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不意に、「その機会」が訪れることになった。
「――ねぇ、カルド」
そうミリアから声を掛けられた瞬間、カルドはついに来たかとすぐに思った。話す機会が多くなり、ミリアとだんだん仲良くなって来ていたカルドは、少しだけではあるが、彼女の考えていることが分かるようになっていた。
……ついに、エリンシェと話すことになるのか。カルドはそんな覚悟を決めながら、ミリアに話の先を視線だけで促した。
すると案の定、ミリアから、薬学の授業でエリンシェと相席してくれないか、また〝彼女〟に薬学を教えてくれないかと頼み込まれた。
それを聞いた瞬間、思わずカルドは不安を感じていた。――ミリアとはかなり仲を深めることができていたが、他の女の子ともなるとそうはいかないような気がしたのだ。もちろん、エリンシェとは話したいとは思っていたカルドだが、いざその時になると自信がなくなっていた。
「大丈夫、大丈夫だから。 話してみたらきっと仲良くなれると思う。 エリンは恥ずかしがり屋であたしみたいな性格じゃないけど、きっとあんたなら一緒にあの娘を見守ってくれるって、あたしはそう思ってる。 ――だから、お願い、あたしを信じて」
ふと、戸惑い迷っていたカルドに、ミリアがそんな言葉をきっぱりと言い切ってみせた。その瞬間、思わずはっとして、カルドは顔を上げていた。
彼女をじっと見つめながら、カルドは思っていた。……ミリアなら。――ミリアのことなら信じられる。どんなに不安を感じていても、自分と「心」を通わそうとしてくれている彼女がそう言うのなら――ミリアを信じさえすれば乗り越えることができる。
それに、ミリアがカルドならエリンシェを任せられると言い切ったのと同じように、カルドも彼女ならジェイトのことを手助けしてくれるのではないかと、カルドはそう思っていた。
「分かった。 じゃあ、俺はミリアにジェイトのことを任せることにする。 ……あいつ、色々悩んでるみたいだから、俺もミリアに手伝ってもらればいいってそう思ってたんだ。 ――だから、ミリア、俺からも頼んだ」
「うん、任された!」
カルドがうなずき強い口調でそう言うと、即座にミリアがそう返事をした。そして、彼に手を差し出して、握手を求めた。
すぐに彼女のその手を取ったカルドは優しい表情を浮かべた。ミリアを信じよう――そんな思いをこめながら、カルドは彼女の手を強く握り返したのだった。
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――そして、ついに「その時」がやって来た。
薬学の授業で、カルドはエリンシェと相席することになった。
「あ、あの、ソルディス君。 今日はよろしくね」
意図していたわけではないが、やはり女の子ともなると、どうしても緊張してしまい、表情が固くなっていたらしい。しばらく経つと、エリンシェがそんなカルドの様子をうかがいながら、沈黙を破るかのようにおずおずと声を掛けた。
……不思議なコだ。〝彼女〟を見ていると、何かひきつけるものがあるのか、心を奪われそうになる。カルドはエリンシェを見ながら、ふとそう思った。
ミリアがよくエリンシェのことを口にしていたが、なぜだか〝彼女〟を守りたくなる衝動に駆られるのだと話していたのを思い出す。妙に納得しながら、カルドは微笑んでみせながら言った。
「カルドでいいよ。 俺もエリンって呼ばせてもらうから。 薬学、苦手なんだって? 助けてやるから、俺に任せとけ」
「ありがとう。 ソル……――違った、カルドって怖い人なのかと思った」
すると、エリンシェが安堵した様子で、小さく笑みをこぼした。そんな〝彼女〟を見ていると、なぜかジェイトのことがカルドの頭をよぎる。……ふたりはやはり、どこか「似ている」のだ。それに、ミリアの言ってたことも分かる気がする。なぜだか守りたくなる衝動に駆られる――ジェイトと同じようにエリンシェのことを見守りたいとそう思わずにはいられなかった。
……もう少しエリンシェのことを知りたい。カルドはそんなことを考えながら、カルドは冗談を口にする。
「よく言われる。 俺は普通の顔してるつもりなんだけどな」
すると、エリンシェがまた笑いをこぼした。思わずカルドも釣られるようにして吹き出して、少しの間二人は笑い合った。
「――なぁ、エリンってジェイトのこと、どう思ってる?」
そして、他愛もない話を少しした後、カルドはエリンシェにそう問い掛ける。
エリンシェは少し考えた後、ちらりと、ジェイトとミリアがいる前の方に目をやると、羨ましそうな表情を浮かべて言った。
「……分かんない。 でも、仲良くしたいとは思ってるの。 私、彼に言いたいことがあって、話ができたら良いなって……」
