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Angelic Storia  作者: 紡生 奏音
Extra edition 1  「こころ」はともに 〜I will 〝be〟 with you〜
23/151

♯ 4


    ଓ


 ――「こころ」はともに在る。その言葉に偽りは一切なかった。


 微笑み合うだけで――それだけで、ふたりの「こころ」は通じ合った。


 しばらく経って、「彼女」――アリィーシュは名残惜しそうに去っていった。彼女がいなくなった空を、ガイセルはあの時と同じように、いつまでも眺めていた。

 少し経つと、だんだん冷静さを取り戻して、ガイセルは思わず、顔を赤らめた。……「こころ」はともにあるとそう口にしてしまったら、本当に「後戻り(・・・)」はもうできない。――それでも、ガイセルは自分の気持ちを伝えられずにはいられなかった。


 ガイセルが、アリィーシュが「こころ」を預けたと悟ったのは、彼女が改めて名乗りを上げた時だった。やはり彼女はテレスファイラの守護神だったと分かり、心が躍るのと同時に、もらったのは「アリィ(なまえ)」だけではないと悟ったのは間違いではなかったと、ガイセルは感じたのだ。――アリィーシュは「こころ」をくれたのだと感づいたのだ。

 けれど、アリィーシュは自分の「立場・・」を気にして、ガイセルを引き離そうとすることも口にした。彼女自身、自分の中に芽生えた「気持ち」に戸惑っているようにも感じた。そんな彼女が「こころ」をくれたと分かると、ガイセルは自分の「気持ち」を伝えずにはいられなかった。

「僕はずっとあなただけを追い続けて来た。 世界学を研究して、あなたが何者かを知っても、逢いたいと、側にいたいと願わずにはいられなかった。 ――それは今でもずっと変わらない。 ずっと僕はあなたを待ち続ける。 あなたに『使命・・』があるというのなら、少しでもあなたの『力』になりたい。 ……だって、初めて逢った時から、僕はどうしようもなくあなたに『こころ』ひかれているんだから。 それに、あなたは僕に『こころ』をくれた、――そうでしょう?」

 彼女が――アリィーシュが、神であろうと、ガイセルにはもはや関係なかった。……もう、この「気持ち」は自分自身であろうと止められないのだ。たとえ、「その先」に「答え」が見つからなくてもだ。

〝そう、あの日、私はあなたに「こころ」を預けたの。 ……だけど、今は違う。 ――私もどうしようもなく、あなたに「こころ」ひかれているのよ、ガイセル〟

 少し戸惑いながらも、アリィーシュは彼女自身の「気持ち」とガイセルのことを受けいれ、そして、涙を流した。彼女のその涙を見た瞬間、ガイセルはより一層アリィーシュのことをおもった。……だから、ガイセルは、その場を去ろうとするアリィーシュを呼び止め、更に自分の「気持ち」を彼女に伝えたのだ。

「僕は人間で、あなたは女神――そもそも時間の流れも何もかも違う。 ……だけど、どこにいても、どれだけ離れていても『こころ』だけは別だ。 ――僕の『こころ』はあなたとともに在る。 それだけは忘れないで」

 ――そして、ガイセルはアリィーシュをじっと見つめて、「こころ」の底から微笑んだ。

〝私も、この「気持ち」を――「こころ」をあなたに改めて預けるわ。 ……だけど、今はその全て(・・)をあなたにあげられない。 でも、いつの日にかきっと、その全て(・・)があなたと存在できる(いられる)時が来るまで、あなたに預けた私の「こころ」を大切にしていて〟

 また涙を流しながら、アリィーシュはそんなガイセルに応えて、うなずいてみせると微笑み返して、そう話した。

 アリィーシュに「こころ」の全てを預けられないと言われ、ガイセルはほんの少し落胆した。……けれど、すぐに、それでも良いと思い返した。それに、彼女には「立場・・」がある。それを無視して、ガイセルに「こころ」の一部を預けてくれたのだ。――それだけでも十分だった。


 その後、ガイセルはアリィーシュとふたりで微笑み合った。それだけで、ふたりの「こころ」は通じ合うことができた。

 ――この先、どんなに逢えなくても、「こころ」はともに在る。そんな偽りのないおもいを、ガイセルは微笑みを通して、アリィーシュに伝えた。

 ……「後戻り(・・・)」はできないと分かっていても、ガイセルは決して後悔しなかった。――「こころ」はともに在るとそう誓うことが、彼なりに見つけた「答え(・・)」だったのだ。



 アリィーシュが〝「こころ」の全て(・・)を預けられない〟と話したその理由が分かったのは、彼女に逢えなくなってしばらく後のことだった。


 ガイセルは研究を続けながら、賢者としての役割もしっかりとこなしていた。きっかけはアリィーシュと逢うためだったが、単純に、ガイセルは世界学のことを心の底から好いていたのだ。

 授業を通して、ガイセルは学舎まなびやに通う生徒達に世界学のことを理解してもらおうと努めた。――が、生徒達はあまり世界学に興味がないようだった。それでも、ガイセルは一人でも理解できるよう、工夫するなどの努力を重ねた。

