め、「大丈夫だったかい?」と安否を確認していた。
そんな彼をよそに、ミリアは「もう……エリン!」とこぼしながら、エリンシェに抱きついた。
怪我もなく、無事な様子のエリンシェを見てようやく安心できた一方で、何か……それまでと違ってどこか〝神々しさ〟すら感じ取ったミリアは、思わず、強く〝彼女〟を抱きしめていた。……そうでもしないと、〝彼女〟がどこかに消えてしまいそうで怖かったのだ。
すると、それを知ってか知らずか、エリンシェがミリアを抱き返した。ガイセルの問いに応えながらも、そのまま彼女を抱いたまま、ガイセルのことを目で追っているようだった。……その間もずっと、ミリアはしがみつくようにして、エリンシェを抱き続けていた。
そんな中、ふと、エリンシェが立ち上がって、佇まいを正した。内心まだ少し「恐怖」が消えず不安を覚えていたミリアだったが、〝彼女〟がなぜか緊張しているのを感じ取って、仕方なく同じようにした。気が付くと、同じく、カルドとジェイトも姿勢を正して、エリンシェの横に立っていた。
――四人の目の前に立ったのはグレイムだった。……だが、先程までとはまるで「雰囲気」が違っていた。
その理由がなぜなのか、ミリアには全く分からなかった。だが、エリンシェにはそれがわかるらしく、緊張している様子だった。
「さあ、皆。 ひとまずここを離れて、私のところへ行こう。 ……話はそれからだ」
「グレイム」に言われるがまま、その場にいた全員がグレイムの私室へと向かうのだった。
――そして、彼の私室で行われた話し合いによって、いくつかの事実が明らかになったのである。
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グレイムの私室に案内されると、座って待っているように言われたので、ミリアはエリンシェ、カルド、ジェイトと共にしばらく待機していることにした。
誰も話をしようとはせず、黙っていたままだったので、ミリアは視線を泳がせていた。そんな中ふと、エリンシェの側に〝女性〟が佇んでいるのに気が付いた。
……透けている。「彼女」をじっと見つめていたミリアはそのことに気が付いて、はっと息を呑んだ。
思い返すと、先程戦いの中でも「彼女」を見たような気がする。……恐らく人間ではないのだろう。そんな推測をして、ミリアは遠慮しながらも、エリンシェに尋ねてみることにした。
「……ねぇ、エリン。 その……女のひと、誰?」
すると、息を呑んだエリンシェが、失念していたと言わんばかりの表情を浮かべた。
〝アリィーシュよ。 テレスファイラの守護神〟
エリンシェが言葉に詰まって返答に困っていると、代わりに、「彼女」――アリィーシュが振り返ると、微笑みながらそう言って自己紹介をした。
「えっ、神様なの?」
……思いがけない答えに、ミリアは驚きを隠せなかった。同じくカルドも驚いたようで、ふたりで顔を見合わせる。何度かエリンシェを助けていたジェイトだけが納得したような表情を浮かべていた。
アリィーシュが名乗りを上げたことで、決心がついたらしいエリンシェが、飛行学での「事件」についてや、アリィーシュとの関係などについてを詳しく語り始めた。いくらかの事情を語ると最後に、エリンシェは大きな〝力〟があることにより、邪神――ゼルグから狙われていることにも言及した。
――エリンシェから語られた事実に、ミリアは驚きを隠せずにいた。
……まさか、話が天界にすら及んでいるとはさすがに予想すらしていなかった。だが、エリンシェが〝特別〟であると気付いた「あの時」から、ミリアの気持ちは少しも変わっていない。――エリンシェはミリアにとって、たったひとりの大切な親友なのだ。たとえ〝特別〟な〝存在〟であっても、いつだってそばにいて「力」になりたいと、そう強く願わずにはいられなかった。
「――なんで、そんな大事なことを言わないかな、エリンシェは」
気が付くと、ミリアはそんな言葉を口走っていた。そうすると、歯止めが効かなくなり、強い口調で話を続けていた。
「昔から、いつもそうなんだから。 ――何かあるとすぐに独りで抱えようとして、誰かを頼ったりしないんだから。 そういう時、いつも『あたしがいるから』って言って来たでしょ、忘れたの?」
