Feather 12 ଓ 「仲間」 〜Side 〝J〟 ➳ supporting comrades〜
ଓ
――ずっと、「誰か」を探している。
気が付けば、〝彼〟は【闇】の中を彷徨っていた。
……どうして、こんなところにいるのだろう。――そう疑問に思うが、何も思い出せない。
ただひとつ分かるのは、何か大切な〝もの〟を失くしてしまったような気がすることだけ。けれど、それが「何」だったのかは覚えていない。
〈大丈夫、しばらくはぼくが――を預かっておきます。 ……まだ覚醒めていないぼくには、それくらいしかできなくて申し訳ありません、主様〉
申し訳なさそうに〈誰か〉が〝彼〟にささやく。訳も分からなかったが、ひとまず、〝彼〟はうなずいてみせる。
ふと、【闇】の中に、ひとつの〝光〟がみえた。
何か、手掛かりがあるかもしれない。そう考えて、〝彼〟は手を伸ばした。
ଓ
――そして、ジェイトは目を覚ました。
ゆっくりと目を開け、まず最初にぼんやりと視界に入ったのは誰かの姿だった。状況が飲み込めず、しばらく辺りを見つめていると、焦点が徐々に合い始める。
目の前にいたのは三人だった。見知った顔に、ジェイトは微笑んでみせる。――カルドと、ミリアと、……もう一人、女の子。〝彼女〟は心配そうにジェイトの様子をうかがっている。
〝彼女〟と目が合うが、ジェイトは戸惑っていた。……どうしてだろう、〝彼女〟のことを知っているはずなのに、名前すら覚えていない。――「記憶」を辿ろうとしても、まるで【靄】が掛かっているようで、何も思い出せない。
「……君、誰?」
思い切ってジェイトがそう尋ねると、見る見るうちに〝彼女〟は青ざめ、涙を流すと部屋を飛び出していった。――その姿を見た瞬間、ジェイトの心はずきんと痛んだ。……なぜだろう、〝彼女〟のことを悲しませてはいけないような気がした。
慌てて、〝彼女〟の後をミリアが追いかける。理由も分からないまま、ジェイトは罪悪感に苛まれる。けれど、本当に〝彼女〟のことだけは思い出せなかった。
「なぁ、ジェイト。 お前本当に、エリンのこと覚えてないのか」
部屋に残されたカルドが、どこか悲しそうな表情を浮かべながら、そう問い掛ける。その表情は自分をどこか責めているようにも感じて、ジェイトは一層心が痛む。
「エリン」――その愛称を耳にしても、やはりジェイトには何も思い出すことができなかった。ただ分かるのは、ジェイトだけは〝彼女〟のことを名前で呼んでいた、気がするということだけ。ジェイトはただ、首を横に振ることしかできなかった。
「……そうか」
それっきり、カルドは黙り込んでしまった。悲痛で、どこか複雑そうな表情を浮かべている彼を見ると、ジェイトはより一層、罪悪感に苛まれた。
カルドの方を見ていられず、目のやり場に困ったジェイトは、〝彼女〟が走り去っていった扉を見つめて、物思いにふけった。
――君は誰……? 君のことをおもうと、どうしてこんなに胸が苦しくなるんだろう? ……なぜ、僕は君のことを覚えていないんだろう? いくら考えても答えは出ず、ジェイトは心が軋むのを感じたのだった。
ଓ
それから、一度だけ、〝彼女〟が遠目から、ジェイトの様子をうかがいにやって来た。
あの時は顔をよく見られなかったから、思い出せなかっただけかもしれない。そう思って、ジェイトは〝彼女〟をじっと見つめたが、やはり〝彼女〟の「記憶」を辿ろうとしても【靄】が掛かるばかりだった。
ジェイトが何も思い出せないことに気が付いたのか、〝彼女〟は悲しそうな表情を浮かべると、足早にその場を走り去ってしまった。その後ろ姿を目で負いながら、またジェイトは心が痛むのを感じていた。
