Feather 14 ଓ 〝疾風の弓矢〟 〜Side 〝J〟 ➳ arising hero〜
ଓ
――もう決して、〝その手〟を離さないと心に誓った。なのに…………。
「――ジェイト!」
ずっと探し求めていたその声に、ジェイトは手を伸ばし、そして、「エ……エリンシェ」と〝彼女〟の名前を呼んだ。すると、温かく優しい手がジェイトの手を包み込んだ。
その手の方へ顔を向け、ジェイトは何とか微笑んでみせた。割れるように頭が痛んでいるせいで焦点が合わず、せっかく会えたのに顔がよく見えない。それでも、ジェイトはその手が〝彼女〟のものだと確信していた。
「ごめん、エリンシェ。 何とか名前は思い出せたけど、まだ全部は戻ってない。 だけど、大事な『こと』は思い出せたと思う」
そう謝りながら、〝彼女〟が泣いていないか、ジェイトは心配になる。〝彼女〟への「気持ち」を思い出した反動が大きく、ブレスレットを使っても頭痛が治まりそうもない。あまりの痛みに、思わず時折唸り声を上げ、頭を抱えてしまっていた。……そんな姿を見て、〝彼女〟はきっと心配しているに違いない。
ふと〝彼女〟が手を引いて、ジェイトにペンダントを握らせた。すると、〝彼女〟のおかげで頭痛がすっと引いて、目もだんだん見えるようになった。視界が開けると、すくそばに、〝彼女〟が目を閉じて、ジェイトの手を握っているのが見えた。
……あぁ、エリンシェだ、やっと会えた! ジェイトはペンダントから手を離し、ぎゅっと〝彼女〟の手を握り返してみせた。そして、じっと〝彼女〟を見つめながら、エリンシェに微笑み掛けてみせた。
それに気付いたエリンシェが目を開いて、嬉しそうな表情を見せると、思いがけないことを口にした。
「――ジェイト、私もあなたが好き」
エリンシェのその言葉を聞いた瞬間、【靄】が一気に晴れていくような気がした。――ジェイトの「記憶」が少しずつ、よみがえってくる。……だが、それも全てではない。エリンシェの「気持ち」に応えるにはまだ足りない。
「私ね、ジェイトがいるから、皆を守ろうって思えるの。 ――私、あなたがいるから、強くなれるの。 ……本当は他にもたくさん告いたいことあるけど、私、ちゃんと全部『あなた』に聞いてもらいたい。 ――だから、ジェイト、お願い。 私のところへ戻って来て」
……あと少し、もう少し足りない。エリンシェがそんな「気持ち」を言い終えたその瞬間、ほとんど【靄】は消え去っていた。けれど、まだ〝彼女〟の気持ちに応えることはできず、ならばせめてと、ジェイトはエリンシェに手を伸ばす。
エリンシェも腕に飛び込もうとしているのが目に入り、その瞬間、ジェイトは心に誓った。――今度〝その手〟を掴んだら、もう決して離さないと。
なのに…………。
「……っ!?」
突然、エリンシェが小さく悲鳴を上げ、顔を強張らせながら地面に倒れ込んでいった。不意をつかれ、ジェイトは一瞬反応が遅れたが、「エリンシェ!」と慌てて手を伸ばし、〝彼女〟を受け止めようとした。
――が、エリンシェの周りに【瘴気】が走り、その手をはね返される。そうしている間に、〝彼女〟の表情が見る見るうちに無くなってしまい、目もだんだん虚ろになっていく。
異変に気付いたカルドとミリアが駆け付けたが、ジェイトと同じく何もできずに立ち尽くすしかなかった。そして、【瘴気】に弾き出されるようにして、アリィーシュが姿をあらわした。彼女はすぐさまエリンシェの元へ戻ろうしたが、それを【瘴気】が許さなかった。
「――やあ、迎えに来たよ」
手も足も出ず、その場に全員が立ち尽くしていると、不意に、上空から高笑いが聞こえ、見上げるとそこには、勝ち誇ったように笑みを浮かべているゼルグがいた。
