Feather 12 ଓ 会合 〜meeting of revelation〜
その後、エリンシェはグレイムに連れられて、彼の私室へ案内された。ゼルグとの戦いの場所にいたアリィーシュやジェイト、あの場に駆けつけたガイセル、ミリア、カルドも一緒だった。
私室に着くなり、グレイムは杖を振りながら、部屋の隅々まで歩き回っていた。そして、ガイセルはそんな彼を気にしながら、お茶を準備していた。
案内されたソファーに腰掛けながら、エリンシェもそんなグレイムをじっと見つめていた。……先程感じた〝気〟はまだ、彼の側に在る。一体何者なのだろうか?
「……ねぇ、エリン。 その……女のひと、誰?」
ふと、隣に座るミリアが遠慮がちに、エリンシェの近くで佇んでいたアリィーシュを見ながら、そんな質問を小声でする。言われて初めて、エリンシェははっと息を呑んだ。……うっかりしていた。アリィーシュのことを知っているのはガイセルだけで、ジェイト、ミリア、カルドには逢ったことすらなかったのだ。
〝アリィーシュよ。 テレスファイラの守護神〟
エリンシェが言葉に詰まっていると、アリィーシュがミリア達を振り返った。そして、微笑みながら、自己紹介をする。
「えっ、神様なの?」
面喰らったミリアが、カルドと顔を見合わせている。ふたりに比べて、ゼルグとの戦いに首を突っ込んでいるジェイトは、納得している様子だった。
アリィーシュが名乗ったことをきっかけに、エリンシェはジェイト、ミリア、カルドに事情を説明した。
――飛行学での一件でのこと。三人にはまだ詳しく話していなかったので、より詳しく説明をした。あの時、エリンシェは【闇】の中を彷徨い、そこから脱出するために、アリィーシュが手助けしてくれたこと。その後、意識を取り戻した時に、アリィーシュに初めて逢ったこと。そして、アリィーシュにより、エリンシェが「予言」を受けて誕生したことを教えられたこと。また、テレスファイラと天界の関係も教わったことも説明した。最後には、エリンシェが大きな〝力〟を持つことにより、邪神――ゼルグから狙われていることを言及した。それから、エリンシェは戦う決意をしたことも三人に話した。
「なんで、そんな大事なことを言わないかな、エリンシェは」
説明を聞くなり、ミリアが怒ったようにそう切り出した。エリンシェは思わず飛び上がり、黙って彼女の話に聞き入る。
「昔から、いつもそうなんだから。 ――何かあるとすぐに独りで抱えようとして、誰かを頼ったりしないんだから。 そういう時、いつも『あたしがいるから』って言って来たでしょ、忘れたの?」
エリンシェが小さく「でも……」とこぼすと、すぐさまミリアから反論される。
「でも、じゃない! そりゃ、あたし――いや、あたしたち、戦えないかもしれないけど……。 エリンシェの『力』にはなりたいんだよ」
「ミリアの言う通りだ。 〝力〟があったって、エリンシェは俺達の友達なんだ」
「――だからせめて、側にはいたいんだ」
ミリアの反論に、カルドとジェイトが続く。
三人の気持ちが嬉しく思えて、エリンシェは何も言い返せなくなった。
「……ありがとう。 なるべく、独りで抱え込まないよう、気を付けるね。 できるだけ、何かあったら相談もする」
そう話しながら、エリンシェは一層、三人を守りたいというおもいがより強くなった気がしていた。
「――よく言った。 三人とも、エリンを頼んだよ」
そこに、お茶を用意し終えたガイセルが割って入った。ジェイトがまじまじとガイセルを見つめて、ぽつりと質問する。
「先生知ってたの?」
ガイセルが「――まあね」とうなずきながら、席に着く。……それを聞いたジェイトは、どこか複雑そうな表情を浮かべた。
「だけど、僕だけじゃどうにもならないこともあるからね。 ……それに、君たちの方がエリンにとっては大切な存在だと思うから」
なんてことない顔をして、ガイセルがそんなことを言ってのける。すぐさまエリンシェが否定しようとするも、グレイムがガイセルの隣に座ろうとやって来たので、その機会を逃してしまう。ガイセルの横顔を見つめながら、エリンシェは胸が締め付けられそうになった。
