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Angelic Storia  作者: 紡生 奏音
Wing Ⅰ Episode 2 翼――それは〝おもい〟を知る〝もの〟
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Feather 5 ଓ 「胎動」 〜movement〜

 それからというものの、ヴィルドがちょっかいを出してくること以外は何の問題もなく、エリンシェは穏やかな学舎生活を送っていた。

 やはり、ヴィルド単独で行動していて、ゼルグが動いていないという謎は気掛かりではあったが、ひとまず警戒を解かないよう心掛けることになった。

 事が落ち着いている合間に、エリンシェは、アリィーシュと共に、〝聖杖ケイン〟を使いこなすための訓練も引き続いて行うことにした。練習の甲斐あって、少し前までは数回失敗していたのが、今では完璧に変化ができるようになっていた。

 他にも、万が一に備えて、ペンダントを肌見離さず着けていなくても、〝聖杖ケイン〟を呼び寄せられる訓練なども行っていた。それも練習により、確実とは言えなかったが、ある程度なら呼び寄せることができるようになっていた。

 訓練を重ねていくうちに、エリンシェは少しずつ、〝聖杖ケイン〟と心を通わせることができている――ような気がしていた。……もちろん、まだまだ特訓は必要だと思っていたが。

 そんな地道な彼女の成長を見て、アリィーシュが、比較的簡単に使いこなすことができる神の術を、近日中に伝授するとエリンシェに約束した。その術は覚えておくだけで、攻撃も防御にもなれるので重宝するというものだという話を聞いて、エリンシェは少しでも早く、強くなりたいと願うようになっていた。

 エリンシェのそんな思いと裏腹に、訓練に付き合っているアリィーシュは何日に一度、留守にすることがあった。もちろん、以前のように、ゼルグの動きを探るために出掛けているのも一つの理由ではあると、エリンシェは思っていた。……けれど、それと同時に、何か他の理由があって、アリィーシュは留守にしているのではないかと、エリンシェはにらんでいた。

 アリィーシュと行動を共にするようになってから、しばらく経っているが、一緒にいる時間が長くなるにつれ、エリンシェはだんだん彼女のことが分かるようになって来ていた。――アリィーシュは「何か」をエリンシェのためにしてくれている。根拠はなかったが、エリンシェは彼女を信頼しているだけに、そう強く感じていたのだった。

 ――だから、エリンシェはアリィーシュがいなくても、ひそかに〝聖杖ケイン〟を呼び寄せる訓練を自分なりに続けていたのだった。

 訓練の他にも、エリンシェは時々、ガイセルの元を訪れるようにしていた。……けれど、以前と比べて、回数は随分減っていた。エリンシェの足が遠のいているのも理由の一つだったが、何かを研究しているのだろうか、ガイセルの方も忙しそうにしているのが主な理由だった。エリンシェは、そういう時は仕方なく、訓練をするか、誕生日にガイセルからもらった本を読んだりなどして時間を過ごすのだった。


    ଓ


 そんなある日のことだった。エリンシェは空き時間に、ジェイト・カルド・ミリアの三人と共に、いくつかの授業で出された課題をこなすため、図書館に出掛けていた。

 広い図書館には多くの座席が用意されていて、複数の生徒がそこに着席して、読書を静かに楽しんだり、エリンシェ達と同じように課題をこなしたりなどしていた。また、研究や授業のためだろうか、本を読み漁っている賢者達の姿も何人かあった。

 エリンシェ達は四人掛けの席を取ると、必要な本を探しに出た。周りに人がいて、その上アリィーシュが一緒にいるため、いつものように警戒する必要もないだろうと、それぞれが自由に行動していた。けれど、ジェイトだけは、エリンシェが目の届く範囲にいるように心掛けているようだった。

 本を探して、エリンシェもあちこちを歩き回っていた。その途中で、鍵が掛けられた、持出禁止の本が集められている部屋の近くを通り掛かったのだが、ふと、図書館に来ていたらしいガイセルが、ひょっこり顔を出し、「エリン」と呼び掛けた。