もしかしたら、〝彼女〟と話せば何か思い出せるかもしれない。そう考えてはいたものの、結局何も思い出せずに、〝彼女〟を悲しませることだけはしたくないと、なぜか強く感じて、ジェイトは〝彼女〟に話し掛けるのをためらっていた。あれきり、〝彼女〟の姿を見ることもなかった。
〝彼女〟には何か「特別」な事情があるらしく、いつもカルドとミリアが側にいて、〝彼女〟を守っているようだった。そのため、ジェイトは近頃、独りになることが多かった。〝彼女〟のことを守るふたりの姿を見ていて、ジェイトは自分もふたりに加わらないといけないような、――自分こそが〝彼女〟を守らなければいけない気がしたが、やはりその理由は分からないままだった。
ଓ
「記憶」が戻らないまま、数週間の時が過ぎた。その間ずっと、ジェイトは心に穴がぽっかりあいたような――そんな強い虚無感に襲われていた。
やはり〝彼女〟のことを思い出せないのがその一番の原因だろう。そう考えて、ジェイトは何度か〝彼女〟の「記憶」を辿ろうとしてみたが、やはり思い出そうとすると【靄】が掛かってしまい、どうしてもそれができなかった。
――そんなある日のこと。
「ジェイト」
ふとカルドに呼び掛けられ、ジェイトが顔を上げると、目の前に、彼が何かを決意した表情を浮かべ、仁王立ちしていた。思わず、ジェイトは固唾を呑んだ。
よく見ると、カルドの手には小さな「箱」が握られていた。その「箱」を見た瞬間、ジェイトの心臓がドクンと跳ね上がった。何が入っているのか思い出せないが、その「箱」が〝彼〟にとって、とても大切な〝もの〟だったような気がする。
「ジェイト、『これ』覚えてるか? 本当なら、お前はあの日、『これ』を〝彼女〟に渡すつもりだったんだ。 ――だけど、【邪魔】が入ってそれができなかったんだ。 あの日、アリィーシュさんが『これ』を見つけて、お前のところに届けてくれたんだ。 ――〝きっと大切な『もの』だと思うから〟って。 ……ほら」
そう話して、カルドが「箱」をそっと差し出した。ジェイトは震える手で「箱」を受け取ると、無意識に胸の中で抱いた。……まだ何も思い出せないが、はっきりと分かる。――「これ」は決して失くしてはいけない〝もの〟だ。その理由をどうしても知りたくて、ジェイトは必死に「記憶」を探った。
すると、またもや「記憶」に【靄】が掛かり始めた。けれど、ジェイトは諦めなかった。「記憶」を思い出そうと、必死にもがいた。――と、次の瞬間。
「ぐ……あ……ッ!」
その反動で、ジェイトの頭が割れるように痛んだ。更に、「記憶」にますます【靄】が掛かっていく。ジェイトは肩で息をして、額の汗を拭おうとして片手を上げた。――その手に、ブレスレットの〝弓矢〟がきらりと光る。はっとして、ジェイトは息を呑んだ。
……そうだ、このブレスレットもきっと〝彼女〟に縁があるものなのだ。目が覚めてから、なぜ自分がそのブレスレットを身に着けているのか、ジェイトはその「記憶」も覚えていなかったが、何となく外したくないという衝動に駆られ、ずっと肌見離さずに過ごしてきた。……確か、これは「お守り代わりにして」と〝彼女〟に渡されたものだ。
そこまで考えて、ジェイトは再び頭痛が襲って来るのを感じた。〝彼〟はとっさに、ブレスレットを着けた手で、頭を押さえつけた。すると不思議なことに、その痛みが和らぎ、ふと、ジェイトの頭の中に〝彼女〟の言葉がよみがえる。
――あなたはいつも私を助けて守ってくれるけど、私もあなたを守りたいってそう思ってるの。
……あぁ、そうだ。「皆を守る」と話す〝彼女〟は、どこか気丈に振る舞っているところがあるのだ。――本当は不安や恐怖を感じているのだ。そんな〝彼女〟を「誰か」が支え、守らなくてはいけない。その「役目」を担うのは――――。
