♡ 3
ଓ
ミリアがカルドと協力するようになってから、しばらく経った。
お互いに、ミリアはジェイトと、カルドはエリンシェと交流する時機を設けるという約束をしていたが、中々その機会が訪れなかった。
その代わり――と言ってはなんだが、時々ミリアはカルドと授業で相席して、交流するようになった。何度かそうしているうちに、いつの間にか、ミリアとカルドは軽口を叩き合う仲にまで進展していた。
ミリア自身、それまではあまり男の子と仲良くすることはなかったが、不思議なくらい、カルドとはなぜか気が合った。一緒にいても居心地が良く、「心」も許せるほどだった。そうだと分かって以来、ミリアは真剣にカルドと「心」を通わせようとするようになっていた。
その成果もあって、ミリアはカルドのことをすっかり「親友」だと思っていた。――エリンシェほどではなかったが、カルドのことも大切に思っていたのだった。
すっかりカルドと仲が良くなったミリアだったが、彼女が特に好きだったのはジェイトのことを話すカルドの様子だった。〝彼〟のことを口にするカルドはどんな時よりも、優しい表情をしていた。そんなカルドに、ミリアはどこかひかれていたのだった。
それと同時に、ミリアはジェイトにも興味を持つようになっていた。最初はエリンシェのことを任せられるかどうか確かめようとしか思っていなかったが、カルドの様子を見ていると、単純にジェイトと仲良くなりたいと、〝彼〟自身に興味が湧いて来たのだった。
……そのうちに、ジェイトと話す機会を設けなければならない。そして、カルドにもエリンシェのことを知ってもらわければならない。ミリアはそう思っていた。
そんな矢先、エリンシェに「変化」が起きた。
――エリンシェが度々、世界学の賢者であるガイセルの元を訪れるようになったのである。
(……あれ)
そのことを知って、ミリアは少々面くらった。……ジェイトと初めて会った時の「感覚」に狂いはないはずだった。けれど、エリンシェがガイセルと会っている時はまるで……――。
――かと思いきや、エリンシェはジェイトのこともよく考えているようだった。あえて詳しくは聞いていないが、初めての世界学の授業の前――あの時に、エリンシェはジェイトに助けてもらったようだ。どうも、その時の礼を言い損ねて悩んでいるようだった。
(……あれれ?)
エリンシェの考えていることはたいてい分かるミリアもさすがに戸惑った。しかも、奇しくも、エリンシェがジェイトとガイセルとのことを考え、板挟みになり始めたのは初めての世界学以降のことだった。ミリアが思うに、現在の段階ではガイセルの方が有利……な気がした。
初めこそ、ガイセルに興味を持ったエリンシェをからかっていたものの、時間が経つにつれ、ミリアの心境は少しずつ変化していった。――何だか、ジェイトのことが不憫に思えて来る。それに、ジェイトと話すことができず、悩んでいるエリンシェを放っておくわけにはいかなかった。
……これは早く何とかしないといけない。そう強く感じて、ミリアは行動を起こすことにしたのだった。
ଓ
「――ねぇ、カルド」
そして、次の授業ですぐに、カルドと相席するなり、ミリアは彼に声を掛ける。
すると、カルドがちらりと視線だけを寄越して、ミリアをじっと見つめた。先を促しているらしい。
「あのね、次の薬学の授業で、エリンと一緒に座ってくれない? あたしはジェイトと話してみるから。 それと……ついでに、エリンに薬学を教えてあげてくれない? あの娘、あんまり得意じゃないみたいだから。 あんた、あれ得意でしょ? ね、だからお願い」
ミリアがそう頼み込んでみせると、カルドは少し戸惑ったような表情を見せた。……エリンシェと話したいとは言ったものの、やはり女の子が苦手だということが少し引っ掛かっているらしい。
「大丈夫、大丈夫だから。 話してみたらきっと仲良くなれると思う。 エリンは恥ずかしがり屋であたしみたいな性格じゃないけど、きっとあんたなら一緒にあの娘を見守ってくれるって、あたしはそう思ってる。 ――だから、お願い、あたしを信じて」
その言葉を聞いて、カルドがはっとしたように顔を上げ、ミリアをしばらくじっと見つめた。そして、少し考える素振りを見せた後、「分かった」と強い口調でうなずいてみせた。
「じゃあ、俺はミリアにジェイトのことを任せることにする。 ……あいつ、色々悩んでるみたいだから、俺もミリアに手伝ってもらればいいってそう思ってたんだ。 ――だから、ミリア、俺からも頼んだ」
「うん、任された!」
ミリアは勢いよくうなずくと、そう話したカルドに手を差し出した。
すぐに、カルドも優しい表情を浮かべ、うなずいてみせると、彼女の手を強く握り返したのだった。
ଓ
――そして、ついに「その時」がやって来た。
「どうもー」
すでに薬学の授業の準備を始めていたジェイトに、ミリアはそう声を掛け、〝彼〟の隣へと着席する。
一瞬手を止めると、ジェイトはミリアをじっと見つめて、黙ったままぺこりと頭を下げた。少し恥ずかしそうにしているのを見ると、カルドほどではないが、どうやら〝彼〟も女の子というものが苦手らしい。