 ガイセルは辺りを見回し、周りに誰もいないことを確認すると、口を開いた。

「アリィも一緒に来てるだろう? ちょっと話があるんだ」

〝すぐ行く〟

 彼に呼ばれたアリィーシュはためらいもなく姿を現し、ガイセルと共に、死角へと姿を消した。小さな声でふたりが何か話しているのが少し耳に入ったが、聞かなかったことにして、その場を離れる。

 少し歩くと、参考になりそうな本棚が見つかり、エリンシェはその隅から隅までを物色し始めた。そして、しばらく経ってから、ふと本棚から視線を外し、エリンシェは何気なく辺りを見つめた。……不思議なくらい、人がいない。

 それに気が付いて、エリンシェははっと息を呑んだ。……そういえば、ジェイトもいない。慌てて駆け出そうとしたが、すでに手遅れだった。――いつの間にか、ヴィルドが本棚と通路を遮るようにして、立ち塞がっていたのだ。

「エリンシェ」

 ヴィルドに呼び掛けられ、エリンシェは身震いして、思わず後ずさる。……不覚だった。一体、彼はいつ、ここへやって来たのだろう? いつも警戒していて、近付いて来れば、すぐに分かったはずなのに。けれど、ヴィルドが来たことを気付くことができず、エリンシェは唇を噛んだ。

 その上、運の悪いことに、壁際の本棚の間に入ってしまっていた。逃げ場がなく、徐々に近付いてくるヴィルドに、エリンシェは後ずさることしかできなかった。

 やがて、背中が壁に当たるのを感じて、エリンシェは小さく悲鳴を上げる。その間にもヴィルドは迫って来ていて、目の前まで来ると手を伸ばし、エリンシェの顔の壁に手をついた。

 エリンシェはヴィルドから顔を背け、震える。……怖い。ただの人であるはずの彼が、気付かないうちに、いつの間にか【】をつけていることに、どうしようもなく恐れを感じた。しかし、彼はやはり人であるということが頭をよぎり、うまく抵抗できるか不安で、下手に動けなかった。

 その時、頭に浮かんだのはジェイトの顔だった。……先程、アリィーシュと別れた時、油断せずに、すぐ彼の元へ急げば良かった。そう後悔しながら、エリンシェは胸の内でジェイトに助けを求めていた。

「……助けて。 ――助けて、ジェイト!!」

 思わず、エリンシェはつぶやいていた。それを聞いたヴィルドが苛立ちを顔に浮かべ、もう片方の手を上げた。

 ――ヴィルドのその手を、「誰か」がぐっと掴み、彼を止めた。

「触るな」

 そして、制止の声を上げ、エリンシェとヴィルドの間に、割り込むように立ちふさがる。

 ――エリンシェが顔を上げると、そこにはジェイトがいた。

 彼の姿を見た瞬間、エリンシェは思わず、その背中にしがみついていた。声が上手く出ず何も話せないまま、ただ、彼の背中でエリンシェは震えた。

 そんなエリンシェの様子に、ジェイトは非難するように、ヴィルドをにらみ付けた。ヴィルドも応戦して、彼をにらみ返す。

「バルクス君、そこで何してる!?」

 ふと、後ろからそんな声が上がった。見ると、そこにガイセルが立って、眉をひそめながら、こちらの様子をうかがっていた。彼の側には、ミリアとカルドもいて、ヴィルドをにらみ付けていた。

 はっとしたように、ヴィルドがきびすを返して、その場を離れ駆け出した。……どうやら戻っては来たものの、人目を避けているらしい。

「エリンシェ、大丈夫――!?」

 ほっと息をついて、ジェイトがエリンシェの方へ向き直った。その間エリンシェは一旦離れたが、彼がそう聞き終わる前に、深く何も考えずに、もう一度彼の元に飛び込んだ。

「……怖かった、ただそれだけ。 だけど、油断した私が悪かった、ごめん。 助けてくれてありがとう」

 そう話しながら、エリンシェはまだ震えていた。ヴィルドがいなくなっても、彼に対する恐怖が消えず、心が落ち着かない。ジェイトの胸に顔を埋めながら、エリンシェは「ちょっとだけ……」と弱々しくつぶやいた

