Feather 15 ଓ 反撃 〜counterattack〜
ଓ
「エリンシェに触るな!!」
(ジェイト……!!)
その、聞き覚えのある勇ましい声に、エリンシェの心が踊った。本当はすぐにでもジェイトの元へ駆け付けたかったが、未だ「カラダ」は【命令】に従っていて、言うことをきかなかった。どうしようもなく、エリンシェは途方に暮れていた。
だが、そんな〝彼女〟に好機が訪れた。――すぐ傍らにいた【彼】が動いたのである。ジェイトの声に振り返った【彼】は立ち上がりながら、どこからか【鎌】を取り出した。そして、一瞬でゼルグの姿に変化すると、エリンシェの視界から姿を消した。
その瞬間、「カラダ」がいくらか軽くなったような気がしたが、まだエリンシェの意思で動くことはできなかった。それでも、エリンシェはもがいて、何とかその場から逃れようとした。――が、「カラダ」はやはり動こうとしなかった。
ふと、エリンシェの視界の隅に、走り抜けてくるジェイトの姿がちらとうつった。かと思うと、「エリンシェ!」と〝彼〟の呼び掛ける声が、すぐ近くに聞こえた。
(ジェイト、ジェイト!!)
エリンシェは心の中で必死に呼び掛けたが、それを声にすることができなかった。応えたくても応えられず、エリンシェは虚空を見つめることしかできなかった。
反応がないことに不安を覚えたのか、ジェイトは残っていた鎖を切り離した後、慌てたように、ベッドに上がって、エリンシェを抱き起こすと、脈や呼吸を確認し始める。
そんなジェイトを抱き返すこともできず、エリンシェは思わず泣きたくなった。しかし、涙を流すことも敵わず、ますますエリンシェは途方に暮れた。
けれど、そんな悲しみを〝彼〟の温もりが全て拭い去っていった。さらに、先程まで感じていた恐怖も消え、エリンシェの心は少しずつ安らいでいった。
(あぁ……ジェイトは私のところへ戻ってきてくれたんだ)
――ジェイトは無事に「記憶」を取り戻し、エリンシェを助けに来てくれたのだ。〝彼〟に抱かれながら、エリンシェは「それ」をひしひしと感じ取っていた。……何とかして、ジェイトに応えたい。そんな強い思いをバネに、エリンシェは再びもがきはじめる。
ふと、遠くの方で、アリィーシュがジェイトに向かって助言をしているらしい声が聞こえた。どうやら、アリィーシュはゼルグと戦っているらしい。
エリンシェは少し考えて、アリィーシュの思惑を察知した。――おそらく、彼女は、戦うことでゼルグの気をエリンシェからそらそうとしているのだろう。現に、ほんの少しずつではあるが、「カラダ」が軽くなって来ている。
「エリンシェ」
ふと、アリィーシュの助言を聞き入れたジェイトが優しくエリンシェを抱き締めながら、もう一度〝彼女〟に呼び掛けると、小さな声で語り始めた。
「――お待たせ、エリンシェ、戻って来たよ。 ……ごめんよ、いくら【薬】のせいとはいえ、君のことを一瞬でも忘れて。 だけど、もう決して、僕は君のことを離さない。 どんな時でも君のそばにいる、そう誓うよ。 ……本当はこの『気持ち』全部、『君』に伝えたい。 ――だから、今度は君が僕のところへ戻って来る番だよ、エリンシェ」
ジェイトのそんなおもいに、エリンシェはなんとしても応えたいとそう強く感じた。多少軽くなってはいても、やはり「カラダ」はエリンシェの意思に従わず、ぴくりとも動こうとしなかった。それでも、エリンシェは意地で「カラダ」にいうことをきかせようとした。すると、わずかにではあるが身体を動かして、ジェイトに反応することができた。
それに気付いたジェイトが息を呑んでいた傍らで、アリィーシュが畳み掛けるように、エリンシェに語り掛けた。