「えーと、改めて、自己紹介するね。 あたし、ミリア・フェンドル。 ミリアでいいよ、あたしもジェイトって呼ばせてもらうから」
そうだと分かり、ミリアは積極的に、ジェイトと話してみることにした。初めに軽く自己紹介をすると、「よろしく」と手を差し出した。
ジェイトがすぐにうなずいて「よろしく」と彼女の手を取る。ミリアは〝彼〟の手をぎゅっと握って何度か振ると、にっこりと笑ってみせた。
すると、少し緊張がほぐれたのか、ジェイトも口元を緩ませた。それを見たミリアは続けざまに口を開いて言った。
「ねぇ。 エリンのこと、助けてくれたんでしょ? ありがとう、あたしからもお礼を言っておく」
それを聞いたジェイトが「いや……」と口をにごしながら、顔を赤らめていた。
ミリアはジェイトのそんな様子を見ながら、不思議に思っていた。……おどおどしていて――頼りなさそうでとてもじゃないが、そんな〝彼〟がエリンシェを助けたという事実がどうしても、頭の中で結びつかない。それと同時に、ジェイトのことを口にするカルドが優しそうな表情をしながらも、どこか〝彼〟のことを心配そうにしていることに、こういうことだったのかと妙に納得もしていた。
……何だか、無性にムズムズする。確かにこれは、エリンシェとジェイトのふたりをこのまま放っておけば、ずっと何の進展もしなさそうだ。そう考えて、ミリアは思い切った質問をジェイトに投げかけてみることにした。
「ちょっと聞いてもいい? ジェイトってさ、あの娘のこと、どう思ってるの?」
その瞬間、ジェイトが口を結んで固まり、そのままうつむいてしまった。そして、目を泳がせながら、何かを考えている様子を見せた。ミリアはそんな〝彼〟を見つめながら、答えが返ってくるのをじっと待った。
「えっと、言葉にするのはちょっと難しいんだけど……。 何だか、どうしようもなく、〝彼女〟にひかれてるんだ。 この『気持ち』が何なのか、今はまだ分からないけど、どうしても〝彼女〟のことが気になって仕方ないんだ。 あの時〝彼女〟を助けたのも、胸がそんな『気持ち』でいっぱいになって、身体が勝手に動いていたからなんだ。 でも、『何だ、お前は?』っていう質問をぶつけられた時、本当に、一体僕は〝彼女〟の『何』なんだろうって、正直そう思った。 それでも……。 ――それでも、僕は自分でも、この『気持ち』をとめることはできないんだ」
少し経って、ジェイトが真剣な面持ちを浮かべ、そう強く言い切った。思わず、ミリアはそんな〝彼〟から目を離すことができなくなっていた。……あぁ、ジェイトはもうすでに、エリンシェのことを――――。
「だけど、そんなこと言いながら、いつまで経っても勇気を出せないんでいるんだ。 ――〝彼女〟とろくに話すらできてない。 〝彼女〟のことを大切に思ってるミリアからすれば、こんな僕を見てたら心配になるんだろうね」
そう言って苦笑いするジェイトを見つめながら、ミリアはカルドが口にしていたことを思い出す。――何だかいつも、ジェイトを見ていると心配になる。……そう話すカルドに同感だった。なぜか、〝彼〟を放っておけないとそんな気が強く湧いて来る。
「手を……貸そうか?」
気が付くと、ミリアは無意識にそうつぶやいていた。思わずはっとして顔を上げると、ジェイトと目が合った。そんな〝彼〟の瞳を見て、ミリアはふと直感する。……この人なら。――ジェイトなら大丈夫だ。
「え、本当に? ……いいの?」
「……うん。 だけど、あたしはそんな甘くないんだから! ――言いたいことは言って、かなり厳しくする。 そうでもしないと、あんたってば頼りなさそうだから。 しっかりしてもらわないとあの娘を任せてあげないんだからね!」
ミリアはその感覚を信じることに決めた。だが、それと同時にあの「さみしさ」が襲って来た。ミリアは「それ」を打ち消すように首を振って、ジェイトにそう宣言する。
……ジェイトの背中を押しながら、〝彼〟のことを少しずつ知っていこう。――そして、いずれはふたりのことを祝福しよう。ミリアはそう決めたのだ。
ミリアの言葉を聞いて、ジェイトが嬉しそうに微笑んだ。その表情に思わず、何ともいえないあたたかい気持ちになりながら、ミリアは付け足した。
「とりあえず、カルドと一度相談してみるね。 力になってくれるかもしれないから」
「うん、ありがとう」
そう言ってまだ微笑んでいるジェイトを見つめながら、ミリアは少し物思いにふけった。……カルドも自分と同じように、エリンシェのことを見守ろうと思ってくれただろうか。この授業が終わったらすぐに、彼に会いに行こう。そんなことを考えながら、ミリアはその後、ジェイトと授業の合間を縫って、他愛もない話をした。
そして、授業の終わり際、ミリアは真剣な表情を浮かべ、「ジェイト」と呼び掛ける。
「――頼んだわよ」
振り返ったジェイトに、強い声色でミリアはそう言った。――エリンシェのこと、頼んだわよ。
ミリアの真意を知ってか知らずか、ジェイトも真剣な面持ちで、しっかりとうなずいてみせた。
――この人なら大丈夫。再びそう直感したミリアは、授業が終わるとすぐにジェイトと別れ、カルドの元へと向かうのだった。




