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Angelic Storia  作者: 紡生 奏音
Extra edition 1  「こころ」はともに 〜I will 〝be〟 with you〜
21/151

♯ 2

 

     ଓ


 ――その笑顔に、どうしようもなく、「こころ」が揺さぶられた。


「神様なんか、誰も見たことない」

 きっかけは誰かのそんな言葉だった。今となっては、彼――ガイセルはその言葉に感謝すらしていた。……それがなければ、「この世界(・・・・)」に入ることもなかったかもしれないからだった。


 物心ついた時から、ガイセルは祖父に歴史を色々と教わっていた。だが、彼の祖父はただ趣味で歴史を学んでいただけだったので、そのうちに、ガイセルの探求心は祖父を遥かに凌駕りょうがすることになった。

学舎まなびやに行けば、もっと勉強できるよ」

 教えることがほとんどなくなった祖父に、そんなことを言われたガイセルだったが、とてもじゃないが「その日」を待っていることはできなかった。

 ついには待ち遠しくなって、ガイセルは自力で勉強を始めた。たくさんの本を読んで、テレスファイラと神々の関係が深いことを知った。――だが、周りはそのことをあまり受け入れず、それどころか「誰も見たことがない」と否定もされてしまった。

 悔しくなったガイセルはどうにかして本物の神様に逢おうと決心した。そんなある日、代替わりした大賢者が賢者を選び終えたので、もうすぐ儀式が行われるという噂を偶然聞きつけた。ガイセルは思い切って学舎の近くまで行くことにしたのだった。


 ――そして、〝女神〟である「彼女」と出逢ったのだった。

 

 ふと「彼女」が空を飛んでいる姿を見掛けて、ガイセルは胸が高鳴った。声を掛けてみたいとは思ったが、それはさすがにできないだろうと諦めていた。ところが、「彼女」はガイセルの元に降り立ち、あろうことか声を掛けたのだ。

〝こんにちは〟

 「彼女」の神々しく、神秘的な姿に思わず見とれていたガイセルだったが、まさか話し掛けられるとは思っていなかったので、驚いてあたふたしてしまった。声を掛けられたのも気のせいかもしれないとさえ感じて、ガイセルは「彼女」から目を逸らし、うつむいた。

 そうしていると、ガイセルは冷静さを少しずつ取り戻していった。……じろじろ見てしまったのはひょっとすると失礼だったかもしれない。そんなことを考え反省していると、祖父に言われた「挨拶はきちんと返しなさい」という言葉が急に思い出された。ガイセルはこれ以上失礼があってはいけないと、口を開いた。

「……こんにちは」

 それは驚くほど小さな声で、ガイセルは自分でも情けなく思えた。恥ずかしくなっていると、ふと、「彼女」が笑いをこぼしていた。はっと息を呑んで、ガイセルは顔を上げ、また思わず「彼女」をじっと見つめた。

 ――すごく、綺麗だった。「彼女」の笑顔に、どうしようもなく「こころ」が揺さぶられた。

 何を思ったのだろうか、それから「彼女」は少しの間ガイセルと話を続けた。

 最初は、ガイセルも神と会話をしているとは信じられずにおどおどしていた。神に逢いたいと思っていたと「彼女」に伝えると、意外な答えが返って来た。

〝そう。 だけど、私にも色々あって(・・・・・)ね。 あなたはたまたま私に逢えただけなの。 ごめんね、そんな神様じゃ友達に信じてもらえないかも〟

 「彼女」に何があったのか、気になって仕方がなかったが、きっとたまたま逢っただけの自分には教えてはもらえないだろうと感じて、ガイセルは「……そっか」とつぶやいて、それ以上追及することを諦めた。

 けれど、ガイセルはどうしても、「彼女」の正体を知りたかった。――ガイセルは「彼女」がテレスファイラの守護神ではないかと考えていた。思い切って、自分の考えを伝えてみると、「彼女」は肯定も否定もしなかった。

〝……色々ある(・・・・)のよ〟

 やはり、「そう(・・)」なのだ。ガイセルにはそれがわかると納得して、ひとりうなずいた。……きっと、もっと学べば、「彼女」に何があったのか、いずれ知ることができるのだろう。そう考えて、ガイセルはそれまで以上に「この世界(・・・・)」について勉強することを決意した。

「――どうすれば、またあなたに逢える?」

 もし……「その時」が来るのならば、もう一度「彼女」に逢いたい。どうしてもそう強く感じて、ガイセルは思わずそんなことを尋ねていた。

〝……そうね。 学舎へ行って卒業しても、あなたが好きな「その世界(・・・・)」についてずっと学び続けたら、また逢えるかもね〟

 少し考えて、「彼女」がガイセルに優しく微笑みかけながら、そう答える。

 ――その微笑みを見た瞬間、またどうしようもなく、「こころ」が揺さぶられた。「彼女」に強くひかれ、胸が高鳴った。

 絶対に、ガイセルは「この世界(・・・・)」について学び続けることを決心した。自分のことを忘れないでほしいと伝えると、「彼女」に二つ返事をもらったが、それだけでは少し不安に思えて、物足りなかった。口約束ではきっと「彼女」も忘れてしまう。……そもそも、神である「彼女」と、ヒトであるガイセルとでは時間の流れが違うのだ。