「カルド、僕が間違ってた。 ――本当は、僕が自分から動かなきゃいけなかったのに、今まで何もしなかった僕が悪かった。 ……ありがとう、きっかけをくれて。 僕、『記憶』を取り戻したい! だから、お願い、手伝ってくれる?」
頭痛は治まったが、依然として【靄】は晴れない。だが、ジェイトは引き下がらなかった。必ず「記憶」を取り戻すと、そう決心した。
「あぁ、もちろんだ。 ジェイト、ミリアのところへ行こう。 ――ミリアも手伝ってくれるってさ」
その問い掛けに二つ返事でうなずいたカルドがふと、ジェイトの方へ手を差し出した。
ジェイトはカルドにうなずき返してみせると、迷うことなく彼の手を取る。そして、彼に手を引かれるまま、外へと足を向けたのだった。
ジェイトがカルドに連れて来られた先は丘だった。そこには、腕を組み、彼と同じく仁王立ちしているミリアが待ち受けていた。
「ミリア、連れてきたぞ」
カルドはミリアにそう声を掛けると、ジェイトを彼女の前に押し出した。その瞬間、待ちくたびれたと言わんばかりに、ミリアが組んでいた腕を解いた。
「それじゃ、ジェイト。 ちょっと荒療治になるかもしれないけど……いい?」
そう話すミリアの気迫にたじろぎつつも、ジェイトはすぐさまうなずいてみせた。どんな方法であろうと、「記憶」を取り戻せるなら受け入れる。ジェイトはそう覚悟を決めた。
「ねぇ、ジェイト。 カルドに『あれ』、返してもらったんでしょ? 『あれ』を『準備』するのに、あたしも少し手伝ったんだけど……その時のこと覚えてる?」
すぐにジェイトは「記憶」を辿ろうとするが、何となくミリアの言う通りだった気がするものの、やはりまだ、はっきりと思い出せない。ジェイトは唇を噛んで、首を横に振る。
ジェイトの反応を見て、ミリアは深くため息をつきながら、「……そう」とそっけなくつぶやいた。――かと思いきや、次の瞬間、勢いよく片手を上げると、ミリアはそのままジェイトの頬を打った。
「――なら、あたしが思い出させてあげる! あの時、あんたはあたしと約束したのよ! ――『あの娘を絶対泣かせないようにする』って! それを……他でもないあんたが泣かしてどうすんのよ!! いつまでそうやって、あの娘を悲しませる気!? ぼさっとしてないで、さっさと目、覚ましなさいよ!」
間髪入れずに、もう一発ミリアの平手が飛ぶ。それを受け止めながら、ジェイトはうっすらと「記憶」がよみがえってくるのを感じた。……あぁ、そうだ。ミリアの言う通り、自分は確かに彼女と約束した。――だから、〝彼女〟の涙を見た時、心が痛んだのだ。
それと同時に、激しい頭痛がまたもや襲って来た。すぐさまブレスレットを頭に当て、抵抗していると、ジェイトはふと「あの日」のことを少し思い出した。
「あの日」――ジェイトはこの「箱」を持って、〝彼女〟に「気持ち」を伝えようとしていた。……けれど、そこに【横槍】が入ったのだ。結果、この「箱」を渡せていない。――〝彼女〟に「気持ち」を伝え切れていない。
そう気付いた瞬間、ジェイトははっと息を呑んだ。どうしようもなく〝彼女〟に会いたくなって、思わずジェイトは辺りを見回し、エリンシェを探した。
名前を思い出したことで、再びジェイトの頭に激痛が走った。反動が大き過ぎるのか、今度はブレスレットを使っても痛みを抑えることができなかった。くらりとしながらも、ジェイトは肩で息をして、何とか踏み止まる。
そんなジェイトの目の前に、ふと〝誰か〟が勢いよく躍り出たのだった。
「――ジェイト!」