「――ちょっとだけ、こうしててもいい?」

 戸惑ったように唸り声を上げていたジェイトだったが、「……うん」と答えると、そっとエリンシェの肩を抱いた。

 エリンシェは「ありがとう」とつぶやいた。彼の温もりを感じていると安らぎを覚えた。それと同時に、冷静になると胸が高鳴り、だんだん恥ずかしく思えて来て、エリンシェは顔を赤らめていた。……だが、それでも彼から離れようとはしなかった。

〝ごめんなさい、エリン。 私が離れたから、こんなことになったのよね〟

 少し経って、ガイセルと共に戻って来たアリィーシュがふと、ばつが悪そうな表情を浮かべて、謝罪の言葉を口にした。ようやく、エリンシェはジェイトから離れると、首を横に振ってみせた。

「いいの。 ――わかってるから(・・・・・・・)

 アリィーシュが離れたのは例の「何か」のためだったと、エリンシェは理解していたので、彼女を責めるつもりは一切なかった。あくまで、悪いのは油断した自分なのだと、エリンシェは考えていた。……けれど、今後は徐々に【力】をつけているヴィルドにも対抗できるよう、対策を考えなくてはならない。 

「それより、アリィ、私に例の術を早く教えて。 私、少しでも強くなりたいから」


    ଓ


 ――強くなりたいと、そう話す〝彼女〟の表情は真剣そのものだった。

 それと同時に、アリィーシュには、〝彼女〟があの少年に恐れの感情を強く抱いていることが、手に取るように分かった。……一体何をそんなに恐れているのだろう。 その時にはまだ、アリィーシュにはその理由が分からなかった。


 ガイセルに呼ばれた時、彼の用件は〝神格化〟のことだとすぐに気付いたアリィーシュは、ためらいもせず、エリンシェから離れ、彼の元へ急いだ。……それが後に、仇となってしまったのだが。

「アリィ、図書館の本は心当たりを大体探ったよ。 ……だけど、目ぼしい情報はほとんどなかった。 だから、グレイム様に許可をもらって、持出禁止や貴重書も見てみようと思う。 何か分かれば知らせるよ」

 ……やはり一筋縄ではいかないか。ガイセルの報告を聞き、アリィーシュはすぐに思った。彼女自身も天界を訪れたいと思っていたが、あの少年――ヴィルドの件があり、その機会を逃していたため、アリィーシュはガイセルの元を訪れ、彼と一緒に、目を通していたのだった。

〝ありがとう。 私も時間があれば、一緒に……――〟

 言い掛けて、アリィーシュはふと顔を上げた。少し考えて、エリンシェに何かあったのではないかと思い当たる。彼女の近くに、微弱ではあるが邪悪な【】を感じ取った。

 感じたことのない【気】に、アリィーシュは眉をひそめる。……ゼルグではない。だとすれば、他に思い付くのは一人だけだった。

〝……エリンに何かあったかもしれない。 ガイセル、あなたも一緒に来て。 ゼルグと一緒にいた、あのヴィルドっていう少年がいるかもしれない〟

 そう話して、アリィーシュは二つ返事をしたガイセルと共に、エリンシェの元に急いだのだった。


 人目を避けているからなのか、それとも、賢者であるガイセルの姿を見たからなのか、あの少年――ヴィルドは一目散にその場を走り去った。

 エリンシェはジェイトによって難を逃れていた。しかし、彼女はそれでも、怯えていて彼から離れようとはしなかった。……離れるべきではなかった。彼女の恐怖がひしひしと伝わって来て、アリィーシュはそう反省した。

〝ごめんなさい、エリン。 私が離れたから、こんなことになったのよね〟

「いいの。 ――わかってるから(・・・・・・・)

 けれど、驚いたことに、エリンシェは首を横に振るとそう言い切った。その上、アリィーシュを責めるつもりはないようだ。

 そんな彼女の様子に、アリィーシュはどきりとする。……エリンシェは気付いているのだ。――アリィーシュが〝神格化〟について、調べていることを。もちろん、詳細については分かっていないだろうが、いつの間にか、それに気付くことができるほどに、成長しているのだ。

「それより、アリィ、私に例の術を早く教えて。 私、少しでも強くなりたいから」

 ――そして、彼女はそう懇願したのだった。

〝……分かったわ。 じゃあ、近いうちに、早速始めましょう〟

 有無を言わせない様子に、アリィーシュはすぐに承諾せざるを得ないのだった。

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