〝それじゃあ、今度逢えたら、その時は私のことを「アリィ」って呼んで良いわよ〟

 そう話して、「彼女」は「アリィ(なまえ)」をガイセルにくれた。すぐに、ガイセルは、ただ「それ(・・)」だけではないということを悟った。満足して、ガイセルは笑いをこぼした。

「じゃあ、約束。 絶対にもう一度逢ってみせるから」

 釣られたように「彼女」も微笑みながら、うなずいた。そして、別れを告げると、羽を広げてどこかへと飛んで行ってしまった。しばらく、ガイセルは「彼女」のいなくなった空を見つめていたのだった。



 それからというものの、ガイセルは「この世界(・・・・)」について学び続けることになった。学舎に入るまではありとあらゆる本を読み漁り、いくつかは暗記もしていた。

 そして、学舎に入るとすぐ「この世界(・・・・)」――世界学の賢者に頼み込んで、毎日のようにその研究を教わりに研究室へ通った。四年が経ち、更に三年で上級の過程が学べる進路の選択を迫られた時、ガイセルは迷いなく、学び続けることを決めた。学舎で計七年間学んで卒業する頃には、当時の世界学の賢者も彼の知識には脱帽していた。


 卒業してからも当然、ガイセルは世界学についての研究をやめなかった。そして、研究に没頭していたある日、「彼」がガイセルの元を訪れた。

「――〝君〟だ」

 ガイセルの顔を見るなり、「彼」がそうつぶやいた。少し考えて、ガイセルは「彼」が何者かをすぐに悟って、息を呑んだ。――ついに、「その時」が来たのだ。

「はじめまして。 私はグレイム――新しく大賢者に選ばれた者だ。 今、賢者達を探していてね。 いきなりで申し訳ないが、君に頼みたいことがあるんだ。 ――『世界学』の賢者を引き受けてはもらえないだろうか?」

 ――それが、ガイセルと「彼」――大賢者・グレイムとの出逢いだった。

「はい、うけたまわります」

 「その瞬間」を待ち望んでいたガイセルはすぐに二つ返事を返した。……いよいよだ。いよいよ「彼女」に逢えるのだ! そう思うと、ガイセルは胸がおどらずにはいられなかった。

 表情に出さないように努めていると、ふと、ガイセルは、じっと見つめるグレイムの視線に気が付いた。……思い返すと、初めて出逢った時から、グレイムはガイセルのことを全て(・・)見透かしているような気がした。

「名前は?」「ガイセル・コンディーです」

 何か言われるのかと身構えていたガイセルだったが、グレイムはただ名前を尋ねるだけだった。……それでも、グレイムはガイセルから目を離そうとしない。しばらく彼をじっと見つめた後、グレイムはうなずくと、微笑んでみせた。

「それじゃあ、ガイセル。 我らが学舎へ向かうとしよう」



 それから、ガイセルはグレイムと共に、学舎へと赴いた。――とは言っても、グレイムはまだ賢者探しの途中だったようで、学舎に着くやいなや、ガイセルを研究室へと案内し、またどこかへと旅立っていった。ガイセルはすぐに、今まで集めてきた書物を全て研究室に入れると、研究を再開した。

 その頃にはもう、「彼女」に何があったのか、ガイセルには分かっていた。……それでも、ガイセルは「彼女」に逢いたいと思っていた。――どうしようもなく、「彼女」のそばにいたいと願わずにはいられなかったのだった。


 数日後、ついに儀式が行われることになった。儀式ではまず、賢者達の前で大賢者の任命式が守護神により執り行われ、そして次に、大賢者により賢者達の任命式を行われることになっていた。

 その儀式でついに、ガイセルは「彼女」と再会した。その側には、とても神々しい〝気〟を放つ神――大神が控えていた。まさか、そんな偉大な神と逢えると思っていなかったガイセルは思わず研究者として興奮したが、儀式の間中ずっと、「彼女」だけを目で追っていた。

 ……けれど、「彼女」はガイセルの方を見向きもしなかった。やはり、時の流れが違うせいで、自分のことを忘れてしまったのだろうか。そんな不安が、ガイセルの頭によぎった。

 それと同時に、ガイセルは自分をあざ笑ってもいた。……自分はただ、本当はわかっていたはずなのに、わかっていないフリをしていただけなのだ。――「そこ(・・)」に足を踏み入れればどうなるのかを。それでも、ガイセルは「後戻り(・・・)」をしなかったのだ。


 儀式は滞りなく執り行われ、その場にいた全員が解散した。「彼女」は儀式が終わると、どこかへ去ってしまった。

 一つため息をついて、ガイセルは何となく、学舎の外に足を向けた。そして、気が付くと、「彼女」と初めて逢った場所へとたどり着いていた。……いるはずないのに。そう思いながら、ガイセルはその場に佇んだ。

〝こんにちは〟

 ふと、「あの時」と同じように、声が掛けられる。……そんなわけ、ない。息を呑みながら、ガイセルは反射的に振り返った。――そこには、「あの時」と何も変わらない「彼女」がいた。

「あ、アリィ……」

 そう呼び掛けた声は震えていて、ガイセルは自分でも情けなく思えた。恥ずかしくなって赤面していると、「彼女」は可笑おかしそうに笑っていたのだった。

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