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Angelic Storia  作者: 紡生 奏音
Wing Ⅰ Episode 1 ଓ 翼――それは出逢い、覚醒(めざ)める〝もの〟
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Feather 13 ଓ 憧憬 〜longing person〜

「せんせい!」

 グレイムの私室から、彼以外の全員が退出する中、エリンシェはガイセルを引き止める。ガイセルが微笑みながら、少しの間だけ足を止め振り返った。

「……後で研究室へおいで」

 それだけ言い残すと、ガイセルは足早に去っていった。

 エリンシェはしばらく彼の背中を見つめていたが、誰かに肩を叩かれ、振り返る。見ると、ミリアが何か言いたげに、エリンシェの肩を叩いたであろう手を、手持ち無沙汰に挙げたままにしていた。その後ろで、カルドも様子をうかがっていて、ジェイトは複雑そうな表情を浮かべて、エリンシェを見つめていた。

 ……なぜか、ジェイトの顔を見ていると、少し気が引けた。けれど、エリンシェはどうしても、ガイセルと話がしたい――気持ちを伝えたいと感じていた。

「ごめん、ちょっと行ってくるね」

 そう言うのと同時に、エリンシェは駆け出した。なぜか振り返ることができずに、ガイセルの元へ急ぐのだった。


    ଓ


「せんせい――せんせいってば!」

 エリンシェが研究室の扉を開けると、ガイセルは何事もなかったかのように、彼女を迎える準備をしていた。そして、エリンシェの顔を見るなり、いつものように優しく微笑んでみせた。

 そんなガイセルに呆れそうになりながら、エリンシェは一旦立ち止まって、呼吸を整える。少し経つと呼吸は落ち着いたが、鼓動だけは早く、しばらくおさまりそうになかった。エリンシェはガイセルを凝視しながら、勢いよく口を開く。

「なんで、あんな……、あんなこと言ったの!? 私は全然、そんなこと思ってないのに!」

「だけど、本当のことだよ、エリン」

 微笑みを浮かべたまま、ガイセルが至極落ち着いた口調でそう言い切った。そんなガイセルに、エリンシェは思わず怯んだ。それと同時に、エリンシェはまた胸が締め付けられそうになる。

「そ……そんなことないってば! せんせいはいつも、私に色んなことを教えてくれるじゃない! それに、せんせいはいつだって、陰で私を守ってくれてるじゃない! 〝羽〟が生えた時も来てくれたんでしょ? 今日のことだって、グレイム先生を呼んでくれたんでしょ? ――私にとっては、せんせいだって大切なんだから!」

「エリン、そうは言うけど……。 〝羽〟の件はユーティス君が、君を助けたんじゃないか? それに、今日のことについては、アリィのことだから、色々と考えていて、何とかしたはずだよ。 ただ、僕は時間を少し早く稼いだだけの話だよ」

 そう話したガイセルに、エリンシェは言い負かされている気がして、また怯んだ。……もう胸が苦しくて、エリンシェは涙がこぼれそうになった。

「じゃあ、あれは? せんせいが『力になりたい』って言ってくれたのは? ――『できることなら何だってしたい』って言ってくれたのは? あれも、嘘か何かだって言うの!?」

「――いや、あれは本当だ」

 エリンシェのその問い掛けだけは、すぐに、ガイセルはきっぱりと答えを言い切った。エリンシェがほっとしたのもつかの間、ガイセルが真剣な表情で話し始める。

「エリン、人にはそれぞれ『役割』というものがあるんだ。 ――僕が君にできるのは陰で見守り、支えることくらいなんだ。 ……それ以上でもそれ以下でもない、僕にはわかる(・・・)んだ。 だけど、君の力になりたいとは本当に思ってるから、僕のできる範囲でやれるだけのことをしたいって、そう心の底から思ってるんだ。 ……本当にあの三人は僕よりもずっと、君にとっては大切な存在なんだよ、エリン」

 ……それとなく、突き放された気がした。いつの間にか、エリンシェは涙を流していた。未だ、胸は締め付けられそうで、どうしようもなく苦しかった。――ならば、「この感情」は何だというのか。