「……さてと。 ――どこから話そうか?」
席に着くなり、グレイムがそう切り出す。最初に、声を上げたのはジェイトだった。
「あの、エリンシェに付きまとっていた彼は……?」
――ジェイトが聞いたのはヴィルドのことだった。ヴィルドからエリンシェを二度かばっていたジェイトだったが、彼自身は名前を聞いたことはなかったのだ。それより、エリンシェは彼の身に何が起こっているのか、気になっていた。
「彼の名前はヴィルド・バルクス。 元々、学舎での生活に積極的ではなかったようだが……。 どういう理由か、あの邪神に上手く取り入られてしまったようだね」
残念そうに、グレイムが答える。彼の様子を見ていたアリィーシュが難しい顔を浮かべた。アリィーシュなら、ヴィルドに何があったのかを答えられると踏んで、エリンシェは「ねぇ、アリィ」と声を掛ける。
「ヴィルドには一体、何があったの? 途中から姿が見えなくなって、ゼルグが現れたじゃない? あれも何か関係があるの?」
アリィーシュはうなずくと、難しい顔を浮かべたまま、説明をした。
〝ゼルグはヴィルドと何か取り引きをして、身体を利用することを彼に承諾させたの。 ――邪神はヒトと契約することで、実体になることができるの。 そして、何でも最後には、ヒトの身体を乗っ取ることができるとか……。 それに、この方法を使えば【力】も増幅できるらしいの。 おまけに、ヴィルドは【邪】の心もいくらか持っていたようだし、それがよりゼルグを強くしているみたいで、余計たちが悪い〟
「そのヴィルドってヤツは、エリンに付きまとってたんでしょ。 絶対、エリンシェを狙ってたからに決まってる」
眉間にしわを寄せ、ミリアが言い放つ。アリィーシュも否定はできないようで、〝そうかもしれない〟と相づちをうつ。
「それほど【力】が強いとなると……」
ぽつりとつぶやいて、グレイムが唸りながら、何やら考え始める。時々、小さな声で「問題は例の……」などと独りごちていた。
エリンシェも少し物思いに耽る。きっとアリィーシュは最悪の場合、グレイムが駆けつけることを計算に入れていたのだろう、その甲斐あって、今回は何とか難を逃れることができた。だが、「次」はそうもいかないだろう。それに、ゼルグは本気を出していないように思えた。戦うと決意したエリンシェだったが、今のままでは到底ゼルグにかなうはずもないだろう。今後、どうしていけば良いのだろう。ひとまず……――。
「――アリィ。 〝これ〟に関してはどうしたら良い?」
そう言いながら、エリンシェは首元のペンダントを掲げる。まるで〝聖杖〟に変化したのが嘘だったかのように、今はごく普通のペンダントであるかのように静まり返っている。
〝これって確か、もらったのよね? それを渡したのって……〟
「僕です。 偶然、店で見つけたんです。 なぜか分からないんですけど、すごく心ひかれて……」
ペンダントのことが気になっていたのだろう、ジェイトがアリィーシュの問いかけに、すぐに名乗りを上げる。
「――偶然ではない」
不意に、グレイムが先程とは違った強い口調、声色でそう言い放った。
「――〝それ〟はとある神から託されたもの。 〝それ〟が相応しい者の元へたどり着くよう、ずっと働きかけていたのだ。 長い間彷徨っていたが、〝それ〟自身が貴方を見つけ、そして貴方を選び取り、彼の手を借りることで貴方の元にたどり着いた。 無論、貴方は〝それ〟に相応しいといえるだろう。 ……『彼』がそう言っているよ」
最後には元の調子に戻って、付け足すようにグレイムがそう話した。そして、何事もなかったような顔をしていた。……けれど、エリンシェはグレイムが違う口調で話す間、彼の側に在る〝気〟が一層強くなっていたことを感じ取っていた。
「それで……〝これ〟って結局、一体何なの?」
ひとまずその件については横に置いておき、エリンシェはそう尋ねた。〝聖杖〟というものであるということは何となく理解していたが、まだ詳しくは聞いていなかったからだ。
