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――気が付くと、いつの間にか、どうしようなく心がひかれていた。
あの時――エリンシェが目を覚ました時以来、ミリアはカルドのことが気にならずにはいられなかった。……今までは親友さえいれば、それで良いと思っていたのに。
けれど、やはりあの時決心したように、何をする訳ではなく――「おもい」を伝えることもなく、日々を送っていた。ただ、以前と比べると、エリンシェとジェイトのふたりに加えて、カルドとも過ごす時間が増えてはいた。
そうしているうちに、どうしようもなく、ミリアは自分がカルドに心ひかれていることに気が付き、時には胸を痛めることがあった。……けれど、どうすることもできずにいた。――エリンシェとジェイトの関係がそれほど進展していないことを知っていたからだった。
とはいえ、ふたりの仲は全く進んでいない、という訳でもないらしかった。エリンシェが目を覚ましたその翌日、何かふたりに変化があったらしく、お互いのことを名前で呼び合っているのを、ミリアはきっちりと聞き逃していなかった。……まだまだ先は長そうだが、ふたりのことを見守っていく必要がありそうだった。――そのためにも、ミリアとしては、カルドとの「関係」を変える訳にはいかなかったのだ。
一方で、特に示し合わせた訳ではなかったが、ミリアはカルドと歩調を合わせて、引き続きエリンシェとジェイトのことをそっと手助けしていた。
その一つとして、エリンシェの誕生日を四人で祝うささやかな会を設けることにした。すると、ジェイトがひとりでに、積極的に行動を起こして、更にエリンシェとの仲を深めることができたようだった。
少しずつではあるが、順調に進んでいる。
――はず、だった。が……――。
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――しかし、〝特別〟な存在であるということが、エリンシェに大きな「影響」を及ぼしていたのだ。
ある日のこと。エリンシェに〝異変〟が起きたのだ。
その日、ミリアはエリンシェにずっと違和感を覚えながら過ごしていた。――当の本人は平穏を装おっているつもりのようだったが、なぜかミリアの目には、エリンシェの様子が落ち着かないものに見えて仕方なかったのだ。
……エリンシェは――神経を張りつめ、【何か】に怯えている。もちろん、ミリアはその理由を聞こうとはした。けれど、エリンシェがそれを決して許そうとはしなかったのだ。――誰とも目を合わせず、何もかもを拒んでいるように思え、とてもではないが、ミリアはひるんで口を開くことができずにいた。
午前中の授業はそうしているうちに終わってしまい、間もなく午後一番で世界学の授業が始まった。……いつもなら集中して授業に臨んでいるはずのエリンシェだったが、やはりまだ落ち着かない様子でいるようだった。
そのまま授業を思え、エリンシェが音もなく立ち上がる。ガイセルを追い掛けるように、廊下へと向かうのを見て、ミリアは気のせいだったかもしれないと胸をなで下ろした。……だが、それも一瞬のことで、目を離した隙にエリンシェがいなくなったのを受け、途端にとてつもなく嫌な予感がミリアに襲いかかったのだ。
「……っ!!」
不安が一気に押し寄せ、ミリアは廊下に飛び出る。しかし、エリンシェの姿はどこにも見当たらない。少し迷って、ガイセルの研究室へと足を向けたが、進めば進むほど、エリンシェはそこにいないという気がしてならなかった。
思い切って踵を返し、ミリアは「あるところ」へと走った。……やはり、嫌な予感がする。きっと、「助け」が必要になるはずだ。そう考えて、ミリアは足を進めるのだった。
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ミリアが向かったのは、カルドとジェイトのいる寮室だった。
……ひょっとすると、エリンシェがいるかもしれない。そんな淡い期待を込めて扉が開いたが、そこにいたのはやはりその二人だけだった。
「ねぇ、エリン知らない?」