ゼルグのその言葉に、エリンシェがぴくりと反応したかと思うと、ゆらりと立ち上がった。ジェイトははっとして、エリンシェを振り返ったが、依然として〝彼女〟のその瞳は何もうつさず、虚ろなままだった。――「コレ」はエリンシェの意思ではないのだ。
「エリンシェ!!」〝エリン!!〟
すぐに、そのことに気付いたジェイトはエリンシェを必死に止めようとした。〝彼女〟の異変に気付いたアリィーシュも同時に動いた。――が、エリンシェにまとわりつく【瘴気】が二人を容赦なく阻んだ。
そうこうしているうちに、虚ろな表情のまま、エリンシェがゼルグの元へ跳び上がった。ゼルグは正面にやって来た〝彼女〟を抱きかかえると、すぐに、【力】を放ってその意識を奪い取った。そして、そのままどこかへと姿を消してしまった。
「……エリンシェ」
途方に暮れて、ジェイトは頭を抱える。……せっかくまた会えたのに、再び【敵】に引き離されてしまうとは。
皮肉なことに、ジェイトの「記憶」はエリンシェの「身」と引き換えに、取り戻すことができていた。頭の痛みもすっかり引いて、意識もはっきりしている。
「ジェイト、戻ったのか」
それにいち早く気付いて、カルドがそう声を掛ける。すぐに、ジェイトはうなずいてみせると、目を閉じて何かをしているらしいアリィーシュに呼び掛けた。
「アリィさん」
〝……また不覚を取られたわ。 あなたたちふたりが連れて行かれた時もそうだったんだけど、私達が追って来られないように【遮断】されているの。 だけど、あの娘を本格的に奪い取られた今、私も黙っていられない。 ――少し待ってて〟
そう話して、アリィーシュは鈴のついた〝杖〟を取り出し、再び目を閉じた。小さく〝杖〟を振りながら、大きく息を吸い込んだ。そして、〝杖〟を空高く振り上げると、〝みえた!!〟と叫んで、何かを切り裂くように〝杖〟を思い切り振り下ろした。
すると、目の前に、小さな〝光〟の輪が現れた。目を開けたアリィーシュが早速その輪に足をかけると、ジェイトを振り返った。
〝戻ったんでしょ、ジェイト君。 すぐにあの娘を助けに行くわよ!〟
何の「力」を持たないジェイトに向かって、アリィーシュは躊躇いもなく、また、当然のように誘いをかける。無論、ジェイトはエリンシェを取り返しに行くつもりだったが、何の役にも立たないかもしれないと少し不安になった。
「ジェイト、あの娘を助けに行ってあげて」
「お前にしかできないことなんだ。 ――頼んだぞ」
ジェイトの背中を押すように、カルドとミリアのふたりがそう言った。戸惑いながら、ジェイトがアリィーシュを見ると、彼女も深くうなずいてみせながら、口を開くと、きっぱりとこう言い切ってみせた。
〝大丈夫、――大丈夫だから。 私一人じゃ、あの娘を救えない。 ――あの娘にはあなたの「力」が必要なの。 だから、ジェイト君、一緒に来て〟
ずっと側にいて、エリンシェのことをよく知るアリィーシュのそんな言葉に、ジェイトは自信と勇気が湧いてくるのを感じた。そして、「記憶」を取り戻そうとした時に気が付いた「こと」を思い出した。
――本当は恐怖や不安を感じているのに、気丈に振る舞っている〝彼女〟を、「誰か」が支え、守らなくてはいけない。エリンシェを支え、守り抜くその「役目」を担うのは、他でもない自分なのだ。
「分かりました。 僕、必ずエリンシェを助け出します!」
そして、ジェイトは覚悟を決めた。杖を取り出すと、アリィーシュの後に続いて、〝光〟の輪をくぐったのだった。
輪の中には暗闇が広がっていた。〝光〟がその暗闇の中を照らすように、一本の道をかたどっていた。
アリィーシュは〝杖〟を手にしたまま、迷いなく〝光〟の道を進んでいく。ジェイトも彼女から離れないように、固唾を呑みながら、しっかりと後に続く。