 また、世界学の賢者は上級賢者でもあるため、テレスファイラのことをよく理解しているガイセルは、大賢者であるグレイムから様々な相談を受けることになった。――そのうちに、ガイセルはとある「予言」と、「それ」にまつわる〝彼女〟の存在を知った。

 グレイムから、その存在を聞かされた瞬間、アリィーシュが守りたかったのは〝彼女〟なのだと悟った。――そして、それこそがアリィーシュの「使命・・」なのだと感じ取ったのだった。


 そして、また月日が流れ、いよいよ〝彼女〟が学舎に通う年になった。

 学舎に新しく入る生徒達が集められ、行なわれる式の前に、グレイムが見ていた水晶玉を通して、初めて〝彼女〟を見たガイセルだったが、その時にはまだ何の感情も抱かなかった。

 それよりも、グレイムから「アリィーシュが戻って来る」と告げられた衝撃の方が強かった。驚いたことに、グレイムが、ガイセルが奥底に隠しているはずの「感情」を見抜いていたので、ガイセルはそれにも動揺した。……やはり、グレイムはガイセルのことを全て(・・)見抜いているようだった。 


 〝彼女〟に対する思いが少し変化したのは、その年初めての世界学の授業の後のことだった。

 ガイセルの元を訪れた〝彼女〟は、世界学に興味があると告げ、特に、神々について興味があると話した。――その時にはまだ、〝彼女〟は自分自身に眠る〝力〟に気付いていなかったのだ。

 グレイムから色々と相談されていただけに、ガイセルは少々複雑な感情を抱いた。それが顔に出ていたのだろう、〝彼女〟は不思議そうに彼を見つめていた。

 ……なぜだろう。〝彼女〟に見つめられていると、ガイセルが学舎に通っていた時、当時の賢者に頼み込んで、研究室に教わったことを、ガイセルはふと思い出した。それに、〝彼女〟からはほのかにアリィーシュの〝気〟を感じた。――〝彼女〟の力になりたいと、そんな気持ちが少し芽生えたのだ。

 そして、ガイセルは〝彼女〟を研究室へと招き入れたのだった。それからというものの、〝彼女〟は時々、ガイセルの元に通うようになったのだ。

 時に、〝彼女〟はどこか鋭く、ガイセルの奥底に隠しているはずの「感情」を見抜きそうになったことすらあった。その時にはさすがに動揺したものだが、〝彼女〟に会う度、力になりたいという気持ちはだんだん強くなっていった。

 そんなある日、ガイセルの元を訪れた〝彼女〟の去り際に、「リィン」という鈴の音が鳴り響いた。――アリィーシュだ。すぐに気が付いて、ガイセルは動揺して、複雑な表情を浮かべた。

 ……それからというものの、ガイセルは、〝彼女〟により強くアリィーシュの〝気〟を感じるようになった。



 そして、「事件」が起こった。――〝彼女〟が〝力〟にめざめ、その背に〝羽〟が生えたのだ。

 〝彼女〟は自分自身では〝力〟を制御できず、危機にひんした。――が、そんな〝彼女〟を、アリィーシュと〝彼〟が救ったのだ。

 いつの頃からか、ガイセルは人の「役割・・」というものがわかる(・・・)ようになっていた。授業で〝彼〟の存在はもちろん知っていたが、「事件」の時に、ガイセルははっきりと〝彼〟の「役割」を悟ったのだ。それ以降、ガイセルは〝彼〟のことも見守るようになった。


 一方、アリィーシュが封印から戻ったのは「事件」の少し後だった。

〝……「悟られて」しまったわ。 「覚醒」が近い以上、もう止められないの。 すぐ、私もいく。 それまで、あの子をお願い〟

 アリィーシュはそれだけ言い残して、「事件」がおさまった後気絶してしまった〝彼女〟を、ガイセルに託した。

 すぐにガイセルは了承し、〝彼女〟を研究室へと運び、グレイムに頼み込んで一時的に結界を強くすることで〝彼女〟を保護した。――じきに、アリィーシュが戻り、〝彼女〟と話し合う機会が必要になると感じたからだった。

 そして、案の定、アリィーシュは〝彼女〟と話し合うことになった。予言や奥底に眠る〝力〟のことを知り、〝彼女〟は初め戸惑っていたが、やがて自身の〝力〟と向き合い、戦うことを決心したようだった。

 戻って来たアリィーシュは、ガイセルと「こころ」が通じ合った時とは少し様子が違っていた。以前と同じく、ガイセルに「こころ」を預けているものの、〝彼女〟のことを守り抜こうと固く心に誓っているようだった。それだけでなく、アリィーシュが〝彼女〟に深い愛情を抱いていることが、ガイセルにはよくわかった(・・・・)。――だから、アリィーシュは「こころ」の全てを預けられないと話したのだと、ガイセルはすぐに悟ったのだった。