ミリアがそう尋ねると、ジェイトが身を乗り出しながら、首を横に振って応えた。そして、不審そうな表情で「コンディー先生のところへ行ったんじゃないの?」と聞き返した。
……もしかすると、嫌な予感を覚えたのは自分だけじゃないかもしれない。ジェイトのその反応を見て、ミリアはとっさにそう思った。……それにしても、エリンシェは一体どこへ行ってしまったのだろうか。急いで、〝彼女〟を探さなくてはいけない。
「うん、あたしも最初はそう思ったんだけどね。 でも、何だか、胸騒ぎがして……」
それを聞いたジェイトがカルドと顔を見合わせると、立ち上がって「――行って来る」とすぐに寮室を出て行こうとした。……やはり、違和感を覚えたのは自分だけではなかったのだ。慌てて、ミリアは「待って!」とジェイトに呼び掛けた。
「あたしも行く。 手分けしよう」
その言葉にカルドもうなずいて、ジェイトの返答を待っていた。いてもたってもいれない気持ちのまま、ミリアはカルドの方へと目をやる。すると、それに気付いた彼がまた、深くうなずいてみせた。
「分かった。 それじゃ先に行ってる!」
振り返るとそれだけ言い残して、ジェイトがその場を後にした。ミリアもすぐに追い掛けようとする。――が、心配そうな表情を浮かべたカルドに手を引いて「大丈夫か」と声を掛けられ、一旦立ち止まることになった。
……今回ばかりはカルドの顔を見ても、不安を拭うことができそうにない。だが、一度冷静になった方が良いかもしれない。そう考え、深く息を吐いた後、ミリアは口を開いた。
「どうしよう、カルド……。 今朝からエリンの様子がおかしかったの。 だけど、あたし、何もできなくて……。 さっきからすごく嫌な予感がして仕方ないの。 とにかく早く……あの娘を見つけなきゃ」
「とりあえず落ち着け。 ……ジェイトも今朝から、エリンを気にして落ち着かない様子だった。 だけど、さすがに今回ばかりは……。 ――今回ばかりは『助け』が必要なような気がする。 まずコンディー先生のところに行こう」
カルドの言葉にミリアはうなずいて、何とか気持ちを落ち着けようと試みながら、カルドと共に、急いでガイセルの研究室に向かうのだった。
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「分かった、すぐ行こう」
事情を聞いたガイセルが二つ返事をして、支度を始める。ミリアはつかの間ほっとするが、やはり不安は拭えずにいた。
……こたえてはくれないかもしれない。そう考えながらも気が付くと、ミリアは「あの、先生……」とガイセルに声を掛けていた。
「――うん、君の言いたいことはわかる。 ……だけど、今はこたえてあげられそうにない。 今はまだ、ね。 だけど、直にわかるだろうから、とりあえず今は〝彼女〟を助けることに専念しよう。 ……ところで、〝彼〟は一緒じゃないのかい?」
ミリアの思っていた通り、やはりガイセルは何か知ってる様子だった。問い掛けにこたえてもらえなかったことは残念だったが、少なくとも、ガイセルもエリンシェを助けようとしているのが分かり、ミリアは少しだけ安堵して彼の問いに答えた。
「ジェイトのこと、ですか? 先に行って、エリンを探してます」
それを聞いたガイセルが動きを止め、何かを思案し始めた。少しして、「なら……」とつぶやいて、ぱっと顔を上げると早口に話し始めた。
「――なら、大丈夫だ。 〝彼〟の存在は〝彼女〟にとって強いものだからね。 とはいえ、さすがに援護が必要そうだ。 僕は『助け』を呼んでくるから、君たちは先に行ってくれ。 恐らく……遠くには行っていないはずだから、森の辺りを探すといい」
妙に確信を持ったガイセルの口ぶりに、ミリアは思わず、カルドと顔を合わせずにはいられなかった。……やはり、ガイセルは色々とわかっているのだ。カルドの方も少し戸惑ったような表情を浮かべていたが、深くうなずいて、指で外を示した。――ガイセルの言う通りにしよう、カルドはそう言っているのだ。
ミリアはうなずき返しながら、「分かりました」とガイセルに返事をするとすぐに、カルドと共に学舎の外へと向かうのだった。