〝「それ」は神々の「力」を増幅するための武器――「聖武器」の一つで、「聖杖」と呼ばれるものよ。 「聖武器」の中でも、その「聖杖」は創造するのが難しいとされていて、天界でも一つしか存在しなかった――はずだった。 ……エリン、あなたが「それ」を手にするまではね。 おまけに、その「聖杖」は最高峰の技術を持つ創造神によるものだと思う〟
……まさか、これが神々の使う武器の一つだったとは。エリンシェは驚いて、ペンダントを見つめる。ゼルグも驚いていたが、この〝聖杖〟を、神でもないただのヒトであるエリンシェに、使いこなすことができるものなのだろうか。そう不安になるのと同時に、エリンシェは、この〝聖杖〟がなければ、これから先ゼルグと戦っていけないだろうと感じていた。
「――難しく考えることはない。 現に、貴方はアリィーシュに教わって、〝聖杖〟を上手く使っていたはずだ。 ――ただ、貴方が願うことを〝杖〟に伝えるだけ。 それを繰り返していけば、自然と〝杖〟と一体になることができ、扱い方も戦い方も全て身についていくだろう」
またもや先程の口調に戻り、そんなことを話したグレイムをじっと見つめながら、エリンシェは考える。やはり、感じれば感じるほど、彼の側に在る〝気〟はとても強い〝力〟を持つ〝もの〟――いや、きっと神なのだろう。しかも、その神のことを話す時、ゼルグが「御上」と、アリィーシュが「あの方」と呼んでいた。……エリンシェが思い付く限り、そんな神は恐らく「ひとり」しかいない。
「ひょっとして、大神様、ですか?」
グレイム――いや、彼の姿を借りたであろうその神が微笑を浮かべて、答えを口にする。
「――左様。 私の名前はディオルト、天界を統べる最高位の神だ」
エリンシェは目を丸くした。まさかそんな存在と逢うことになるとは思っていなかったのか、ジェイト、ミリア、カルドも驚愕していた。
「――さて、改めて、自己紹介をしていただこうかな? 名前を呼ばれ慣れていないのでね、私のことは大神と呼んでいただければ結構」
「エリンシェです。 よろしくお願いします」
自己紹介をした後、ジェイト、ミリア、カルドも名乗るのを聞きながら、エリンシェは少し頭の中を整理する。……確かガイセルは、守護神のいないテレスファイラを、代理の神が大賢者であるグレイムと守っていると話していたはずだ。――ということは、この場にいる大神・ディオルトがその代理の神になるということになるはずだ。
「大神様、アリィが封印されてから今まで、あなたがテレスを守っていたんですか?」
「――そういうことになるだろう。 ただ、『守る』といえるほど、大したことをしていた訳ではない。 私には天界を統べる役割もあって、ほとんどのことはグレイム殿に任せていた。 それに肝心の大賢者選びは、正式な守護神でない私にはできず、一時的にアリィーシュを喚び戻して行っていたのだ」
ディオルトの答えを聞いて、エリンシェは納得すると同時に、一つ疑問に思ったことがあった。なぜ、大神であるディオルトがテレスファイラを守ることになったのだろうか。
「なんで、また……?」
「――それは……。 ずっとテレスファイラの守護神に相応しい神を探してはいるのだが、見つかっていないからというのが一つの理由だ。 未だ相応しい神を見つけられていないのは、私の力不足でもあり責任問題といえるだろう。 その上、守護神をもたない地は危ういのだ。 ――だからせめて、微力ながらもこの地のためにできることをしている。 それに、思うところが少しあってな……」
思わずエリンシェの口から出ていた疑問に、ディオルトが口を濁しながら答えた。エリンシェは、彼の最後につぶやいた言葉が少々気になったが、聞いたところで答えてはくれないだろうという結論に至った。
「――さて、エリンシェ殿の〝聖杖〟に話を戻そうか。 先ほどアリィーシュが話していた通り、その〝聖杖〟は、最高峰の技術を持つ〝聖武器〟の創造神であるアルジェクトによるもの。 話には聞いていたかもしれないが、彼は不運にも、あの邪神――ゼルグに襲われ、行方知れずになってしまった。 エリンシェ殿の〝聖杖〟は、その前に彼が創造していたもの。 ――最後の逸品とも言えるだろう」