黙って話を聞いていたエリンシェが、「でも……」と小さくこぼす。――誰も巻き込みたくなかった。きっと、〝彼女〟のことだからそう言うのだろう。だが、「力」になりたいというミリアの気持ちも決して揺るがないものなのだ。そんなことを考えながら、ミリアはすぐに反論する。
「でも、じゃない! そりゃ、あたし――いや、あたしたち、戦えないかもしれないけど……。 エリンシェの『力』にはなりたいんだよ」
「ミリアの言う通りだ。 〝力〟があったって、エリンシェは俺達の友達なんだ」
「――だからせめて、側にはいたいんだ」
ミリアに賛同するように、カルドとジェイトが後に続いて、そんな言葉をエリンシェに掛ける。思わず二人の方を振り返りながら、ミリアは胸が熱くなるのを感じていた。
カルドはいつものように、ミリアに味方してくれたのだろう。けれど、それだけが理由ではなく、カルドはきっと心の底からそう感じて、真剣そのものでエリンシェに言葉を掛けたのだろう。
そして、特に、ジェイトの言葉には深い「おもい」が込められているようだった。――たった一言ではあるが、ジェイトがエリンシェのことを強くおもっていることが、ミリアにはすぐ分かった。
……今はまだ、ジェイト自身でも無意識なのかもしれない。けれど、それほどまでに、ジェイトはエリンシェのことを……――。
「……ありがとう。 なるべく、独りで抱え込まないよう、気を付けるね。 できるだけ、何かあったら相談もする」
そんなジェイトのおもいを知ってか知らずか、それとも単純に三人の思いが伝わったのか、エリンシェがそう言って折れた。……けれど、いくら言い聞かせたところで、エリンシェはやはり独りで抱え込んでしまうところがあるのだ。まだまだ油断はできなかった。
「――よく言った。 三人とも、エリンを頼んだよ」
ふと、お茶を手にしたガイセルが割って入った。その一言だけで何か思うところがあったのだろう、ジェイトがそんな彼を見つめながら、「先生知ってたの?」と尋ねた。
「――まあね。 だけど、僕だけじゃどうにもならないこともあるからね。 ……それに、君たちの方がエリンにとっては大切な存在だと思うから」
そんなガイセルの答えに、ジェイトが複雑そうな表情を浮かべていた。けれど、彼の言葉に反応したのはジェイトだけではなかった。――エリンシェも何か言いたげな表情で、ガイセルの横顔をじっと見つめていた。そして、ミリアもその一言に少なからず衝撃を受けていた。
……やはり、ガイセルは、自分のおかれている「状況」をよく理解した上で行動を起こしているのだ。――そして、まさに今それを実行して、エリンシェのことを遠ざけようとしている。
しかし、そこへ、グレイムが着席したため、誰も口を挟むことができなくなってしまった。
「……さてと。 ――どこから話そうか?」
そして、彼がそう切り出したことにより、奇妙な組み合わせの話し合いが始まったのだった。
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――話し合いで知らされた事実は想像していたものよりずっと壮大なものだった。
……だが、それでも。――それでも、ミリアにとってはやはり、エリンシェはかけがえのない、親友という存在でしかなかった。「相手」がどんなに強大でも、できる限りでエリンシェのことを守っていこうと、ミリアはそう固く決心をするのだった。
その一方で、ミリアには少々気に掛かっていることがあった。
「せんせい!」
話し合いが終わり、ほとんど全員が退出してその場を後にしようとする中、ガイセルを引き止めるエリンシェの声が聞こえて来た。
思わず、ミリアはエリンシェを振り返る。……あまり踏み込まない方が良い。そんなことを思いつつも、ミリアはどうすることもできず、ただ成り行きを見守る。
「……後で研究室へおいで」
それだけ言い残して足早に去っていくガイセルの背中を、エリンシェはじっと見つめていた。
……きっと、行かない方が良い。そうは思ったものの、ミリアはどうすることもできずにいた。カルドとジェイトの方に目をやると、二人とも複雑そうな表情を浮かべていた。特に、ジェイトは苦い表情で、どこか嫉妬――のようなものにも見えた。……やはり、二人も何もできずにいるようだ。
少し悩んで、ミリアはエリンシェの肩に手を伸ばした。けれど、まさに「お手上げ」といった状態だったので、そのまま手を宙に浮かせていた。