「だけど、せんせ……」「――エリンシェ、言うんじゃない」

 分かっていると――「それ」も全て分かっていると言わんばかりに、ガイセルはエリンシェが口を開いたのを遮った。そして、ゆっくりと首を横に振り、口元に人差し指で抑えてみせると、また話し始めた。

「言っただろう、僕にはわかる(・・・)んだって。 ――その『感情』を、向けられるべきなのは僕じゃない。 その『言葉』を、伝えられるべきなのは僕じゃない。 僕に向けられている『それ』はきっと、ただの憧れとか……そういった類のものだ」

 エリンシェ自身も胸の内を占めている、この「感情」が、一体何なのか分かっていないというのに、ガイセルに真っ向から否定され、彼女の涙は止まらなくなった。――ならば、どうすれば良いのか。このどうしようもなく、痛いほどに、胸を締め付ける「感情」をどうしろというのか。

「エリンシェ、その『気持ち』が何なのか、君にも分かる時がきっと来る。 その時は本当に、心の底から伝えたいひとにだけ、その『気持ち』を伝えなさい」

 涙が止まらないエリンシェの肩を、ガイセルがぽんと軽く叩いた。上手く出ない声で、エリンシェは「せんせ……」とガイセルに呼び掛ける。

「――ガイセル。 僕のことはガイセルと、そう呼んでもらって構わない。 エリン、君が僕のことも大切に想ってくれていることも重々承知しているつもりだ。 だから――君のことを陰で見守り、支えることしかできない僕だけど、君のその気持ちに応えるためにも、僕にできることは全力でやると誓うよ。 呼び名はせめての証だ」

 エリンシェはうなずくと、ひとしきり泣いた。……まだ納得はしていないが、ガイセルの言葉は理解したつもりだ。けれど、やり場のないこの「感情」をどうすれば良いのか、その答えを見つけることはできなかった。ただただ、エリンシェは涙を流すことしかできなかったのだった。

 何も言わず、ガイセルはじっと側で、エリンシェが泣き止むのを待っていた。彼のそんな行動も相まって、涙が枯れるくらいまで、エリンシェは泣き続けたのだった。


    ଓ


 ようやく気が済んだ頃には、随分と時間が経っていた。

「……ありがとう、せ――ガイセル」

 何とかそれだけ言って、エリンシェはガイセルの研究室を後にした。……彼といつも通り接するには少々、気持ちの整理と時間が必要そうだった。

「あっ」

 顔を拭いながら少し歩くと、壁に隠れるようにして、ジェイトがうろついているのを見つけ、エリンシェは声を上げる。彼の顔を見ると、何だか少しだけ、気持ちが晴れるような気がした。

 複雑そうな表情を浮かべながら、ジェイトはエリンシェの様子をうかがっていた。何か言いたげにしていたが、彼が口を開くことはなかった。……きっと、泣いていたのが分かってしまったのだろう。

「待っててくれたの、ジェイト」

 気休めに顔をもう一度拭って、エリンシェは何事もなかったかのような表情をして、微笑みながらジェイトに声を掛ける。

「うん、ちょっとだけ。 今日あんなことがあったばかりだから、心配になってさ。 それじゃあ、帰ろうか」

 やはり何も聞かず、ジェイトはうなずいて、無意識だろう、エリンシェに手を差し出した。すぐに、はっとしたように息をのんで、その手を引っ込め、視線だけをエリンシェに向けた。

 そんなジェイトを見て、エリンシェは笑いをこぼすと同時に、少し戸惑いを感じた。……本当は、あのヴィルドに向けて言った台詞の真相を、ジェイトに聞かなければならなかった。けれど、その答えを聞くことが、今のエリンシェにはできなかった。――これ以上はもう耐えられそうになかったのだ。

「……うん、帰ろう」

 見て見ぬ振りをして、エリンシェはジェイトと肩を並べて歩いた。そのまま会話を交わすことなく、ふたりは寮室に帰るのだった。

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