 そうだとわかると、ガイセルはより〝彼女〟の力になりたいと思うようになった。もちろん、アリィーシュのこともあったが、少年時代とどこか重なるところや、様々なことを教えていくうちに〝彼女〟の魅力のような不思議な〝もの(・・)〟にだんだんひかれていくようになった。……アリィーシュが肩入れするのも無理はないと思うようになった。

 もちろん、心ひかれるとは言っても、アリィーシュの「それ(・・)」とは違っていた。そのため、〝彼女〟が少しずつ、ガイセルに好意を寄せ始めていると知った時は正直、焦りを感じた。

 第一、〝彼女〟には〝彼〟がいる。――〝彼女〟を守り抜けるのは〝彼〟だけだと、ガイセルにはわかっていたのだ。

 アリィーシュに話したように、自分は「しがない(・・・・)賢者」でしかないと、ガイセルは自身のことをそう思っていた。きっと、知識ぐらいしか――陰で見守り、支えることしか〝彼女〟の役に立てないのだ。

 ――だからガイセルは、あえて〝彼女〟の好意を受けいれず、「できることは全力でやる」と誓いを立てたのだ。

 その時、ガイセルは同時に、アリィーシュが愛している〝彼女〟を慈しみ、最後まで陰ながら守り抜こうと誓ったのだった。



 ある日突然、アリィーシュがそんなガイセルの元を訪れた。――その理由は「とあること」を彼に依頼するためらしかった。

〝――ガイセル、あなた、あのに「力になれることは全力でやる」って誓いを立てたんだってね〟

 不意に、アリィーシュがそんなことを切り出した時、ガイセルは血の気が引いて、思わず吹き出した。……あの時、〝彼女〟の側に、アリィーシュはいなかったはずだ。もちろん、〝彼女〟が話したということもないだろう。

「……どこでそれを聞き付けたのやら」

〝あら。 私、あののことは大体、よく知っているのよ〟

 ガイセルが肩をすくめながらそう言うと、アリィーシュはいたずらっぽく微笑みながら、すぐにそう答えた。……彼女にそれ以上答える気はないらしい。

 アリィーシュにそう言われて、ガイセルは少々複雑な気持ちを抱いた。アリィーシュとは「こころ」通じ合っていて、お互いに信頼していると理解しているものの、〝彼女〟のことを〝よく知っている〟と言われると、アリィーシュと〝彼女〟もかなり深い関係なのだと思わざるを得なかった。――要するに、ガイセルは〝彼女〟に対して、嫉妬のような感情を覚えたのだった。 


 それはさておき、アリィーシュは〝神格化〟というものについて調べるよう、ガイセルに依頼した。まるで雲をつかむような話な上に、第一〝彼女〟の意思を考えてもいなかった。ガイセルは「だけど、アリィ」と切り出して、反論した。

「〝彼女〟にも意思はある。 もし仮に、その〝神格化〟とやらの方法が見つかって、もし〝彼女〟が受けいれなかったらどうする?」

〝――……わかってる、私もそれは考えたもの。 「神格化」について調べることを、大神様は可能性のひとつを増やすためでもあるって話していたわ。 ……それに、ぞっとしたけど、私は「最悪の場合(・・・・・)」も考えた。 ――もし、私たちが「神格化」の方法を見つけられなくて、あのを失うことになってしまったら? ……はっきり言って、私はそっちの方がよっぽど怖い。 まだ可能性があるならそれを見つけて、あのを説得する方がずっとまし。 ――ガイセル、あなたもそうは思わない?〟

 ――それほどまでに、アリィーシュは〝彼女〟のことを大切に想っていたのだ。

 そんなアリィーシュに対して、ガイセルに返す余地はなかった。……それに、ガイセルにもわかる気がした。彼自身が思っているよりも、〝彼女〟はガイセルにとっても「特別」な存在でもあった。

 ――そうして、深くため息をついて、ガイセルはアリィーシュの依頼を承諾したのだった。


 用事を済ませると、すぐに立ち去ろうとするアリィーシュを、ガイセルは思わず引き止めた。

 ……ひょっとすると、先程ガイセルが抱いたのと同じように、アリィーシュも嫉妬のような感情を覚えたのかもしれない。ガイセルの場合は同じ女性同士でさして気にならなかったが、アリィーシュから見ると、異性とのやり取りなのだ。複雑に思えてもおかしくはなかった。

 そう思い当たると、ガイセルは何だかばつが悪く感じて、思わず尋ねずにはいられなかった。

「……アリィ? ひょっとして、君――」

 ――少し〝彼女〟に嫉妬している?

 その問い掛けに、アリィーシュはガイセルを振り返りながら、〝――まさか〟といたずらっぽく微笑んでみせた。

〝――ガイセル、私、あなたのこともよく知っているつもりよ〟

 それだけを言い残して、アリィーシュは研究室を後にしてしまった。

 ――彼女はガイセルに「その気(・・・)」がないことを、きちんと知っていたのだ。それに、〝よく知っている〟とアリィーシュから言われただけで、ガイセルは心躍ってしまう自分自身を、どこか浅ましく思うのだった。

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