それに気付いたエリンシェが振り返る。――見ると、少し迷ったような表情を浮かべていた。エリンシェはミリア、カルド、そしてジェイトの順に目を向けながら、何か思い悩んでいる様子だった。
少し目を泳がせた後、エリンシェは「ごめん、ちょっと行ってくるね」と言い残すとすぐに、駆け出してその場を後にした。……迷いが残っているのだろうか、エリンシェが振り返ることは一度もなかった。
エリンシェのその背中を、今度はジェイトがじっと追っていた。きっと、先ほどまでと同じように複雑な表情を浮かべているのだろう。
少しして、カルドが〝彼〟の隣に並んで、短く「ジェイト」と呼び掛けると、ジェイトの顔をのぞき込んだ。
何も言わず黙ったままだったが、カルドはジェイトに、じっと訴えかけていたのだ。――エリンシェを追いかけろ、と。二人の様子を見ていたミリアにはそれがすぐに分かった。
「僕、行ってくるよ」
少し考える素振りを見せた後、ジェイトは何かを決心したかのように強い口調でそれだけ言うと、急ぎ足でエリンシェの後を追った。
……果たしてどうなることやら。ミリアは少々不安に思いながら、ジェイトの後を目で追いつつ、もう姿の見えなくなったエリンシェを想った。――ひとまず出迎えの準備をして、〝彼女〟の話を聞くかどうかは様子を見て決めることにしよう。……あまり泣いていなければ良いのだが。
「どうなるだろうね」
そんなことを考えながら、ミリアはカルドに話しかける。カルドがすぐに「……さぁな」と肩をすくめてみせた。そうしている間、視線はミリアと同じく、ジェイトの後を追っていた。やはり、カルドも〝彼〟のことが気になっているのだろう。
「まぁ……俺たちにできるのは待つことだけみたいだな。 とりあえず、帰るか」
少ししてから、カルドがそう言いながら、ミリアを振り返った。
ミリアはすぐにうなずいてみせると、寮室へと足を向けた。……もどかしいが、カルドの言う通り、今は待つしかないようだ。そんなことを考え、未だエリンシェのことを想いながら、ミリアは並んで歩いているカルドと何も話すことなく、帰路についたのだった。
――そして。
エリンシェがガイセルの元から戻ったのは随分と時間が経ってからのことだった。
ミリアは何も言わず、〝彼女〟を出迎えた。その代わりにじっとその顔を見つめ、エリンシェに何があったのかを推し量ろうとした。
――エリンシェの中でガイセルのことは吹っ切れ、二人の関係は以前より良いものに変化したように見えた。だが……。それにしては、寮室に帰って来たエリンシェの表情はどこか複雑なものに思えて仕方がなかった。ガイセルのことでないとすると恐らく、ジェイトのことだろう。……きっと知らないところで「何か」あったに違いない。
そんなことを考えながら、ミリアは決して、エリンシェに追及しようとはしなかった。――あの話し合いの中で、「できるだけ、何かあったら相談もする」と口にしたエリンシェのことを、ひとまずは信じてみようと考えたからだった。
だが、そんなミリアの思いもむなしく、エリンシェは一向に、ガイセルとジェイトのことを打ち明けようとはしなかった。
……後に、ミリアはエリンシェを待ったことを後悔する羽目になったのである。
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――それから、しばらく経って。
学舎での生活がまもなく一年近くになろうとしていた時のことだった。
ミリア、カルド、ジェイトの三人は特に示し合わせたわけではなかったが、できるだけエリンシェと行動を共にするようにしていた。
だが、ある日突然、ミリアはエリンシェが涙を流しながら寮室に戻ったところに遭遇してしまったのである。
……ジェイトだ――〝彼〟と何かあったに違いない。ミリアはすぐにそう思ったが、やはり追及はせず、そっとエリンシェをなぐさめることにした。それでもなお、〝彼女〟が自ら打ち明けるのをじっと待っていたのである。
けれど、ミリアがいくら待っても、エリンシェは相談する素振りを一向に見せようともしなかった。それどころか、ジェイトと距離を置き、日を追うごとに思い詰めて、だんだん苦しそうになっていくばかりだった。おまけに、夜も眠れず、時々泣いているようだった。
「――エリン」