〝エリンシェ、動けないだけで「起きて」るんでしょ! とりあえず、そろそろあなたの「力」を貸してくれない? ココに来ることはできたけれど、「帰り道」は確保できてないのよ! ――だから、とりあえず、あなたたちふたりの「力」で、この場を切り抜けてくれない?〟
もちろん、アリィーシュはそのついでに、戦ってしっかりとゼルグの気をそらしてもいた。
エリンシェは動けないながらも、彼女の話していたことを少し反芻し始める。一番引っ掛かったのは〝ふたりの「力」で、この場を切り抜けてくれない?〟というアリィーシュの言葉だった。一体、その真意は何だろうか。
少し考えて、エリンシェは一つだけ、心当たりを思い付いた。――〝疾風の弓矢〟だ。〝きっと役に立つから〟というアリィーシュの助言を受けて、名前を付けることになったのだ。……まさに今、何か役に立つことがあるのかもしれない。
それと同時に、エリンシェは聞き捨てられないことがあった。〝「帰り道」が確保できていない〟という問題だ。自ら身を呈してココまで来てくれたジェイトを、無事に帰さない訳にはいかない。何が何でも、この場を切り抜けなくてはいかない。
――そこで、〝彼女〟の心に火がついた。エリンシェは〝力〟を振り絞って、未だに言うことを聞こうとしない「カラダ」から、何とか腕を動かすことに成功した。
すぐに、エリンシェはそのままジェイトに腕を回すと、少しの間そっと〝彼〟を抱き締め返した。そうしていると、ジェイトの温もりをより一層感じることができた。……必ず、自分は〝彼〟の元へ戻らなければならない。
(もう少し待ってて、ジェイト)
ジェイトのおかげで、エリンシェは、〝力〟と勇気が湧いてくるのを感じていた。その〝力〟を奮い起こして、エリンシェは自分の意思で腕を動かし、首元のペンダントに手を伸ばす。
(お願い、来て)
エリンシェがそう強く願うと、ペンダントは独りでに、〝聖杖〟に変化して、〝彼女〟の右手におさまった。すぐに、エリンシェは〝聖杖〟を強く握り締める。
その瞬間、エリンシェは全身に〝力〟がみなぎっていくのを感じた。もうひと押し、ゼルグがエリンシェから気をそらせれば、自由に動くことができそうだった。恐らく、〝疾風の弓矢〟に「何か」をすれば、ジェイトとふたりでこの場を切り抜けられるのだろうと踏んで、エリンシェはそれに手を伸ばした。
〝――そうよ、エリン。 難しく考えることはないわ。 ただ「その名」を呼んで、「覚醒め」を「聖杖」に願うだけ〟
すると、今度はエリンシェにも聞こえるように、アリィーシュがそう話しているのが、〝彼女〟の耳に入った。やはりそうかと考えると、エリンシェは少しずつ気を集中させ始める。
そのすぐ後、ゼルグが〝彼女〟から完全に気をそれたのを、エリンシェは感じた。……きっと、アリィーシュが上手くやってくれたのだろう。「カラダ」が【命令】から解放され、エリンシェは〝力〟がみなぎってくるのを感じた。――これで、自由に動くことができるだろう。
〝ジェイト君、「疾風の弓矢」が本物だったらって考えたことはない? ――私達神々にはね、万物に「息吹」を与える能力があるの。 恐らく、その能力があの娘にもあるんじゃないかと思って、色々と助言をして来たの。 ――それに、エリンの「力」ならその能力を上手く応用できるんじゃないかと思って、そのブレスレットに名前を付けてもらっていたのよ〟
アリィーシュがジェイトにしている説明を耳にしながら、エリンシェはなるほどとひとり納得した。……「それ」がジェイトのためになるというのなら、何が何でもやり遂げてみせる。エリンシェはそう決意しながら、ぱっと顔を上げると〝彼〟から離れた。そして、ジェイトに笑ってみせると、〝聖杖〟を〝疾風の弓矢〟に向け、意識を集中し始めた。
(お願い、〝聖杖〟、ジェイトに「力」を!)