少し進むと、ぼんやりと景色が見えた。暗く広い部屋の中に、天蓋付きのベッドがうっすら見える。そのベッドの上には誰かがいるようだ。その脇には二本の鎖が垂れ下がっている。
〝「聖光」!!〟
不意に、アリィーシュが怒気をはらんだ声で、〝杖〟を振ってそう唱えた。彼女の様子にはっとして、ジェイトは強風を巻き起こす魔法を唱える。
部屋の中全体がまばゆい光で広がり、強風により天蓋が煽られると、ベッドには、虚ろな表情を浮かべ、横たわるエリンシェと、〝彼女〟の上に四つん這いになっている【彼】の姿が見えた。
鎖で手足を繋がれているのがエリンシェだと知り、ジェイトは怒りを覚え、風の勢いを更に強める。そして、【彼】がエリンシェから離れ、後ずさりをしたところにすかさず、鎌鼬の魔法を唱え、〝彼女〟の鎖を断ち切った。
アリィーシュがその景色の中に飛び込んでいくのを見て、ジェイトも叫びながら、前へ躍り出る。
「エリンシェに触るな!!」
ジェイトの怒声に、【彼】が振り返った。その「顔」が、ヴィルドとゼルグの両方にも見えて、ジェイトはエリンシェの元へ走れるかどうか、判断に迷った。
そんなジェイトの脇を、アリィーシュが迷いなく、羽を広げて一直線に【彼】の方へと向かって行った。【彼】もベッドから降りながら、どこかからか【鎌】を取り出すと、ゼルグの姿に一瞬で変化した。そして、向かって来た彼女に素早く応戦する。
ジェイトは打ち合っている二人の脇を駆け抜け、エリンシェの元へ急いだ。「エリンシェ!」と、ベッドに横たわったままの〝彼女〟に声を掛けても、無表情で虚ろな瞳のまま、微動だにしなかった。
ひとまず、ジェイトは残っていた鎖を魔法で切り離すと、ベッドに上がり、エリンシェを抱き起こした。……脈も呼吸もある。思わず不安になって確認したジェイトだったが、どうすれば〝彼女〟の意識を取り戻せるのか、その方法が分からず狼狽えた。
〝そのままエリンを抱き締めていて! それと、何か声を掛けてあげて!〟
不意に、ゼルグと戦い続けているアリィーシュがそんな助言をする。半信半疑、ジェイトは言われた通り、エリンシェを優しくぎゅっと抱き締めながら、もう一度「エリンシェ」と呼び掛けると、小声で話し出した。
「――お待たせ、エリンシェ、戻って来たよ。 ……ごめんよ、いくら【薬】のせいとはいえ、君のことを一瞬でも忘れて。 だけど、もう決して、僕は君のことを離さない。 どんな時でも君のそばにいる、そう誓うよ。 ……本当はこの『気持ち』全部、『君』に伝えたい。 ――だから、今度は君が僕のところへ戻って来る番だよ、エリンシェ」
すると、〝彼〟のその言葉に、エリンシェがわずかにぴくりと反応した。ジェイトがはっと息を呑んでいると、アリィーシュが畳み掛けるかのように口を開いた。
〝エリンシェ、動けないだけで「起きて」るんでしょ! とりあえず、そろそろあなたの「力」を貸してくれない? ココに来ることはできたけれど、「帰り道」は確保できてないのよ! ――だから、とりあえず、あなたたちふたりの「力」で、この場を切り抜けてくれない?〟
そんな無茶なとジェイトが思っていると、垂れ下がっていたエリンシェの腕が唐突に動き始めた。
〝彼女〟はそのままジェイトに腕を回し、〝彼〟を少しの間そっと抱き締め返した後、首元のペンダントを〝聖杖〟に変化させた。そして、右手で〝聖杖〟を強く握り締めると、左手を〝彼〟のブレスレット――〝疾風の弓矢〟へと伸ばした。
〝――そうよ、エリン。 難しく考えることはないわ。 ただ「その名」を呼んで、「覚醒め」を「聖杖」に願うだけ〟