そんなある日の夜、ミリアは〝彼女〟が限界に近いのを見かねて、エリンシェに声を掛けることにした。
最初に「ジェイトと何かあったんでしょ」と尋ねてみると、エリンシェは黙ったまま、泣きそうな表情を浮かべた。続けて、ミリアが「その前にも……コンディー先生とも何かあったでしょ?」とガイセルとのことを問い掛けると、エリンシェは何とか涙を堪えている様子で、うなずいてみせた。
「エリンシェ、だから言ってるじゃない。 ――エリンシェの力になりたいんだって。 あの時『気を付ける』って言ってたのに、なんでそんなに辛そうになるまで黙ってるかな!? それに、いくら隠したって無駄なんだから! ――小さい頃から一緒だったあたしには全部お見通しなんだからね!」
やはり限界に近いところまで思い悩んでいたエリンシェを、ミリアは叱りつける。何度もうなずいてそれを受け入れる〝彼女〟を見て、ミリアは少し呆れながらも、やはり放っておくことはできないという思いに駆られていた。
……手助けしようにも、まずは事情を聞かなくては行けないだろう。そう考え、ミリアは口調を優しいものに変え、エリンシェから事情を聞くことにした。
エリンシェが最初に打ち明けたのはガイセルとのことだった。あの後、やはり二人の間に変化があったらしかった。――事情を聞いて思わずこぼしたミリアの怒りの言葉に対し、エリンシェがガイセルをかばったのである。……しかも、彼のことを名前で呼んで。
もちろん、ミリアはそれをしっかり聞き逃さなかった。気にはなったが、ひとまず追及するのはやめておくことにした。やはり、ガイセルは色々とわかっていて、エリンシェのことを守るべき存在くらいにしか思っていないのが見て取れたからだ。
……それにしても、エリンシェの気持ちを聞く前に否定するとは。ガイセルに〝彼女〟の気持ちを受け止めてほしいわけではないが、エリンシェを泣かしたことは少々気にいらない。その点を不満に思いながら、ミリアはガイセルがそこまでする理由を考え、思い付いたことを口にする。
「だけど、きっと先生には、エリンの気持ちを受け止められないくらい、好きな〝ひと〟がいるってことなんだろうね。 だからって、うーん……」
ミリアのその言葉を聞いたエリンシェが、衝撃を受けたようにはっと息を呑んだ。……どうやら、その胸にある感情が「好き」というものであることを自覚していないらしい。
この分だときっと、ジェイトに抱いた感情も「それ」だと、エリンシェは気付いていないのだろう。ミリアはそんなことを考え、今度はジェイトとの事情を聞いてみることにした。
……ガイセルにしろ、ジェイトにしろ、エリンシェを泣かしたのだけは絶対に許せない。
エリンシェとジェイトの事情を聞いて、真っ先に、ミリアはそんなことを思った。ガイセルには手が出せそうにないが、少なくともジェイトには手が届く。
「……今度ジェイトぶっ飛ばしてやろう」
そんなミリアのつぶやきに、エリンシェが少し反応を示す。――じっと〝彼女〟に見つめられ、ミリアはすぐに「な、なんでもない」と誤魔化した。
……それにしても、エリンシェは自分の中にある感情が「好き」というものであることに気付いていないらしい。このままでは、エリンシェとジェイトがお互いにその「おもい」を伝えるのは当分先のことになりそうだ。そんなことを考え、ミリアはエリンシェのそれが「恋」であることを告げてみることにした。
けれど、エリンシェは納得していない様子を見せた。むしろ、戸惑っているようにも見えた。……釈然としないが、ガイセルの言う通り、エリンシェがその「感情」が「好き」というものであることを自覚し、本当に伝えたいと思うその瞬間を待つしかないだろう。
「そう言うミリアはどうなの?」
ふと、エリンシェが少し不機嫌そうにそんなことを尋ねて来た。すぐさま、ミリアはいたずらっぽく微笑んで、「――いるよ、好きなひと」と宣言してみせた。
……自分のことは分からなくても、親友のことなら分かるかもしれない。そう考え、ミリアはエリンシェに誰のことを想っているのか、尋ねてみる。
少し考えて、エリンシェは納得した様子で、顔を赤らめつつ「うん!」とすぐにうなずいてみせた。そして、〝彼女〟自身のことよりも興奮した様子で、「――それで……ミリアはどうするの?」とそんな問いをミリアに投げ掛ける。