「今、ここに命ずる! 覚醒せよ、〝疾風の弓矢〟!!」
〝聖杖〟に強くそう願いながら、エリンシェは高らかに叫んだ。その次の瞬間、〝聖杖〟からまばゆい〝光〟が放たれ、〝疾風の弓矢〟を包み込んだ。
その〝光〟に共鳴するように、〝疾風の弓矢〟も銀色の「光」を放った。そして、「光」はジェイトを導くと、強く輝き、銀に美しく輝く「弓矢」へと変化した。
エリンシェはその「弓矢」を見た瞬間、「それ」が〝疾風の弓矢〟の真の姿なのだと悟った。
〝疾風の弓矢〟を創り上げ、覚醒させたのは自分だと思うと、エリンシェは驚きを隠せなかった。それだけ、自分の〝力〟と〝聖杖〟は強いのだと改めて実感した。……大神・ディオルトのように、〝聖杖〟と絆を深めることができれば、もっと強くなれるかもしれない。そう考え、エリンシェはこの場から逃れられたら、そのためにはどうすればよいのか、アリィーシュに尋ねてみようと決心した。
そんなことを考えながら、エリンシェは〝疾風の弓矢〟をじっと見つめていた。……どこか、いつも優しく勇敢なジェイトと重なるところがある――不思議な「弓矢」だ。まさに、ジェイトに相応しい、新しい「力」だと言えるだろう。
「その『弓矢』が正真正銘の〝疾風の弓矢〟。 ――新しいジェイトの『力』だよ」
エリンシェがそう語り掛けると、思い切ったように、ジェイトは〝疾風の弓矢〟を掴み取った。そして、そのまま〝疾風の弓矢〟を構えると、一発ゼルグに射抜いた。
風を巻き起こしながら、一直線にゼルグの方へ向かっていった矢は見事【彼】に命中した。そして、矢が巻き起こした風は、体勢を整えようとしていたゼルグを煽り、後退させた。
「……やった」
そうつぶやくと、ジェイトはもう一度〝疾風の弓矢〟を構え、意識を集中させていた。
エリンシェは〝羽〟を広げると、新しい「力」を手にした〝彼〟の隣に並んだ。〝疾風の弓矢〟を手にしただけで、がらりと変わった〝彼〟を見ていると、思わず胸が高鳴っていた。……今なら、ふたりでこの場を切り抜けることができるだろう。
「さあ、ジェイト。 ――反撃開始だよ」
〝彼〟――ジェイトに向かってそう声を掛けると、エリンシェはゼルグをにらみ付けながら、〝聖杖〟を構えた。
〝おかえり、エリン〟
そこに、アリィーシュが〝杖〟を手にしたまま、合流した。エリンシェは「ただいま」と短く返しながら、思案する。
恐らく……「力」を手にしたジェイトが新しく加わったとはいえ、まだゼルグと渡り合うことはできないだろう。エリンシェは一度、【薬】を盛るために連れ去られたあの時、【敵】の強さを思い知ったのだ。いくら三人掛かりとはいえ、まともに戦っても敵わないだろう。それに、ゼルグとヴィルドがまるで一体のように動いているのも気に掛かる。心なしか、一体の時は【敵】の【力】も強くなっている気がしていた。やはり、アリィーシュが言っていたように、この場から切り抜けるという選択肢しかないだろう。
そうこうしているうちに、ゼルグが体勢を立て直し、【鎌】を構えていた。【彼】のその表情はどこか涼しげで、余裕がありそうだった。
――やはり、後退だけでは足りないのだろう。せめて、怯ませないといけないのだろう。そう考えながら、エリンシェは〝聖杖〟を握り直した。
ふと、ゼルグがニヤリと笑いをこぼすと、漆黒の翼を広げこちらへ向かって来た。すぐさまエリンシェは前に出て、間髪入れずに飛んで来た【彼】の攻撃を受け止めた。
「……つまらないなぁ。 あのまま、ボクらのモノになってれば良かったのに」
そう囁くゼルグに寒気を感じながら、エリンシェは【鎌】を何とか跳ねのけた。その一撃だけで圧倒的な【力】の差を改めて実感させられた。何とか打開策を探っていると、そこに、援護するかのように、ゼルグに向かって矢が放たれた。――ジェイトが〝疾風の弓矢〟を射抜いたのである。