ディオルトの話を聞いて、エリンシェは思わず萎縮した。……どうして、そんな品が自分の元へたどり着いたのだろう。とてもじゃないが、エリンシェは自分とそんな〝聖杖〟とが釣り合わないような気がしていた。
「――良いかね? その〝聖杖〟は自ら、エリンシェ殿を選んだのだ。 相応しい者の元へたどり着くよう、私は少し〝力〟を使っただけ。 ……まさか、さすがに私も貴方の元へいくとは予想しておらんかったよ」
自信なさげにしていたエリンシェに、ディオルトがそう話して励ました。そんな彼の言葉を聞いて、アリィーシュが顔を上げる。
〝やはり「聖杖」自身がエリンを選んでいたのですね。 アルの「気」を感じた時、そうではないかと思っていたのですが……。 それにしても、あの細工、よく出来ていて、私も初めは気が付きませんでした。 さすが、アルの創造したものは違いますね〟
アリィーシュがそう話すのを聞いて、エリンシェは彼女をじっと見つめる。視線に気付いたアリィーシュが、優しく微笑むと、ディオルトと同じく、エリンシェを励ますかのように、大きくうなずいてみせた。
「――あぁ、あれはアルジェクトが、相応しい者が現れるまで悪用されないように施したものらしい。 私も最初見た時、驚いたよ。 ……エリンシェ殿、もし良ければ、アリィーシュに、神が使う術を教えてもらうと良い。 〝力〟のある貴方にも使えるものがあるかもしれない。 それと、〝聖杖〟のことで気になることがあれば、グレイム殿の元を訪れても良いだろう。 ――私が微力ながら力になろう」
〝エリン、大神様は天界の中で唯一、「聖杖」を使っていらっしゃるのよ〟
ディオルトに補足するように、話したアリィーシュの言葉を聞いて、エリンシェはまた目を丸くした。……まさか、天界を統べる大神だけが使っている「聖杖」を、自分が手にすることになろうとは。エリンシェはそう思って、また自信がなくなりそうになったが、少し考えを改める。……いや、ゼルグとの戦いで、これから戦っていくことを決意したではないか。そのためにも、この〝聖杖〟を少しでも扱えるようにならないといけない。
「ぜひ、よろしくお願いします!」
「――まぁ、力になれることはほとんどないかもしれないが。 先程も言ったように、〝杖〟にあなたの思いを伝えるだけなのだから。 私も『あれ』と上手く付き合うのには苦労したものだが……今では良い〝相棒〟だよ」
まるで、「もの」ではない別の「何か」を相手していたかのようなディオルトの物言いに、エリンシェは思わずくすりと笑いをこぼした。その一方で、できるだけ早く、ディオルトに近付けるようにしなければならないと、エリンシェは感じていた。
「――エリンシェ殿。 私はこれまでと同じように、グレイム殿と協力して、できるだけこの地を守っていこうと思う。 学舎の結界も少し強めるつもりだ。 こちらもできるだけ貯えていたつもりだったが、こちらが思っているよりも、ゼルグは強力な上に凶悪でもあるようだ。 ――この先、どんな策を講じて来るかも分からない。 しばらくはゼルグも動いて来ないとは思うが……。 こちらもなるべく色々と尽力はするが、エリンシェ殿もできるだけ、独りにならないように用心してほしい」
エリンシェは「分かりました」とうなずいてみせた。隣では、何かを決心したかのように、ジェイト、ミリア、カルドが顔を見合わせ、うなずき合っていたのだった。
「――ではまた」
それだけ言い残すと、ディオルトがグレイムから〝気〟を消した。少しの間グレイムは目を閉じ、すぐに開くと、元の調子で微笑みながら、エリンシェに声を掛けた。
「そういう訳だから、ルイングさん、いつでも私のところを訪ねると良いよ」
――グレイムのその言葉を最後に、大賢者と賢者や生徒、人や神の混ざった、少し奇妙な組み合わせの話し合いは終了した。そして、それぞれ、帰路についたのだった。