改めてカルドへの気持ちを口にして、ミリアはその「おもい」がより一層強くなるのを感じていたが、やはりその時はまだ、エリンシェとジェイトのことを見守りたいという思いの方が勝っていた。
「えー、どうもしないよー。 エリンたちがそんな様子じゃ、しばらく何もできそうにないもん。 ――自分のことは後回しにするから大丈夫」
話しながら、ミリアは手をひらひらさせる。……そうしていると、胸の中の「おもい」が少しは紛れていくような気がしていた。
ミリアのその言葉を聞いたエリンシェは少し残念そうな表情を見せた後、「好き」という感情がどんなものかを尋ねた。
……そう改めて問い掛けれると、返答に困ってしまう。思わず、ミリアは唸り声を上げながら、まだその「感情」を理解できないエリンシェにどう伝えれば良いのか、考え込んだ。
ミリアがカルドのことをおもうと、一番先に思い浮かぶのは「ずっとそばにいたい」という思いだった。……この思いなら、エリンシェにも伝わるかもしれない。そう考えて、少し表現を伝えて、その答えを〝彼女〟に返した。
すると、それを聞いたエリンシェがミリアの答えを反芻しながら、物思いに耽り始めた。……やはり「好き」という感情が理解できていないようで、最初は難しい表情を浮かべていた。けれど自分なりに、ミリアの答えと自身の中にある思いを照らし合わせて考えているようだった。少し経つと、何か掴めたのだろう、だんだん顔色が明るいものに変わっていた。
そこにすかさず、ジェイトに会いに行くよう、ミリアが提案すると、エリンシェはすぐにうなずいてみせた。
――エリンシェのその表情はどこか、何かを固く決心したもののように見えたのだった。
その次の日。エリンシェは早速、カルドと共に授業へ向かうジェイトを呼び止めた。
少しの間お互いに距離を置いていたせいなのか、エリンシェとジェイトの間に沈黙が降りてしまった。
……これはふたりきりにしてしまった方が良いだろう。とっさにそう思って、ミリアは「カルド、ちょっと」とカルドに呼び掛ける。
「まだ時間は掛かりそうだけど、なんだか良い感じになりそう。 ――だから、これから本格的に、あたしたちでお互いに協力していこうよ」
そして、目配せをしながら、カルドに小声でそう話して、足早にその場を後にした。
すぐに、カルドは「あぁ、分かった」とうなずいてみせると、足並みをそろえて、ミリアの歩調に合わせて同じく歩き出す。
……だが、そのままエリンシェを放っておいても、それまでと変わらず何の進展もなく終わりそうに思えた。ミリアはそんな〝彼女〟を何とか励まそうと、エリンシェの方に振り向き、その顔をじっと見つめた。
案の定、エリンシェはどこか複雑な表情を浮かべていた。……どうやら少し、心が揺らいでしまったようだった。だが、ミリアの応援に気付いたのか、どこか緊張している様子ではあったがきちんと口を開いていた。
何を話しているのか、あえて耳にしないことにしたが、気持ちを込め真剣に話すエリンシェの声を聞いて、ミリアは満足した。思わず笑みを浮かべながら、その場を後にしたのだった。
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――そして、時は流れて。
その後は何事もなく平穏無事に、一年目の学舎での生活が終わりを告げようとしていた。
けれど、いくら平和そのものと言っても、ミリア・カルド・ジェイトの三人はやはりエリンシェの側を片時も離れようとしなかった。少し変わったのは、ミリアとカルドはあの日話したように、お互いに協力して、エリンシェとジェイトの仲を取り持つように示し合わせるようになっていた。
その甲斐あってか、エリンシェの中で、ジェイトに対する「感情」が少しずつ変わり始めたのを、ミリアはひしひしと感じていた。……どうやら、カルドもジェイトが同じような「おもい」を抱き始めたことを、肌に感じているようだった。
だがやはり、まだまだ時間は掛かりそうだった。当分の間はエリンシェとジェイトのことを見守り、手助けしていく必要があるだろう。けれど、いつか……。
――いつか、ふたりがめでたく幸福になる、そんな時が来たら。……その時は必ず、この胸に在る「おもい」をカルドに伝えよう。
ミリアはそんな決心を固め、一年の残りの日々を過ごしていたのだった。
――そして、ほどなく、学舎での生活が二年目を迎えようとしていた。