その矢を、ゼルグが今度は安々と手で受け止めると、またニヤリと笑みを浮かべながら、ジェイトの方を向いて言った。
「キミもただのヒトなのに、このボクに歯向かうなんて……。 さすがに少しは驚いたよ」
あまりに冷たい瞳で話すゼルグの表情に、思わずエリンシェもジェイトも後ずさりする。……駄目だ、やはり今のままでは到底勝てそうにない。
〝「聖光」!〟
そんなエリンシェの不安を拭い去ろうとするかのように、アリィーシュがそう唱えながら、〝杖〟を思い切り振った。そして、〝聖光〟によってゼルグを少し後退させると、振り返って力強い口調で言った。
〝大丈夫、あなたたちふたりならできるから。 ――さあ、エリン、もう一発いくわよ〟
アリィーシュのその言葉にはっとして、慌てて〝聖杖〟を構えると、エリンシェは意識を集中させた。
「〝聖光〟っ!」〝「聖光」!〟
――そして、アリィーシュが合図したおかげで、彼女とほぼ同時に〝聖光〟を唱えることができた。二重の〝聖光〟に直撃したゼルグが今度は大きく後退した。その隙をついて、エリンシェはジェイトのすぐそばまで走った。
「ジェイト、〝疾風の弓矢〟を構えて。 私が〝力〟を送るから、合図したら思い切り矢を射って」
すぐさま「分かった」とうなずくと、ジェイトが〝疾風の弓矢〟を構えた。エリンシェは〝彼〟に肩を寄せながら、〝聖杖〟を弓矢の方を向けた。
やはり、ジェイトのそばにいるだけで、エリンシェは〝力〟と勇気が湧いてくるような気がした。そして、心も落ち着いて、あたたかい気持ちになる。無事にココを逃げ出し、この「思い」を必ずジェイトに伝えなければならない。――そのためにも、この一撃で決めてみせる!
そんな決心を、エリンシェは〝聖杖〟に伝えた。……気のせいだろうか、まるでそれを了承するかのように、飾りがきらりと一瞬輝いたような気がした。
ふと、体勢を立て直そうとしたゼルグがちょうど、ジェイトの真正面に立った。エリンシェは「ジェイト!」と小さく合図すると、ありったけの〝力〟を〝疾風の弓矢〟に送った。
「――行けっ!!」
ジェイトも全身全霊で矢を放った。すると、矢は先程よりも激しい風を巻き起こしながら、ゼルグの方へと飛んで行った。その途中、エリンシェの込めた〝力〟がまばゆいばかりの〝光〟になって、少しずつ強くなりながら矢と共に飛んでいった。
〝光〟をまとった矢はまっすぐにゼルグの方へ向かい、【彼】にそのまま命中した。〝光〟をまともに受け、よろめいたゼルグに追い討ちをかけるように、激しく強い風が【彼】をなぎ倒した。攻撃を受けたゼルグはそのまま倒れると、しばらく動かなくなった。
「アリィ!」
それを見た瞬間、エリンシェはアリィーシュに呼び掛け、〝聖杖〟を構えながら、ジェイトに手を伸ばした。すぐさま〝彼〟が手を取ったのを確認すると、エリンシェはジェイトの手を強く握りながら、目を閉じ集中させた。
〝学舎――「結界」を探すの〟
中に宿ったアリィーシュの答えを聞きながら、エリンシェは言われた通りに、学舎の「結界」を探した。その途中、ふと、ミリアとカルドのことを思い出した。……きっとふたりにも心配を掛けてしまっただろう。無事に帰ったら、謝ってお礼をすぐに言わないといけない。そんなことを考えていると、エリンシェは目を閉じた暗闇の中にきらりと強い「光」が見えた気がした。――きっと、その方向に違いない。
(お願い、〝聖杖〟、私たちをココから逃がして!)
そんな願いを込め、エリンシェは〝聖杖〟を高く振り上げると、地面に向かって強く振り下ろした。
すると、〝光〟がエリンシェとジェイトを包み込んだ。そして、そのまま少し宙に浮かぶと、〝光〟はぱっと弾けて、その場から跡形もなく消え去ったのだった。