それを聞いて、カルドはふと、あることに思い当たった。エリンシェは本当に、「あの時」――世界学の授業の前の一件で、ジェイトに助けられたようだ。〝彼女〟はその時の礼を伝えたいと思っているようだった。
――ということは、ジェイト、エリンシェを守ることができたんだな。カルドはそう思うと嬉しい反面、あのさみしい感情に襲われてもいた。
「あの時」のことはジェイトがあまりに話したがらず、カルドも深く追及せずにいたので、詳しくは知らなかった。だが少なくとも、ジェイトはエリンシェに感謝されるくらいの働きをしたということになる。
……無意識ではあるだろうが、ジェイトはそこまでエリンシェのことをおもっているのか。そう考えると、カルドは「さみしい」感情を抑え、ジェイトのことを助けたいという衝動に駆られた。
どうも話したいという気持ちはふたりとも一致しているようだが、このまま放っておくと何の進展もしなさそうに思えた。
「――ねぇ、そういうカルドはどういう関係なの?」
カルドがそんな物思いにふけり、無性にムズムズし始めていると、エリンシェからそんな質問をされた。考えるのを止め、カルドはすぐに答える。
「俺とあいつか? ……そうだな、かなり深い関係だとは思うけど。 俺にとって、あいつは小さい頃からずっと一緒で、幼なじみでもあり兄弟のような存在でもある、親友ってとこかな。 エリンとミリアも大体そんな感じだろ」
「うん、そうだね。 私も小さい頃から、ミリアとはずっと一緒。 元々はお母さん達が親友同士なのがきっかけで、仲良くなったの。 今でも二人とも仲良しでね、いつもお母さん達見て、『私たちもずっと同じくらい親友でいようね』って約束してるんだ」
優しく微笑みながら、ミリアのことを話すエリンシェを見て、カルドも釣られるようにして顔を綻ばせた。
〝彼女〟ほどではなかったが、カルドもミリアのことをとても大切に想っていた。彼女のことは親友だと思っていたし、それどころか「相棒」のような存在にも思えていた。――ミリアになら「心」を預けられる、カルドはそう思っていた。
そんなミリアのことを優しい表情で口にするエリンシェを見て、カルドは〝彼女〟とならもっと仲を深めることができると直感した。
「いいな、それ」
相づちを打ち、エリンシェを見ると目が合い、思わず二人してしばらく笑い合いながら、カルドはミリアの言っていたことをふと思い出していた。――あんたなら、一緒にあの娘を見守ってくれるって、あたしはそう思ってる。彼女はそう話していた。
ジェイトと同じように、エリンシェを見守り、手助けしてやりたい。――ミリアと一緒に。いつの間にか、カルドはそう強く感じていた。
「……なぁ。 次の授業でジェイトと話してみるか?」
気が付けば、カルドはそう切り出していた。――直感を信じて、エリンシェを手助けすることを決心したのだ。
「えっ、いいの?」
首を傾げていたエリンシェが、カルドの提案を嬉しく思っているのか、顔を赤らめていた。
その表情を見た瞬間、なおさら後には引けないと思ったカルドはすぐに、次の行動に移る。エリンシェに、話をしているジェイトとミリアを注目するように伝え、普通に会話を交わしているように見えるが、実際はミリアが引っ張っているのだと示した。
ミリアのことをよく知っているエリンシェが、納得したような表情を浮かべた。けれど、まだ一歩踏み出すには至っていないようだった。間髪入れずに、カルドはエリンシェの背中を押すように、口を開いた。
「――たぶん、ジェイトは恥ずかしがると思う。 エリンも中々話し掛けられないんだろ。 けど、それじゃ駄目なんだ。 ――どっちかが勇気を出さないと。 ……きっかけはいつだって作ってやれる、あとはお前ら次第だ。 できるか、エリン?」
「うん、私、やってみる!」
カルドの言葉を聞いて、エリンシェが何かを決心した表情を浮かべて、すぐにそう言って応えた。
エリンシェのその表情を見た瞬間、カルドもふと思った。――エリンシェなら。きっとエリンシェなら大丈夫だ。どんなこともジェイトとふたりなら乗り越えられるだろう。なぜかは分からないがそう強く感じて、カルドはふたりをそっと見守っていこうと決心した。
「ジェイトのこと、よろしく頼むな」
カルドはそんな決心を込め、つぶやくようにそう言った。すると、エリンシェがすぐにうなずいてみせた。
〝彼女〟のそんな様子に、胸をなで下ろしながら、カルドはミリアのことを思い浮かべていた。――授業が終わったらすぐに、彼女に会いに行こう。そして、ジェイトとエリンシェのことをふたりで見守っていこうと決めた、そのこころをミリアに話してみよう。
そうこうしているうちに、間もなく授業が終わった。カルドはエリンシェと別れ、ミリアの元へ向かうのだった。