アリィーシュが、エリンシェを後押しするようにそう話しながら、〝杖〟を大きく振りかぶると、〝力〟を放ってゼルグを後退させた。そして、ジェイトを振り返ると、不敵に笑ってみせた。
〝ジェイト君、「疾風の弓矢」が本物だったらって考えたことはない? ――私達神々にはね、万物に「息吹」を与える能力があるの。 恐らく、その能力があの娘にもあるんじゃないかと思って、色々と助言をして来たの。 ――それに、エリンの「力」ならその能力を上手く応用できるんじゃないかと思って、そのブレスレットに名前を付けてもらっていたのよ〟
不意に、エリンシェが顔を上げ、ジェイトから離れた。その表情は、先程まで無表情で虚ろな瞳を浮かべていたのが嘘のように、溌剌としていた。エリンシェはジェイトに向かって、自信たっぷりに笑ってみせると、〝聖杖〟を〝疾風の弓矢〟に向け、意識を集中させ始めた。
〝見ててね、ジェイト君。 「力」のある者が「名前」を付けることで、「万物《〝疾風の弓矢〟》」に「息吹《覚醒め》」を与える――「それ」をエリンがやり切ってみせるから。 そして、「それ」が必ずあなたの「力」になるから〟
「今、ここに命ずる! 覚醒せよ、〝疾風の弓矢〟!!」
アリィーシュがそう話し終えると同時に、エリンシェが高らかに叫んだ。その次の瞬間、〝聖杖〟からまばゆい〝光〟が放たれ、〝疾風の弓矢〟を包み込んだ。
〝疾風の弓矢〟もまた、その〝光〟に共鳴するように、銀色の「光」を放った。「光」はひとりでに浮かび上がると、ジェイトを誘うように宙を舞った後、広い場所まで移動するとその場で静止した。
導かれるようにして、ジェイトはその場所に向かうと、恐る恐る「光」に手を伸ばした。すると、「光」は〝彼〟を待っていたかのように、より一層強い輝きを放ち始めた。
ジェイトの手が「光」の中まで届くと、ブレスレットから弓矢の飾りがすっと姿を消した。その次の瞬間、「光」がぱっと弾け、銀に美しく輝く「弓矢」が〝彼〟の目の前に現れ、宙に浮かんでいた。
「その『弓矢』が正真正銘の〝疾風の弓矢〟。 ――新しいジェイトの『力』だよ」
ふと、エリンシェがジェイトに向かって、そんな言葉を掛けた。つい、その美しさに手を取ることを躊躇っていたジェイトだったが、〝彼女〟の言葉を受け、思い切って、それに向かって手を伸ばすと勢いよく「弓矢」――〝疾風の弓矢〟を掴み取った。
その瞬間、まるで〝彼〟を待っていたかのように、優しい風がジェイトを包み込んだ。……なぜだろう、ジェイトはその優しい風に、何か「既視感」を覚えた。〝疾風の弓矢〟も今初めて目にしたはずなのに。
「これが……〝疾風の弓矢〟」
……不思議な「弓矢」だった。手にしているだけで、勇気と「力」が湧いてくる気がした。弓矢の扱い方を知らないジェイトだったが、不安は一切なかった。〝疾風の弓矢〟が導いてくれているのだろうか、何となく「分かる」のだ。
声なき声に導かれるまま、ジェイトは〝疾風の弓矢〟を構えた。そして、大きく息をつくと意識を集中させると、ゼルグに一発射抜いた。
矢は風を巻き起こしながら、体勢を立て直そうとしていたゼルグに向かって一直線に向かっていった。【彼】に避ける隙も与えず、そのままごうっと音を立てて、ゼルグに命中した。――風に煽られ、再びゼルグは後退した。
「……やった」
ジェイトはつぶやきながら、大きく肩で息をした。額の汗を拭い、〝彼〟はもう一度〝疾風の弓矢〟を構えると、再び意識を集中させた。
――今ここに、ひとりの〝英雄〟が誕生したのである。
〝彼〟の隣に、〝羽〟を広げたエリンシェが並んだ。〝彼女〟はゼルグをにらみ付けながら、〝聖杖〟を構えると〝彼〟に向かって言った。
「さあ、ジェイト。 ――反撃開始だよ」




